全ての探索者に敬意を持ちます
モヤモヤの気持ちを抱えたまま、俺はダンジョンに向かうためにギルドにやって来る。
受付に並ぼうとしたら、声をかけられる。
「あの、ヤジマさん」
「はい?」
その人は女性であり、良く顔を見る受付嬢さんだった。
名前は名札に書いてある通りだと思う。
八重樫瑠奈、とても明るく元気な人で、肩まで伸ばして切り揃えられた緑髪にエメラルドのような瞳が特徴的。
表情も豊かであり、更衣室で他の探索者が会話しているのを聞いていても、彼女の評判は高いと思う。
「それでなんでしょうか?」
「先日、探索者の装備を持ち帰ってくれましたよね。そのご家族がお礼をしたいとの事でして、裏までご一緒できますか?」
二日前の話か。
昨日はゴブリン達の回復を待つためにダンジョンに行ってない。
生きていても傷は酷いからな。
「別にお礼を言われる程じゃないと思うのですが。助けられた訳ではありません」
「それでも、お礼がしたいんだと思います。帰ってこず、ずっと不安だったのですから。⋯⋯報告がどう言う形であれ、ケジメをつけたいんだと思います」
「そう言う事であれば」
俺はヤエガシさんについて行く。
一瞬、アリスとの事を相談したい、と脳裏に過ぎってしまった。それだけ彼女とは話しやすい。
コミュニケーション能力の高さだな。さすがは受付嬢さんだ。
「こちらです」
部屋に通されて、中に入る。
そこには複数人の女性と男性がいた。
遺族なのだろう。
「アナタが息子の装備と、遺骨を持ち帰ってくれた方ですね」
「一応、そうなると思います」
「ありがとう、ございます」
お礼を言われた。
だけどその声は震えており、未だに立ち直れてないのが容易に想像できる。
全ての人に共通しているのが目の下の隈だ。
そりゃ大切な子供が亡くなったのだから寝不足もしかたない。
「二週間前から行方が知れずの状態で、そしてようやく、帰って来てくれました」
今でも泣きそうな状態で話してくれる。
それを俺は黙って、聞き入れた。
話して少しでも楽になると言うのなら、俺にもできる事だ。
順番にいつから子供の行方が知れず、そして帰って来た事に対する礼を述べた。
「お礼を言われる事では無いです。帰れたのも、たまたまの偶然です」
もしも俺が別の道を選んでいたら、この家族は子供の行方をまだ知らないまま。
もしかしたら、他の被害者が増えていたかもしれない。
だけど少しだけ思ってしまう。
行方が知れないのなら、まだ生きている希望がある。
しかし、持ち帰ってしまったら、もうこの世には居ないと確定してしまう。
どっちが辛いのか、俺には分からない。
いや、どっちも辛いのだろう。その辛さが俺には分からないんだ。
仲間を失った俺の悲しさはこの人達と比べたら、もしかしたら小さいのかもしれない。
悲しむ心に大きさなんて関係ないのかもしれないけどね。
「アナタ方のお子さんについて自分は何も知りません。ですが、きっと前を向いてくれる事を願っていると思います」
探索者になるには何かしらの理由があるんだ。
それがどれだけ、世間から見てしょぼくても、情けなくても、バカバカしくても。
「悲しいのは分かります。ですが、探索者になった事を責めないであげてください。どんな理由であろうと、探索者を目指した心は、訓練を乗り越えた日々は、例え家族であっても否定欲しくない⋯⋯ですから」
偉そうに言ってしまった。
だけどどうしても言わないとダメだと思った。探索者を目指した者として。
どんな経緯や結果であれ、探索者全てに一定の敬意は示す。
それが俺だ。
お礼を受け取った俺はヤエガシさんと一緒に受付に戻る。
「あの人数がずっと待ってたんですか? 今日来るかも分からないのに。平日ですよ?」
「早く思いの丈を吐き出したかったのかもしれませんね。前を向いて歩いてくれると、こちらとしても嬉しいんですが⋯⋯」
難しいだろうね。
「それと、今日来る事は何となく分かってましたよ」
「え?」
「だってヤジマさん、どんなにへこたれても前を向いて、ほぼ毎日ダンジョンに来るじゃないですか」
向けられた明るい笑顔。
その良く分からない信頼はどことなくアリスを彷彿とさせる。
「俺はこのままダンジョンに行きますけど、大丈夫ですかね?」
「もちろん問題ないですよ。それと、探索者の亡骸を持ち帰った探索者には特別報酬がありますけど、受け取りますか?」
探索者が死亡したと確定させる情報を持ち帰ってくれた事に対するギルドなりの感謝、そして探索者がそれによって心が折れないための措置。
金で折れた心が治るなら、その人の心は鉄製で折れては無いだろうな。
「いえ。遠慮しておきます。お金が欲しくて、やった訳では無いので」
「かしこまりました。でも、規則ですのでステータスカードに記録しておきます。必要の際はお伝えください」
武器防具を受け取り、更衣室に向かう。
「あの」
「はい?」
これ以上何かあるのだろうか?
「気をつけてくださいね」
「⋯⋯絶対に生きて帰りますよ」
俺が死んだら、家族が悲しむ。それは嫌だ。
アリスはどうするだろうな。怒るかな?
想像するとちょっと怖い。
死ぬ気で生き残らねば。
装備に着替えて、俺はダンジョンへと入る。
傷が完治したゴブリンが自由を手に入れた子供のように動き回る。
「あんましはしゃぐなよ」
さて、運命の確率を視る事のできる力はどうかな?
⋯⋯おぉ。種族の状態だと普通に使えるな。
『階段までの道100%』
ダンジョンにはいくつもの階段が存在するので、三つの分かれ道から同じ結果が視れる。
「あまり道案内には役に立たないな」
覚えている道を通って、サクッと四層に入った。
そこでカメラを起動する。
“サキュ兄おひさ!”
“二日ぶりだね”
“今日はコボルトの魅了かな?”
“なーにすんの”
コボルトの魅了か⋯⋯今はそんな精神状態じゃないんだけどな。
そもそもの目的が違う。
「今日はコボルト狩りして、ゴブリン達の武器を全てコボルトの物にしようと思います」
まずは人狼と戦った広い空間に向かう。
あそこは訓練をするには最適な場所だ。
「特に敵はいないな」
眼を使って確認したので間違いないだろう。
ここで少し気配を察知する訓練を行い、コボルトを探す事にする。
「数が増えたら、部隊に分かれるのもありだな」
「部隊ですか?」
「そそ。いくつかのグループを作って、探索、訓練の二つに分ける」
今は分けられる戦力は無いし、ユリのような突出した強さを持つリーダーになれるモンスターもいない。
かなり先の話だな。
「そもそも、部隊を作れるまでに俺のメンタルは耐えられるのだろうか?」
“重要なのはサキュ兄のメンタルだよな”
“数を増やすと魅了は一心同体だからな”
“手始めにコボルトを魅了しよう”
“あーもう脱ぐしかないじゃない”
“そろそろ脱いで走り回って大量魅了したって良いんだよ?”
“ヤラナイカ(♂)”
“ユリちゃん最近サキュ兄にベッタリ”
“ライムは常に胸の中。羨ましい”
おや?
道の一つにテロップが出現した。
『コボルト来る70%』
確定ではないが、コボルトが来る可能性は高いと言う事だ。
普通に居るのかもしれないので、俺が確認しに行く。
「うんうん。いるいる」
一体だけであり、武器は戦斧だった。
斧を使うゴブリンはいないんだよなぁ。
そう考えていると、ユリが満面の笑みでスマホを差し出して来る。
流れる文字を確認する。
“魅了タイムですね”
“さっさと会議するぞ。モンスターに見つからない場所に全員集合!”
“安心して、サキュ兄の期待には応えるから”
“ほら、皆待ち望んでるぞ”
“はーやーく”
“サキュ兄、もう慣れたよね?”
“はよはよ”
“魅了しようぜ”
「俺はつくづく思うんだが、視聴者は鬼だと思う。だけど最近、ユリも同様に鬼だと思うんだ」
角の生えた小学生のようなモノだから、もしかしたら正真正銘の鬼かもしれん。
小鬼だったし。
ちなみに他のゴブリンも皆、断崖の陰に移動している。
ウルフ達もだ。
「おっけ分かった。皆鬼だわ」
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ついに始まるコボルト魅了!
やったぜ★