出した言葉は戻せない
「どうしたのキリヤ?」
突然の異変に心配そうに声をかけるアリスに返事ができないで硬直している。
最初におかしいのは、この眼の力が人間状態で使えるって事だ。
本来は種族の時にしか使えないはず⋯⋯だと言うのに人間の状態で使えている。
さらに不思議なのは、十年後の運命が確定してしまっている事。
「キリヤ、戻ってこーい!」
強烈な回し蹴りが首目掛けて飛来して来た。咄嗟に屈んで回避した。
スカートがふわりと浮かんで、白い下着が顕になる。
はしたないのでもう少し控えて欲しいところだ。こっちまで恥ずかしくなる。
「良かった。戻った」
「いやいや。攻撃で戻そうとするなよ。躱せなかったら首の骨折れてたぞ」
「大丈夫。回避できるって信じてたから」
そんな信用は要らん。
再び家に向かって歩き出し、眼について考える。
この運命の確率を視る事のできる力は不便だ。
端的な情報で確率を示してくれるだけであり、細かくどこでどのように、何が起こるのかを伝えてくれない。時には分岐もする。
今分かるのは、十年後にアリスは確実に死ぬと言う事だ。
「分からない事が増えたな」
「ん? どうしたの」
「なんでもないよ」
何もが分からないまま、今日は過ぎて行く。時間は前にしか進まないのだ。
翌日、俺は学校で眼を使って色々と調べてみる事にした。
俺の両親、そして妹、この三人にもアリスと同様の運命が示された。
だが、ここで俺は十年後も問題ない運命を持つ人間を見つけた。
シオトメ先輩である。
「おはようナグモさん」
「おはようございます!」
『十年後死亡0%』
アリスとシオトメ先輩、家族達で違うところは何だろか?
情報が足りないな。
「ん?」
『不幸になる30%』
「不幸!」
なんだこれ。
二人から同じテロップへと伸びており、シオトメ先輩からアリスへと矢印が伸びている。
その内容が『不幸になる』だ。⋯⋯訳分からん。
曖昧過ぎるだろ。どんな不幸だよ。
「キリヤ、どうしたの? 昨日から変やで」
「いつも通りだよ」
「⋯⋯それもそっか」
「えぇ」
自分で言うのもなんだが、いつもの俺とは違うと思うんだけどな。
気にしてもしかたないので、頭を切り替える事にした。
この場合ってアリスが不幸になるのかな?
それは嫌だな。でも、なんて言ったモノか。
答えなど見つからないまま、教室に入った。
ここでも眼の力は発動して、全員の十年後の運命が確認できる。
ほぼ全員が百だが、一部はゼロだ。
ゼロか百しかないみたい。
共通点は⋯⋯種族か?
ゼロの運命が出た人は同じ部員、つまりは種族を持った探索者だ。
種族を持たない人間に十年後、何かがあるのだろう。
それがなんなのか、どうしてなのか、俺には皆目見当もつかない。
部活に向かえば、それが如実に現れた。
「全員、ゼロか」
「独り言か?」
「ああ。独り言だ」
ヤマモトに軽く返事をしてから、俺は力を解除できないかと試みる。
だけどこの不可思議な力の扱いが分からず、解除できない。
人を見る度にこの運命を表すテロップが現れるので邪魔だ。
せめて薄くあれよ。
「さて、今日の部活の内容だが、情報交換なんてどうだろうか? 四月も後半に迫っている事だし、ダンジョンにも通った回数は二桁を超えた人が多いだろう」
休日だけではなく、学校帰りにもダンジョンに行かないと四月のうちに二桁はいかない。
俺はもちろん二桁は超えている。
「情報交換か」
どのような情報を交換するのだろうか?
モンスターの情報なんて基本ネットに転がっている。
「例えばだが、自分がどのようなルートを選びがちなのか、一層ごとの攻略時間などだ。モンスターの知識や戦い方の情報を共有する必要は無いぞ」
個人差が出る内容を共有する事らしい。
グループ分けが行われ、俺は四人グループ、ヤマモトとサトウ、クジョウさんだ。
「まずは俺から行きましょう」
紳士的な振る舞いをしながら、横目でチラチラとクジョウさんを見ている。
そんなヤマモトの内容を俺とクジョウさんは真剣に聞いている。
「俺は基本敵に二層で活動してますね。安全に倒せて稼げる場所を狙います」
ゴブリンの魔石は一個百円、ウルフは三百円、二百円と大きく変わるのだが⋯⋯ヤマモトは二層らしい。
「危険性が無い訳じゃないですが、ウルフと比べてゴブリンは弱いですからね。死ぬのは怖いですし、安全にチマチマと稼ぎますよ」
俺の仲間達と戦わせたくなる発言をしてくれるな。
元ゴブリンって事でユリと戦わせてみたいな。多分ユリが負ける。
三年以上は訓練して来た人間相手に、ユリが勝てるとはお世辞でも思えない。
ヤマモトのダンジョン攻略をまとめると、金稼ぎをメインにして、危険を犯さないで安全で確実なところで大量に狩る。
「ただ、不思議な事に未だに彼女はいません。未だに、不思議な事に、フリーなんですよ」
ガッツリとクジョウを見ながら、ヤマモトは最後に念押しするように言葉を発した。
そんな発言の意味を理解できないクジョウさんは次であるサトウの方を見る。
それが分かり、ヤマモトよりも自分が優先されたと思ったサトウは勝ち誇ったように喋り出す。
サトウは掲示板でパーティを募集して、パーティで三層に向かったらしい。
男女比三対二の五人パーティ。
「サトウ、もう何も喋るな」
「大丈夫だ。俺達はお前の勇気を称える」
「どうしたの?」
「貴様ら⋯⋯」
俺とヤマモトは今後のサトウの予測ができた。それは剣を振るうよりも簡単に。
意味が分からない様子のクジョウさんに説明するように、サトウは言葉を絞り出す。
出せば出す程にエネルギーは失われ、燃え尽きていく。
「わずか一週間、俺以外の男女がペアを組んだんだ。付き合いだしたんだ」
やはりか。
「その後パーティは解散して、一番強いこの俺が取り残された」
「強いの?」
「クジョウさん。それは良くない。クリティカルダメージを与えるんだよ」
「ごめんなさい」
クジョウが謝ると、サトウは乾いた笑いを浮かべる。
次にクジョウさんだ。
「私は、クランにスカウトされたけど断った」
なんでだろう?
クジョウさんの実力を知っている人ならスカウトしたくなるのは納得できる。
でも断るのは不思議だ。
クランに入会すればお得な事が多いからだ。
例えば荷物運び、この役目は重要だ。大量のアイテムを持ち帰ればその分稼げるから。
さらに自分に合ったパーティメンバーを斡旋してもらえるだろう。
武器、防具でさえクランが金を出すところがあるのだ。今後のメンテナンスまで。
そんな至れり尽くせりなのになぜ⋯⋯はっ!
クジョウさんも俺と同じように誰にも言えない種族の秘密が⋯⋯。
「私は人付き合いが苦手で、子供の頃から空気を壊して、邪魔者で。だからクランに入ると迷惑かと思って、断った」
ごめんなさい。
俺と同じとか思ってごめんなさい。
そもそも同じだったら、一緒にダンジョン探索しようとか誘わないよね。
⋯⋯誘ってくれるのに人付き合いは苦手なのか。
「今は四層を中心に活動している。⋯⋯最近、四層で多くの人が行方不明になったところだと聞くけど、現状は問題ない」
「危なくないの?」
びっくりしたので俺が質問する。
クジョウさんなら、あの人狼にも勝てたかもしれない。
「うん。四体までなら倒せる。ピンチになっても、私の速度にコボルトも人狼も追いつけない。私の種族は速いから⋯⋯教えてくれたら教えるよ」
俺に対してのみ言っているのだろうか?
ヤマモトとサトウの気に食わないと言う視線が突き刺さる。
「ご勘弁を」
そして俺は話した。
最近四層に入った事、今後はそこで活動して行く事。
そして、自分の成長も仲間も成長も同じくらいに嬉しい事だと話した。
帰り、アリスを待った。
今でもなんて言葉を出して良いか分からない。
正しい言葉なんて分からない。
でも、彼女が不幸になるのは嫌だ。
最低年齢を突破してから一緒の訓練所に所属してくれて、傍にいてくれたから。
帰っている途中、勇気を振り絞って声を出す。
「なぁアリス」
「ん?」
「シオトメ先輩とあまり仲良くするのは、良くないと思うんだ」
「⋯⋯は?」
アリスの動きが止まったので、振り返る。
その顔には怒りが滲み出ていた。今まで一度も見た事の無い憤怒の顔。
ゴクリ、唾を飲み込む。
「なんでそんな事言うの? キリヤもあの根も葉もない噂を信じるの!」
え、なにそれ。
「確証も無い噂でそう言うのは良くないよ。アタシは嫌いだ」
「待ってアリス!」
俺の静止を促す言葉すら通じず、走って帰るアリス。
「⋯⋯確証も無い噂、か」
30%、噂は知らなくてもこの力も同じようなモノか。
やってしまったな、俺。
「謝っても、許してくれなさそうだな」
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