運命とは時に⋯⋯
俺は人狼に向かって踏み込んだ。
速度を乗せた斬撃を放つが、颯爽とそれを回避される。
「逃げるな! いや、隠れるな!」
人狼は断崖の陰に潜んだ。
気配が感じ取りにくい。
“地の利は相手にありだな”
ここはアイツの餌場だ。
ここに入った時点で俺達は絶対的な不利を背負っている。
地形を把握して利用している狩人と、全く知らずに入り込んだ獲物。
だが、獲物にも牙はある。
「どこから来る?」
ユリと共に警戒していると、影が動いたのを見た。
すぐさまその方向に顔を動かしたが、真反対の方向からゴブリンの悲鳴が聞こえる。
「クソっ!」
一体を斬り裂いてはどこかに隠れる。
「大丈夫か!」
出血が酷い。
だけどギリギリ命は残っている。
いやらしい戦い方をしてくれるな。
「⋯⋯なんでだ。なんで俺に殺気が来ない」
俺を殺す気は無いのか?
そんなはずはないだろう。
再び影が動く。ゴブリンの方を向いて人狼が出た場所に素早く反応する⋯⋯はずだった。
「居ない?」
「あがっ!」
「ユリ!」
ユリの額が浅く斬られる。
「問題ありませんっ」
「クソクソ」
“落ち着け”
“これが狙いだな”
“冷静にならんと”
恐怖と不安が俺の心を掌握する。
心臓が高鳴り血の巡りが加速。
早く何とかしないと、また失ってしまう。それが頭の中でグルグルと渦を巻いている。
しかし、そこから生じる焦りが俺の弱さとなった。
「ゴブリン!」
一体、また一体と俺は反撃もできずに次々とゴブリンが斬り捨てられる。
さらにはウルフまで。
仲間が命を落とそうとしている。
何もできない。弱い自分。
「嫌だ」
心が折れそうだ。
俺のせいで何回も全滅する⋯⋯どれだけ仲間を死なせたらこの地獄は終わると言うのか。
否、そもそも地獄に終わりなど無い。
「ご主人様⋯⋯」
「ユリ」
弱々しい手で裾を掴む。
既に何回か斬られた事により、血まみれだ。
反対に俺は一切攻撃されず、無傷である。
確実に俺以外の奴らを狙って来ている。
一箇所に固めたら一気に斬られる。
どうするのが正解なのか、俺には分からない。
「大丈夫です。ご主人様は、強いですから」
そんな慰めは要らない。欲しい訳じゃない。
どうにかしないと。何とかしないと。
「あっ」
目の前でゴブリンの背中が袈裟で斬られる。
その時に見た人狼の顔は⋯⋯嗤っていた。
餌と言う雑魚を倒すのがそんなに楽しいか。そんなに面白いか。
無意識に握る拳に力が入り、爪が肉にめり込んで血がポトポトと垂れる。
『運命の選択』
何回も全滅しないとならないのか。
ここで三回目の全滅を経験するのか。
『道を選べ』
夢の中に出て来た声が脳内で再生される。
運命?
全滅を繰り返す運命だと言うのか。
ふざけるな。ふざけるじゃねぇ。
「これ以上、もう、仲間を失うのは嫌だ」
『運命は分岐する』
全滅する運命が定まっていると言うのならば、道を変えてやる。
全員で生き残り勝利する、その運命の道へ。
「運命を他人に決められて、たまるか!」
逆流するような血の流れを感じる。
“目が光った?”
“魅了?”
“どうしたサキュ兄。何とかしないと!”
“お願いだからもう誰も死なないで。辛いんだよ”
“ゴブリン達が死ぬのも辛いし、その後のサキュ兄を観るのも辛い”
“頑張れ!”
“覚醒するならさっさとしてくれ”
“早く!”
『人狼が出て来る100%』
テロップと共に俺の視界に映る。
断崖の陰から飛び出て来る人狼。
その標的が視える。
「ようやく捉えたぞ人狼」
ゴブリンに振るわれるはずだったその刃を防ぐ。
なんだこの感覚。
驚いてもおかしくないはずなのに、今はすごく冷静だ。
「視える、分かる、起こりうる確率が」
相手の出る場所や襲う所が視えれば、防ぐ事は可能だ。
その後も何回も相手の攻撃を先読みして防いだ。
「仲間をお前は何人斬った。ここに来た人間を何人斬った。次はお前の番だ」
これは怒りなのだろうか。
人狼とテロップしか視えない。
100%の値は外れる事無く、確実にその運命は当たる。
『運命は分岐する』『道を選べ』『前へ進め』『運命は決まっている』
頭の中でノイズを纏った声が何回も何回も鳴り響く。
「そろそろ、こっちからも攻めて行こうか」
人狼が再び断崖の中に隠れたので追いかける。
『人狼発見、90%』
確定ではないがほぼ確実。
俺がそっちの方向に断崖を足場にジャンプで接近していると、逃げ隠れする人狼を発見した。
翼を広げて向きを変え、空気を蹴って加速して接近する。
俺が振り下ろす剣に気がついた人狼は瞬時に剣を挟み防ぐ⋯⋯だが、全身の体重を乗せた力に押される。
ギリギリで押し切れずに弾かれる。
「もう逃がさない。仲間の分まで、俺がお前を斬る」
◆
ユリは痛む身体よりも主の攻防に目を惹かれていた。
魅入られていた。でも、何かが違う。
仲間が斬られるだけだった。
しかし、主の瞳が真っ赤に輝いた直後から全ての攻撃を防いでみせた。
まるで敵が出て来る場所が最初から分かっていたかのように動き、防いだのだ。
そして慣れてから攻撃に転じた。
形勢逆転、やられる一方だったユリ達は今や、敵をずっと押している形である。
主の方が実力的には上であり、今まで以上に攻撃は正確である。
だからこそ、ユリは戸惑いを隠せない。
なぜならばそこに、今の戦いに、主の剣術に、ユリの憧れは無かったからだ。
魅せられ、憧れ、敬愛し、そして目指した強さ。
今はそれを全く持って感じない。
ユリの憧れた強さはそこには無かったのだ。
◆
相手の攻撃が分かる。
いくつもの運命が様々な確率を示し、一番高い所から刃が飛んで来る。
全てを防ぎ弾き反撃する。相手の攻撃は全て届かない。
しかし、致命傷に至る攻撃ができない。
「チィ」
人狼は身軽だった。
生きる事に全力を注いで俺の攻撃を避けている。
足りない。
手数が足りない。
あと少しで押し切れる。コイツを倒せる。
倒してから色々と考える。今のこの状況とか。
不思議な事はいっぱいだ。
だけどまずは、目の前の人狼を倒す。
「ぐっ」
剣と剣が交わり火花を散らした瞬間、どこかに隠し持っていたボウガンが放たれて翼を貫通した。
「ああああ!」
翼に受けた攻撃の痛みを瞬く間に全身に広がる。だけど俺は止まらない。
全滅すると言う腐った運命に抗い、別の運命を開拓するために。
俺の足も剣も止まらない。
「ライム!」
ユリの叫び声が鼓膜を揺らした。
ライムがぴょんぴょんと俺の方に来ていたのだ。人狼の口元が歪む。
「ッ!」
『ライム死亡50%』
運命を示すテロップが視える。
人狼と同時に動き出した。
ライムに振るわれる剣を弾き、すかさず蹴りを腹に飛ばす。
「ライムどうして!」
ぴょーんっと俺の腹に体当たりして来る。軽くだが。
ライムの形が変わり、ゴブリンの剣を模倣する。
「まさか」
俺はそれを左手に握った。
ゴブリンの剣にしては軽いし、とても貧弱だ。
だけど、無いよりかは全然良い。
「ライム、ありがとうな。使うぞ」
俺は人狼に肉薄する。
逃がす事も仲間を攻撃する事も許さない。
舞い上がる斬撃の雨で人狼を攻撃する。
「お前の攻撃は視えるんだよ!」
一方的な攻撃。
‘’二刀流!”
‘’なんか普通に様になってるな”
‘’もしかしてサキュ兄の全力って二刀流だったりする?”
‘’速いな”
もっと強く、もっと速く、そして倒す。
「これで、終わりだ!」
何百回と浅い斬撃を与えて、トドメの一撃として深く、深く袈裟で斬り裂いた。
舞い上がる血飛沫を気にする事無く、俺は仲間達の所に戻った。
「ごめん」
地面に倒れて、血を流すゴブリン達。
「クソがっ」
この眼がもっと早く来ていたら、こんな光景は見てなかった。
地面に膝を着いて、殴る。
自分に対する怒りだ。弱い、自分への怒り。
何回も何回も地面を殴る、肉がちぎれ血が出ようとも、骨がミシミシと音を鳴らしても、殴り続ける。
「また失った」
ゴブリンの生存⋯⋯ゼロ、同様にウルフも全員地面に倒れている。
ユリが短刀を杖にして俺の隣に立つ。
「ごめんユリ、ライム。また、まただ。また失ってしまった。クソ!」
倒せても、失ったモノは取り戻せない。
運命は決まっているとでも、変えられないとでも言うのか。
「まだですご主人様。皆生きてます」
「え?」
そう言われて集中してみると、テロップが出現した。
『ゴブリン死亡90%』
とても高い確率⋯⋯だけど生きている確実な証明。
「皆⋯⋯死んでない?」
「はい。あやつの殺す技術は確かに高かったです。ですが、ご主人様が皆に生きる力を技を教えてくださった。だから皆はギリギリ、命を繋いでおります」
人狼は肉薄してから、一瞬だけ止まり攻撃する。
それだけで、皆は生きるための行動をできた。
「ご主人様、誰も死んでおりません」
「ああ。急いで手当しよう。危険な状態だから」
「はいっ!」
良かった。本当に、良かった。
“皆死んで無いの? やった!”
“良かった。鬱にならないで済む”
“急いで応急処置や”
“まじで良かった。コイツらはさらに強くなるな。そろそろ名前を与えてやろうよ”
“ありがとう神様”
“覚醒したのでもう負けないね”
“フラグか?”
‘’余韻に浸りたい”
“味方死亡無しで勝利おめでとう!”
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