ウルフの魅了はエロくない!
「ど、どこからだ!」
「分からないわよ!」
「いや、死にたくない」
そのモンスターは他のモンスターよりも賢かった。
上層、四層に居て良いモンスターではなかった。
「いやあああああ!」
男の首をあっさりと手に持つ剣で刎ねる。
相手が誰か分からない恐怖を探索者達は感じていた。
殺戮、略奪、それらを繰り返し強くなり賢くなったモンスター。
得意な地理を把握し獲物を待つ、そのモンスターはまさに狩人。
失敗から学び、研鑽を重ねた。
その結果、初心者が沢山入るこの春に大量の肉塊を一体で作り出した。
「え?」
人間がどうしたら恐怖を感じるのか、どのような人間が強くて弱いのか。
学び学び学んで、そして強さを得た。
戦う強さ、殺す強さ、そして狩る強さ。
「いや。こんなの、嫌だよ」
ただの肉塊、血肉が残る人間の死体。
それが目の前に落とされたら大抵の人間は恐怖する。
恐怖するから足が震える、足が震えるから行動できない、恐怖の前には人間はとても弱くなる。
だからこそ、このパーティも全滅するのだ。
人間の死体を見られて逃げられたら厄介なのを知っている。
だからバレない用に片付ける。
そのモンスターは賢かった。だから強くなった。
だから知る由もない。
敗北の運命を。
◆
「始めっ」
腕相撲最終戦、ユリ対ゴブリンの中では一番パワーの強い奴。
そろそろ本格的に名前を決めないとならないのだが、思いつかない。
安直な名前は嫌だし、帰ったらネットで花の名前でも調べようかな。
「ふん。この程度か」
ユリに向かって全力で力を込めているが、ビクともしない。
イレギュラーな進化系のユリと進化前のゴブリンの力比べなんて、火を見るより明らかだろう。
ある程度差を見せつけたところで、ユリが軽く勝利した。
「ご主人様、私勝ちました!」
「ああ。そうだな」
他のゴブリンに勝ち目は無かっただろうが、ユリに勝てるかもしれないと言う淡い期待があったのだろう。
「おいで」
「はい!」
満面の笑みを浮かべたユリは俺の隣に座って、横たわる。
膝枕だ。
「よしよし」
頭を撫でると、心底嬉しそうに笑みを作る。
まるで⋯⋯。
“お母さんと娘みたい”
「膝枕なんかがご褒美で良いのか?」
「はいっ!」
悔しそうなゴブリン達だが、ユリだからか、納得はしている様子。
ウルフ達はそもそも、俺が良く遊んでいるので興味がなかった様子。⋯⋯ウルフって仲間になると犬みたいで可愛いんよね。
十体以上で来た場合は問答無用で切り捨てるけど。
一体一体なら仲間にしたい。
ライムもずっと抱っこしているので、興味は示さなかった。今も胸の上に居るし。
ちなみにどうしてこうなったのかと言うと、視聴者が悪い。
日本語を覚えようとコメントを見ていたユリはひらがなをあやふやだが覚えた。
その事に気づいた視聴者がひらがなオンリーで、『仲間にはご褒美が必要だよ』とユリに進言したのだ。
その内容も理解して、増えたひらがなコメントの中でユリが決めた。
流石に全員だと時間がかかるって事で、単純な腕相撲の勝者に与えられる事になったのだ。
あの時の勝ちを確信したユリの顔は今でも忘れない。
「ま、一緒にずっと居るのに、褒美が無いってのも上司失格だからな」
たまには、こう言うのも悪くない。
“癒される”
“サキュバスに尊さを得た友人がいたから観に来たけど、確かに納得する”
“新規です”
“初めまして”
“鬼っ子娘と戯れる配信があると聞いて”
“カワユス”
“ぬほほ”
“ユリちゃんはこのまま成長しないで欲しい”
“そろそろウルフ魅了が気になるな”
“まだ見てたいけど配信が終わりそう”
“次行きましょ次”
“ズボンを脱ごう”
少し経過して、俺達は移動した。
今の戦力ならダークウルフが来ても問題ないだろうし、十体のウルフも問題ない。
ウルフ群の場合は既に前提条件が変わっている。武器が違うのだから。
もう誰も失わせない。今度こそだ。
「おっと。ウルフ発見」
“来ました魅了タイム!”
“今日は会議する?”
“ウルフのテイムはどうするのかな”
ウルフは獣だ。
露出させて迫っても魅了が発動する事は無かった。
ならば俺はどうやって魅了したのか、今からやろうと思う。
する度にユリが嫌そうな顔をするけどね。
「まずは近づく」
ウルフは俺に気づくと、牙を光らせて襲い来る。
怯まず、足を前に出して剣を鞘ごと横に倒す。
最初に剣を噛ませておく。
その後、余った手でウルフの身体のどこでも良いので優しく撫でる。
「私は敵じゃないよ」
これが重要。
自分は敵じゃないと耳元で優しく囁くのだ。この時、「俺」や「僕」だと魅了は発動しない。
細かい条件? 知らん。本能的にそうだと分かるんだ。
最後に頬か額にキスすれば魅了が発動する。
ウルフの魅了を模索している時にピンッと来たのだ。
「ムー」
ユリは嫉妬する。
“⋯⋯エロ、くない”
“嘘だそんな事!”
“なん、だと”
“もうこれからウルフ魅了禁止だな”
そう、魅了するまでなら肌を露出させる事は無い。ピチピチに輪郭を出す必要も無い。
つまり、恥ずかしくないのだ。囁きの言葉も一人称を変えるだけ。私呼びは面接時もあのような感じなので羞恥心など感じない。
しかし、問題はあるのだ。
それが、魅了した直後のウルフは興奮状態と言う事だ。
俺の口⋯⋯って言うかサキュバスの口付けで魅了した場合、強制的に相手に魅力を感じさせるためか、ダークウルフ戦でユリにした『精力』が発動する。
結果、呼吸を荒くして俺の尻尾の付け根を嗅いでくる。
求愛アピールだ。
“なんっだと”
“ウルフお前、視聴者全員がやりたい事をやりやがったな!”
“何がどうなっているんだ”
“羨ましい”
「あ、ちょ」
今までのウルフならそれで問題なかったのだが、サキュバスとしての能力が上がっているのか、今回のウルフはそれだけで終わらなかった。
舌を出して迫って来るのだ。
今までに無い事なのでびっくりして、バランスを崩して倒れてしまう。
「あ、ちょ、ウルフ止めろ」
興奮状態だと命令はあまり聞いてくれない。
俺のふくらはぎをぺろぺろ、次に太ももをぺろぺろ。
「ちょったんま。くすぐったい」
“ナイス!”
“これからウルフの魅了は積極的にやろう!”
“もう確信犯やろ”
“エロい。むしろいつも以上にエロい”
“これがウルフの数が少ない理由か”
“納得”
“もっと深く”
“あとちょっと”
や、やばい。これ以上は初期衣装の下着が⋯⋯。
そう焦っていると、ユリがウルフを思いっきり蹴飛ばした。
壁にめり込む程の強さだ。
腰に担いでいる短刀を抜き、逆手持ちに切り替えて突き刺す構えを取りながらジリジリと近寄る。
ゴブリン達が必死に止めるが、ユリの殺意は収まらない。
「た、助かったぁ。あぁあ、ベトベトだよ」
仲間のウルフが自分達の身体で拭いてくれる。
「ありがと」
今後はウルフ魅了も気をつけないとな。
“ユリちゃん怖い”
“ダークウルフ倒した後から感情豊か”
“成長しているんだろうか”
“モンスター達に癒される”
そして進むと、ようやく到来した。
同じヤツらではなくても、俺達の最初の全滅を起こしてくれたヤツら。
ウルフの群れ、合計数は十体。
「ご主人様、私達だけでやらせてくれませんか?」
「ダメだ。これは俺のケジメでもある。だから三体はやる」
「分かりました」
あの時とは違い、改良を重ねた訓練によって強くなったゴブリン達。そして進化したユリ。
ウルフには手伝わせない。
俺が最初に前に出た。
ダークウルフよりも見かけなかった多い群れ、同じ個体じゃないだろうけど、俺にとっては報復の一つ。
そして、木の剣ではなく鉄の剣、ユリ達の心配もいらない。
俺達がこいつらに負ける要素は⋯⋯控えみに言って皆無。
傲慢でも慢心でもない。冷静な分析によって考えた結論だ。
俺は一太刀でウルフの首を刎ねる、それを合計三回繰り返す。
“怒りのパワーかな?”
ユリの指揮の下、動いたゴブリン達も勝利を苦戦しながらも収めた。
負傷者ゼロの完全勝利だ。
「ご主人様、あの時よりも我々の数は少ないです。それでも、勝ちました」
「ああ。明日は日曜日か。⋯⋯帰りにゴブリンを二体程仲間に加えて、明日は四層に向けて出発だ」
「⋯⋯はいっ!」
“ついに四層か”
“明日が楽しみ”
“最後まで魅了をするって、今日は中身がたっぷりだぜ”
“サキュ兄が進んで魅了だと?! 明日は天変地異だな”
“自分から進んでも最終的に会議に逃げて恥じらいを見せてくれる。サキュ兄好き”
“さて、二回分のポーズとセリフを考えるか”
“頼むから二体当時に来ないでくれ”
“楽しみやなぁ”
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