基礎を極める技術を極めるか
「これならどう?」
つま先立ちに変えたクジョウさんはその足で軽やかに動き出した。
柔らかいステップとは裏腹にその斬撃は鋭く迅い。
さらに、ダンスのように踊っているのかと錯覚する程の舞う斬撃が俺に襲いかかる。
一撃でも受けたら負けと思ってこの模擬戦をやっている。だから。
「全力で防ぐ」
一撃、一撃丁寧に防ぐが、それだと手数が足りない事に気づいた。
足取りを考えて動き、舞い上がる斬撃を回避する。
「これだけじゃないよ」
「凄い技術ですね」
そんな斬撃の嵐に突きの攻撃も入れ込んで来る。
自身の機動力と速度を十二分に活かした戦い方だろう。
「君も技を使えるよね? なんで使わないの」
「俺の自論だが、技とは基礎を極限に極めたその先にあると思ってるんだ」
「その考え、嫌いじゃない。でもそれだと限界があるよ」
ギアが上がった!
先程よりも素早くなった斬撃が襲いかかる。
一振で三つの斬撃が視認できてしまうくらいの速度だ。
ただ、速度を重視しているせいか、角度が甘い。
「これも避けるのか」
「だいぶキツイけどね」
技とは基礎を基盤としている。
基礎がしっかりとしてない人の技なんて素人がそれっぽく剣を振るってるだけに過ぎない。
極限まで基礎を鍛えるのは、人間の生涯では厳しいと思う。
だから技に移行できるまで基礎を固め、己の得意とする技を磨く。
普通の達人とかならそうするだろう。
だが、俺はしない。⋯⋯正確にはできないが正しいか。
全ての五感を使い活かすには特定の技に頼る事はできない。
特化した技ではなく、臨機応変に戦える状態にする。
そのためには基礎が何よりも突出してないといけないのだ。
ただ、先生には勧められなかった。
なぜか。理由は簡単。
器用貧乏、広く伸ばすと浅くなり、狭く深く極めた技に負けるからだ。
いずれ限界が来る⋯⋯そう言われた。
「これも俺の自論だがな。限界なんてのは他人に決めつけられるモノでも、ましては自分で決めるモノでもない。限界なんて、この世に存在しない!」
「その考えも、結構好きだよ」
「ありがとう!」
会話を交わす中でも彼女の斬撃に衰えは見えない。体力とか無限だったりします?
種族を使っていると言われた方がまだ納得できる⋯⋯その場合は速攻で負けてるけど。
「しかし、だいぶ慣れたよ」
一旦、強撃で相手の攻撃を弾いて連撃をストップさせ、バックステップで距離を大きく開ける。
掴んだ。相手の癖を。
磨かれた技にはそれを行うために特定の癖が出てしまうモノだ。
「それさえ分かれば⋯⋯」
踊る斬撃が三本、六本と増える。
だけど、今の俺には分かる。感じる。視える。
「こうだろ」
剣速は絶対に負けている。
だが、最低限俺に当たらないように攻撃を逸らし防ぐ事は可能だ。
横へと素早くステップで移動し、首を狙って突きを放つ。⋯⋯それも読めている。
ノールックで防御する。
「え⋯⋯」
「足先の動かし方、肩の動かし方、目線の動き方、その全ての癖を情報化させて捉えた。今のままじゃ俺に、クジョウさんの刃は届かない」
「⋯⋯今までも一度も当たってないよ?」
「それは必死に躱してるからね」
さて。
そろそろ俺も攻撃に移ろう。
誰も彼も限界が訪れるから技を鍛えろと言って来た。
だが基礎だけを鍛え伸ばした。
「単純で誰でも扱える剣術。その一撃を今、使います」
「うん」
彼女が突きの構えをし、俺は両手で剣を持ち刃を掲げる。
それは剣道のように正しく正中線を捉えている。
「シッ!」
一息で空気を吐き出して迫って来るクジョウさん。その圧はまるで虎。
タイミングを測り、予測し、下半身に力を入れる。
一ミリたりともバランスを乱したりはしない。
正しく、剣を振り下ろす。
「まずっ!」
クジョウさんの身長よりも俺の方が少しだけ高い。それ故にリーチに違いが出る。
彼女の刃が届く前に俺の刃が彼女を襲う。
それが分かったら取る手段は回避か防御。
回避は間に合わない。だけど防御は間に合う。
ならば選択肢は一つだけ、防御だろう。
「くっ。重い」
「基礎技術のみの振り下ろしだよ」
男女の体格の違いはあるだろうが、力は俺の方が俄然上だ。
逃がさないために力を込める。
「でも!」
剣を斜めにして俺の剣を滑らす。
横側に移動した彼女は受け流されて、隙だからけに見える俺の腹に向かって攻撃をしかける。
だけど、受け流されると判断した瞬間に俺は手の力を緩めている。
「らっ!」
握り直し、彼女の方に向かって逆袈裟で斬撃を放つ。
「ッ!」
「やっぱり速度じゃ負けますか」
「燕返し?」
「剣なので、モドキですけどね。多分ですけど、だいぶ違いますよ」
それって技じゃないの? って目を向けられる。
基礎を鍛えて行くと自ずと身に付く技ってのはある。
あれだけ基礎技術を極めると豪語していたのに、それっぽいのは覚えている。
技に対抗するにはその技を理解しないとならないからね。
「まだ、俺の攻撃は終わってないよ!」
突きの構え。
突きの速度や鋭さではクジョウさんに一歩も二歩も劣るだろう。
だけど、彼女は回避は凄くても防御は脆い。
スピードアタッカーだからこその弱点。
回避できない正確さと速度さえあれば問題ない。
狙いは腹、喉、額、模擬戦なので寸止めは意識するが彼女には必要ないだろう。
「三段突き⋯⋯」
「それ以上の事ができるアナタがなんで驚いているんですか!」
ちなみに一撃目は受け流され、二撃目と三撃目は回避された。
クジョウさんは無表情ながらも少しだけ、嬉しそうな雰囲気を出しながら、肩を揺らして呼吸を荒くしている。
良かった。体力はあるようだ。
◆
(一年の中でもあの二人は別格だな。あの強さには才能と努力が必要不可欠⋯⋯素晴らしい)
「部長、ニンマリと笑うのはちょっと⋯⋯かなり引きます」
「すまない。有望な人を見るとつい、な」
クジョウナナミに関しては既に同じクランの幹部がスカウトをしている。返事はまだだが。
それくらいの実力者と同等に渡り合える存在が近くにいる。
仲間に欲しい。
卒業後すぐに探索者になるのならば、一緒にパーティを組みたいと思う程に。
部長は思う、彼ほどの実力者ならどんな種族でも強いのだろうと。
だからこそ思い至らない。
世間で話題沸騰中、未だに中身が特定されてない、前代未聞のサキュバス中身男子高生がその彼だと。
性別や体格が大きく変われば、積み上げていた技術に綻びができる。
きっと、部長は種族の彼の強さを見たらガッカリする事だろう。
少なくとも、今は。
そしてナナミの仲間達は二人の戦闘が激しいために参加できずにいた。
◆
「本当に、見切ったと言うの?」
「現状はね」
「⋯⋯そう」
これが彼女の全力と言う訳では無い。
俺と同じ土俵で戦っているから、全ての手札を出している訳じゃないのだ。
手加減ではなく、公正の闘いで全力を出している。
「そろそろ、俺も剣を通したい!」
「そうはさせない」
彼女の攻撃を全て捌いているが、逆に俺の攻撃も届かない。
無情にもこの闘いには前と同じように時間制限が存在する。
剣と剣が重なり、カンっと大きな音を轟かせ、次の瞬間に鼓膜に届くのはタイムアップの音。
「生存メンバーの多さにより⋯⋯」
クジョウさんのチームに負けた。
「ありがとうございました」
三人で対面に並び、闘いの礼を残して解散する。
クジョウさんとの対戦はまた見送りか。
その後も対戦は続き、クジョウさんのチームは次の闘いで負けた。
俺との闘いで疲弊したクジョウさんをまずは一人で抑え、二人で一人を素早く倒し、クジョウを一人残して三対一の構図を作った。
体力を消耗したクジョウさんは三人を倒す事はできずに負けてしまったのだ。
男子三人のチームが女子三人のチームに容赦なかった。
優勝チームは部長と副部長の二人のみのチームだ。⋯⋯この二人は頭一つ出ていて、とても強かった。
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