失う仲間と治る左腕の天秤
手負いのダークウルフと万全のダークウルフが揃ってしまった。
厄介なのは、手負いの方は魔法に徹して万全の方は肉弾戦と、役割分担ができる事だ。
最悪のケースは片方が隠れている仲間の所に向かう事。
庇いながら戦うのは正直、難しい。
「ご主人様」
ギュッと俺の服を握り締めるユリ。目尻が赤く染まっており、涙を流していたと分かる。
ユリが抱いている感情は多分、何もできない自分への怒りだろう。
「そうだな」
ユリが加わる事で戦力差が大きく埋まる訳では無い。
しかし、同数での戦いができれば、仲間の方に行かせる事は無いはずだ。
「わ、私も戦います」
少しだけ肩が震えている。怖いのだろう。恐ろしいのだろう。
それでも一緒に戦うと言う覚悟を口にする。
その覚悟を無下にはできない。
「ああ」
ゆっくりと並ぶダークウルフを見ながら、俺とユリは立ち上がる。
ユリの肩に手を置く。安心させるようにそっと。
「恐れる必要は無い。あの時は格上に見えたかもしれない。だけどな。ユリ、君は成長している。そして万全だ。だから大丈夫だ」
「⋯⋯はいっ!」
真っ直ぐな笑顔を向けて、短刀を構える。
完全に恐怖心が消えた訳では無い。その証拠に小刻みに揺れている。
それで良い。
武者震いのようなモノだ。
ある程度の緊張感、相手の方が強いと自覚する事で高まる集中力。
「新手は俺が相手する」
「それでは私は⋯⋯仇を打ちます」
俺とユリは同時に走り出した。
“ユリちゃん良く周り見てたね”
“ダークウルフの魔法背中に受けてたらやばかった”
“こんな事ある?”
“レアモンスターが二体、一体は弱ってるけど大丈夫かな?”
“ユリちゃん怪我しないでね!”
“怖い”
“ファイト!”
“真剣な戦いの中に多少のえろを混ぜるのが真の配信者”
“命大事に”
“サキュ兄とユリちゃんファイト”
“お前ならやれる”
“負けるビジョンが見えん”
手負いのウルフから魔法がユリに向かって放たれる。
冷静に見たユリは走りながら回避し、その相手に向かって突き進む。
妨害する為に新たに現れたウルフが爪を向けるが、ユリは一瞥しない。
それはなぜか。
俺が信頼されているからだ。
師として主として、その信頼に答えよう。
「らっ!」
まずは剣で爪を弾き、バランスを崩したタイミングで蹴りを入れる。
押す。立て直される前に畳み掛ける。
倒せるまで、奴を倒せるまで、俺は猛攻を止めない。
“鬼人の如し”
“身体能力の高い種族のサキュ兄が見たくなる”
“サキュ兄のマジ顔、新たな扉を開きそうだ”
“その顔で罵倒して欲しい”
“ユリちゃんも頑張ってる!”
“結構ダークウルフってでかいんやな”
“ユリちゃん実は角で身長誤魔化している? ゴブリンの時よりも小さく見える”
“ダークウルフでかいな”
相手からの反撃を弾きながら、攻撃を繰り返す。
回避も防御もしない。全て受け流すか弾く。
懐に飛び込んだのなら、一歩も外には出ずにその間合いも崩さない。
牙も爪も今の俺には大した違いは無い。
◇
「くっ」
ご主人様がかなりの攻撃を当てていたはずなのに、動きに衰えが全く感じない。
それどころか、怪我を負う前よりも強くなっている気がする。
なんで?
「もしかして⋯⋯」
コイツも戦いの中で成長しているのか。
いや、それは当然の事かもしれない。
戦いの中で学び成長する、それは私にも言えるし仲間全員同じ事が言える。
ライムは戦った事ないだろうから違うかもしれない。
とにかく、今の私では刃を通す事が至難の業だ。
「ご主人様なら、もっと上手く、もっと素早くできるのに!」
なんで私には無理なんだ。
分かってる。圧倒的な技術の差だと。
比べるだけ無駄と分かっているんだ。
だけど、先程までの戦いを観察してどうしても比べてしまう。
「ここっ!」
爪の攻撃を短刀で防ぐ。防いだだけ。
そのまま力を加えて押し返す。押し返しただけ。
ご主人様なら一回で防御ではなく受け流しか回避をする。
剣に負担をかけない戦い方をする。
でも、私には回避すると言う判断の前に防御の動きをする。
そうじゃないと攻撃を受けてしまうから。
「私はご主人様のために、強くなるんだ」
考えを変えよう。
回避や受け流し、攻撃はできてないが受け止めての防御はできている。
初めて会った時は掠れた視界の中で仲間が無惨に殺されていた。
その光景が脳裏に焼き付き、今でも鮮明に思い出せる。
怖くて、戦えるのかも不安で、とても苦しい。
だけど、今は違う。戦えている。
怖くても逃げ出したいとは微塵も思わない。
「私も成長するんだ」
戦いの中で成長する。
相手の動きを観察して、自分の勝てる動きを模索する。
臨機応変の対応こそが勝敗を分ける、順応に戦いを進めろ、ご主人様の言葉を思い出せ。
私には私にできる事があるはずだ。
「ここっ!」
何度目かの攻撃か分からない。
爪の攻撃にタイミングを見て防御に入る。
だいぶタイミングが掴めて来た。
⋯⋯そう、私は防御が成功するのだと確信して、次の行動に思考を巡らせていた時だ。
いきなり奴は爪を引っ込めて、牙を剥き出しに腹に進んで来る。
ご主人様なら見抜けて回避できたフェイント攻撃。でも、私にはできなかった。
咄嗟に反応してバックステップするが、それでも遅い。とても遅い。
「あがっ」
深く、牙がくい込み腹の肉を抉り出す。
今まで一度も感じた事のない、激痛が腹を中心に広がる。
熱い。食われた部分が凄く熱い。
「かはっ」
口からも抉られた場所からも大量の血が出る。意識が朦朧とする。
「だめ、だ」
地面に刃先を突き立てて、倒れないように身体を支える。
ここで倒れたらご主人様は心配して、私を助けに来てしまう。
⋯⋯結局、私は足でまといだ。
「だったら」
足でまといになるくらいなら、せめて大きな一撃を与える。
この命を使ってでも、決める。
「ごふっ」
薄れる視界の中でも必死にダークウルフに焦点を合わせる。
タイミングは死ぬまでの僅かな時間。
「こい」
私の言葉と同時にダークウルフは白い牙を輝かせて迫り来る。
さっきよりも何倍も大きく見える。
歪む視界のせいか、私がダークウルフに対してそれだけの恐れを抱いているせいか。
正確に体格が見れないのは狙いが定まらないので止めて欲しい。
首を狙われる。痛みに堪えるべく、限界まで歯を食いしばり力を入れる。
「ぐっ」
「えっ」
私の前にご主人様が現れた。その腕にはウルフが噛み付いている。
「なに、を」
「なに、命捨てようとしてんだ」
グギギ、と骨が軋む音が耳に届く。
このままではご主人様が⋯⋯。
「いつまで噛み付いてんだ!」
剣を伸ばして逃がす。
ご主人様が戦っていたダークウルフはかなりのダメージを受けていた。
やはりご主人様は強い。
「ご主人様、わた、私⋯⋯」
私のせいでご主人様の左腕が⋯⋯。
ご主人様は私の頭に手を乗せた。
その温もりが心を落ち着かせる。
「治らない訳じゃない。失う訳じゃない。良いな?」
「うぅ、はい」
私は弱い。
本当に、死にたくなる程に、とても、とても弱い。
◆
“大丈夫か!”
“ユリちゃんを庇った!”
“二人とも生きてて良かった”
“ユリちゃんに気を配りながらノーダメでダークウルフ相手してたの普通に異常”
左手が全く言う事を利かない。
ユリがメソメソ泣いて、自分の行いを悔いている。
命を懸ける覚悟は尊重するが、それは今じゃない。
もう誰も失いたくないんだ。
手負いのダークウルフ二体、まだ戦えるか?
せめて、仇の方は絶対に倒したい。
今の俺だと少しだけ難しい。
攻撃などに左手は使ってないが、それでもバランスなどが変わる。
使うしかないか。
サキュバスの能力、淫魔特有の能力。
もしも使えばこの状況をどうにかできるかもしれない。
⋯⋯だけど問題がある。
それは⋯⋯その能力が同性(肉体的)のユリに発動するかどうかだ。
魅了が通じるならもしかしたらいけるかもしれない。
相手もそろそろ動き出す。迷っている暇は無い。
「ユリ、まだ戦えるか」
腹の攻撃はかなり深い。動けるか質問する。
「もちろんです」
血を吐きながら決意を見せる。俺は大丈夫だと判断した。
そして、視聴者に見せて来なかった能力を使う。
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