表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

25/244

失う仲間と治る左腕の天秤

 手負いのダークウルフと万全のダークウルフが揃ってしまった。


 厄介なのは、手負いの方は魔法に徹して万全の方は肉弾戦と、役割分担ができる事だ。


 最悪のケースは片方が隠れている仲間の所に向かう事。


 庇いながら戦うのは正直、難しい。


 「ご主人様」


 ギュッと俺の服を握り締めるユリ。目尻が赤く染まっており、涙を流していたと分かる。


 ユリが抱いている感情は多分、何もできない自分への怒りだろう。


 「そうだな」


 ユリが加わる事で戦力差が大きく埋まる訳では無い。


 しかし、同数での戦いができれば、仲間の方に行かせる事は無いはずだ。


 「わ、私も戦います」


 少しだけ肩が震えている。怖いのだろう。恐ろしいのだろう。


 それでも一緒に戦うと言う覚悟を口にする。


 その覚悟を無下にはできない。


 「ああ」


 ゆっくりと並ぶダークウルフを見ながら、俺とユリは立ち上がる。


 ユリの肩に手を置く。安心させるようにそっと。


 「恐れる必要は無い。あの時は格上に見えたかもしれない。だけどな。ユリ、君は成長している。そして万全だ。だから大丈夫だ」


 「⋯⋯はいっ!」


 真っ直ぐな笑顔を向けて、短刀を構える。


 完全に恐怖心が消えた訳では無い。その証拠に小刻みに揺れている。


 それで良い。


 武者震いのようなモノだ。


 ある程度の緊張感、相手の方が強いと自覚する事で高まる集中力。


 「新手は俺が相手する」


 「それでは私は⋯⋯仇を打ちます」


 俺とユリは同時に走り出した。


 “ユリちゃん良く周り見てたね”

 “ダークウルフの魔法背中に受けてたらやばかった”

 “こんな事ある?”

 “レアモンスターが二体、一体は弱ってるけど大丈夫かな?”


 “ユリちゃん怪我しないでね!”

 “怖い”

 “ファイト!”

 “真剣な戦いの中に多少のえろを混ぜるのが真の配信者”


 “命大事に”

 “サキュ兄とユリちゃんファイト”

 “お前ならやれる”

 “負けるビジョンが見えん”


 手負いのウルフから魔法がユリに向かって放たれる。


 冷静に見たユリは走りながら回避し、その相手に向かって突き進む。


 妨害する為に新たに現れたウルフが爪を向けるが、ユリは一瞥しない。


 それはなぜか。


 俺が信頼されているからだ。


 師として主として、その信頼に答えよう。


 「らっ!」


 まずは剣で爪を弾き、バランスを崩したタイミングで蹴りを入れる。


 押す。立て直される前に畳み掛ける。


 倒せるまで、奴を倒せるまで、俺は猛攻を止めない。


 “鬼人の如し”

 “身体能力の高い種族のサキュ兄が見たくなる”

 “サキュ兄のマジ顔、新たな扉を開きそうだ”

 “その顔で罵倒して欲しい”


 “ユリちゃんも頑張ってる!”

 “結構ダークウルフってでかいんやな”

 “ユリちゃん実は角で身長誤魔化している? ゴブリンの時よりも小さく見える”

 “ダークウルフでかいな”


 相手からの反撃を弾きながら、攻撃を繰り返す。


 回避も防御もしない。全て受け流すか弾く。


 懐に飛び込んだのなら、一歩も外には出ずにその間合いも崩さない。


 牙も爪も今の俺には大した違いは無い。


 ◇


 「くっ」


 ご主人様がかなりの攻撃を当てていたはずなのに、動きに衰えが全く感じない。


 それどころか、怪我を負う前よりも強くなっている気がする。


 なんで?


 「もしかして⋯⋯」


 コイツも戦いの中で成長しているのか。


 いや、それは当然の事かもしれない。


 戦いの中で学び成長する、それは私にも言えるし仲間全員同じ事が言える。


 ライムは戦った事ないだろうから違うかもしれない。


 とにかく、今の私では刃を通す事が至難の業だ。


 「ご主人様なら、もっと上手く、もっと素早くできるのに!」


 なんで私には無理なんだ。


 分かってる。圧倒的な技術の差だと。


 比べるだけ無駄と分かっているんだ。


 だけど、先程までの戦いを観察してどうしても比べてしまう。


 「ここっ!」


 爪の攻撃を短刀で防ぐ。防いだだけ。


 そのまま力を加えて押し返す。押し返しただけ。


 ご主人様なら一回で防御ではなく受け流しか回避をする。


 剣に負担をかけない戦い方をする。


 でも、私には回避すると言う判断の前に防御の動きをする。


 そうじゃないと攻撃を受けてしまうから。


 「私はご主人様のために、強くなるんだ」


 考えを変えよう。


 回避や受け流し、攻撃はできてないが受け止めての防御はできている。


 初めて会った時は掠れた視界の中で仲間が無惨に殺されていた。


 その光景が脳裏に焼き付き、今でも鮮明に思い出せる。


 怖くて、戦えるのかも不安で、とても苦しい。


 だけど、今は違う。戦えている。


 怖くても逃げ出したいとは微塵も思わない。


 「私も成長するんだ」


 戦いの中で成長する。


 相手の動きを観察して、自分の勝てる動きを模索する。


 臨機応変の対応こそが勝敗を分ける、順応に戦いを進めろ、ご主人様の言葉を思い出せ。


 私には私にできる事があるはずだ。


 「ここっ!」


 何度目かの攻撃か分からない。


 爪の攻撃にタイミングを見て防御に入る。


 だいぶタイミングが掴めて来た。


 ⋯⋯そう、私は防御が成功するのだと確信して、次の行動に思考を巡らせていた時だ。


 いきなり奴は爪を引っ込めて、牙を剥き出しに腹に進んで来る。


 ご主人様なら見抜けて回避できたフェイント攻撃。でも、私にはできなかった。


 咄嗟に反応してバックステップするが、それでも遅い。とても遅い。


 「あがっ」


 深く、牙がくい込み腹の肉を抉り出す。


 今まで一度も感じた事のない、激痛が腹を中心に広がる。


 熱い。食われた部分が凄く熱い。


 「かはっ」


 口からも抉られた場所からも大量の血が出る。意識が朦朧とする。


 「だめ、だ」


 地面に刃先を突き立てて、倒れないように身体を支える。


 ここで倒れたらご主人様は心配して、私を助けに来てしまう。


 ⋯⋯結局、私は足でまといだ。


 「だったら」


 足でまといになるくらいなら、せめて大きな一撃を与える。


 この命を使ってでも、決める。


 「ごふっ」


 薄れる視界の中でも必死にダークウルフに焦点を合わせる。


 タイミングは死ぬまでの僅かな時間。


 「こい」


 私の言葉と同時にダークウルフは白い牙を輝かせて迫り来る。


 さっきよりも何倍も大きく見える。


 歪む視界のせいか、私がダークウルフに対してそれだけの恐れを抱いているせいか。


 正確に体格が見れないのは狙いが定まらないので止めて欲しい。


 首を狙われる。痛みに堪えるべく、限界まで歯を食いしばり力を入れる。


 「ぐっ」


 「えっ」


 私の前にご主人様が現れた。その腕にはウルフが噛み付いている。


 「なに、を」


 「なに、命捨てようとしてんだ」


 グギギ、と骨が軋む音が耳に届く。


 このままではご主人様が⋯⋯。


 「いつまで噛み付いてんだ!」


 剣を伸ばして逃がす。


 ご主人様が戦っていたダークウルフはかなりのダメージを受けていた。


 やはりご主人様は強い。


 「ご主人様、わた、私⋯⋯」


 私のせいでご主人様の左腕が⋯⋯。


 ご主人様は私の頭に手を乗せた。


 その温もりが心を落ち着かせる。


 「治らない訳じゃない。失う訳じゃない。良いな?」


 「うぅ、はい」


 私は弱い。


 本当に、死にたくなる程に、とても、とても弱い。


 ◆


 “大丈夫か!”

 “ユリちゃんを庇った!”

 “二人とも生きてて良かった”

 “ユリちゃんに気を配りながらノーダメでダークウルフ相手してたの普通に異常”


 左手が全く言う事を利かない。


 ユリがメソメソ泣いて、自分の行いを悔いている。


 命を懸ける覚悟は尊重するが、それは今じゃない。


 もう誰も失いたくないんだ。


 手負いのダークウルフ二体、まだ戦えるか?


 せめて、仇の方は絶対に倒したい。


 今の俺だと少しだけ難しい。


 攻撃などに左手は使ってないが、それでもバランスなどが変わる。


 使うしかないか。


 サキュバスの能力、淫魔特有の能力。


 もしも使えばこの状況をどうにかできるかもしれない。


 ⋯⋯だけど問題がある。


 それは⋯⋯その能力が同性(肉体的)のユリに発動するかどうかだ。


 魅了が通じるならもしかしたらいけるかもしれない。


 相手もそろそろ動き出す。迷っている暇は無い。


 「ユリ、まだ戦えるか」


 腹の攻撃はかなり深い。動けるか質問する。


 「もちろんです」


 血を吐きながら決意を見せる。俺は大丈夫だと判断した。


 そして、視聴者に見せて来なかった能力を使う。

お読みいただきありがとうございます!

評価、ブックマークありがとうございます。とても励みになっています

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ