崩壊を迎える世界 と ◆おまけ◆
「⋯⋯復活は⋯⋯しないね」
月の上で全員で休んでいる。
魔力を一気に放出した結果である。
少し体力が回復して、動けるようになってから俺はあっちの世界へ向かった。
英雄や龍以外の世界の住人もいるだろうが、その程度は相手できるだろう。
この世界に来た理由はただ一つ、未だに生産機として使われている勇者の救出だ。
俺の祖先でもある。
「⋯⋯ッ!」
レイが飛び出し、想い人の元へ向かった。
何億年ぶりの再会だろうか。
どんなに惨い状態だったとしても嬉しいだろう。
過去から残った数少ない大切な宝なのだから。
「キリヤ、これからどうするの?」
「そうだな。まずは休みたいところだけど⋯⋯」
世界の狭間が最後の一撃の影響で綻びが生まれた。
このままでは狭間が消えて混ざる事になるだろう。止める事はできない。
この世界の滅びは濃密な魔力により世界が耐えられなくなったからだ。それは俺らの世界でも同じ事。
「魔力に耐えられる世界にすれば、問題は無くなるな」
「でもどうするの? そんな解決策を考える時間があるの?」
「もう方法は一つだけ決まってる」
「ん?」
俺はナナミの目を覗いた。何を考えているのか、それだけで察したらしい。
どうなるか分からない。だけど俺にやらない選択肢は存在しない。
「俺の目的は皆を護る事だ。マナやアリス、ユリやナナミ、皆だ。大切な皆を護る。その最善策を選ぶだけだ」
「そう。⋯⋯まだ、時間はあるよね?」
「あると思う」
レイのところの整理ができたら、俺も整理しに行こうかな。
時間にしては二日程だろうか、そのくらいの時間が経過して俺達は帰還した。
融合が進みつつある世界。
「お兄ちゃん!」「キリヤ!」
俺はまず二人の前に顔を出した。
「ただいま」
「「おかえり!」」
マナがギューッと抱きしめて来る。
「ナナミン、おかえり」
「うん。ただいま」
マナが俺を引っ張って家の中に入れようとする。労ってくれるのだろう。
だが、俺はそれを拒絶した。
「え?」
「今から俺の話す事を良く聞いてくれ」
真剣な面持ちの俺を見て、二人は息を飲んだ。
ゴクリ、と喉を鳴らす音も聞こえた。
「俺は世界と同化する」
「⋯⋯ん?」
「ざっくり言えば、俺は皆の前から消えて眠りにつく。何年寝るか分からない。何十、或いは何億か」
「え、お兄ちゃん、いなくなっちゃうの」
予想はしていたが、マナが涙を流して拒否した。
「嫌だよ! お兄ちゃんがいなくなるの嫌だよ!」
「俺も嫌だよ。⋯⋯でもごめん。そうするしか方法がないんだ」
世界が融合すれば滅びが始まる。あっちの世界と同じ末路を辿るだけだ。
俺が世界となってバランスを保つ事さえできれば、崩壊を防げる。
「嫌だよ。お兄ちゃんともっといたいよ」
「ごめんな。でも安心してくれ。皆の記憶から俺を消す。そうすれば悲しく⋯⋯」
それを言うと、黙っていたアリスに頬を叩かれた。
痛くはなかったが、驚きはした。
「それで良いと思ってる?」
「⋯⋯ああ」
「アタシもキリヤと離れるのは悲しいよ。でも止める気は無かった。君が何を目指しているか知ってるから。⋯⋯でもそれは違うでしょ。悲しませないためにアタシ達のために頑張ってくれた君の記憶を消すのは違う!」
「⋯⋯だけど」
「アタシは死ぬまで君を覚えている。忘れたりしない。悲しみと同時に感謝も抱く。⋯⋯だからそんな酷い事、しないでよ」
アリスはそれだけ言うと、線が切れたように涙を流し出した。
マナは手にぎゅっと力を込めて、俺を逃がさないようにする。
しかし、アリスの手が肩に置かれ心への整理を付け出した。
「お兄ちゃんの事、ずっと好き。これからも好き。⋯⋯だから待ってる。どんなに長くても待ってる。⋯⋯お兄ちゃんらしい事、もっとして欲しい。妹らしい事、もっとしたいから」
「ああ。ありがとう」
俺はマナを抱きしめた。
その後にナナミの方を見る。
「ナナミはどうする?」
「⋯⋯知っての通りユナになってから私の身体は魔法物質になってる。寿命と言う概念は無い。あったとしても変わらない。君を待つよ。君の隣にいたいから。⋯⋯だけど、しばらくはアリス達といる」
「そっか。色々とありがとうな」
「うん。起きたらめいっぱい恩返ししてね」
「ああ」
「結婚、しようね」
「ああ」
俺はアリス達に別れを告げてから、他の人達にも挨拶をして行った。
そして月に向かった。
「ご主人様⋯⋯」
「長期の間俺はいなくなる。その間、ユリに全てを任せる」
「お任せ下さい。ご主人様のお目覚めをどこまでもお待ちしております」
俺が少し違和感を感じて呆然としていると、ユリがどうしたのかと質問してくる。
「いや、なんだ。こんな事するとユリは止めると思って」
「それはもうマナ様がおやりになりました。肉親であり妹であるあの方が認めたのです。私がわがままを言えるはずありません」
ユリは悲しさを押し殺した様な表情を浮かべた。⋯⋯本当は嫌なんだな。
その後も仲間達一人一人に挨拶して行った。
皆、この戦いに協力してくれた人達だから。
そして挨拶を終えた俺はレイの所へ向かった。
車椅子に座り、虚ろな目をしながらも軽やかな笑みを浮かべる勇者とレイがそこにはいた。
「やるのかい?」
「ええ」
「⋯⋯そうか。こんな役目を与えてしまって、申し訳ないな」
「いえ。自分で決めた事ですので」
俺は二人の前で座って、自分の身体を分解して行く。
レイと勇者の協力あって可能になる。
『安心しなさい。アーシが一緒だから』
「安心できない一言をありがとう」
『⋯⋯は?』
この日、俺は完全に姿を消した。世界との同化を始めたのだ。
世界を融合させつつ、新たな世界を創造する。
皆を護るために。
◆3兆年後◆
「アリス〜起きろ〜」
俺、矢嶋霧矢は入学式早々寝坊をやらかしそうな幼馴染を叩き起していた。
「うへぇ。まだ寝たい」
「止めてくれ。今日は入学式なんだぞ。学生証を貰いたいんだよ! 早く行くぞ!」
「入学式は逃げないよ〜」
「時間は有限!」
アリスが着替え終わるのを待ってるから、学校へと足を向ける。
「兄さん弁当忘れてる」
「入学式は早帰りだからいらないよ?」
「その後直行するでしょ。ほら」
「そっか。ありがとう」
妹のマナが弁当を作ってくれた。ありがたく受け取る事にしよう。
そして、マナの後ろから扉を開けて出て来るロングヘアーの女の子がいる。
俺の双子の姉で霧月である。
「アリスちゃんおっはー」
「おっはームーちゃん」
「お前遅いぞ」
「君が早すぎるだけだにゃ」
「それな〜」
「あんたら⋯⋯」
学校へと向かって、入学式を終える。
校門の前で待ち合わせをしており、既に彼女が待っていた。
「あ、キリヤ。やっと来た」
「さっき終わったばっかなんだけどな⋯⋯まぁ良いや。行くか」
「うん」
待ち合わせをしていた相手はナナミである。俺が寄ると、すぐに隣に立って腕にしがみつく。指を絡めて手を繋ぐ。
小学校から一緒なので幼馴染に分類される。この位置も定着した。
「相変わらずのイチャつき具合」
「もはや恒例だね」
後ろから茶化して来るのはアリスとサナエである。サナエに関しては中学の時から一緒だ。
ナナミが二人に話しかけながらも腕を放す事はしなかった。
理由はもう片方にしがみついている、ユリが原因だろうな。
「⋯⋯て、キリヤその子は?」
「私はユリと言います。アリスさん、サナエさん、どうぞよろしくお願いします」
「キリヤいつの間にナンパしたのよ?」
「違うわ!」
全く。
「ちょっと良いか?」
「ん?」
赤髪の大きな男が俺の背後に気配を殺して立っていた。
当然、面識なんてのは無い。
俺はユリとナナミを引き剥がして二人っきりで会話をする事に。
「どう言うつもりだ。いや、どう言う事だ」
「どうとは?」
「なぜ我が生きて⋯⋯人間になっているんだ」
「やり残した事をやるためだ。色々とな。お前もやり残した事があるだろ。炎の龍」
俺は世界と同化して、初めにやったのは再生だった。
世界の融合は避けられない問題であり、崩壊も迫っていた。
進行を遅らせたとしても、二億年もすれば崩壊が始まった。
なので、再生する事にした。
ついでにやり残した事が多そうな奴ら全員も人間として蘇らせた。
記憶なども健在だ。
世界は皆を見捨てなかったし、覚えていた。だからできた事。
「妹とペットと楽しくやれば良いさ。友達が欲しいなら俺がなってやる⋯⋯いやなろうぜ。前の続きだ。剣で勝負だ」
「そうか。まぁ今日は遠慮しておく」
「⋯⋯そう。話は変わるが、そっちの妹とペット、俺の方の犬とも遊ばせて欲しい」
ウサギの好きな妹が彼にはいる。ダイヤと仲良くなれるはずだ。
「一つ聞いて良いか?」
「なに?」
「お前のやり残した事ってなんだ」
「簡単だよ」
俺はダンジョンのある、ギルドの方向に指を向ける。
「ダンジョンの完全制覇だ!」
「それと私との結婚」
ナナミがひょっこりと現れた。
記憶を引き継いで来れているのはごく一部だ。ナナミも含まれている。
アリス達の最期を見届けてから、俺が起きるまで寝てたらしい。
それと⋯⋯。
「そこは私で良くないですか? 家事全般できますし」
「高校から合流した後出しヒロインは正ヒロインにはなれない」
「幼馴染は負けヒロインって相場が決まってませんかねぇ?」
記憶を持っているユリ。二人の喧嘩が始まったので無視する。
「てな訳で、色々と人生をやり直しに来たんだよ。もちろん力を抑えているがな」
俺が本気を出せば自分の好きなように結果を変えられる。世界そのモノだから。
故にサナエが最初から友達になっているのだ。
「ダンジョンルールは変わってないからキリヤはサキュバス。サキュ兄復活だね。やったね」
「ツキリ⋯⋯やらんとダメ?」
「ムツキね。ム、ツ、キ! やるでしょ普通。皆期待しているのよ。せっかく分離させてくれたんだから、全面サポートしたげる!」
「あはは。嫌だなー」
ナナミとユリが両サイドからガシッと捕まえて来る。
「ご主人様は」「キリヤは」
「「どっちを取るの!」」
「話聞いて無かったから意味が分からん。⋯⋯とりまダンジョン!」
俺は二人の拘束からサラッと抜け出して、ギルドの方向へと走って行く。
横を走るユリとナナミ。そして後ろをムツキが走る。
「目指せダンジョン完全制覇!」
「ご主人様の魅了配信! 最高の巫女服の魅了にしましょう!」
「エッチな格好のキリヤ楽しみだな。そんな君も愛してるよ」
「頑張るぞー!」
「⋯⋯ぐすん」
皆でギルドに来た。
何で皆一緒なのかと言えば、純粋な癖である。
アリス達は記憶を忘れているはずなのに。
「行ってらっしゃい。英雄くん」
そんな言葉と共に背中を押された。
振り返り、その太陽のように眩しい笑顔を見た。
「おかえり。キリヤ。アタシ達は忘れないよ」
「⋯⋯ッ! ああ」
俺の戦いは終わった。世界を救い、全てを無かった事にした。
⋯⋯いや、無かった事にはできなかったのだろう。
俺達は過去に戻った訳じゃない。過去を救った訳でもない。
新たな未来を手に入れたのだ。
◆おまけその1◆
「やっぱりサキュバスかよ!」
俺とムツキは元は一緒。同じ力が使える。
世界の事象を操作できるのは俺だけじゃない。
「何でお前はちゃっかり精霊なんだよ!」
「え〜そりゃあ身体が小さい方がカメラマンに向いてるからね。さぁ、初の魅了配信始めるわよ〜」
「「おー!」」
「ね! なんで皆ノリノリなの! ふざけんなよ!」
結局俺は押される形で魅了をする事に。
どんなに強くなっても、どんなにやばい存在になっても。
恥ずかしい気持ちは無くならなかった。
相手はスライム。俺の始まりの相手。
服装は巫女服。肩と胸上を露出させている。
淡いロウソクのような炎を用意し、札と筆を準備した。
軽く振り返りながら、肩を中心に出して微かに胸が見える角度に微調整。
顔を赤らめ、艶めかしくなる。
⋯⋯なんで、こんなのしなくちゃならないんだよ。
ダンジョン踏破の夢は⋯⋯長そうだ。
「あ、ありゃ」
噛んだ⋯⋯。もういや。死にたい。死ねないけど。
「こ、こんな所に迷い込んでしまうなんて、い、いけ、いけけ、いけませんね」
全力で可愛らしい笑顔を向けて、筆で唇を撫でた。
ツヤツヤに輝く唇がカメラに写された。
“なにこれ”
“可愛いの”
“てかこいつ男らしいぞ”
“サキュ兄って言うのか”
“今後追うの確定”
“魅了されたかもしれん”
“スライムになりたい”
“笑顔がぎこちない”
“美しい”
“今後もっとエロい格好してくれるのかな”
“良いね”
“つまらんそう”
“弱そう”
“サキュバスで心男なのかな?”
“生活大変そう”
“同性愛者はサキュバスになるのかな?”
俺の目尻に浮かぶ涙。頬を伝う雫は俺の感情を表していた。
何で、こんな事しなくちゃならないの。
「尊いです」「良いね」「うーんもう少し艶っぽくして欲しいかな?」
もう嫌だ!
◆おまけその2◆
「おー。飛んだ! 飛んだぞローズ!」
「そうだな。⋯⋯凄いな」
再生能力の高いローズが妊娠するのは至難の業だった。
様々な方法を試しは失敗した。
試行錯誤してようやくアイリスとの子を授かり、今は空を飛んで遊んでいる。
「良かった⋯⋯本当に」
「ローズ?」
ローズの頬を流れる水にアイリスの顔が反射した。温かみのある笑顔を浮かべたアイリスが。
「ローズ、ありがとう」
ローズを安心させるためだろう。優しく抱き締めた。
「うん。ありがとうね」
「ママ、パパ、イチャイチャ!」
「「ッ! そんな言葉をどこで⋯⋯レイ様ああああああ!」」
◆おまけその2追加◆
とある墓の前で座り、地球を見下ろすサキュバスがいた。
「何か叫び声が聞こえた気がするわね⋯⋯気のせいかしら。ねぇ、アナタの見たかった世界はここにある? 龍も人間も魔族も、等しく幸せに暮らせるチャンスを得た。平和な世界⋯⋯君は、この世界をどう思う?」
墓に手を置いて、愛おしそうに撫でた。
幸せになるチャンスは平等に与えられた。
それはキリヤ達の世界の皆や龍達の世界の皆である。
そう、全てに平等にやり直せるチャンスが与えられたのだ。
「嬉しいさ。また君とこうしていられるから。ずっと愛してる。この気持ちは変わらない」
「そう。ありがとう」
「⋯⋯この墓破壊しない? 自分のお墓があるって結構恐怖なんだよ」
「ダメよ。これはあの子達の分も含まれてる。だから、一緒にいてあげて」
レイの後ろに複数人の子供が歩み寄る。
「母さん、死んだ扱いしないでよ。確かに一度は死んだかもしれないけどさ」
「もう! そんな悲しい事言わないでよ!」
「だったら墓壊してよ!」
「まぁ! そんな罰当たりな事を言ってはダメですよ。これも思い出なのよ!」
「そんな思い出いや〜」
「フフ。楽しいわね」
レイは心の底から笑った。平等に与えられたやり直すチャンス。
当然、それにはレイにも当てはまる。
「魔王様に挨拶しないとね」
「そうだね。結婚式は派手にしよう」
「ええ。愛しい子孫に大いに祝って貰いましょう」
「その後は祝ってあげよう」
◆おまけラスト!!◆
「何でこんな魅了になったのさ! つーか、何で他重婚が認められた世界になってんだよ」
「全員を幸せにするにはこれが一番よ。行って来な。カメラには収めるからさ」
ムツキに背中を押され、俺は前に出た。
今の俺は当然サキュバス。そしてタキシード姿をしている。
“白い手袋エッチや”
“凛々しい”
“サキュ兄何着ても似合うの狡い”
“最高!”
歩きながら、ネクタイをしめて口で右の手袋を外す。
素手でもう片方の手袋も外す。
そして、左右にいる花に手を差し伸べる。
花嫁衣装に身を包む二人。
ナナミはウェディングドレス、ユリは白無垢で着飾っている。
伸ばした手に二人の手が重なり、同時に近寄って来る。
時間がとてつもなくゆっくりに感じる。
二人の唇が俺の唇に重なった。
「愛してます。ご主人様」
「愛してる、キリヤ」
「⋯⋯全く」
俺は予定にない魅了内容に呆れつつ。二人の腰に手を回して自分に寄せる。
心の奥底にある、俺の本音を叫ぶ。
「愛してる」
ご愛読ありがとうございました!
これにてサキュ兄の物語は終わりです!




