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看破される弱点

 最初は自分が何者か分かっていなかった。


 漠然と強くなる事を目指していたんだと、今になって気づく。


 生活のようなモノをしていた気がする。戦っていた気がする。


 ご主人様と出会う前の生活を振り返っても、思い出せる事は何も無い。


 私はご主人様と出会ってから、知力と言うのを手にした気がする。


 他のゴブリンもそうだ。


 ご主人様の仲間になる前はただ、漠然と何も考えずに日々を行き、殺され殺していただろう。


 しかし、仲間になってからは色々と考え、目に見えぬ絆とやらも芽生えた。


 仲間には死んで欲しくない。


 だからだろう、仲間と同じ種族でも仲間と敵には大きな違いがあり、殺しても罪悪感が一切無い。


 考える力に芽生え、私は漠然と目指していた強さを本気で目指すようになった。


 敬愛し憧れたご主人様に追いつきたくて。真っ暗な空間にいる時も脳内で動きをする事で鍛えた。


 それをシミュレーションと言うらしい。


 ご主人様から剣や体術を学び教わった。


 短刀と言う新たな武器も授けてくれた。


 仲間と一緒に強くなるために鍛え、連携してウルフの群れにも勝っている。


 失った仲間は取り戻せない、新たな仲間は失いたくない。


 その心も忘れずに私は強くなれていると自覚している。


 ⋯⋯だと言うのに私は何をしているのだろうか?


 ただ、真っ黒なウルフとご主人様が戦っている姿を見ているだけ。


 ご主人様の無駄のない動き、フェイントと誘導を絡めた戦い方。


 相手の動きすらコントロールしているかのような戦い方に私はただ、見ている事しかできなかった。


 強くなりたい。ご主人様と並べるくらいには。


 贅沢を言うのなら、前に出て戦い守れるくらいには。


 だけど、見せつけられる大きな実力の渓谷。ここまであの強さに程遠いのかと実感する。


 私でこれなら、他の仲間はもっと大きいだろう。


 全力でジャンプしても下に落ちるだけ。


 「私は⋯⋯」


 なんだこれは。目から水が出てくるぞ。なんなのだ。


 ゴブリンの時は、ご主人様と出会う前はこんなのはなかった。


 一緒に戦ったゴブリンが目の前で殺されても何も感じなかったのに。


 どうして⋯⋯仲間を失った時とは違うのに、目から水が出るんだ。


 不思議だ。


 ご主人様と出会ってから、私の全てが変わった。


 「ご主人様、私も」


 一緒に戦いたい⋯⋯けど邪魔はできない。


 言われた。言われてしまった。


 足でまとい、と。


 「ひっく」


 私にできる事は今の戦いを見て、今後に活かす事だ。


 今は気も滅入る渓谷だとしても、いずれは向こう側に渡る。ご主人様と肩を並べる。


 今は己の劣等感や不甲斐なさを噛み締めろ。


 見て学べ、見て覚えろ、見て盗め、技を戦い方を。総てを今の自分の力にするんだ。


 私は周囲の警戒すら怠り、ご主人様の圧倒的な技術を目に焼き付けていた。


 ◆


 俺の振るう銀閃が黑閃と衝突し火花を散らす。


 あまり爪に剣を当てると刃こぼれしてしまうので、避けたいところだ。


 ダークウルフはガツガツ攻める『ガンガン行こうぜ!』状態じゃなくなった。


 命を大事にしつつ、確実に仕留められる機会を悠然と狙っている。


 出血で倒れる様子は無い。


 「トドメを刺しに慌てるな。ラストアタックが敵のチャンス」


 訓練施設での先生の言葉を思い出しながら、俺も冷静に相手の動きを見る。


 最後の攻撃だと確信した瞬間が一番気が緩みやすく、油断している。


 それは起死回生の一撃を生み出してしまう。


 モンスターは完全に殺せるまで決して油断はしてならない。


 死んだふりをして来て、矛を収めて近づいたら殺された事例もあるらしいからな。


 「確実に倒せる、その一瞬まで、俺は気を抜かない」


 自分に言い聞かせるように呟き、ジリジリと小さくなった間合いを互いに一気に縮める。


 先に矛を出したのは、ダークウルフだ。


 狙いは首、しかし本能は別の方向から危機感を感じている。


 この視覚と触覚の情報が違う場合はフェイントだ。


 俺は今出されている攻撃を無視し、相手の腹に浴びせた斬撃痕を狙って刃を伸ばす。


 身体を捻ったダークウルフは俺の真横に降り立ち、動き出す。


 大丈夫、それはまだ見えている。


 剣を出すのは間に合わないので、伸ばすのは蹴りだ。


 「オラッ!」


 ダークウルフの腹に俺の蹴りがくい込む。


 “圧倒的だな”

 “最初からだとサキュ兄の本気が分かってエグイな”

 “まじで才能あるやん”

 “確実にバランス調整だなサキュバスは”


 “これは勝ったな”

 “負ける要素がない”

 “見てるだけのゴブリン達。仕方ないけど”

 “ユリちゃんの様子が気になるなぁ”


 ダークウルフは蹴られた状態から吹き飛ぶ事はなかった。


 「ぐっ」


 俺は油断していなかった。もしかしたらしていたのかもしれない。


 俺の想定を奴の粘りが上回った。


 足に爪を食い込ませ、牙を翼を突き立てたのだ。


 “まさかの!”

 “翼の存在を忘れちゃうよな、サキュ兄は”

 “サキュ兄大丈夫か!”

 “翼ってかなり神経通ってたよな?”


 ぐしゃりと組み込んで血を出す翼。


 「離せよ!」


 剣を薙ぐと奴はあっさりと引き下がった。


 「目的は達したって面だなぁ。おい」


 足と翼から血が流れ、翼の方はありえないくらいに痛い。


 本来無い部位だから、痛みに慣れてない。分厚い訳でもないし風穴が空いた。


 「お前、俺の弱点を見破ったのか」


 俺は人間の状態で幼い頃から鍛えていた。


 翼のある状態で鍛えた事は⋯⋯一度もない。


 外で種族になって訓練しようとも考えたが、己の羞恥心に勝てなかった。


 だからこそ、俺の地に足を着けた戦い方と翼は相性が悪い。


 翼を活かした、種族しての肉体を活かした戦い方が俺にはできていないのだ。


 本来ない部分と言えば胸だ。膨らんだ胸によって本来出せる剣術よりも少しだけ鈍い。


 戦っていくうちに慣れるのだろうと思っていたが、本気で訓練しないと今回のような事が起こる訳だ。


 「この階層ならまだ良いが、先に進むんだったら、ちゃんとした訓練は必要か」


 再生までに時間がかかるか。


 翼を狙われるのは良くない。


 翼の重さは重心移動などにもちゃんと関わって来るからだ。


 片方削らたらそれだけでバランスはめちゃくちゃだ。


 「己の訓練不足」


 そう呟き、再びダークウルフを眼前に収める。


 相手もバカじゃない。


 戦って行くうちに俺の戦い方を覚え、そして弱点を見破る。


 相手は人によって戦い方が違うだろうからあまり慣れてないのだろうが、俺はウルフと言うモンスターとの戦いに多少の慣れがある。


 戦い慣れと言うアドバンテージが今、無くなった。


 「行くぞ」


 俺がかけ出すと、真正面から闇の魔法を口から吐き出した。


 回避は可能、今までなら横にステップして回避か身体を微かに捻って回避していた。


 だが、それだと今までと変わらない。


 相手が俺の動きに慣れたと言うなら、慣れてないイレギュラーの動きをすれば良い。


 それは何か。簡単だ。


 「そんな魔法が俺に通じるか!」


 俺は魔法の中線を剣で描いた。


 真っ二つに切断された魔法は粒子となって消え去る。足を止めずにダークウルフに迫る。


 「これで終わりだ」


 油断はしていない。確実に相手の動きを見切れる。


 その上で少しの確信を覚える。奴を倒せる。


 俺の振り下ろした刃が奴の頭に届く。


 “え、ユリちゃん!”

 “どったの?”

 “すごい形相”

 “どーした?”


 あと少しで斬れる、そんな僅かで数えれるかも怪しい時間でユリが突進して来た。


 誰もが予測できなかった事態に、誰もが納得できる理由が今、到達した。


 ダークウルフの頭上を通って壁に当たった魔法、それはダークウルフのモノだった。


 先程まで俺がいた場所。


 ユリは俺が攻撃を受けないように躱させてくれた。


 今までは俺がユリにやっていた事でもある。


 「ご主人様!」


 「ああ」


 俺はユリの頭に手をポンっと置きながら状況を一瞬で整理する。


 レアモンスター、ダークウルフ、二体目の登場だ。


 運が良いのか悪いのか⋯⋯だけどさっきまで戦っていたダークウルフは倒す。絶対にだ。

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