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とても小さなプライド

 コメント欄で言われた事を俺が口で出し、反省会をしている。


 ユリがいちいち感動している事にコメントでは“かわいい”の嵐だ。


 俺がサキュバスと言う種族のせいで、困ったコメントが多いのはしかたないと言える。


 だが、そのヘイトがユリに向かった瞬間に犯罪臭がするのはなぜなのだろうか。


 俺自身、ユリを女の子と見ているのかもしれない。


 「ご主人様、これは本当に不思議な物ですね。一体どうやって⋯⋯」


 モンスターであるユリが考えても分からない事だろう。


 俺だって詳しく説明できるかと言われたら怪しい。


 だけど、カメラに近づけすぎると隙間から写してはダメな部分が撮れてしまいそうなので、適切な距離を保っておく。


 「反省会と休憩は終わりだ。移動を再開しよう」


 そう指示を出して、曲がり角などで見張りをしていたゴブリン達を集めて移動を再開する。


 移動している間も気を緩めて警戒している。


 常にを気を張っていると、本番で失敗する場合がある。


 リラックス精神を覚えつつ、常に周囲の警戒は怠らない。


 難しいが、それを完璧にできるように成長させるつもりだ。


 “早く4層行こうぜ”

 “ノルマ達成してくれない3層は嫌いだ”

 “サキュ兄、需要を、おかずを⋯⋯”

 “脱いで”


 “もうちょっと軽装の方が動きやすいんじゃない?”

 “ユリちゃんもサキュ兄クラスに成長すんのかな”

 “もっとカメラ目線をちょうだい”

 “平和や”


 ウルフが一体現れても、ゴブリンとウルフの連携で俺とユリが出る幕なく終わる。


 戦えないのは残念だが、この残念と思える気持ちが大切だ。


 その分仲間が成長している事を意味する。


 微かな喜びに心が暖かくなって来ると、それを一気に冷やす気配を感じた。


 心臓を掴み、呼吸が荒くなる。


 恐怖、怒り、絶望、様々な負の感情が心の奥底から込み上げ、混ざって濁る。


 怒りのまま突き進み暴れたい感情に苛まれる。


 「落ち着け俺。仲間を失う結果になるぞ」


 「ご主人様?」


 “どったん、サキュ兄”

 “体調悪そうだけど、このまま終わるか?”

 “急にどうした”

 “胸が痛いんか? 脱ぐか?”


 俺は抱いていたライムをユリの頭に押し付けるように置いた。


 それは俺が戦うと言う合図に他ならない。ライムが慌ててスライムの身体を伸ばす。


 しかし、それに構う事なく早足でゴブリン達の横を進む。


 ユリが止めようと手を呼ばすが、それすらも届かない。


 「お前達はここで待ってろ」


 雑な命令。


 死んで欲しくないから、失いたくないから⋯⋯違うか。


 今の俺には仲間を『足でまとい』としか見ていないんだ。


 真に恐ろしいのは優秀な敵より無能な味方⋯⋯言い方は酷いけどな。


 とにかく、俺と一緒に戦える程に熟練度の高い戦士達では無い。


 今日は先に察知したんだ。だったら俺一人で十分。


 「三秒ってとこか」


 俺が曲がり角を曲がるまでの秒数はおおよそ三秒。相手の気配を肌で感じる。


 柄に手をかけてすぐに抜ける準備をする。


 脳内で正確に数字を刻み、タイミングをいくつかのパターンでシュミレーション。


 後一秒と言うタイミングで奴、ダークウルフが飛び出した。その口には闇を含んでいる。


 だけど予想通り。


 「はあっ!」


 魔法が放たれるよりも前に相手の腹を浅く斬り裂いた。


 俺の額に当たる赤い血は刃の掠った証明となる。


 「前と同じ個体かどうか分からんが、お前を倒さないといけない。そうじゃないと俺は、前に進めない」


 そんな気がするんだ。一触即発の空気が漂う。


 ダークウルフは俺の叫びと必死の形相を見て、嗤った。


 その笑みで確信した。同個体であると。


 「復讐のしがいがあるってもんだ」


 武器も防具も十分だ。油断はしていない。


 最初から最高の状態での戦いだ。


 “分かってたん?”

 “サキュバスに気配感知系の能力って無いと思うんだけどな”

 “まじでサキュ兄って強いよな”

 “サキュ兄の種族選択がどれだけミスだったのかが分かる。むしろバランス調整?”


 ダークウルフは地を蹴って、ユリ達には闇色の物体にしか見えないだろうスピードで迫る。


 眼前へと迫るダークウルフは普通のウルフよりも大きい体格をしている。


 だからと言って怖気付く俺じゃない。


 そんなんにビビってたら、俺は探索者なんて目指してない。


 「お前を狩る」


 最初に振るわれるのはダークウルフ側から見て右側の爪。


 深く切り裂こうと前のめりになっている。そして、狙いは首から胴体。


 上の方を狙っている。


 「しぃっ!」


 それを把握した俺は瞬時に転がるようにダークウルフの懐に飛び込み回避する。


 立ち上がり、剣先を奴に向ける。


 「攻撃は回避できる。見切れる。攻撃も当てられる⋯⋯負ける要素は無い」


 今度は俺からだ。


 地を蹴って接近する。


 相手の一挙手一投足を見切れ。


 耳で相手の細かな音を聞き分けろ。そして行動を予測しろ。


 肌で曖昧な気配を探れ、感覚を研ぎ澄ませ。


 匂いや空気の味で⋯⋯全てだ。俺の用いる全てで相手の行動を予測しろ。


 五感を鍛えたのは、そのためだろ。


 “突きの構えだ”

 “いきなり?”

 “進まんのかい”

 “ただの棒立ちでは?”


 ある程度接近したところで俺は止まり、突きの構えを取った。


 何故か、相手が全く動かないからだ。


 それに対して嫌な感じがした。


 危険と言うアラームが全身に鳴り響いた。


 本能に従わずして俺の戦いは成立しない。


 「来るっ」


 俺がボソリと呟いた瞬間、ダークウルフは全身に闇を纏って、一直線に迫って来た。


 速いっ。それは俺の想定を上回るくらいに速い。


 予想していたパターンに修正をする暇などない。


 戦いのセンスが問われる場面。


 反射的に、感覚的に、本能的にどうするかなど考えずに身体が勝手に動く。


 正面から迫って来るウルフに対して狙える場所を見極め、そして突く。


 頭、顎、腹に向かって突きを繰り出し、即座に俺はウルフの背後に立つ。


 「くっ」


 ジャスト回避したつもりだったが、浅くだが奴の爪が防具を切り裂いて、俺の横腹をカスっていた。


 だが、俺は三連撃の突きを成功させた。


 「ちと痛いが、この程度なら動きが鈍る事は無い」


 “これは服だけ斬られてエロエロタイム?”

 “痛そう”

 “あの一瞬でダークウルフが爪で攻撃したんか? 噛みつきかと思った”

 “サキュ兄がかっこいい”


 顎にも突きを入れたおかげか、完璧に閉じれない口を見せて来るダークウルフ。


 その目には怒りで濁っていた。ま、俺も同じだが。


 「お前に沢山の仲間が殺された。俺の油断もあったさ。だけど、それでも、俺はお前を許せない」


 たとえ何かしらのミスでお前を魅了してしまったとしても、お前は俺の敵だ。


 だからミスはしない⋯⋯そもそも魅了はできない。


 そうサキュバスの本能で分かる。


 ダークウルフが鋭い眼光を向けて、ヨダレを垂らしながら迫って来る。


 狙いが単調で読みやすい。


 「そんなの、躱してくださいと言っているモノだ」


 重心を前に倒し、倒れ込むように身体を捻る。


 横に移動した俺の身体、ウルフの爪は空を切り裂く。


 教えてやるよダークウルフ。お前には致命的な弱点がある。


 それは。


 「着地しないと身体の方向が変えられない事だ!」


 空中での身体の捻りなんて、特訓してないよな?


 本能的にできたとしても、簡単には回避できない。


 浅くても構わない。確実に倒せるまで、俺は攻撃を止めない。


 「俺とお前とでは、技術に差があるんだ」


 ダークウルフの腹を深く抉った。


 向き直ったウルフはだいぶ弱った様子を見せる。


 探索者に憧れ、必死に努力を積み重ねてきた。


 いつから生まれたか知らんが、超序盤のレアモンスターであるダークウルフに遅れは取れん。


 それは俺のちっぽけな、本当に小さな、息を吹きかけたらどこか遠くに消えてしまうような小さいプライドだ。

お読みいただきありがとうございます。

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