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執念の一撃

 最大限強化したアイリスがスタートを切る。


 「俺のパワーは世界一!」


 既にユリに力を抜かされているが、月の都の中でも力だけで見ればアイリスは上位に食い込む。


 その自他共に認める腕力から振り下ろされる戦斧の一撃は山をも穿つ。


 「当たらないな!」


 渾身の力を込めても命中はしなかった。


 アイリスの技術は決して低くない。


 ただ、予備動作を完全に消し切れていなかった。


 肩、重心、その動きを見て行動を予測しているのだ。


 回避したと同時に英雄は攻撃も行う。


 次に出て来たのは地面を転がるパチコン球だった。


 爆発、発火、目くらましの煙玉か。


 警戒しながら吹き飛ばすべく構えを取るが、それは全てハズレだった。


 「ビリビリ〜」


 「がああああ!」


 それは電気を作り出す球体だったのだ。


 球と球は電気で繋がり、その中心にいるアイリスは電撃をシャワーのように浴びる。


 「はぁ、はぁ」


 電気が収まると、丸焦げになったアイリスが膝を曲げた。


 咳き込み、血反吐を吐く。手で抑えても飛び出てしまった。


 「これ程、圧倒的だとは」


 「威勢は良くても実力は伴ってないな!」


 「はん。そんなの言われんでも知ってんだよ。誰よりも、俺自身が」


 アイリスは日々の生活の中で自分の弱さを自覚していた。


 力と必要とする技術は備わっていても、上級者には届かない。


 キリヤとユリには受け流され、ローズとナナミには回避される。


 進化した今では追いつく事も難しい。


 「だけどなぁ。弱いからって諦めて、現実から逃げる訳には行かねぇんだよ」


 「ん?」


 「弱い奴には弱い奴なりのプライドってのがあるんだ。どんだけ惨めな気持ちになってもなぁ、護るもんのために戦う、その信念だけは持ってんだ!」


 アイリスが力一杯踏み込む。


 何度も見た同じ光景。次はなんの手を出そうか、英雄が思考する。


 「どれだけ惨めだって良い。卑怯でも卑劣でも構わない。ただ、一撃当ててやる」


 アイリスは斧を片手に持ち変え、反対の手には先程吐いた血を残している。


 「おらよ!」


 血を辺りに散らして目くらましにする。目に入ればそれだけで視界を奪う事に成功できるだろう。


 咄嗟の搦手。何度も繰り返した特攻だから薄まった警戒心。


 アイリスの血は英雄の顔を覆った。


 「チィ」


 カリッ、英雄の口の中で何かが砕ける音がした。


 「ぶぅー!」


 それを吐き出す。


 吐き出した液体は空気に触れると燃え上がり、アイリスの血を炎に変える。


 吐き出した勢いも合わせて血は持ち主へと帰って行く。


 「吐き出すのには下半身に力を入れるよなぁ!」


 狙いを合わせるためにも体勢はしっかりする必要がある。


 それは隙になったのだ。


 火の中から腕を盾にしながら出て来るアイリス。


 「っ!」


 「散々見て来ただろ。俺は丈夫なんだ」


 掲げた戦斧から目が離せない。


 縦に一直線、振り下ろされる斧。


 「グッ」


 バックステップを踏むが完全な回避は間に合わず、切り傷を縦に刻まれる。


 しかし浅い。致命傷にも届かないし相手の動きを阻害する程でもなかった。


 小さな一撃。されど、大きな一歩。


 「はは。やってやったぜ。マジシャンモドキ、め」


 アイリスが前のめりに力無く倒れる。


 「ごほっ」


 逆流した血を吐き出した。


 全身が麻痺して動かない。意識が混濁して幻覚が見え始める。


 「ろぉず?」


 「結局は負けなんだな」


 アイリスの腹部には深々とダガーが突き刺さっていた。


 攻撃を受けるタイミングに合わせて反撃の一手を決めていたらしい。


 そのダガーには毒があり、アイリスの身体を蝕んで行く。


 「騎士道精神ってのワイには無いからな。そのまま死んでくれな」


 自分の全てを消費したくない。だから英雄はアイリスが毒で死ぬのをじっくりと待つ事にした。


 アイリスレベルなら二分で絶命させられる猛毒だ。


 「ローズ、俺は、護るんだ」


 「なんでな!」


 アイリスは、立ち上がった。


 毒に蝕まられて真っ赤に染まった片目を見開きながら。


 まるでゾンビのように立ち上がり、武器を構える。


 「はぁ。はぁ。俺は、戦う!」


 「おかしいなお前」


 「ぐっ。かはっ」


 立ち上がっても血を吐いて揺らぎ、また倒れる。


 ぐるぐるの安定しない視界。それでもアイリスは敵を睨む。


 「何で立てるな」


 英雄とて予想外の出来事。戸惑いが隠せない。


 これもローズの血が働いているのだろうか。


 「早急にトドメだな。ほれ」


 英雄は所から火炎瓶を取り出して投げた。


 これで完全に終わり、そう確信した。


 しかし。


 火炎瓶は。


 アイリスに届かなかった。


 「何?」


 「危ないわね。間に合って良かった」


 地球から飛行して来たローズが火炎瓶をキャッチしたのだ。


 「何だお前?」


 「それはコッチのセリフよ。自分達の住処で好き勝手してくれちゃって⋯⋯覚悟はできるんでしょうね」


 「はて?」


 「はぁ。まあ良いわ。会話するだけ面倒だって分かった。アイリス、後は任せなさい」


 禍々しい角は根元は捻れ、途中からは曲線を描くように曲がった状態だった。


 角の先端は後頭部へ届く。


 紫と黒、赤色の三色を利用した髪色。


 人の場合の白目の部分は黒、瞳孔は紫色になっている。


 「ほれ」


 ローズがアイリスに自分の赤紫の血液を体内に直接流し込み毒を除去して行く。


 「さぁて。地球の魔王後継者の力、存分に試させてもらおうかしら」


 ローズの両手に赤紫の忍刀が現れる。


 「運命は変わらないんだな!」


 英雄はダガーを取り出して投擲した。


 「ぺっ」


 口から吐き出した血によってそれを弾き、四枚の翼を広げる。


 英雄に急接近するが、来させまいと藁人形をぶん投げる。


 一本の茎まで分解してローズへと襲いかかる。


 「⋯⋯数は把握した」


 同じサイズで同じ数の血の針で相殺する。


 瞬間的な把握能力と思考能力、しかもそれに対応する力の扱い。


 ローズはアイリスが知っている頃よりも大きく成長した。


 「まずは一太刀」


 力を入れるべく足を地に着けた瞬間、火柱が昇る。


 「ローズ!」


 アイリスの悲痛な叫び。


 タイミングは完璧⋯⋯だったように思えた。


 「叫ばないの」


 「なんやて!」


 ローズの一太刀を切羽詰まった様子で緊急回避。


 「トラップは直撃したはずな」


 「トラップってコレ?」


 もう一つ用意されてあるトラップをわざと起動して確認する。


 確認したあと、ハンっと鼻で笑い飛ばした。


 「こんなお粗末なトラップに引っかかる奴なんていないよ。魔力がダダ漏れだし薄ら魔法陣を刻んだ跡もある」


 ローズの発言に少し元気になったアイリスが明後日の方向を向いた。


 洞察力は高くないとはいえ、戦闘に関してそこまで視野は狭くなるのか、とローズは呆れ気味に微笑む。


 「前言撤回。超、いえ極の付く特攻馬鹿にはちゃんと通用する程度の立派なトラップね」


 「おい!」


 「それじゃ、これはどうな! デンジャラスボックス〜!」


 懐から取り出した箱に向かって素早く血の刃が向かい刺した。


 わざわざ開くのを待つ必要は無いだろう。


 「視線誘導のつもり? 阿呆らしい」


 ローズは一時期視界を塞いで生活してた。そのためノールックでも小さな箱を貫く事くらい容易だ。


 何が入っているかまでは把握できないが、何もさせないのが一番だろう。


 「もう面倒ね。せっかくだから本気を出させてあげる。早くしなさい」


 「上から目線だな!」


 「上から⋯⋯かもね。新たに手に入れた力を試したくて堪らないのかもしれない。だけどそれ以上に⋯⋯」


 アイリスの方を横目でチラッと見る。その動きは誰にも悟られていない。


 「徹底的にフルボッコにしたい気分なのよ。弱い状態じゃちゃんとやれないでしょ? だから本気でやりな」


 「慢心してるな!」


 「慢心? 笑えない事を言うのね。ここでのソレは禁じられている。慢心してたらユリ様に教育されるわ」


 慢心、それは失敗に直結する事だ。


 経験しているからこそ、仲間達もしっかりと学んでいる。


 尊敬する主の経験談なのだから。


 「そうするしかないな。後悔させてやる!」


 「後悔する事は一つも無い」


 「【英雄覇気】」

お読みいただきありがとうございます

評価【★★★】《ブックマーク》、とても励みになります。ありがとうございます

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