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レイの過去話(後編)

 四人の子供に囲まれるレイと勇者40歳。


 勇者の称号は人間のイベントの武道大会で優勝した人に与えられるようになった。


 今は三代目まで行ったが、初代勇者であるレイの隣に座る男を勝る相手は出て来なかった。


 人間と魔族のハーフは世間を賑わすネタなはずだが、特に広めてないので知っているのは魔王とレイの仲間達くらいになっていた。


 「それじゃ行こっか」


 「そうね」


 二人は結婚記念日として旅行に出かけた。


 子供達も大人になっているので問題ないと判断したのだ。


 この判断を一生後悔する事になる。


 人間と魔族の平和が確立して数十年、数は大幅に増えた。


 本来は人間は魔族を嫌い、魔族は人間をゴミ扱いして殺し合う仕組みだった。


 人間と魔族と魔物の三種が争い数を均等に保つのが世界の理だった。


 だが、争いが無くなり知性のある魔族は数を増やした。


 寿命が長い分繁殖スピードは遅いが、人間は短いので速い。


 魔族によって殺されない人間の数は増える一方である。


 魔族と人間が手を取りたい魔物も倒す。


 結果として世界のバランスが崩壊した。


 人間が爆増して、魔族が増え、魔物が減った。


 世界の均衡を保つ調停者の役目を持っている12種類の龍が行動を起こした。


 間引きして世界の均衡を戻そうとしたのだ。


 レイ達は起こっている事を知らずに海を楽しむ。


 「⋯⋯のんびり羽でも伸ばしましょうか」


 「そうだね」


 「夜はまだ先だからね?」


 「分かってるよ」


 四十歳、平均寿命が低いレイ達の世界では勇者はかなりの高齢者。


 しかし、衰えを見せない夜の体力はレイを満足させる程である。


 「⋯⋯レイ、水着は着ないのかい?」


 「え、見たいの?」


 「めっちゃくちゃ見たい」


 「⋯⋯そう。じゃあ着替えてくる」


 鼻の下を伸ばす勇者は静かにレイの水着を妄想した。


 レイ達は二週間バカンスを楽しんだ後に帰還した。


 「⋯⋯何があったの?」


 異変はすぐに気づいた。人の少ない領内に満身創痍の軍隊。


 「人間が⋯⋯攻めて来ました」


 ただ一言、喋れる者がレイに伝えて眠るように気絶した。


 焦った二人は一番近い人間の国に向かった。


 国の中心に十字架が立ち、磔られた四人の大人が視界に飛び込んだ。


 「⋯⋯どうして」


 レイの掠れ消える声が漏れる。視界が揺れて上手く見れない。


 串刺しにされた大人は全員、レイ達の子供だった。


 やって来た事が瞬時に広まり、武器を持った人間が集まって来る。


 一般人や女子供関係なく武器を持っている。


 その目は虚ろだった。何かに操られているかのように皆同じ動きで接近して来る。


 「レイ、逃げるよ」


 「待ってよ。せめて、あの子達を下ろさせて」


 二人とも静かに怒りを煮る。


 悲しみに叫びたい。


 しかし、それは全ての真相を掴んでからだ。


 涙を流しながらも、怒りを噛み殺して子供達を抱えて帰る。


 「一体何が起こってるのよ。なんで、なんでよ!」


 レイの怒りが魔力を解放させる。


 勇者の魔力に耐えるために本気で鍛えたレイの強さは魔王に迫っていた。


 「誰かに洗脳されているのは間違いないな。雰囲気が変だった」


 「分かってる⋯⋯ああ。クソクソ。なんでよ!」


 二人は異変を調べた。


 そして分かった。


 調停者である龍が間引くために戦争を無理やり起こそうとしていた事に。


 平和を構築した初代勇者と初代魔王は討伐対象であり、従う者も排除の対象である。


 平和主義を破壊して均衡を取り戻そうとしているのである。


 その宣戦布告とも言えるのが最初のきっかけを起こした存在の子供達の処刑だった。


 事実を知った二人は嗚咽を吐いた。そして龍への怒りが爆発した。


 世界のためだからと言えど、宝を壊されて憤怒しない輩はいない。


 話し合いも行わずの強行。理不尽な現実。


 「⋯⋯ワタクシ達が何をしたって言うのよ。ただ平和にのんびり暮らしていただけじゃない。なんでそれで、理不尽に殺されないといけないの」


 「レイ、申し訳ないけど僕少し家を空けるよ」


 「龍を殺しに行くの?」


 勇者は何も言わなかった。


 「ワタクシも行くわ」


 「ダメだよ」


 「どうしてよ! 子供達があんな目に合わされて、憎んでいるのはワタクシも同じよ!」


 「分かってる」


 「なら行かせてよ! 一緒に戦わせてよ!」


 レイも勇者も復讐を考えていた。


 怒りによって魔力が制御できずに放出する。回復に向かっている仲間達を怯ませる恐ろしさを持った魔力。


 勇者は落ち着かせるように、レイを抱きしめる。


 「レイ、僕が戦う。君は安静にして欲しい」


 「なんっ⋯⋯そう。いるのね」


 レイは自分の細い腹を撫でる。


 何も感じない。中に誰かがいるとは思えないいつもの腹。


 しかし、勇者には感じるらしい。


 「お願いだ。もしも君に何かあれば、僕は耐えられない」


 「⋯⋯だったら皆で逃げよ。龍に見つからない所で密かに暮らそ。あの子達は許してくれないかもしれない。この憎しみはずっと晴れないわ。でも、死んで欲しくないわ」


 「すまないレイ。僕には、できそうにない」


 勇者の流す血涙を見て、レイはそれ以上何も言わなかった。


 聖剣を握った勇者は外に出た。


 レイは仲間達と領地を離れた。


 止まっていたら龍が襲いに来ると分かっていたからだ。


 「皆、思うところはあるでしょう。でも立ち上がりなさい。そして逃げるわよ。理不尽に抗って弔いができるまで、諦める訳には行かないわ。怒りや悲しみを抱えて今は、今は行動する時よ。生きる希望を失ったのならワタクシに従いなさい。生きる希望が欲しいのならワタクシを希望にしなさい。今は誰も死ぬ事を許さん。楽な道など既に崩壊したのよ」


 二週間。


 絶望した日からたったの二週間。


 レイ達は必死に世界から逃げた。


 「レイ様、限界を迎える者が⋯⋯」


 食料は少なく、まともな休憩もできない。


 それでも足を止めずに進むしか無かった。


 ⋯⋯仲間達で支え合いつつレイの指示に従った。


 飲まず食わずで動いているレイを見ているからだろう。


 世界から見放されても尚抗い続ける強い意志を見ているからだろう。


 四週間が経過した。


 洞穴で休憩中のレイ達に白い翼を生やした人間の大軍が迫って来ていた。


 「やっぱりどこに隠れても、逃げも、龍からは、世界からは逃れられないのか。あと少しで魔王様に会えると言うのに」


 正に理不尽。


 どこにいようが居場所は特定されてしまう。


 「⋯⋯あれはなんだ?」


 しかし、見た事の無い種族に困惑するレイ。


 「なん、で」


 「レイ様?」


 新種からは勇者の魔力が軽薄ながら感じたのだ。それも全員から。


 レイの記憶の中にある中止になった実験を思い出す。


 勇者の血を飲む事で勇者の力へと無理やり覚醒させる実験。


 しかし、勇者の力に耐えられずに肉体が崩壊するので中止となったのだ。


 龍ならば実験を改善して利用できるとレイは思った。


 「人を怪物へと変えて兵士とするか⋯⋯戦える者は立ちなさい。平和の理想も思想も捨てて殲滅するわよ。アレらはもう、人ならざる人形よ」


 人格の無い人間達とレイ達は争った。


 中には知り合いもいたが、もはやただの敵。


 躊躇しながらも殺し尽くした。


 結果として戦死者は半数に及んだ。


 その中には人間との開戦前に結婚宣言をしたオーガもいた。


 家族を守り切れなかった日から訓練をして休まなかった結果、生き残れた戦いで死んだ。


 「クソっ⋯⋯ちくしょうがあああああああ!」


 我慢していた悲しみが溢れ出した。赤き海の上、天に向かって叫んだ。


 レイは一人で龍を殺しに向かう。後先なんてのはもう知らない。


 元人間達から栄養を補給して万全の状態で向かった。


 「⋯⋯ごめんね。もうダメだ。生きる希望が見えないわ」


 炎の龍の前へと現れた。


 「わざわざお主から来るとはな」


 「お久しぶりね。ねぇ、彼はどうしたの?」


 「⋯⋯奴は我が同胞を六種殺した」


 龍の半分を一人で倒した。


 その言葉は嘘じゃないとレイは理解している。


 「さすがね」


 「人間とは思えぬ強さだった。しかし、甘かったな」


 「え?」


 「人間は殺せずに、守っていた人間に刺されたよ」


 「⋯⋯そう」


 もう怒りは限界突破している。悲しいも同様。


 ただ事実を渦巻く感情の中で静かに受け止めた。


 「これから奴は殺さず生かさずの状態で永遠に血を提供し、処分対象の人間全てを英雄へと変える。適合する者も現れるかもしれんな」


 「教えてくれてありがとう」


 「友への手向けだ」


 レイは魔法を展開する。炎の龍も魔剣を取り出す。


 「もうお前は友達でもなんでもない。ワタクシ達の子を殺したお前らを殺す。世界なんてクソ喰らえだ」


 「世界の調和を乱す大罪、賠償としてその命ちょうだいする」


 二人は全存在をかけて戦った。


 炎の龍は片目を失い、レイは背中に獄炎を受けた。


 「ころ⋯⋯うぷっ」


 吐瀉物を吐き出しながら、飛ぶドラゴンを睨む。


 「戦闘中に悠長な事だな」


 レイは命の覚悟を決めた。


 (ごめん)


 想い人と子供達、失った仲間や領民達に向けての言葉。


 が、命を奪う刃は追いかけてきた仲間が命を使い防いだ。


 「逃げてください団長!」

 「急いで逃げて!」

 「魔王様の所へ!」


 「どうして⋯⋯ダメよ、ワタクシ一人だけで⋯⋯」


 「我々の意思を託しました」

 「この理不尽を止めてください!」

 「⋯⋯今までありがとうございました」


 「嫌、嫌よ。なんなのよ、なんでよ」


 レイとドラゴンの戦いは長時間続いており、仲間が追いついていた。


 後ろ髪を引かれる思いを持ちながら、飛び去った。


 覚悟を無下にはできない。


 「ごめん。ごめんね皆」


 「逃げるかレイ!」


 「その名を言う資格、あると思うな!」


 レイは魔王城へと休まず飛んだ。


 そこでも大量の元人間に襲われていた。中には適合した事により理性ある英雄に覚醒した者もいた。


 英雄は無理やり勇者の力に覚醒した人間の総称である。


 魔王城へと侵入する。


 「レイよ!」


 妖狐がレイに歩み寄る。後の火星の魔王である。


 「揃ったな十二魔賢が」


 「魔王様」


 「龍と戦ったか」


 「はい」


 レイは腹を庇いながら妖狐の助けを借りて立ち上がる。


 「ありがとうね」


 「傷が開く。静かに」


 魔王が全員に聞こえるように語り出す。


 「初代勇者と初代魔王、世界の均衡を保つために世界が用意した怪物なのは理解しているだろう。そのため特別の力がある。我の場合は魔王としての力、魔王因子だ」


 魔王が膨大な魔力の塊を取り出す。


 「これを均等にお前らに与える。この世界から逃げろ」


 「魔王様、共に戦います!」


 吸血鬼が名乗りを上げるが、魔王がそれを阻止する。


 「レイの旦那が半分の龍を倒した。しかし、傍観を決めている強者の龍は未だ健在。力を分けた我では勝ち目はゼロだ」


 「ならば⋯⋯」


 「我の力が万全でも結果は変わらん。運命は変えられない。この世界では龍が鉄錠を決める。奴らが決めたのならば変えられない」


 魔王は全員を見渡してから、魔王の因子を与える。


 「復讐を考えろとは言わない。しかし、我らの意思を背負って欲しい。わがままで申し訳ない」


 「魔王様⋯⋯」


 「お前達をこことは違う世界へと飛ばす。その際に我の知識も与えよう。知らない事も分かり理解できるはずだ。どうか、平和を築いた我らの意思を忘れんで欲しい」


 魔法が発動されてレイ達は違う世界へと飛んだ。


 莫大な魔力と知識を与えられて。


 今後、この世界への復讐を考えようが全てを忘れて新しい生活を歩もうが魔王にはもう関わる事は不可能。


 「⋯⋯約束は守ったぞ初代勇者(とも)よ。我も平和時代の魔王として最期の足掻きをしようか」


 一ヶ月近くでレイは子を失い、愛した人を失い、大切な領民を失い、信頼している仲間を失った。


 残されたレイの腹にある命。しかし、人間の血が濃いと分かってから寿命は短いと知る。


 いずれは朽ち果てる宝だ。


 それでも大切に育てようと考えた。それが終われば自分の命も⋯⋯。


 しかし、レイの考え方が変わったのは世界侵略の可能性がある事実に思い至った時だった。


 奪われた苦い記憶がフラッシュバックする。


 「ワタクシ達は家族も仲間も理不尽に奪われた。世界が崩壊しそうだから違う世界を奪う訳ね。どこまでも自己愛主義者ね。世界の均衡なんて、関係ないんじゃないの」


 ゆっくりと握る拳、どこかを見つめる瞳に写るのはなんなのか。


 それは本人にも理解できていないだろう。


 自分の領地を月に再建し、宿した人間とサキュバスの子を地球に密かに降ろして、時をじっと待った。


 地球が人間が活動できる時代になってから、今に至るまで。チャンスをひたすらに待って待って待ち続けた。

お読みいただきありがとうございます

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[一言] 誤字発見 結構記念日 結婚記念日
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