魅了、アーシのやり方
突然だが皆さんは意識があるのに身体が動かせない経験をした事はあるだろうか。
もちろん、身体は寝ていたりなどと言った状態ではなくバリバリに活動している。
身体は動いているのに、自分の意思では動かせないのである。
「リザードマンはどの辺かにゃ〜」
ふざけた口調で喋りながらリザードマンを探すツキリに誰も口出しできないでいる。
俺の知らぬ間に何があったのか、想像もしたくない。
身体の主導権をどうやって奪い返せば良いのか、それだけに集中している。
“まじでどうするのか気になる”
“ワクテカ”
“早く、早く魅せてくれ”
“どんな感じで行くんだろ”
リザードマンを発見したツキリは早速、今着ている鎧を脱ぎ始めた。
「ライム、なるべく白い鎧に変わって。あ、フルプレートじゃなくていつものような部分鎧ね」
注文をしたところでライムが姿を変える。
「ふむ。なるべく気品溢れる方が良いから、金色の装飾を施そっか」
ライムに口頭で細かく注文を入れて、それをきちんと叶えるライム。
“俺達の努力が報われて感動する”
“細かい調整ができるんだよな今のライム達はさ”
“最高だぜ”
“女騎士風?”
本人の一部である俺でさえこれから何が起こるのか分からない状況。
「準備はあと少しよ!」
まるで王国の女騎士のような、だけどガチガチの鎧は着込んで無い漫画のような格好。
そこにユリのペアスライム、ユラの協力で無駄に装飾に拘った剣が用意される。
身長も変わったし新たな剣を買わないといけない事を思い出す。
「ふむ。さすがにストレートは騎士風じゃないか。掴める部分もあった方がよりそれっぽい。うむ、ポニテにしよう」
まるで名案のようにテンションを上げて、仲間のペアスライムをもう一体使ってヘアゴムを作った。
「完璧。王国騎士と言われたも問題ないレベル。さすがアーシ、この美しさ」
自意識過剰または自画自賛の言葉が入りそうだな。
“しばかれたい”
“踏まれたい”
“犬になりたい”
“斬られたい”
“部下になりたい”
“罵られたい”
“フルボッコにされたい”
“変態しかいないんだがwワイはこき使われる下っ端になりたい”
⋯⋯なぜか俺の認識を否定された気がしたんだが。気のせいか。
「それじゃ⋯⋯君来なさい」
ツキリが指名したのはなんと仲間のオーク。
“あ⋯⋯察し”
“もう読めたわ”
“親御さーん、中学生以下には視聴させないでください!”
“刺激が強すぎるぜ”
「リザードマンの行く道に先回りしておきたいわね」
ツキリはオークを持ち上げて、リザードマンの上を飛んで行った。
先回りしながらオークに指示を出し、確実な魅了を決めるつもりだ。
俺は何が起こってもコイツが全面的に悪いって事で精神を落ち着かせようとしている。
リザードマンが現れ、カメラが見つめる中、オークとツキリが動く。
「や、止めろ。それ以上、近寄るな!」
あくまでも騎士、怯えを隠しつつも鋭い眼光で威嚇する。
⋯⋯演技上手いな。
ジリジリと寄って来るいやらしく嫌悪感のある、ゲスのような笑みを浮かべるオーク。
合わせるように尻を地面に滑らせながら後ろに逃げるツキリ。
しかしここはダンジョン、当然後ろには壁がある訳だ。
壁に当たれば逃げる道は無し、絶体絶命のピンチが訪れる。
「嫌だ、止めろ、来るな!」
目尻に涙を浮かべて、強気な姿勢はどこへやら。
怯えた子犬の様な雰囲気を漂わせる。
相手はモンスターのオーク、それを気に止める事は無く魔の手を動かす。
鎧であるライムを引き剥がし、服であるライムも強引に引き剥がす。
ビリッと、まるで本物の様な質感と音。
「いやあああああ」
“来たあああ!”
“自らその選択をするとは、サキュ姉恐ろしい子”
“ティッシュ!”
“在庫切れなんだが?!”
良くもまぁこんな事するなぁ、と楽観的に見守っていると。
再びツキリがニヤリと笑い、背後に立っている気配がした。
「コレで完成よ」
意識が移り変わり、俺が身体の主導権を得る。つまり、カメラに映っているのは俺。
破かれた前側の服、ライムがそのような演出をしているとは言えど恥ずかしいのには変わりない。
しかも、単なる服のデザインではなく破られたのだ。
そんな時、普通の人はどうするだろうか。きっと俺のような反応をすると思う。
「ああああああああ!」
両側の服を掴み胸を隠し、破れてない下半身部分は無視して腹の部分も隠す。
血が激しく駆け巡り顔は真っ赤に染まり、熱を感じながらもオークを睨む。
彼は罪悪感でも芽生えたのか、あるいは行ってしまった罰が欲しいのか、土下座をしている。
リザードマンの魅了には成功したが、唖然としている。仲間に襲われる主。
いや、豚に襲われる女騎士か。
「はは、最悪」
俺の頬を伝う涙は誰かに拾われる事はあるのだろうか。
色々と大事な尊厳を失った気がする。
慰めるかのように、ライムの服が再生して行く。
“途中でサキュ兄に変わったな”
“全力の恥じらいが見れたな”
“変わった瞬間、えっ、って反応になったから分かりやすいな”
“ゲヘヘ”
“ポニテなのずるいと思う。本番想像したらソレの利用価値高すぎ”
“もうダメだ。おしまいだ”
“サキュ姉のセンスがやばいな”
“あの一番の魅せ所でサキュ兄変わるのは凄い”
“オークとの相性抜群だな”
“ホブゴブリンじゃなくてゴブリン時代にライムの性能が今レベルだったらと思う”
“今から数体の演技派ゴブリンを魅了しようよ”
“あーやばい。ほんとやばい。まじでやばい”
未だに立ち直れない俺。
ツキリは外道だ。紛れもなく外道に違いない。
こんな事を平然とできるとか、頭のネジが数十本外れているとしか思えない。
『いや〜女と思われるアーシよりもしっかりとした女の子らしい反応できるの凄いわね〜。今回の魅了を完璧にするには、演技で嫌がるのではなく、本気で嫌がった方が良い訳じゃない? アーシは全裸を晒しても恥ずかしいとは思わないし、君しかできないのよ』
「悪意あるだろ。絶対に!」
『否定はしない』
「しろよ!」
なんで、俺が俺の中のもう一人にこんな目に合わされないといけないんだよ。
クソッタレ。
『まぁまぁ良いではないか良いではないか。だいたい、気を使ってピンクの部分は見られないように調節しているのよ? むしろ本気モードのあの服の方がエロくて恥ずかしいわよね?』
「違うだろ。あれはああ言うデザインの服だから、五億歩以上譲ってなんとかなっているんだ。でも今回は違う! 乱雑に破られたんだぞ! 本来無い機能が追加されて肌を露出させたらキツいだろ!」
『男なのにだらしない!』
そもそも、破れ方がリアル過ぎるんだよ。音まで再現とかすんなよ!
ビリビリと一瞬だけ聞こえた音が今でも頭の中にこだまするよ!
「もう、いや」
ライムの完璧な破られ方を見たら、コイツならどんなシチュエーションも完璧にこなせるって思っちゃうもん。
視聴者にもそれが絶対に伝わるもん。
「うわあああん!」
“泣いちゃった!”
“恥じらいを超えてしまったか”
“さすがに罪悪感が⋯⋯無きにしも非ず”
“ポニテサキュ兄”
俺は地面に向かって思いっきり頭をぶつけた。
まだ配信を始めて間もない頃の恥ずかしい思い出、初心の気持ちを思い出してしまった。
そう考えると、最近の俺って実は結構魅了耐性が付いていたんだなって思うよね。
何十回かぶつけて、冷静さを取り戻した。
「絶対に身体を乗っ取られない方法を会得してやる。絶対にだ!」
『覚悟が決まったところでチェンジ!』
「ふざっ」
ツキリに身体を奪われる。
「サキュ乙、チャンネル登録、高評価してくれると嬉しい! どうもサキュ姉でした! 今後もよろー」
投げキッスで締めくくられた。
“サキュ兄じゃしてくれない”
“サキュ姉は純粋なJKとして見れば良いんかな”
“神回やな”
“コロコロ人格変えられるもんかね”
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