豪州のケイオス
福岡大会決勝戦。
敵の先鋒をやっとのことで引きずり降ろした、蒼海の中堅を務める伊集院。
彼の目には、城南の次の選手、次鋒のオリバー・ウィルソンがの姿が映っている。
息も絶え絶えで場外へと向かって行くシモンと交代して、場内へと入場してきたオリバー。
意欲満々な姿勢を前面に出す留学生選手とは対照的に、試合が始まる直前まで、氷のように冷静な表情を崩さない伊集院。
審判の合図と共に、試合が開始される。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
高校生ランク80位 凍てつく探究者 「伊集院慧」
VS
高校生ランク156位 豪州のケイオス 「オリバー・ウィルソン」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「開始ぇぇぇっ!!」
「こい……!!」
「Ready Gooooo!!」
背丈はほぼ同じ。
体格では伊集院が劣っている。
組手争いで有利を取り、相手に好き勝手させないことを求められるこの一戦。
本来ならば何事もなく行われる組手争いも、今回ばかりは勝手が違う。
なぜなら敵の利き腕は……
「……左か……面倒ぜぇな」
右利きの伊集院に対してオリバーの利き腕は左利き。
襟を持つ互いの釣り手がぶつかり合い、本来の同じ利き腕同士の戦いと比べると、両腕の扱いが大変難しくなる。
右手を使い上半身をきめにいこうとするも、相手の左腕に阻まれ技の威力が削がれてしまう伊集院。
敵のオリバーも技を出しづらそうしているが、普段から左利きの人間を相手にすることがない伊集院に比べ、日頃から右利きの選手を相手にしているオリバー。
左手で伊集院の右腕を内側から外へと弾くと、作ったスペースに腕を畳みながら入れ込み、上半身をきめて足技を繰り出しにいく。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
『さぁ~福岡大会決勝戦、城南の次鋒対蒼海の中堅の戦い。この戦い、ズバリ見どころはどこでしょうか、松木さん?』
『ん~そうだねぇ、やっぱどっちが組手で良い場所を取れるかって所じゃない? 蒼海は右利き、城南は左利き。いつも通りに組み合おうとすると、相手の腕がぶつかってやりにくいんだよねぇ!! 喧嘩四つの状態ってさっ!! ただ……』
『ただ?』
『有利なのは城南の選手なんじゃない? あのオリバーって選手』
『それは何故でしょうか?』
『そうだね、今の試合状況的には五分の状態だけどさ……試合に臨む前にどれだけ準備が出来ているかって点で言えば、圧倒的に城南の選手が上なの。左利きの選手ってそもそも数が少ないじゃない? 右利きの選手は、下手したらその試合で初めて左利きの選手と戦うなんてざらにあるの。それに比べて、左利きの選手は、右利きの選手と普段から練習することが多い。競技人口の8割、9割が右利きの選手じゃない? 普段から異なる利き腕の選手と練習して、試合の為に準備が出来てるかどうかで言えば、圧倒的で左利きの選手なんだよねっ!!』
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
解説者の指摘通り、始めこそ互角の組手争いを行っていた両者。
だが練度の差が出始めると、伊集院は相手の襟を掴み切れていないにも関わらず、敵は両方の手で伊集院の道着の横襟と前袖を掴み切っている。
伊集院は手が宙ぶらりんのまま、オリバーに引き付けられる。
同時に彼の周囲に広がる白雲。
青桐よりは練度が低いが、その分類まれなる腕力により強化された重みのある一撃が飛んでくる。
雲に紛れ込んだ左足が敵の踵部分を刈り取る技。
No.14―――
「八雲刈リッ……ダァッ!!」
「……っ!!」
「マダマダ、行くヨッ!! No.47……ッ!!」
スコールの如き連撃が、伊集院に襲い掛かる。
光の粒子を周囲に発生させるオリバー。
彼の左足の軌道に合わせて、それらは三日月となり回転しながら何度も敵の足を刈り取り続ける。
夜空に浮かぶ蛾眉が地表へと降り立ち舞い続ける足技。
「蛾眉払イ……ヤァァァァァァッ!!」
「技ありぃぃ!!」
無数に動き続ける光の軌跡が、伊集院の体のバランスを大きく崩させ、そのまま畳へと背中を押し倒していく。
判定は技あり。
オリバーのポイント。
タイマーはまだ止まっておらず、倒された伊集院を抑え込むため寝技に移行するオリバー。
手を緩めることのない攻撃的な姿勢に、伊集院は少しばかりの冷汗を流す。
「ンンンッ!!」
(オリバーもココで勝っテ、チームの勝利に貢献スルんダッ!! 皆褒めテくれるカナ? 大原も流石に褒めてくれるカナ?)
普段の温和な雰囲気からは想像できない、肉食動物のような恐ろしい形相で、相手に止めを刺しにいこうとするオリバー。
足を折り曲げ膝を付きながら、伊集院を抑え込もうと左手で背を付ける彼の左の横襟を掴み取ろうとする。
「……9割9分9厘」
「……?」
「もう決着がついたと思っていないか? 異国の戦士よ」
「……ッ!? ワァツッ!?」
右手でオリバーの横襟を掴むと、右足で彼の左足の前太ももと、左足で右足の脛の部分を押し当てる伊集院。
両足を後方に押され、体が伸びきった状態になると、右手を反時計回りに円を描くように動かし、オリバーの体をひっくり返していく。
転がるように背を付けて畳に仰向けになるオリバー。
伊集院は右腕で相手の首を抱え、左手で敵の前袖を掴んでいく。
タイマーの時計に試合時間とは別の秒数が表示され、一秒ずつカウントがされていく。
袈裟固め、寝技の中でもっともポピュラーな抑え込みとされている技。
伊集院が追撃をかけてきた敵の勢いを利用して、抑え込み返したのだった。
「制圧ぃぃぃぃっ!!」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
『さぁ~ここで伊集院選手、寝技を仕掛けていったぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!! 袈裟固め、タイマーのカウントは、刻一刻と進んで行っておりますっ!!』
『なぁ~るほどねぇ!! 寝技なら、立ち技よりは左利きの影響を受けない!! やり辛いのは変わらないけど、両手に加えて両足も使って相手を動かせるからねっ!! さっきよりは戦いやすいんじゃない!?』
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「……っ!! オリバーさんっ!! もがいて下さいっ!!」
「オリバー返すんじゃ!!」
伊集院がオリバーを抑え込んだことで、城南の監督達は、彼に逃れるように必死に声援を送る。
反対に蒼海の人間は、伊集院に向けて、熱の入った檄を飛ばしている。
「伊集院っ!! そのままだ、そのままっ!!」
「決めちまえ伊集院っ!!」
「風に身を任せろっ!!」
周囲で見守るチームメイト達の声援を受けて、全身に力が入る両者。
力の入る方向を予測して体の位置を巧みに調整していく伊集院だったが、腕力は敵の方が上である。
雄叫びと共に両腕で伊集院の体にしがみつくと、そのまま上半身の筋肉、背筋と腹筋の力だけで背を付けた体勢から起き上がっていく。
「ハァ、ハァァァァッ!! 寝技デやられるノハ、御免ダヨォォォ!!」
「静止ぇっ!!」
上体を強引に起こした直後に、伊集院を抑え込みにいこうとするオリバー。
だがその行動は、審判によって止められる。
乱れた道着を直しながら、試合開始の位置へと戻って行く両者。
抑え込んだ時間は11秒。
10秒以上20秒未満のため、伊集院には技ありのポイントが入る。
「ハァッ……グゥ……ッ!! 息、乱れチャッタヨ……」
「……あの日、財前の部下に負けて以降、俺にはある課題が出来た」
「エェ……? 追憶り始めちゃっタヨこの人……」
「腕力に優れた敵の倒し方というものだ。これが試行錯誤の結果。考案るきっかけをくれたのはお前達のキャプテンだ」
「……ッ!? 大原キャプテンガッ!?」
「あの時に見せた絞め技を含む寝技の動き……俺にも習得れると思ってな。この数か月、コツコツと習得ってきたんだよ。あの時の敗北をそのままにしておく気など、これっぽちもないのでな」
「ハァッ……!! ハァッ……!! 人の物を盗ル、悪党な人ダネッ!!」
「どうも感謝……!! 痩躯から成り上がったものでな。手癖は悪い方だよ……!!」
互いに道着を整え直すと、審判が開始を告げる。
同時に伊集院の体からは、ドライアイスを外に出したような白い冷気が発生し始める。
先ほどのシモンとの戦いでも使用した技。
血を冷やすことで体の体温を急速に下げ、組み合った敵の体温を奪う技。
氷属性の本領とも言える技を繰り出していく。
No.75―――
「冷血化―――」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「9割どころか10割よ!! 本当でさ、伊集院もなんか言ってやってよね? 遠慮しなくていいからさ」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
(……断定的な発言は、理系の人間として間違いなんだがな……俺も人間だ。たまには熱くいこうじゃないか……!!)
冷気をその身に纏う伊集院。
凍てつく体とは反対に、彼の心は静かに揺らめいていた。
かつて託された約束を果たすために。
共に切磋琢磨して来た、友の背中を支えるために。
「10割0分0厘……勝たせてもらうぞこの試合……!!」




