HEAVEN・ヘルヘル・昇格戦
勝てば天国、負ければ地獄―――
弱き者には人権すらない世界で―――
君は柔道が楽しいか?
2020年10月9日金曜日。
博多駅の地下にある修練場で、猛特訓に励む青桐達。
彼らの様子を見守る井上監督は、同じく見守っている飛鳥の隣で、明日行われる試合のことで頭を悩ませていた。
「……」
「おや? 井上さん、どうしたんだい眉間に皺を寄せて」
「ああ、その……明日の昇格戦についてアレコレ考えてましてね……」
「あれか~……ここの生徒達、どうなの? 不味いランク帯とかいるの?」
「……何人か負けたら不味い人間がいますね。全額免除から半額免除に格下げされそうな人間が」
「あぁ……そりゃちょっと覚悟しないとね」
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2020年10月10日土曜日。
蒼海の柔道部員達は、天神中央公園近くにそびえ立つ柔道タワーへと来ていた。
柔道を楽しんでもらうことを目的に建設された30階建ての高層タワー。
今は亡き柔皇、西郷三四郎が考案したとされている柔道施設。
タワーの各層には、同時に100人近くが試合できる巨大なスペースや、シャワールームなどの施設が整っており、上層階に進むほど強者たちが待ち構えている。
階層ごとに大よその実力が区分けされており、1階から10階までは初心者、11階から20階は中級者、21階から30階は上級者向けとされている。
また、1~2か月ごとに定期的に開催される昇格戦では、福岡中の人間が最寄りの柔道タワーに強制的に集結し、実力を測る試験のようなイベントが開催されている。
観覧は自由で、この日の昇格戦も多くの観客で埋め尽くされていた。
その中には青桐の熱狂的なファンである青山翼と、付き添いの青山龍一の姿もあった。
「凄ぇ!! これが昇格戦かぁ!! おっちゃん、熱気が凄いよっ!!」
「熱気つ~か、殺気だろうなぁコレ……」
「あ、そうだおっちゃん!! この前、属性について話してたよね? 暇つぶしに聞かせてよ!!」
「あぁ~? よく覚えてやがったな……わ~たよ、いいか? よく聞いとけよ」
「切望っ!!」
「えっとだ。昔の柔道家達が柔道を広く普及させようと、選手達の戦い方をある程度カテゴリー分けしたんだ。炎、山、氷、風、雷、水の6属性にな」
「ほ~……」
「んでよ、それぞれの特徴はこうだ。攻撃的な柔道をする炎属性、守備を重視する山属性、相手を弱体化させる氷属性、出し抜く戦術をとる風属性、スピードで翻弄する雷属性、技の連撃で圧倒する水属性。この6つだな」
「おぉ~なんか特徴的だね!!」
「そうだ。そして、『柔皇の技』は基本的に自分の適性属性か、どんな選手でも覚えられる無属性の技しか使えない。つまり、水属性の選手なら水属性か無属性の技しか使えないってことだ」
「えぇ……そんな制限があるの?」
「適性属性以外の技を習得しようとすると、人生効率最悪で話にならねぇんだ。それに練習時間は限られてるからな。才能のあるやつなら複数の技を覚えられるかもしれねぇけど、学生の限られた時間じゃ、2つの属性技と無属性技、合わせて3種類が精一杯だな」
「なるほどー……」
「普通の技と、『柔皇の技』を使い分けて相手を崩して投げる。その駆け引きが柔道の醍醐味なんだ」
「凄ぇ、楽しそうだねっ!!」
「……楽しそうか。翼、ちょっといいか」
「……? 何おっちゃん?」
「小中高生全員が柔道を強制的にやらされてることは知ってるよな?」
「うん、みんなで柔道するなんて楽しそうだねっ!!」
「……まあそこは今回いいか。ランクの話も知ってるよな? 青桐のこと追っかけてんなら」
「うんっ!!」
「じゃあ、ランクによって支払い金額に差が出ることは?」
「……え? 何それ……」
「トップ100位以内の選手なら、生活費や家賃、食費、学費など、全ての支払いが無料になるんだ。上限はあるけどな」
「おおっ!! 現実で!?」
「ただしな、ランクが下位の人間……つまり男子高校生152万3945人の中で100万位以内に入れないと、全ての支払いが2倍になるんだ」
「……へ? 1万円の買い物が2万円になるのっ!?」
「そうだ。小学校入学時にクレジットカードのようなものを受け取って、それを使って高校卒業まで支払いをしないといけないんだ。それが法律だ。来年にはお前も理解るさ」
「え、え、え?」
「いいか、翼。柔道はただ楽しいだけのスポーツじゃない。怪我も多いし、支払いができなくて破産する人間や、カードを使わずに物を買って逮捕られた人間もいる。精悍い奴には無縁の話だが、貧弱い人間にとっては……ただの生き地獄だぞ?」
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柔道タワーの1階では、試合開始までの時間を利用して、選手たちが体を整えていた。
昇格戦は通常のルールが大会ごとに変わる特殊な試合で、試合時間やチーム構成が詳細に異なるのが特徴だ。
今回の試合条件は、試合時間4分、3人制のチーム戦。
そして、チーム編成はくじ引きで決まるため、自校の仲間と組める保証はない。
くじ引きで指定された場所へと移動する青桐。
新たな戦友が誰なのかを待つ彼のもとに、一人の人物が近づいてきた。
「こんにちは!! そこにいるのは、青龍の青桐?」
「そっすけど」
「俺、不死原ってんだ。よろしく頼むぜ~!! へっへっへ……!!」
「なんだテメェ? ヘラヘラ笑いやが……」
「おいおい、すぐに喧嘩売るなよな、お前さぁ? しっかし、今月は青桐と戦えんのか。こりゃ鬼に金棒だな!!」
「っ!! 木場先輩、乙っす」
見知らぬ不死原と名乗る軽薄な青年に対し、青桐は不愛想な態度で接する。
対照的に、見知合の柔道部の副主将である木場が現れると、彼の表情は一転して柔らかくなる。
青桐は不死原をそっちのけにして、木場と楽しげに喋り始めた。
取り残された不死原は、居心地悪そうに2人のやりとりを聞きながら、おどおどと視線を彷徨わせている。
「おう青桐、調子はどうだ? 打ち込みが必要なら相手になるぞ?」
「現実っすか。んじゃちょっと熱望」
「あいよっ!! あ、それとだ……石山と伊集院と花染、アイツら3人で1チームになったらしいぜ」
「滾る展開っすね。どの辺で当たりそうっすか?」
「あー……準決勝あたりじゃねぇか? 丁度いいからアイツら、ぶん投げてやろうぜ?」
「了解!!」
「お、おい!? なんか俺のこと忘れてねぇか!?」
「あ? あぁすまねぇ……俺は木場ってんだ、よろしくな」
「ど、どうも……クソが……俺を無礼やがって……今に見とけよ……」
木場と愛想笑いを交わしながら握手した不死原は、彼らから視線を外した瞬間、小さく舌打ちし、不機嫌な表情を浮かべた。
何かを企んでいるのは薄々感じていた青桐と木場だったが、試合直前ということもあり、二人は気を引き締めてウォーミングアップを続けていた。
試合開始の合図となるブザーが会場に鳴り響くと、選手たちは所定の位置に着く。
礼を含めた一連の儀式を終え、先鋒の不死原が場内に入場。
対戦相手に一礼すると、試合が始まった。
開始直後、不死原は敵と組み合い、青桐と木場は期待と緊張で固唾を飲んで見守る。
だが、次の瞬間、二人の視線は困惑に染まった。
敵の右足が不死原の右足を刈りにかかると、不死原は抵抗する様子もなく、仰々めいて体勢を崩し倒れ込んだのだ。
試合開始から数秒も経たずに一本負けを喫した不死原。
青桐は、混乱と共に抑えきれない怒の表情が浮かんでいた。
「はぁ? アイツ……!! わざと負けやがったのかっ!?」
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