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YAWARAMICHI  作者: ウィリアム・J・サンシロウ
青桐龍夜編
31/139

澎湃の渦

時間は決して巻き戻らない―――

大罪を犯した人間が相手でも―――

君は柔道が楽しいか?

 夜の船着き場に木霊する悪漢の声。

 面食らったようにその場で立ち尽くす青桐(あおぎり)は、試合が始まったにも関わらず、その場から動こうとしない。

 企みがが上手くいった財前(ざいぜん)は、上機嫌な様子を隠そうとすることなく、青桐の道着を掴み取りに行きながら、彼を必要以上に煽り始める。


「ンフフフっ!! 今話題のリヴォルツィオーネから依頼(ネタ)が来た時は、どうしようかと悩んだのですが~……あのスキンヘッドの方々、報酬(ギャラ)が良いんですよねぇ~!! ワタクシがガッツリ中抜きしたのもありますが、ぼろ儲け出来てうまうまですよっ!! まっ人生いろいろありますよぉ~~~別の彼女でも作ってみてはいかがですかぁ"ぁ"ぁ"!?」


「ぶっ殺す」


 財前の両手が青桐の道着に触れようとした瞬間、回瀾を従えた青桐はそれらをいなし、弾き飛ばしていく。

 体が横に流れる財前。

 彼が目にした青年は、獰猛な目の奥に冷え切った殺意を抱いており、喉元を噛みちぎらんとする神話上の生き物を、その身に宿しているかのようである。


「ブヒブヒィィィィィ~っ!! ワタクシ、恐怖(ガクブル~)!! ではぁ~……早々(そく)決着(けり)をつけましょうかねぇ"ぇ"ぇ"っ!!」


 両足に雷を纏った財前は、青桐の目と鼻の先まで急接近する。

 一度は両手を弾かれた彼だが、今度は確実に横襟と中袖を握りしめると、先ほどの試合と同じように力による支配を開始した。


「んんんっ!! さてと……どう(りょうり)してくれましょうかねぇ!! 内股? 支釣込足? 火鼠払(かそばら)い? さあさあさあぁ"ぁ"ぁ"!?」


「……本当(マジ)でよく(べしゃ)る豚野郎だ……な"ぁ"っ!!」


 財前の横襟を持つ右手に力を込めると、荷物を移動させるように奥へと押し込む青桐。

 無理やりスペースを作り出すと、空いた空間へ体をねじ込み、敵の左足を内側から足を刈り取る大内刈りを仕掛ける。

 大木に技をかけているようにビクともしない財前。

 だがそれは青桐の狙い通りのようで、財前が技を返そうとした瞬間に別の技へと移行する。

 目にも止まらぬ早業で、右足と左足を1度ずつ振るう青桐。

 財前の体の後方には、牙のように鋭利な衝撃波が生み出されており、財前がその存在に気が付くよりも先に、アルファベットのxを描くように、彼の両足のアキレス腱を断ちに行く。

 小外刈りの派生強化技。

 No.33―――


双牙(そうが)……っ!!」


「んんんっ!!」


油断(ナメ)ると投げ飛ばされますねぇ。 ……小市民の決め技は主に投げ技ぁ……どっしり構えて受け止めればぁ~すぐさまコチラの攻撃(ターン)ですよぉぉ!!)


 財前の思惑通り、バランスが崩れた体に追撃を仕掛ける青桐。

 雲に紛れた小内刈り、水塊を設置して足が揃った瞬間を刈り取る出足払い……

 数々の足技が飛び交う中、本命の投げ技のモーションに入った青桐。

 左手の引き手を引きつけ、右ひじを財前の右腋に入れ込む彼。

 背負い投げを繰り出してきた彼に絶望を味わわせるべく、腰を落とし、研ぎ澄まされた刀をへし折りにかかる財前……

 

「あり?」


 確かに背負い投げのモーションに入っていた青龍の男。

 彼は今、引き手で握っていた財前の中袖を手放すと、今度は右手である釣り手を引きつけ、左腕を財前の左腋に入れ込むと、巨漢の男の左肩を左手で掴み、体を時計回りに回転させながら一本背負いを繰り出していく。

 それもただの一本背負いではない。

 逆方向、()()()()()()()である。


「お……お"ぉ"ぉ"ぉ"!? 小市民~……貴様ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"~~!?」


「……ベラベラベラベラ(うる)い野郎だなぁ……なぁ"ぁ"ぁ"!! 舌噛みたくねぇなら黙ってろやぁ"ぁ"ぁ"!!」


 青桐が子供に見える程の巨体を有している財前。

 そんな彼が、青桐の技によって、今まさに投げ飛ばされようとしている。

 青龍の背中でもがき、間一髪の所で左足の指で畳にしがみついた財前。

 投げられるまでには至らなかったが、完全に虚を突かれた悪漢は、張り裂けそうなほどの心臓の鼓動を己の耳で聞いている。


「はっ……!! はっ……!! 左……左ぃ!? ……ちょっ!?」


「ら"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」


 頭を整理する時間が欲しい財前。

 潤んだ目で停戦を訴えかけるが、怒りに燃える青年は受け入れるはずもなく、激流の勢いは増していくばかりである。

 右利きがおこなう小内刈りで右足を刈り取ると、今度は左利きの人間がおこなう逆の小内刈りで、財前の左足を刈り取る青桐。

 右へ左へ絶え間なく押し寄せる荒波に、防戦一方になる財前は次第に吞み込まれていく。


「ん"ん"ん"ん"っ!! がぁ"ぁ"ぁ"ぁ"っ!!」


「どうしたぁ豚野郎……? え"ぇ"っ!? キャラ付け忘れてんぞっオ"ラ"ァ"ァ"ァ"ッ!!」


「ブヒィ"ィ"ィ"ィ"!! 殺すっ!!」


 青桐が成長した後の情報を知らない財前。

 じわじわと敗北への道を辿っている彼は、不服な思いを試合中にも関わらずぶちまけていく。


「このワタクシが小市民ごときにぃぃぃぃ!! こんな貧乏人(カス)があぁぁぁぁ!! 資本主義社会の申し子であるワタクシにぃぃぃぃ!! この……汚物(ゴミ)がぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」


静止(まて)っ!!」


「……はい? 審判寺さん、なぜ試合を止め……」


処分(しどう)っ!! 太っちょよ、少し暴言(ディス)り過ぎじゃのぉ……喧嘩(ごろ)るなら他所でやれ。互いに熱くなってた故、今回は甘く見てやったが、次やったら反則負け(おわり)じゃぞ……? そっちの青髪も同様に処分(しどう)じゃ……いいな」


「ちっ!! ……了解(うっす)


「ぐぐぐぐ!! 了解(うぃぃぃぃっす)!!」


開始(はじめ)っ!!」


 財前への指導を行い、中断された時間は再び動き出す。

 試合開始直後に、周囲は桜が舞い踊り月夜が静かにたたずむ、水が地平線を満たした世界へと変貌する。

 静まり返った水面は、やがて嵐がやってきたかのように、波同士が激しくぶつかり合い、財前を海の底へと引きずり込もうとする。


(この糞小市民めぇ!! 潰す、絶対に潰すぅ……うぉ!?)


「こ、れ、はぁぁぁ……桜花水月(おうかすいげつ)……っ!? あの小市民はどこへ……」


「ここだよ見えねぇのか老眼がっ……!!」


 目を離した隙に、既に上半身が投げのモーションへと入っている青桐。

 強化された背負投げを直に受けることを避けるべく、財前は反射的に足が左方向へと動いてしまう。

 後出しじゃんけんを行う青桐は、その方向へ投げ飛ばすべく、体を180度逆回転させ、左手から中袖を手放し、逆の一本背負いを繰り出していく。


「……っ!! 2度も、同じ手を、食らうかぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!! あぁ!?」


(今度は何なんでしょうねぇ"ぇ"ぇ"!? ……ワタクシの足に力が入らない!? 体力(スタミナ)切れ……? ……っ!! まさか……小市民(おおはら)っ!?)


「やっと絞め技が効いてきたか。寝技は胸部や首を圧迫する関係上、呼吸が乱れやすいんだよなぁ……さっきの俺との試合で削られた体力(スタミナ)……激昂(おこ)無暗(ノーテン)に動きまくった代償(ツケ)は、結構多額(パね)ぇんじゃねぇか? なぁ……理事長っ!!」


 場外で観戦する城南のキャプテンである大原(おおはら)は、先ほどの試合を振り返りながら、背水の陣で戦う学校の理事長へと、語気を強めて突き放した言葉を投げつける。

 逆方向への一本背負いを行う青桐。

 今までの恨みを晴らすべく、畳から引きはがした巨漢を、力の限り畳へと投げつけていく。


「う……ぉおぉぉぉ!?」


(ワタクシが……一本負け(くたば)る? こんな奴にぃ? こんな貧乏人にぃ!? ……疑心暗鬼(なぁぜなぜ)?)


「ワタクシ一本負け(くたば)る? 疑心暗鬼(なぁぜなぁぜ)ぇ"え"ぇ"ぇ"え"ぇ"!?」


「やぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」


「一本っ!! そこまでっ!!」


 背中から勢いよく投げつけられた財前。

 彼は畳の上に散っていった。

 この試合の審判を務めた審判寺(しんぱんじ)は、総括するように口を開き始めた。


「さてと……試合はルーカス・ジョンソン側の勝ちじゃな。約束(ルール)通り、財前富男は身柄を確保(ヒキ)らせていただくぞ」


「ちょ、審判時さん!! 最後(ラスト)の投げ技、偽装攻撃(かけにげ)じゃないですかっ!?」


「なんじゃ……ワシの審判に苦情(ケチ)をつける気か? 小僧が言っておるのは、一本背負いの前の桜花水月(おうかすいげつ)か? ……残念じゃが、上半身だけの動きでは、偽装攻撃(かけにげ)とは言えんのぉ……」


「ぐくぅぅ!! ……くくく!! おほほほほ!! はい、理解(わか)りました、負けましたよっと!! ですがですが~……このまま終了して本当(ガチ)でよろしいのですかぁ? 負けた時に備えて、別のプランもあるのにぃ!? ……もしもし!! そっちの方はどうですかぁ!? 蒼海の校舎は……」


『財前様ぁ!! 助け……ギャァァァァ!!』


「……ふぁっ!?」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 青桐達が戦いを終えた同時刻。

 蒼海高校のグラウンド内には、事前に襲撃を見越して設置された無数の畳の上で、財前の部下と戦い続ける蒼海高校柔道部の人間がいた。

 ジョンソンヘッドコーチからの情報を受け、戦いに備えていた蒼海高校柔道部ガチ勢の面々。

 監督の井上も彼らと同じように道着に袖を通し、一心不乱に試合を行っている。

 

「はっ……はっ……!! クソ、何でコイツら待ち構えてやがったんだよぉ"ぉ"ぉ"!? 財前さん話が違ぇじゃねぇか!!」


「ギャァァァァァ!!」


「お、おい!! ……ひっ!?」


「おーおー随分と派手にやってくれんじゃねぇか……覚悟出来てんだろうなぁ!?」


「武人として風上にも置けんな……少しは根性を見せたらどうだ?」


「回生の木場(きば)に……幻術使いの花染(はなぞめ)じゃねぇか!? 俺達じゃ勝てっこねぇよっ!! に、逃げるぞ……」


「オリバー見参だヨ!!」


 敵う相手でないと判断した財前の部下達が、一目散にその場から逃げようとするも、背後からぬるりと現れた城南柔道部の部員、オリバーの手によってその場に拘束される。


「はぁ!? 何でお前らが……」


「HAHAHA!! そんなに急いデ、何処に行くんダ? もっと楽しもうゼ~!!」


「Fleeing in front of the enemy is... pathetic(敵前逃亡とは……情けない)」


「おい、ちょ、待てって……あ、あ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 渾身の最後っ屁すら不発に終わり、後は捕まるのを待つのみとなった財前。

 無言で唇を噛みしめる彼は、脇目も振らず逃亡していく。

 ただ一目散に、青桐達から背を向け走り出す悪漢。

 タダですら醜い顔面が、潰れたトマトのようにぐちゃぐちゃにしながら奇声を発していく。


「はぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!! やってらんないですぅ"ぅ"ぅ"ぅ"ぅ"ぅ"!!」


「何処へ行く気じゃ」


 音もなく財前の目の前に現れた審判寺。

 逃亡を図る財前は、汗を流しながら最後の抵抗を始める。


「邪魔邪魔邪魔っ!! どけや老いぼれ(ジジイ)がぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」


「アホみたいに怒鳴(がな)りおって……そらっ!!」


「っ!?」


「……N()o().()9()5()


 右手で財前の道着の襟の部分を握りしめる審判寺。

 軽く襟を握られただけで、財前の体勢は大きく前へと崩れていく。

 そのまま地面の小石を蹴るように、優しく右足で、財前の左足の裏側を払う審判寺。

 100㎏を軽々超える男は、老人の洗練された技によって、畳の上へと投げ飛ばされる。

 そのまま取り押さえられた財前。

 最後まで悪あがきを続ける彼を抑え込み続ける審判寺は、戦の終わりを告げていく。


「さあ……これで終了(しまい)としようかのぉ!!」

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