CREEPYC・インタルゲーションマーク・深淵からの逃亡劇
深淵を覗き―――
真相を知ってしまったとしても―――
君は柔道が楽しいか?
ネオンライトに照らされた街を、青桐はキョロキョロしながら捜索っていた。
テラス席では大人達が酒に陶酔り、嘲謔笑いを響かせている。
その喧噪を小耳にしながら、彼は通りを真っ直ぐに進んでいく。
異様なほど文明が発達した近未来都市を、ぶらつくように歩く青桐。
歩を進めれば進めるほど、現実でここは日本なのかという感覚になっていくのだった。
「……」
(福岡の中州みてぇに意気揚々な場所だな……ここが離島って現実かよ? ……窮乏生活してる人間の集まりだと思ってたんだけどなぁ……)
「らっしゃい、らっしゃい!! 焼き鳥はいかがだい!? お、そこのマスクの兄ちゃん!! 買っていくかい!?」
「1本いくらっすか?」
「50円!! どれも同じ価格だよっ!!」
(50円……? やっす。離島なのに本土より安いとかどういう仕組みだよ。ここ、闇市じゃねぇよな?)
「……じゃあ、もも肉1本で」
「了解っ!!」
キッチンカーの店主に呼び止められた青桐は、押し切られるようにして焼き鳥を1本購入した。
炭火で炙られた肉の香ばしい匂いと、煙に混じるタレの甘辛い香りが鼻腔をくすぐり、歩き回っていた空腹を一気に思い出させる。
商品を受け取る傍ら、よそ者だと悟られぬよう、言葉を慎重に選びながら、彼はさりげなく聞き込みを始める。
「……店長さん、この辺で不審な人物を見ませんでした? この前、近所でおびたたしい人を見かけたもので、恐怖ってたまらないんですよ」
「んん~? どんな奴らだぁ?」
「えぇっと……禿頭で、グラサンをかけてて……見るからに近づきたくない人ですね」
「んだそりゃ? この島にそんな奴がいたのかい。世間もおびたたしくなったもんだねぇ~? ん~……悪い、心当たりがねぇな。ほい、もも肉だ」
「感謝」
商品を受け取った青桐は、キッチンカーを後にした。
もも肉を頬張りながらも、視線だけは絶えず周囲を警戒している。
人通りの多い場所には目もくれず、あえて通路の脇道へ足を踏み入れる。
薄暗いその道を進むにつれ、背後から聞こえていた嘲謔り声は次第に遠ざかり、やがて完全に消えた。
残されたのは自らの靴音だけ。
耳を澄ましながら、禿頭の男の影を探す青桐。
そして、角を曲がったその先―――
「止マレ」
「あぁ?」
出会いは不意打ちめいて訪れた。
青桐の前に立ち塞がったのは、黒い柔道着を着衣た、人と同じ背格好をした機械兵。
その顔はフルフェイスヘルメットに覆われ、鏡めいて反射する表面には、仰天る青桐自身の顔が映り込んでいる。
烏川の言葉が脳裏をよぎり、青桐はついに出会いたくなかった相手と正面から対峙してしまった。
「身分証明書ヲ提出シロ」
「ちっ……あ~身分証明書ですか? あれぇどこだったっけ~」
「身分証明書ヲ提出シロ」
「えぇっと……今日は家に忘れて来ちゃってぇ……」
「身分証明書ヲ提出シロ」
「あ~今は持ってないですねぇ」
「ターゲット補足。確保二移ル」
「ちっ……頭の硬ぇガラクタだなぁ……!! スクラップにしてやんよ!!」
機械的な反応しか返さない無機質な機体。
顔面部のレンズが青白く点滅しながら、不気味にそれは揺れ動く。
虚勢を張るも通じない相手に苛苛る青桐は、身分証明書の提示を拒むやいなや、即座に柔道勝負を挑むのだった!!
応戦するように動く機体は、右手で青桐の道着の横襟を、左手で中袖を掴みにかかる。
その動作は柔道の組手そのものであり、青桐も負けじと同じ箇所を掴み取り、相手の体勢を崩しにかかるため、左右に揺さぶり始めるのだった!!
「……っ!!」
(あぁ? コイツ、細身の体で重すぎんだろ!? 鉄の塊かよ!? 機械警備員ねぇ……この島の科学力どうなってんだよ!?)
狭い路地での対戦ゆえ、自由に動き回る余地はない。
後手に回るよりは攻めに出た方が勝機はあると判断し、青桐は短期決戦に打って出た!!
相手の左足の内側を、右足で時計回りに刈り取る大内刈を仕掛けるも、相手は難なく踏み堪えた。
足技があまり効いていない様子に舌打ち1つ入れながら、青桐は更なる猛攻を仕掛けていく!!
今度は機械兵の足元から、天へと飛瀑めいて水を噴き上げ、敵の身体を宙へと押し上げる!!
折り返す水流と共に、青桐は体を反時計回りに大きく回転させ、右足を伸ばして敵の両脚を絡め取った。
左手で相手を強く引き寄せ、右手で頭部を抱え込み、左へと旋回しながら一気に引き落とす。
体落しを進化させた柔皇の技、No.65―――
「滝落し……っ!!」
「……っ!! 判定、一本……機能ヲ停止スル」
豪快に背中から地面へと投げ飛ばされた機械兵。
粉塵を周囲に撒き散らしながら、次第にその機能は停止していくのだった。
心臓の鼓動が収まらない様子の青桐。
警備兵の動きが完全に止まったのを見届けると、ようやく肺の中の空気を全て吐き出し、平常心を取り戻そうしていた。
「はっ!! はっ!! はぁー……恐怖った……急に出てくんなよ……コイツが機械警備員? なんか動かなくなったけど大丈夫か? ……ん? 携帯……もしもし、隼人か?」
『龍夜、今どこにいる? 禿頭の連中を見つけたぞ』
「……現実で? お前、どこにいんだよ」
『あー……んー……? デカいビルの真下……牛丼屋の側の公園だなっ!! 理解るか?』
「理解るわけねぇだろが……なんか手がかりねぇのか?」
『手がかり? あぁ~……OK、写真送るわ。それで来れんだろ?』
「へいへい、頑張って探してみるわ」
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薄気味悪い残骸をその場に置き去りにし、手分けしていた草凪からの連絡を頼りに、合流地点を目指す青桐。
道中、送られてくる数枚の写真を手掛かりに進み、ついに草凪の姿を見つけ出す。
街灯が仄かに地面を照らしている公園のベンチには、落ち着かない様子でソワソワと待つ草凪が座っていた。
青桐を見つけると、彼は手招きして立ち上がり、そのまま並んで歩き出す。
「こんばんは、隼人。待ったか?」
「本気で待ったぜ。おら、とっとと行くぞ」
「あれ? ……古賀さんは?」
「電話に出ねぇ。多分烏川と一緒にいるんじゃねぇか? 仕方ねぇから俺達で行くぞ」
「おうよ。そんで……この先にいんだよな」
「ああ、龍夜が来る前にもなんか喋ってたから、一応動画に保存してあるけど……結構近づかねぇと、何て言ってっか理解らねぇわ。協力よろしく」
「了解」
公園の真正面にそびえる、年季の入った4、5階建てのビル群。
その隙間を縫うようにして、青桐と草凪は裏路地へと足を踏み入れる。
息を殺して進んだ先――ビルの影が落ちる溜まり場めいた一角に、文化祭で見かけた男の姿を見つけた。
禿頭の男は電話を耳に当て、誰かと連絡を取り合っているらしく、こちらには気づいていない。
2人は建物の陰に身を潜め、慎重に顔を覗かせて様子を窺った。
「……この前の禿頭じゃねぇか?」
「龍夜……今度は特攻しようとすんなよ」
「理解ってるよ」
「……だ。こ……である……か?」
「……聞えねぇな。もっと腹から声出せよ……動画を取る意味がねぇじゃねぇか」
「埒が明かねぇな……隼人、もう少し寄るぞ」
「本気で?」
「本気本気」
目的の人物は視認できたものの、肝心の会話内容までは拾えない2人。
周囲に散らばるごみ箱や廃棄物の影を伝い、忍者めいて目と鼻の先まで距離を詰める。
湿気を帯びた生ごみの臭気が一層強く鼻を突く中、手にしたスマホで証拠を確実に押さえていった。
「……白桜がこの島に来ているだと? ……東の繁華街か。目を離すなよ。徳島の研究所がやられた今、失敗は許されん。堕天高校の件はどうなった……? 理解った、くれぐれも油断するなよ。城南国際糸島アイランドスクール学院高等高校との取引は、俺が引き継ぐ。ああ、財前富男だな。他校への妨害工作も継続して進めろ」
「おい、白桜のやつ、もう見つかってるじゃねぇかよ……隼人、お前さぁ……」
「いや、俺に言うなよ!? つか今の……かなり重要な話じゃねぇか?」
「……財前って言ってたよな? ……あぁ? どういうことだ? ……げっ!! 隼人、そろそろ時間だ。烏川と古賀さんと合流する時間」
「現実かよ……んじゃ、そろそろ……」
時間が許すなら、もう少しこの場に留まっていたかった2人。
烏川と事前に交わした約束どおり、集合場所へ向かおうとしたその瞬間、街に警報が鳴り響いた。
耳を劈くような音に思わず視線を巡らせると、ただならぬ事態が起きたことを直感的に悟る。
青桐達はペース配分など一切考えず、脱兎めいて全速力で尻帆掛していく。
幸いにも周囲は薄暗く、禿頭の男には誰が立ち去ったのか判別できなかったようで、青桐達を呼び止める声を張り上げるのみであった。
数分間、己の限界点を超える勢いで街を駆け抜け、ようやく烏川と古賀と合流する。
到着するや否や、青ざめた表情の烏川が、真っ直ぐに青桐へ詰め寄った。
「青桐っ!! お前、機械警備員と柔道ったろ!?」
「……見つかって勝負を挑まれたから、ぶん投げてやったんだが?」
「なんで逆切れしてんだよ!? ……え、つうか勝てたの? いや、今はどうでもいい!! とっとと遁走るぞ!! やっべぇ……獅子皇さんに大喝一声食らっちまうんだが……!?」
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街から雲隠れするように遠方へと駆けていく4人。
背後に広がるネオン街の光は次第に霞み、代わりに無数の鉄の塊が肉眼で捉えられるほどの距離まで迫ってくる。
草木や遮蔽物を容赦なくなぎ倒しながら押し寄せる鉄の波に、青桐達は死に物狂いで逃走を続けていた。
「うわぁ"ぁ"!! 獅子皇さん絶対怒だよこれっ!! 青桐、お前ぇどうしてくれんだよっ!?」
「知らねぇよ!! あ、そうだ。禿頭の動画、撮ってきたぞ!! いつ見せればいい!?」
「あぁ!? ……今見せて今っ!!」
急かす烏川に促され、青桐の合図で草凪は自分のスマホを差し出す。
烏川は走りながらスマホの画面を操作し、前方の障害物をほとんど見ずに巧みにかわしていく。
ひと通り映像を確認すると、烏川は目を細め、青桐へと真偽を問いただした。
「この動画……加工してねぇよな」
「そんな暇ねぇよ」
「こんな連中、知らねぇなぁ……妨害活動? 現実でやってんのか……?」
「……前にお前らごちゃごちゃ言ってたけどよぉ……最終的に勝ちゃいいんだろ? その割に妨害には否定的なんだな」
「当たり前だろっ!! 俺達はあくまで、柔道で世間に喧嘩を売ってんだよ!! その辺のチンピラと一緒にすんなよ!! クソ~……総帥の野郎、約束が違ぇぞ……!?」
彼らの胸中を正確に測ることはできない。
だが推測するに、柔道部員と大人達の間で認識の齟齬があるのだろう。
激怒を露わにする烏川の顔には、一片の虚偽も感じられなかった。
やがて赤神達と別れた浜辺へ辿り着く4人。
そこには既に到着していた他のメンバーが、バスに乗り込み、青桐達の帰還を待ちわびていた。
窓越しに姿を見せた獅子皇が、切羽詰まった表情で烏川に指示を送り、さらに青桐ら4人へと声を投げかける。
「烏川っ!! そっちも見つかったかっ!!」
「獅子皇さんっ!! ……ん? そっちも?」
「……深く考えるな烏川っ!! 今は取り合えず赤神達を逃避させるっ!! 全員バスに乗り込めっ!!」
あらかじめ呼び寄せていたバスへ、青桐達4人は飛び乗った。
彼らが腰を下ろすより早く、車体は勢いよく路上を蹴って加速する。
荒い呼吸を整えつつ空いた席へ身を沈める4人。
一方、前席に陣取る獅子皇はノートパソコンを操作し、集められたデータを複製っている真っ最中だった。
彼の傍らには、無数のUSBメモリが雑然と積み重なっており、青桐達が合流するまでひっきりなしに作業していたことが伺える。
「し、獅子皇さんっ!!」
「話は後だ。烏川、何か収穫はあったか?」
「え!? ……動画、動画があるんすよっ!!」
「それを渡せ。パソコンで複製るぞ……!!」
草凪のスマホをノートパソコンにケーブルで接続し、獅子皇は無駄のない動作で証拠映像を複製っていく。
作業を終えると、静かに端末を草凪へ返し、青桐ら4人に向けてこれからの方針を端的に告げた。
既に赤神達には説明を済ませており、今回で4度目となるため、その口ぶりは慣れを感じさせるものだった。
「このUSBには今回収集したデータが入っている。各々の活動に役立てるように。烏川!! こいつらが逃避する時間を稼ぐぞ。調査結果の詳細は後で俺が直に伝える。今後の方針を左右する重要な内容だ。聞いたことを後で軽々しく口にするなよ?」
「う、了解」
追手を振り切ったバスは、荒れた海風を切り裂きながら港へと滑り込む。
桟橋では船が出航の準備を終えたところで、扉が開くや否や、青桐をはじめ島の外から来た面々が、足をもつれさせながら甲板へと駆け込んでいった。
追手は港の入口まで迫っていたが、獅子皇、刃狼、天蠍、烏川の4人が通路に立ちはだかり、出向までの数分間、敵を食い止め続けている。
彼らの奮闘に支えられた青桐達は、無事に島を脱出し、張り詰めていた緊張の糸を各々緩めていった。
船内の長椅子に大きく身を投げ出し、荒く息を吐いていく彼ら。
一方そのころ烏川達は、船が岸を離れてもなお、波打つ桟橋の上で戦い続けている。
柔道の技を繰り出すその姿には、ただの護衛では終わらない、これからの覚悟と情熱が宿っていたのだった!!
「刃狼!! 天蠍!! 烏川!! 今後のことだが……少々面倒になりそうだ。腹をくくれよ!?」
「BAHAHA"A"A"!! おうよ、獅子皇ぉ"っ!!」
「あらやだ、盛り上がって来たわね♡」
「了解!! へっへっへ……!! やってやんよ!!」




