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YAWARAMICHI  作者: ウィリアム・J・サンシロウ
青桐龍夜編
21/139

TOKYO・アヅマ・潜入捜索柔県

敵の本拠地への殴り込み―――

変わり果てた東京の姿を目の当たりにしたとしても―――

君は柔道が楽しいか?

 2020年12月18日、金曜日の夕暮れ時。

 蒼海大学附属高等学院の柔道部員達は、過酷な修練を終え、冷たい外気の中へと解き放たれていた。

 練習後に力尽きて倒れた青桐(あおぎり)は、石山(いしやま)の肩を借りながら、ふらふらと博多駅前の歩道を歩いている。

 顔面(つら)は蒼白、足取りは酔っ払いめいておぼつかない。

 だが、そんな彼を見て、いつもの1年生メンバーである石山(いしやま)伊集院(いじゅういん)草凪(くさなぎ)は、どこか太平楽(たのぴっぴ)冗談(あまの)を飛ばしながら、青桐を支え、その家路をともにしていた。


龍夜(りゅうや)君、この前の俺と立場が逆だねぇ。とりま、今の感想を聞いても良いかな~?」


「…………殺す」


「言い過ぎじゃねっ!?」


「9割9分9厘、死にかけだな」


「青桐君、大丈夫ばい?」


「……なんか……川が見える……」


「9割9分9厘、あの世が近いな……渡りきる前に連れ戻した方がいいんじゃないか?」


「よっしゃ、親友(ダチ)の俺に任せとけっ!!」


「青桐君、昇天()ったらいかんばいっ!!」


 草凪が青桐の頬を平手で打ち、石山もそれに加勢してこの世へ引き戻そうとする。

 一方その横では、伊集院がスマホを操作しつつ、青桐がボコボコにされる様子を冷静に見守っていた。

 数分間、顔面(つら)に愛の鉄拳を浴び続けた青桐は、ようやく腫れ上がった頬をさすりながら、わずかに焦点の合った目で3人を見回す。

 打擲(しばか)れすぎたせいか、目尻にはうっすら涙がにじんでいた。


「わ、わりぃ……永眠(しふけ)るとこだった……」


「気にすんなよ龍夜。俺達、永友(ずっとも)だろ?」


「礼には及ばんよ」


「あ、青桐君、これを毎日やると……? そのうち本気(ガチ)臨終(おだぶつ)になるばい……」


「だ、大丈夫大丈夫……なぁ? 隼人(はやと)


「いや俺に振るなよ……つかお前、ここんところ熱を入れすぎじゃね? ……古賀(こが)さんの所に連れて行かねぇ方が良かったか……?」


「あぁ? んな事ねぇよ……こんくらいやらねぇと、Rivolu(リヴォル)zione(ツィオーネ)の連中には勝てねぇからな。そんで……不死原(ふじわら)はどうだって?」


警察官(ぶた)身柄(ガラ)を保護している。9割9分9厘、快復に向かっているそうだ」


「そーか。んでコイツらは……」


「お、青桐発見っ!! 野郎ども、バリュー空売(とば)したかぁ"!?」


「ウォ"ォ"ォ"ォ"!!」


 青桐達の姿を見つけるやいなや、道着(まとい)に早着替えして柔道勝負を挑んできた男達。

 街中で何度も挑まれてきた青桐は、もはやその回数を数えることすらやめていた。

 舌打ちひとつ、青桐は吐き捨てるように言葉を投げた。


「ちっ……しつけぇなぁ。腐った果実みたいな顔面(つら)しやがってよぉ……!!」


龍夜(りゅうや)、俺が代わりに柔道()ってやろうか?」


「お気遣いど~も、草凪様。 ……悪いが心配いらねぇよ。コイツら程度ならなぁ!!」


 練習後に街中で不意の試合を仕掛けられ、明らかに日に日に消耗(へば)っている青桐。

 目を離せば何をしでかすか理解(わか)らない彼を案じる3人は、青桐の意志を尊重しつつも、いざという時には即座に動けるよう、決して目を離すまいと心に決めていた。


ー---------------------------


 2020年12月19日、土曜の夕暮れ。

 部員全員での合同練習を終えた青桐は、草凪と共に古賀道場へ向かい、さらに追加の特訓に打ち込んでいた。

 実業団の選手達に交じって乱取りをこなす青桐は、以前に指摘された通り、左右逆の技を実戦の場で一つずつ試していく。


「……っ!! ここか……?」


 青桐は、右足で相手の右足内側を刈る小内刈りを繰り出す。

 続けざまに、右手で横襟を引き寄せながら体を時計回りに旋回させ、逆方向の一本背負いを狙った。

 意表を突かれた相手の体は、青桐の仕掛けた方向へ大きく流れる。

 だが、青桐自身も足元が定まらず、同様に体勢を崩してしまう。

 投げは不発に終わり、青桐は畳に這いつくばるように倒れ込む。

 直後、古賀から厳しい指導が飛んでいった。


「龍夜っ!! 両足が揃っているぞっ!!」


了解(うっす)!!」


 一段と熱の入った指導を行う古賀に連れられて、周囲の人間も自然と気合(はっぱ)が入る。

 意気揚々(イケイケ)な道場内の別の場所で乱取りを行う草凪は、相手選手としばしの談笑を行っていた。


「いや~今日はなんか熱気が(パな)いっすね」


「そうだねぇ……多分、青桐君の影響じゃないかな?」


「ですよねぇ~」


(あお)い子にしては、やたらガツガツしてるからさ。おじさん達も気合(はっぱ)が入っちゃうよね」


「でもまぁ……最近はちょっと熱が入り過ぎっすけどね……あれ? 古賀さん、どこ行くんすか?」


「ん? ああ、薬でも飲みに行ったんじゃない? 持病あるからさ」


「そうなんすか……おぉ!?」


「はい隙あり。談笑(ダべ)るのはここまでだね。僕達も全力(ガチ)でやろうか」


 青桐の戦いを横目に、乱取り相手と軽口を交わしていた草凪。

 親友の勝負が終わるや否や、目の前の実業団選手は、業火めいたものをその身に宿し、全身から燃え盛る闘気を立ち上らせた。

 それに呼応するように、閃光めいた雷が草凪の足元をきらめかせる。

 いま、真っ向から火花を散らす、全力(ガチ)の激突が始まろうとしていた。


ー---------------------------------


 数時間にわたる激しい乱取りを終え、青桐をはじめとする門下生達は、汗をぬぐいながらクールダウンに励んでいた。

 やがて、古賀が静かに場を回り始め、1人ひとりのもとを訪れては、なにかを確認していくのだった。


「……? 古賀さん、何してんだろ」


「さぁ……あ、こっち来るぞ、龍夜」


「2人共、ちょっと時間いいか? 聞きたいことがあるんだが……」


「はい? なんすか?」


「こう……禿頭(ぎゃくほたる)にサングラスをかけた、見るからに怪しい男を見かけたことはないか?」


禿頭(ぎゃくほたる)……」


「龍夜、アイツらじゃねぇか?」


「……Rivolu(リヴォル)zione(ツィオーネ)の連中の?」


「……何か知っているのか? 龍夜と隼人は」


「そうっすね……この前の文化祭のときっす。古賀さんが言ったような奴が、学園内をウロチョロしてたんすよ。後をつけてみたら、そいつ……多分、Rivolu(リヴォル)zione(ツィオーネ)の人間でした。な? 隼人」


「そっすね。大体そんな感じっす」


「そうか……実は最近、その男がこの道場の周辺をうろついていてな。不審に思っていたんだ。噂じゃ、近辺の土地の売買にも関わってるらしくて……この道場も買収されるかもしれないって話が出ていてね」


「え? 買収されるんですか、この道場」


「いや、今のところ問題はない。十中八九、嫌がらせだろうし、誘いが来ても断るつもりだ。ただな……周囲の土地が買い占められて、立ち退きを命じられたら、そう容易(ちょろ)くはいかないかもしれない」


現実(マジ)っすか……」


「まあ、あくまで最悪のケースだ。それでな、禿頭(ぎゃくほたる)の男について、他に何か覚えていることはないか?」


「えーっと……たしか、1月1日に東京(あづま)湾でどうとかこうとか……(やわら)県の名前も出てましたね」


「柔県……確か、Rivolu(リヴォル)zione(ツィオーネ)縄張(しま)だったな。夏の宣戦布告(カチコミ)で龍夜が派手に投げられてるのをテレビで見たから、よく覚えてるよ」


「ぐぅっ……!? それ、できれば忘れててほしかったっすね……」


東京(あづま)湾か……少し調べてみようか。どうだこの際。2人も搭乗()ぶかい?」


「え? 東京(あづま)搭乗()ぶんすか?」


「龍夜と隼人のチケット代は俺が出す。目撃者の案内があった方が、手がかりをつかみやすいだろう」


「俺は良いっすけど……隼人は?」


「行くに決まってんだろ!? へっへっへ……東京(あづま)旅行(とらった)、楽しみだぜ……」


「お前さぁ……」


「よし理解(わか)った、決定だな。2人の安全は俺が保証する。その代わりお前達は、禿頭(ぎゃくほたる)の男を見つける手伝いを頼むぞ」


「「了解(うっす)」」


ー-----------------------------


 2021年1月1日、金曜日の昼過ぎ。

 年明けの穏やかな空気が流れる中、青桐、草凪、古賀の三人は、お台場近くの港でRivolu(リヴォル)zione(ツィオーネ)の関係者と思しき人物を探索(あさ)っていた。

 飛行機(テントーブ)東京(あづま)に乗り込んだ彼らを出迎えたのは、テロめいた騒ぎで混乱(ウニ)る、想像とはかけ離れた東京(あづま)であった。

 幾つもの閉鎖された道路に進路を遮られ、警察官(ぶた)からの再三の指示を受けながらも、隙を突いて都心部への潜入に成功していた。

 無機質なコンテナが無数に積み上げられた湾岸地帯を、3人は手分けしてくまなく探索(あさ)っていく。

 しかし目当ての人物は見当たらず――代わりに姿を現したのは、想定外(とんでもハップン)な迎撃者だった。


「ジュウドウゥ"ゥ"ゥ"ゥ"ッ!!」


「ちっ!! またかよっ!! やぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」


「ギャ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"!! ……あれ? 俺はどうしてここ……」


「はぁっ……はぁっ……どうなってんだよ東京(あづま)はっ!? 進む先々で柔道(しあい)を挑まれるって……全員、瘋癲(まつざわゆき)かよ!?」

 

「龍夜っ!! そっちはどうだ!?」


空回(シャッポ)です古賀さんっ!! それっぽい影も形もないっす!!」


「古賀さんっ!! こっちも龍夜と同じっすっ!! なんか危険(やべ)ぇ連中に柔道(しあい)を挑まれるんすけど!?」


「隼人もか……青桐、この状況に心当たりは?」


「……伊集院って同級生(タメ)が、それっぽいことを言ってたんすよ。東京(あづま)危険(やべ)ぇことになってるって。まさか、ここまで意味理解(わか)らねぇ状況とは思ってなかったっすけど……」


 彼らが見つけ出したのは、東京(あづま)の各地で散発的に起きている、不可解で説明不能な現象ばかりだった。

 学園祭で盗み聞いた情報は、やはり徒花(すかたん)だったのか。

 苛立ちと疑念が、額に深い皺を刻ませており、3人を取り巻く空気感は、いと最悪(チョベリバ)である。

 諦めかけたその瞬間、どこからともなく微かに声が届いた。

 その声に反応したのは、青桐1人。

 Rivolu(リヴォル)zione(ツィオーネ)の関係者かどうかは不明だが、確かに以前、耳にしたことのある声だった。

 青桐の気配に導かれ、3人は足を止めることなく声のする方角へと駆ける。

 やがて視界に人影が差し込んだ瞬間、青桐の表情(つら)が凍りついた。

 そこにいたのは、禿頭(ぎゃくほたる)の男ではない。

 かつて新人(ぺーぺー)戦で、Rivolu(リヴォル)zione(ツィオーネ)の選手達に容赦なく投げ飛ばされた、あの3人だった。

 黒城(こくじょう)白桜(はくら)赤神(あかがみ)

 そしてその傍らには、彼らに同行する者達の姿もあり、現場には異様(ひょん)な緊張感が生まれるのだった―――

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