BADASS・イロオトコ・光と影の住人
光の存在は気にも留めず―――
影の存在は蔑ろにされたとしても―――
君は柔道が楽しいか?
黒衣の柔道家の出現に、喧々囂々としていた地下空間が、刹那、静まり返る。
唾をのみ、眼光人を射る荒くれ者達。
黒の柔道着を着衣た東雲は、そんな光景を、どこか微笑ましげに見渡していた。
「んんー……そんなに静まり返る必要はないのですが……ねぇ?」
「お、おま……あの黒い柔道着の集団が、何でこんな所にっ!?」
「あ、誤解なさらずに。ここに来たのは、ただの偶然です。大穴に落ちたときは、さすがに心臓が止まりかけましたが……受け身を取ってなんとか、です」
「……アンタ、味方ってことでいいんだよな?」
「おや、青龍の青桐君ですか。ええ、今回はそう見ていただいて構いませんよ。社会の粗大ゴミをぶん投げて、さっさと地上に戻りましょう。どうもこの場所……空気が悪すぎる。私、埃に弱くて……限界点ですよ」
「社会の粗大ゴミだとぉ~? 無礼やがってこの優男がァ“ァ”ァ“ァ”ッ!!」
東雲の挑発に、まんまと乗せられた荒くれ者が一対一を挑んでいく。
漆黒の襟元を右手で乱雑に掴みにかかるが――
その突進を、東雲は涼やかにいなした。
左手の甲で相手の右腕内側を外へと弾き、同時に、無防備となった鳩尾へと正拳突きの要領で右手の平を押し当てる。
接触の瞬間、敵の身体に氷の紋章が浮かび上がり、紋章が刻まれた者には、一時的に弱点が付与される。
No.68―――
「―――冥氷の刻印」
「おぉ!? んだこりゃっ!?」
「……? 義務教育で習るはずですが……まさか、効果をご存じない? ……なるほど、単純に脳内CPUが足りないということですか」
「こ、この野郎……嫌悪言葉をっ!! って、あ、あれぇ!? 摺足が……出来ねぇっ!?」
物を知らぬ荒くれ者に、東雲はどこか呆れたような視線を向ける。
だがその男は、そんな態度に気づく様子もなく、距離を取ろうと畳の上で足を動かそうとした。
しかし彼の両脚は、柔道を始めたばかりの子供めいて、無様にドタバタと畳を叩きながら高く振り上がる。
先ほどまでは何の問題もなかったその動きが、氷の紋章が刻まれた瞬間から、別人めいて乱調れはじめたのだった。
「その氷の紋章が、アナタの細胞に働きかけて、勝手に弱点を作ってしまったんですよ。氷が融けるまではそのままです」
「こ、この!!」
「……ダメですよ、そんなに足を上げてしまっては。その瞬間を狙われますよ?」
互いに組み合わぬまま、間合いを取る2人。
荒くれ者の左足が畳から離れた一瞬――東雲は間髪入れずに踏み込み、両手でその柔道着を確実に捉えた。
続けざま、右足を滑らせて敵の左足の外側を刈り取る。
放たれた小外刈りに抗う間もなく、男の巨体はふわりと宙を舞い、背から畳へとパタリと落ちた。
「い、一本ぉ"ぉ"ぉ"ん!! あの優男、凄ぇ~」
「テメェ審判、どっちの味方だよっ!! クソが、続け野郎どもォ"ォ"ォ"!!」
その洗練された所作に、思わず敵ですら感嘆の声を漏らした。
続けざまに何人もの荒くれ者が挑みかかるも、誰一人として東雲の背を畳に付けることはできない。
それどころか、彼の呼吸ひとつ、乱すことすら叶わなかった。
圧倒的な実力差に、次第に彼らが哀れにすら見えてくる。
東雲は、ただ静かに、着実に、敵をねじ伏せていったのだった。
「……あの人で10位か。この前の西村って声のデケェ奴が、確か14位だったな」
「青桐さん、あの人の柔道……異次元じゃないですカ? ……ワタシ、勝てる気がしないですヨ」
「賛同、シモン。おい、隼人はどうだ?」
「ムリムリムリ!! 龍夜で勝てねぇら、俺も絶対ムリだろっ!!」
「……ちっ。こっちはチンタラ出来ねぇってのに……頂点までの道のり、遠すぎんだろ……!!」
一騎当千。
その言葉をそのまま体現するように、東雲の柔道は見る者すべてを黙らせた。
――今の自分で、あいつに勝てるのか。
青桐は、胸の奥が焼けるような焦燥を押し殺しながら、まっすぐに畳の上を見つめていた。
隣の草凪やシモンも、いつもの強気な言葉は一切なく、神妙な顔で試合の行方を追っている。
そして、終わりは唐突に訪れた。
最後の敗れた男が音もなく畳に沈み、東雲だけが、耳につけ直したイヤリングを揺らしながら、静かに立っていたのだった。
「降参……ということでよろしいでしょうか? なんとも腰抜なことで……」
「な、なんなんだよコイツ……」
「ひ、ひぃ~……助けてよぉ~母ちゃ~ん……」
「青桐っ!! エレベーターの稼働に成功した……ぞ……? 黒い柔道着!? なんだこれは……」
別動隊として動いていた伊集院が、息を切らしながら青桐達のもとへ駆けつけてきた。
そして視線を向けた瞬間、東雲の柔道着の色に思わず目を見開く。
青桐に無言ったまま説明を仰ぐも、それどころではない彼らは、即座に逃亡の合図を出す。
「伊集院、話は後だっ!! 逃亡るぞっ!!」
「オラ待てやぁ"ぁ"ぁ"!!」
「増援っ!? んだよまだ居んのかよっ!!」
「青桐、草凪、シモン、離れてろっ!!」
施設の奥から、増援と思しき荒くれ者の一団が、青桐達を目掛けて全力で突進してくる。
もはや時間稼ぎを続ける必要はない。
後退していく青桐達と入れ替わるようにして、伊集院が前へと飛び出し、敵の進行を妨げるべく、右足で畳を強く踏みしめる。
瞬間、足元から白氷が芽吹くように立ち上がり、敵陣へと這い進んでいく。
氷のカーペットめいて広がり、それに触れた者はたちまち脚を取られ、動きを封じられていった。
No.5―――
「白踏み……!!」
「っと危ねぇ!! お前ら、側面から攻めこめぇ!!」
「!! ……9割9分9厘、俺の想定よりも数が多いな……全員を捕縛出来んか」
「おや? そういうことなら、私もお手伝いしましょうか。No.5……白踏み―――!!」
畳の試合会場二面分に相当する広さの白氷を展開した伊集院。
その冷気によって集団の一部を足止めすることには成功したが、全員の動きを封じるには至らなかった。
攻撃範囲の外にいた荒くれ者が、氷の技の隙を縫って前進してくる。
伊集院が手こずっている様子を見かねた東雲は、一緒の技をもって敵の制圧に乗り出す。
だが、東雲の放った技の規模は、伊集院の白氷が赤子めいて見えるほど桁違いだった。
東雲の右足から放たれた凍気は、寥廓な造船所の床一面を覆い尽くすほどの白氷を瞬く間に生み出していたのだ。
「おっと……ちょっと本気でやり過ぎましたね。さて、粗笨な方々に追いつかれる前に、私達も逃亡ましょうか」
「あ、あぁ……」
(コイツ……現実で俺と一緒の技を使ったのか? 9割9分9厘、練度が違い過ぎる……これがコイツらの実力か……!!)
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地上へ戻った青桐達は、現在、博多駅地下にある訓練場へと身を移していた。
管理人である飛鳥の計らいにより、一時的にその地下空間に身を潜めているのだ。
その場には青桐達の他に東雲の姿もあり、彼は遠くで飛鳥と何やら言葉を交わしていた。
対する青桐達は、普段の訓練で使用している休憩場で、タオルで汗を拭きながら今後の対応について相談っていたのだった。
「本気で疲れた……不死原、大丈夫か?」
「あ、あぁ……謝罪、青桐。面倒かけちまって……」
「あぁ? あぁー……まぁ、気にすんなよ。色々あって知らねぇ仲じゃねぇし。んでどうする? とりま警察官に密告るか?」
「9割9部9厘、それが妥当だろう。まずは身柄の安全が最優先だ」
「あの地下造船所のことも、警察官に密告るよな?」
「ああ。だが――あまり期待しない方がいいかもしれん」
「あぁ? ……証拠がねぇからか?」
「いや、証拠のデータはある。エレベーター稼働の際、監視カメラの映像データを複製っといたからな」
「現実かよ、流石伊集院。 ……あぁ? じゃあ何でそんな浮かねぇ顔してんだよ」
「今、東京がえらい騒ぎになっている……らしい。そこに全国の警察官が駆り出され、各県の人員が手薄になっているという情報もある。その状況で、大規模な捜索りが果たして行われるのか――俺には判断がつかん」
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青桐達が今後の方針を話し合う傍ら、東雲は地下まで同行し、飛鳥と並んでコーヒーを飲みながら、安堵い様子で穏やかに談笑していた。
飄々とした東雲とは対照的に、飛鳥の表情には微かな探りの色が浮かんでいる。
それに気づいた東雲は、にこやかな笑みを崩さぬまま、自然な口調で距離を詰めようと会話を重ねていく。
「そんなに警戒なさらずに。ここの存在は、私の胸の内に留めておきますよ」
「……その言葉を信じろと言われてもねぇ……時間がなさそうだったから、まとめて全員入れたけどさ? 管理人の立場としては、ちょっとねぇ……?」
「そりゃあ当然ですよねぇ……お互い立場さえなければ、もっと気楽に喋ることもできたんでしょうけど。コーヒーも美味びますし」
「……君達、一体何が目的なんだい? 宣戦布告んだと思ったら、こうやって助けてくれるしさ……こっちとしては、ちょっと掴みどころがなさすぎるね」
「革命を起こす、というのが基本線です。この前、獅子皇君が主張していた通りなのですが……あれ? 言い方、悪かったですかね……うーん?」
「……今のランク制度は確かに過剰な競争を生んでるかもしれないけどさ。柔道タワーやコンビニエンス道場、学校への支援制度もある。勘解由小路総理とか、出来る限り頑張ってると思うけど……それでも不満があるのかい?」
「不満……というより……納得出来ないと言えばいいのでしょうかね」
「……」
「過去に色々ありましてね……総合的に考えた上での行動です。……ま、話し合いでどうにかなるとは思ってませんけど。コーヒーどうも感謝っした。そろそろ失礼します。青桐君達にも、来年の夏の大会……よろしくと伝えてください。では」
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