PRISON・タコベヤ・思わぬ出会い
黒き柔道着を身に纏いし者―――
時に彼らとも協力せざるを得なくなっても―――
君は柔道が楽しいか?
地下造船所入口に到着した青桐達。
突如出現した異常った空間に、彼らは吃驚仰天ていた。
「クソでけぇなここ……ドーム球場が丸ごと入んじゃねぇか? どうなってんだよ……」
「……なるほどな、そういうことか」
「あ? 伊集院、なんか知ってんのか?」
「ああ、9割9分9厘な。ここは第二次世界大戦前に建設された防空壕跡地だ。当時、不動産王と呼ばれた日系アメリカ人、正田・マイケル・正芳。彼が戦争の勃発を見越して、市民の避難用に造ったという記録がある。福岡の地下には無数に点在していて、俺達が使っている訓練場もそのひとつだ。ここも恐らく、その延長線上にある施設だろうな」
「現実かよ。つかよくそんなこと知ってんな」
「知らないのも無理はない。これは柔英書房が出してるマニア向けの歴史書にしか載っていない情報だ。博多駅地下の訓練場を実際に見ていなければ、俺も都市伝説だと思っていただろうな……知らなくて当然だ。それより、足元を見てみろ」
「これは……畳っ!? おいおい、これって……!!」
「畳ある所に敵あり……だな。日本ではかつて、畳のある場所では争いが絶えないということから、畳張りの場所では用心する必要があるとされてきた。このことわざ通りにいくのなら……俺達も柔道着を着衣て、用心した方が良いだろうな……っ!! お前達、こっちだっ!!」
伊集院の動きに倣い、青桐達も素早く近くの資材置き場の影へと身を潜めた。
その直後――まるで張り込まれていたかのように、強面の男が2人、先ほどまで彼らが立っていた場所へと現れる。
男達は制服姿の従業員らしく見えたが、目つきには明らかな警戒の色が宿っていた。
視線を鋭く巡らせながら、あたりを何度も確認する様子からは、誰かを探しているのが明白だった。
「先輩ぃ~さっきここに人影が見えたんすけどぉ……」
「いねぇじゃねぇかよ? ……げぇ!! エレベーターの電源入ってんじゃんかよっ!? 消しとけっつったろ!?」
「うぉ!? 謝罪っ!!」
青桐達が利用したエレベーターのすぐ傍らにある、小さな制御室。
その扉を勢いよく押し開け、男が慌ただしく駆け込んでいく。
操作卓に手をかけたかと思うや否や、エレベーターの電源は途切れ、動かない鉄くずと化していった。
男達が室内から出ていくのを見届けると、青桐達はコソコソと物陰から姿を表していく。
「……行ったな」
「そうみたいですネ。エレベーターはもう使えないんですかネ?」
「あの制御室で稼働れば問題ねぇだろ。んでどうすっか……問題は隼人と、あの男の捜索りだな」
「手分けしまス?」
「いやシモン……合流が難しくなんねぇかそれ? まとまって動いた方がいいだろ。そうと決まればさっさと行こうぜ」
青桐の提案を受け、全員が即座に動き出す。
敵の奇襲に備え、それぞれが柔道着を着衣た。
7人という大所帯での移動は目立ちやすく、誰もが息を潜め、細心の注意を払って歩を進めていく。
だが、巨大な造船所の内部は迷宮めいて入り組んでおり、図面すら持たぬ彼らにとって、現在地すら把握が難しかった。
「あれ? ……どこだここ」
「んんん~引き返しますカ? なんか戻れなくなりそうですヨ」
「そーだな……一旦引き返して……あん? んだアレ」
捜索り始めてから、すでに数十分が経過していた。
これといった手がかりもないまま、ただ時間だけが無為に過ぎていく。
そんな中、暗闇に包まれた空間の奥に、ぼんやりと揺れる灯が現れた。
まるで青桐達を誘っているかのように、それらは怪しく揺らめいており、顔を見合わせる青年達は、誘われるまま光の道筋を辿っていく。
そこに存在したのは……
「なんだここ……監獄部屋か……?」
「青桐さん、監獄部屋ってなんですカ?」
「あぁー……本気でザックリした解釈だけどよ……奴隷の寝所って言えば伝わるか?」
「えぇー……? 日本でもそんなのがあるんですカ……?」
「ああ、戦前の話らしいけどな。鉱山や建設現場で、働き手を押し込めて使ってたって話だ。ただ……現代でもこんなのがあるなんて聞いてねぇんだけど……」
そう言いながら、青桐は無言で視線を檻の中へと向けた。
そこには、積み荷めいて押し込められた奴隷達の姿があった。
1人分のスペースすら与えられず、互いの体を重ねるようにして、ただ冷たい床に身を横たえている。
饑渇のため頬は骨ばってこけ落ち、目の光はとうに失われていた。
生きることすら諦めたかのように、痩躯めいた彼らは微動だにしない。
「逃亡る気力すら残ってねぇのか? ……物騒ぇ所に来ちまったなこりゃ」
「青桐さん、ここを離れましょウ」
「そーだな、そうしよう……あぁ? ……お前っ!!」
その場を離れかけた青桐の足が、ふと止まった。
檻の隅、朽ち果てたように横たわる1人の男――
かつて昇格戦で足を引っ張り、柔祭りでは因縁を吹っかけてきた、あの不死原の姿がそこにあった。
全身の肉は削げ落ち、皮と骨ばかりの骸めいた体。
重たげに垂れた瞼の奥、虚ろな黒い瞳が、無機質な天井をただ見つめている。
面識があるシモン達もその姿に気づき、青桐と共に息を呑む。
言葉も出ないまま、彼らの胸を、冷たい戦慄が走っていた。
「あ、青桐さん、この人この前いましたよネ!?」
「あぁ……柔祭りだろ? 昇格戦でも足を引っ張られてっから、間違いようがねぇよ……おい、不死原!! お前、大丈夫か? ……死んでねぇよな?」
「なんか騒がしいぞっ!! 誰かいるのかっ!?」
異様な光景に足を止めていた青桐達。
だが、その一瞬の静止が命取りだった。
いつの間にか足音が近づき、見回りの2人組が死角の先から姿を現す。
緊張のあまり、全身の皮膚がぴりぴりと引きつり委縮る。
その気配に気づいた敵は、青桐達を視界に捉えると、周章を狼狽ったようにして顔を見合わせた。
「え!? え!? 侵入者!? どゆこと!? どっからっ!?」
「後輩……こりゃ不味いなぁ……理由はどうあれ、俺達が侵入を許したって見られるぜぇ……こりゃ」
「え!? え!? 現実っすかぁ……終わった……もう駄目だぁ……指詰案件だよこれぇ!!」
「馬鹿野郎!! 諦めてんじゃねぇ!! こっから逆転する方法が1つだけあるじゃねぇか!!」
「え!? え!? なんすか!? なんすか!?」
「あぁ? そんなもん決まってんだろ!? ……柔道だよっ!!」
「―――っ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
後輩の体に雷めいた衝撃が走る。
そのまま柔道着を着衣ると、先輩に向けて決意の眼差しを向けていく。
「……先輩、準備りましたよ」
「へ……理解ってるじゃねぇか!! いいか!! 俺達は柔道家だ……そんでもって、相手も柔道家だ!! 柔道を挑まれたら柔道で挑み返す。それが武人としての礼儀ってもんだ!! 断るやつは失礼な無粋漢よっ!! おい!! そこの青い髪の!! ……俺と柔道しろよ」
「……あ? 俺?」
「そうだお前だっ!! お前が俺と柔道しろって言ってんだよっ!! なんだ? 俺達に敵わねぇから戦いたくないってか!? それなら別に良いんだぜぇ!? なぁ!? 試合拒否やっちゃいますかぁ!?」
「んだとテメェ……黙って聞いておけば煽りやがって……!!」
「はっ!! なんだよくか知らねぇけどよぉ~!! テメェらはここで全殺しだぁ!! 覚悟しろオラァ!!」
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「や"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」
「ぎ"ゃ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」
「や"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」
「ぎ"ゃ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」
時間の短縮、万々歳!!
先を急ぐ青桐達にとって、同時に襲い掛かって来たことで、速やかに対処することに成功した!!
だがしかし―――青桐が豪快に畳へと叩きつけた音が、静寂を破る狼煙となったのだった。
鈍い衝撃音が響き渡るや否や、どこからともなく怒号と足音が増え始め――
周囲には、確実に騒ぎが広がりつつあった。
「青桐さん、早く逃げましょウッ!!」
「9割9部9厘、賛同」
「青桐君、早く逃げた方が良かよっ!!」
「ちっ!! 理解ったよっ!! ……あぁそれとついでだ。お"ら"ぁ"!!」
仲間に急かされ、後を追おうとする青桐。
直後、暗い室内に金属がぶつかり合う激しい音が響き渡る。
勢いよく繰り出された彼の蹴りが、鉄製の扉をこじ開けたのだ。
追っ手がすぐそこまで迫る中、青桐はついで感覚で怯むことなく中へ飛び込み、身動きの取れない奴隷達の隙間を抜けて、不死原のもとへと辿り着く。
やせ細り、今にも消えそうなその身体を背負い上げると、一気に仲間のもとへ走り戻った。
青桐の合流と同時に、仲間は息を揃えてエレベーター入口へと駆け出す。
その背後には、無頼漢達が悪鬼めいた形相で怒声をあげながら、集団となって迫って来ていた。
「危機ぇ!! どうやって逃亡るっ!?」
「……9割9分9厘、エレベーター一択だろうな。俺が制御室で稼働る間、時間を稼いでくれ」
「お、俺は伊集院君の支援に行くばいっ!!」
「Hey~なら俺達ハ、不死原の介護だナッ!?」
「そういうことなラ、オリバーも護衛るヨっ!!」
「Leave it to us about Mr.Fushihara.(不死原さんのことは、俺達にお任せください)」
背中に担いでいた不死原を、青桐は外国人に託した。
オリバー、ガブリエル、アーロンの3人は、不死原の保護と搬送を担い、迅速に後方へと下がっていく。
伊集院と石山は、エレベーターの再稼働に向けて制御室へ向かい、装置の確認に取り掛かる。
残された青桐とシモンは、追手を引きつけ時間を稼ぐ役目を引き受けた。
彼らが立ち止まったのは、通路の途中に広がる畳敷きの広間。
そこに、怒声と共に現れたのは、乱暴者めいた成人男性達。
荒れ狂うように迫り来るその一団を前に、青桐とシモンは静かに構えを取る。
「柔道の実力はどんな感じだ? シモン」
「そうですネェ……この前の柔祭りよりハ、実力を上げたと思ってますヨ」
「そうか。なら心強ぇ……そんじゃ柔道るぞっ!!」
「OK!!」
「んだコイツら……俺達と柔道るってのに2人しかいねぇのか!? はっはぁ~~~滑稽るなオイっ!? オイお前審判しろっ!! 判定は公平になっ!? こういう子供は、柔道で圧勝るに限るからなぁっ!!」
「っ!! BIG4が直々にっ!?」
「現実かよ……これ、勝ち確じゃねぇか!!」
「勝った!! 勝ったよこれっ!!」
BIG4と呼ばれる精鋭めいた4人が、人波をかき分け、堂々と青桐の前へ歩み出る。
その気配に呼応するように、周囲の無頼漢達も一斉に柔道着を着衣ると、シモンに向かって襲いかかった。
青桐の相手は、そのまま4人の精鋭──BIG4。
下っ端は、すべてシモンが受け持つこととなった。
「一番手はこの俺ぇ!! お前ら、この人数を相手に勝てると思ってんのか!? 1+1が10にも100にもなる俺達の力っ!! 本当で理解ってんのかっ!? あ"ぁ"ん!?」
「あぁ!? そういうテメェは算数理解ってねぇじゃねぇかっ!! 計算ドリルでもやりやがれ数字アレルギーがっ!!」
「んだとテメェ!! 比喩表現に…………噛みついてんじゃねぇ"ぇ"ぇ"!!」
「や"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」
「ぎ"ゃ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」
「おら次かかって来いやぁ"っ!!」
「二番手はこの俺……見えるぞ……!! お前が畳に這いつくばる姿がなぁ……!? この目に鮮明に焼き付いているぞ……!!」
「あ"ぁ"!? テメェ絶望見えてんのか!? 眼下行ってこいや老眼中二病野郎がっ!!」
「老眼だと……? 俺は近眼だぁ!!」
「や"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」
「ぎ"ゃ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」
「おら次っ!!」
「三番手はこの俺っ!! こんな時間にこんな場所に迷い込んでぇ~手のかかるぼくちゃんでちゅねぇ~!? 丁重にもてなちてあげまちゅよぉ"ぉ"ぉ"!!」
「んだテメェ、きっしょいなぁ……触んなお前…………………きっしょ」
「露骨にテンション下がんなでちゅぅ"ぅ"ぅ"!!」
「や"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」
「ぎ"ゃ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」
「…………おいさっきから変な奴しかいねぇぞ!? まともな奴はいねぇのかっ!? 次出て来たら理解ってんだろうなぁ!? なぁ"ぁ"ぁ"!?」
「四番手はこの俺……だっ!! 母にろくな躾をされていないなぁ君ぃ……母に言いつけられたくなかったら、大人しく捕まりなさいなっ!! 母を悲しませたくな……」
「こんな所で働いてる親不孝の馬鹿息子に言われたかねぇんだよっ!! 右も左も理解らねぇで人生に迷ってる能無し間抜がいっちょ前に説教教示してんじゃねぇよ!! この……ハゲカス反社のマザコン野郎がぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」
「母ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"~コイツ言い過ぎぃ"ぃ"ぃ"ぃ"!!」
「や"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」
「ぎ"ゃ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」
瞬殺圧勝、甚畏乎斯!!
並みいる屈強な男達を一刀両断していく青桐!!
BIG4との戦い経た彼の闘志は、今や火災現場さながらに燃え上がり、隣で戦っていたシモンはその余波に巻き込まれぬよう、思わず消火活動に追われる羽目となった!!
「あぁ"ぁ"ぁ"!! なんなんだよこの珍獣動物園はっ!? 良い見物料回収れそうじゃねぇかぁ!? なぁ"!?」
「青桐さん、落ち着いて下さイッ!! 憤怒の大原より醜悪い口調ですヨッ!? 深呼吸深呼吸ッ!!」
「ふー……!! ふー……!! ちっ!! にしても数だけはいっちょ前にいやがってっ!! キリがねぇぞっ!?」
増援が相席屋の独身男めいており、じり貧になる青桐とシモン。
その時、青桐の暴言を耳にして、遠くから駆けつけてきた男がいた。
この地下施設に踏み込むことになった発端──草凪隼人が、肩を揃えるように青桐とシモンの隣に立つ。
額から滴り落ちる大粒の汗が、到着までに駆け巡ってきた距離と、彼の焦燥を雄弁に物語っていた。
「オラ龍夜!! 暴言に気を付けろっていつも先輩に言われてんだろ!!」
「その声は……隼人っ!? お前……………生きてたのかよ」
「んで死んでる前提なんだよっ!? 後で密告るから覚悟しとけよお前っ!? つ~か今はそれどころじゃねぇ!! ここを切り抜けるぞっ!! そっちの人も、今回は協力してくれるってさっ!!」
「そっちの人……? はぁ!?」
草凪の背後から、もうひとりの男が静かに現れた。
共に大穴に落ち、行動を共にしていたらしきその男は、漆黒の柔道着を着衣ており、涼やかな表情のまま、屈強な男達の前に歩み出る。
ピーコックブルーの艶やかな長髪が空気を裂き、眼鏡と耳の天秤型ピアスを丁寧に外しながら、彼は礼を正して名乗っていった。
「ここは……挨拶の流れですかね? 申し遅れました。私の名は東雲当真。高校生ランクは10位……さあ、少しばかり手を組みましょうか」
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