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YAWARAMICHI  作者: ウィリアム・J・サンシロウ
青桐龍夜編
18/139

FORCEDLABOR・カマルヘイ・地下造船所

地下に眠りし秘密の場所―――

弱き者達が奴隷として扱われていたとしても―――

君は柔道が楽しいか?

 2020年11月7日土曜日、夕暮れ。

 昇格戦を終えたばかりの青桐(あおぎり)は、博多駅前の正面広場で立ち尽くし、スマホをいじりながら時間を潰していた。

 蒼海柔道部の面々は、福岡各地に点在する柔道タワーへと分散し、未だ見ぬ強敵達との激戦を繰り広げていた。

 幸いどのメンバーも好成績を収めており、昨月100位圏内から脱落した石山(いしやま)も、今日の昇格戦で再び100位圏内へと昇格していたのであった。


「……石山(いしやま)はっと……お、101位から100位になってんな」


「お~い龍夜(りゅうや)~待った~?」


鈍足(ノレ)ぇよ、隼人(はやと)。どこで道草食ってたんだよ」


「んなわけねぇだろっ!! 俺さ、今日は飯塚市の柔道タワーまで遠征してたんだぞ?  電車(はこ)の乗り継ぎで、もうヘロヘロだっての」


「へいへい、(おつかれさま)~」


 待ち合わせしていた草凪(くさなぎ)と合流した青桐。

 人波を縫うようにして、夕暮れの博多駅内部へと進むと、2人は電車に乗り込み、妙見岬へ向かうために姪浜駅へと向かった。

 しばらくして2人は姪浜駅に到着する。

 駅近くのコンビニエンス道場に滞在している伊集院(いじゅういん)石山(いしやま)を迎えに行くため、雑談(だべ)りながら足早に進んで行く。


「んでよぉ龍夜(りゅうや)。今日は古賀さんの道場じゃなくて、どこ行く気なんだよ? つーか、ここ、本気(マジ)で遠すぎだろ」


「あぁ? ……城南のシモンって奴に誘われたんだよ。この前の柔祭りで連絡先交換しててさ。なんか爆笑(ウケ)る場所見つけたって言うもんだからよ、そこに行く予定なんだわ」


「シモン……? 誰それ?」


「あぁー……隼人この前いなかったな……今年の福岡大会決勝戦で戦った高校の外国人(じんと)選手なんだよ。城南が例の吸収合併でバカでかくなった学校。俺らにちょっかい出してきてる財前(ざいぜん)ってやつが運営してるとこだ」


「ほ~ん……で、そこで何すんの?」


「さぁ? ……本当(ガチ)で何すんだろな?」


「知らねぇのかよお前……何か面倒(めんでぃー)ことに巻き込まれそうじゃね?」


「そん時はそん時だ。柔道で片付ければいいだろ」


「おっ!! 流石、脳筋は言うことが違うねぇ~……痛えっ!! 急に殴打(どつく)くなよっ!?」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「やっと来たか……待ちわびたぞ」


 指定された場所に到着した青桐と草凪。

 それより一足早く気づいたのは、タオルで額の汗を拭いながら近づいてきた伊集院だった。

 彼の右腕には手首に巻き付けられた数珠と、握りしめられた握力トレーナーがあり、カチカチと音を立てながらも手を止めようとはしない。

 滴る汗の量からして、試合の帰り道とは思えぬほど道場でトレーニングに励んでいたことが窺えた。


「さっきは割と冗談(あまの)で言ったんだけどな……本気(ガチ)でいいのか?」


「ああ、丁度筋トレも終わったところだしな。ふっ……そんな爆笑(ウケ)ることを俺が見逃すわけないだろ」


「おっし、そんじゃ頼むぜ。 ……アレ? 石山(いしやま)はいないのか? ここにいるって……」


「俺はここばい」


 青桐と伊集院の会話に割って入った声。

 その主が誰かは、ふと視線を落としたことで明らかになった。

 畳の上で柔軟体操に励んでいたのは、青桐の同級生である石山。

 開脚した両脚は一直線に伸び、巨体はぴたりと床に張りついていた。

 前屈で地面と平行になったその姿は、百キロ超とは思えぬしなやかさで、思わず見とれてしまうほど。

 むしろその徹底した柔らかさが、どこか可愛(かわち)く感じさせた。


「青桐君、準備するけんちょっと待っとって」


「以下同文。9割9部9厘、5分以内に終わるだろう。それまで適当に時間を潰していてくれ」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 すっかり人数も増えた一行は、コンビニエンス道場を後にし、柔道タワーでの試合を振り返りながら、夕暮れのマリナ通りをゆっくりと進んでいた。

 ジョギング中の中年会社員(しゃちく)達と何度かすれ違い、やがて目的地は目前に。

 青桐は、待ち合わせ相手であるシモンの姿を探す。

 辺りはすでに薄暗く、人の輪郭も曖昧になり始めており、青桐は少しばかり手こずっているようだった。


「……アレ? どこだ……」


「へいへいへ~い!! なにやってんすか龍夜先輩~!? しっかりしてくだ……痛ぇ!! だから急に殴打(どつ)くんじゃねぇよ!! このコミュ障がっ!!」


「あ"ぁ"? (アマ)殴ってそうなテメェが言ってんじゃねぇよ。ちょっと黙ってろ、集中出来ねぇだろが軟弱(ヘタレ)好色漢(スケコマシ)!!」


「遊んでませぇん、柔道一筋ですぅ"ぅ"ぅ"!!」


 幼馴染故の気安さなのだろうか。

 道端で取っ組み合いの喧嘩(ごろ)を始めた2人。

 その様子に何か思うことがあるようで、石山と伊集院は、荒事を静かに見守っていた。


「……青桐君、前よりはマシになっとーね。こげん元気な姿は久々に見るばい」


「9割9部9厘、草凪のおかげだろうな。見知っている人間が側にいるだけでも、心の持ちようは変わるだろうからな」


「本来はここに、夏川(なつかわ)さんもおるっちゃけど……」


「……だな」


「この暴言、青桐さんですよネッ!! 探しましたヨ~!!」


 青桐と草凪の激しい言い争いに気づき、駆けつけてきた者達がいた。

 その先頭を切って走ってくるのは、今回青桐と合流する約束(ちぎり)をしていた外国人(じんと)選手のシモン。

 背後には、かつて青桐が柔祭りで激闘を繰り広げた選手達の姿もあり、総勢4人の外国人(じんと)選手が、青桐達と合流したのだった。

 

こんばんは(うぃ~す)、シモン。柔祭り以来か?」


「そうですネ。いや~今日は感謝(あざっす)ですヨ!! 探索(あさ)るのに、人手が要りそうだったのデ」


探索(あさ)る……?」


「こっちですヨッ!!」


 シモンに誘われるまま、小戸公園の奥へと歩を進める青桐達。

 次に彼らが足を止めたのは、白い万能板でぐるりと囲まれた、大規模な工事現場だった。

 夜の帳が降りた今、現場は稼働を終え、辺りにはしんとした静寂が広がっており、その様子は(インタル)(ゲーション)(マーク)である。

 中の様子は見えないが、継ぎ目の甘い板の隙間から(ツラ)を覗かせる重機達が、ここで何か大きな計画が進行していることを、無言で物語っていた。


「公園内に……何だこれ? ビルでも建つのか?」


「看板にハ、ここから能古島まデ、橋がかかるって書いてましたネ。ただおかしいんですよネ。もう工事は終わってるぽいんですヨ。ほら、この隙間から中ヲ……」


現実(マジ)だ。もう通れるじゃん」


 万能板の向こうに広がる、閉ざされた空間。

 シモンの指示どおり、青桐が隙間から中を覗き込むと――そこには、すでに完成を迎えた一本の連絡橋が、静かにその姿を横たえていた。

 世間(シャバ)にはまだ公開されていないその橋は、明日からの運用にも支障がないほど、粗雑(ちゃっち)い気配のない完璧な状態に仕上がっているように見えた。


「なんか怪しくないですカ? ちょっと調査(あさ)ってみまス?」


「ん~……どうすっかなぁ……なんか危険(ヤバ)そうだしなぁ……」


「あの~すみません、道を聞いてもよろしいでしょうか?」


「え? ……隼人、ちょっと頼むわ」


「あいあ~い」


「んでどうする? 俺は止めといたほうが……」


「うわぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!?」


 シモンの提案に思わず眉をひそめる青桐。

 不穏(せくち)い状況に、どう返答すべきか考えあぐねていたその時、背後から響いた草凪の悲鳴に、全身が一瞬こわばった。

 振り返った彼の視界には、草凪の姿はもうなかった。

 代わりに、そこには黒く派手(でーはー)に口を開けた巨大な穴。

 そして、その近くにいたはずの道を尋ねて来た男の姿も、跡形もなく消えていた。

 突然現れた大穴と共に、2人はそのまま地中へと呑まれてしまったのだろう。

 青桐の脳裏に、そんな不吉な推測がよぎる。


「……ん? 隼人っ!? ……落ちたっ!?」


「青桐さん、これっテ……」


「ちっ!! しゃぁねぇ、俺達も追うぞっ!! ……穴から飛び降りるか?」


「9割9分9厘、その選択は進めない。行くならそこのエレベーターだな」


「エレベーター……? 何で? つ~か、勝手に使っていいのかっ!? クソ、なるようになれだなっ!!」


 伊集院が指さした先、敷地内の隅にひっそりと佇んでいたのは、工事車両を搬送するための大型エレベーターだった。

 進行方向は()()

 なぜ工事現場に、真下へと向かう装置が必要なのか。

 疑問(エックス)を抱く暇すらないまま、青桐達は万能板をよじ登り、無断で敷地内へと侵入(むこいり)した。

 幸い警備は厳重(あつがり)ではなく、忍び込むことは容易かった。

 青桐達は迷いなくエレベーターを呼び寄せ、そのまま地下(いたばした)へ。

 3分ほどの沈黙(スフィンクス)の後、辿り着いた先は、想像していたような暗くじめじめとした坑道ではなかった。

 そこに広がっていたのは、金属製のパネルで隙間なく囲われた、異様(ひょん)なまでに清潔な空間。

 いくつものドーム型建築物が余裕で収まってしまうほどの、異次元(レべチ)な巨大空間だった。

 壁沿いには大小さまざまな重機が整然と並び、中央では、全長数十メートルはあろうかという豪華客船が、今まさに整備されている。

 怒号が飛び交い、金属の音が響き渡る中、地上では姿を見せなかった作業員達が、この地下(いたばした)には溢れかえり、アリの群れめいて走り回り重労働(かまるへい)していたのだ。


「あ? んだよここは……地下造船所っ!?」

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