ZONE・マジ・極限集中
龍の力は諸刃の剣―――
己の身を蝕むことになったとしても―――
君は柔道が楽しいか?
古賀は目を細め、静かに息を整えた。
青桐の佇まいの変化を、確かに感じ取っている。
周囲の門下生達もまた、青桐が放つただならぬ気配に呑まれ、誰一人として言葉を発する者はいなかった。
この空気感には、饒舌な偉人として後世に語り継がれている、ドワルト・レッセルも口を閉ざさるを得ないであろう―――
(青桐龍夜か……その年で龍の領域に足を踏み入れるとはな……ここからは加減も出来んか……!!)
古賀は草凪の要望に応じ、実力を抑えつつ技を繰り出していた。
しかし……今は違う!!
本日最後の一戦となる戦い。
彼もまた、今までにない本気の構えを見せていた!!
審判の合図とともに、青桐と古賀が前へと歩を進める。
老練が躍動た古賀が先に動き、差し出された青桐の両腕を鋭く真下へと払い落とす。
同時に、体を左に回転させながら、右手で青桐の後腰を掴む。
左手で握った青桐の右手の中袖は、小指を天へと向けながら引きつけ、右足で鋭く青桐の左足を払い上げる内股を仕掛けた。
本来なら、この一撃で青桐の身体は宙を舞うはずだった。
しかし―――青桐は瞬時に左腰を切ることで、古賀の内股を封じていく!!
体勢を立て直し、再び相四つに構え直す両者。
技が不発に終わり青桐と対面する古賀の瞳に映ったのは――
青龍めいた絢爛たる輝きを宿した瞳が、強者たる古賀を真正面から捉えていた……!!
(……さっきとは別人だな。青龍の力は身体能力向上だけか……? 何にせよだ……んっ!?)
「う"ら"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」
なんたる光景、想定外!!
激流を纏い腰を切る青桐。
波に体が流されるように、古賀の体が左へと流されていくと、頭上からは通り雨めいた激しい豪雨が降り注ぐ。
その影響により視界と動きの自由が奪われると、止まった左足に狙いを定め、青桐の鋭く空を裂く!!
No.42―――
「叢雨返し……!!」
「ほう……っ!!」
古賀の左足を刈り取った直後、青桐は右手で握っていた古賀の道着を手放し、左手だけで右袖を掴んだままの姿勢となる。
彼が最後に選んだ技。
それは、幼子の頃に憧れた古賀を真似て習得した、思い出の技だった。
一本背負い。
それは古賀ほど洗練されたものではない。
だが龍の力を宿し今の青桐なら、威力だけなら決して劣らない!!
観客達、そしてこの場を設けた草凪までもが目を疑う。
手加減していたとはいえ、かつて現役最強だった男が、若き柔道家によって投げ飛ばされたのだから―――
「や"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」
「一本ぉ"ぉ"ぉ"ぉ"ん!!」
「はっ……!! はっ……!! 何とか、勝てた……」
「ふー……綺麗に投げられたな。青桐……いや龍夜、最後の一本背負い、なかなか良かったぞ」
「あ、感謝……はぁ……はぁー……!!」
「しかし……青龍の呼応を使えるとはね。練習してたのかい?」
「え、アレ? ……なんすかアレって?」
「……やはり無意識か。そうか……ゴホゴホッ!! 失礼、えぇっとだ……色々話すことはあるけど、まずは彼にお礼を言いなさい」
「お礼?」
「隼人にだ。君が昔みたいに柔道を楽しめるようにと、俺にお願いしにてきたんだからね」
「ちょ!? 古賀さん、それ言わない約束っ!!」
「隼人、お前なぁ……前からもっと胸の中を打ち明けろって言ってるだろ? ほれ、青桐君」
「……感謝」
「ちょっ!! ぐぅ……含羞いんだが……!!」
右往左往する草凪に、青桐は静かに頭を下げた。
しばらく不調が続いていたが、どうやら気分転換には成功したようだ。
むず痒さを覚えながらも、幼馴染である草凪の不器用な善意を、青桐は胸の奥でしっかりと噛みしめていた。
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「前転、開始~!!」
「開始~!!」
2020年10月26日月曜日。
博多駅地下の修練場内。
部員達が特訓に励む中、青桐と井上監督は、今後の練習内容について話し合っていた。
「それで……古賀さんは何と?」
「青龍の呼応を試してみても良いんじゃないかって言われました」
「そうか……そろそろ頃合いだとは思っていたが……土曜日にそんなことがあったのか」
「やあ井上さん、青桐君、乙。なんだか話し込んでいるね?」
「ああ、飛鳥さん。いや、青桐が古賀さんから教わった内容を聞いていたんですよ」
「古賀……あの古賀さん? へぇ~指導してもらったの? 有意義い経験だったんじゃないか。それで? なんて言われた?」
「助言はは3つありました。1つ目は、静謐の構えを完成させることっすね。練度が低いと気力の消耗が激しくて、長時間の使用には向かないからだって言われました。2つ目が、技を左右対称に使えるようになるといいって言われたっすね」
「なるほどね、右利きの選手が左利き用の技を取り入れるってことかぁ。たとえば、左手で引き付ける一本背負いを、右手で引き付ける左の一本背負いを使えるようになるって感じに」
「ええ。左右非対称の攻撃だと対処がしやすいって言われましたね。両側で技を掛けられれば、揺さぶる幅が広がると。新しい技を覚えるよりかは、今ある技の左利き版を習得するのが、」
「……青桐、出来るのか? お前結構いろんな技を使えたと思うが……」
「足さばきに慣れれば……それと引手と釣り手の動きにも慣れれば多分いけるはずっすね」
「そうか、それならいいんだが……」
「そして3つ目。どうも俺、古賀さんとの試合中に、青龍の呼応を使ってたみたいなんですよ。無意識に」
「無意識にねぇ……青桐君、その時の自分の状態で、何か覚えていることがある?」
「えぇっと……なんすかね……試合に没頭してて、よく覚えてないっすね。なんか研ぎ澄まされてるみたいな」
「無意識ならそんなところだろうねぇ。青桐君、あの技はね、龍の力をその身に宿して、ゾーンに強制的に入る技なんだ。学校で学んだでしょ?」
「あー……そんな事言ってましたね、先生が。殆ど使える人がいないから頭に残ってないっすけど」
「そうだねぇ……今の高校柔道で、この技と同系統の技を使えるのは、No.98赤龍の呼応を使える赤神龍馬君だけだもんね」
「理解った。その方針で行こう。ただしだ……青龍の呼応技の練習は、ここでの特訓が終わった後にするように。みんなが片づけをしている時間だな。いいか?」
「理解りました」
一礼して練習中のチームメイト達に合流していく青桐。
ため息を吐く井上監督は、そんな青桐の背中を不安そうに見つめていた。
「あの技か……こっちも神経を尖らせないとな」
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修練場での特訓も、終わりの刻を迎えようとしていた。
井上監督の指示通り、部員達が片付けを始める時間。
青桐は畳の上に静かに座し、呼吸を整えながら心を鎮めていく。
そして、青龍の呼応と呼ばれる技の鍛錬を始めていくのだった。
「井上監督っ!! 一通りの救急道具を持ってきましたっ!! それで監督……これ何に使うんですか?」
「ああ、五十嵐感謝。それはな……青桐が転倒った時に使うんだよ」
「転倒った……?」
「今青桐が座禅を組んでいるだろ? あれは青龍の呼応って技の練習なんだがな……ちょっとあの技、いわくつきでな」
「えぇ……? 何かありましたっけ?」
「使い手が極めて少ないから知らないのも無理はない。あの技な、制御出来たら凄い力を発揮できるんだが……失敗るとだ」
「失敗ると?」
「体力と気力を全て持っていかれるんだ。龍の逆鱗に触れた代償としてな。 ……っ!! 青桐っ!!」
井上監督の胸中をよぎった嫌な予感が、現実のものとなる。
井上監督は青桐の元へ駆けつけていき、それに続いて五十嵐マネージャーも慌てて走り出す。
彼らが辿り着いた先には、過呼吸に陥り、力なく地面に崩れ落ちた青桐の姿があった。
体は小刻みに痙攣し、もはや動くことすら叶わない。
龍の逆鱗に触れたその代償。
青桐は、今まさに死と隣り合わせの境界に立たされていた―――
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