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YAWARAMICHI  作者: ウィリアム・J・サンシロウ
青桐龍夜編
16/139

PASSION・サボテン・VS平成の三四郎

かつてプロの頂点に立った存在―――

雲の上の存在が相手になったとしても―――

君は柔道が楽しいか?

 2020年10月24日土曜日、夜。

 福岡県古賀市——古賀駅から徒歩数分の川沿い。

 博多駅地下での特訓を終えた青桐(あおぎり)草凪(くさなぎ)は、そのままの足で、古賀が運営する道場へと向かっていた。

 バリューの件で扇動(あじ)られているのもあり、2人は道行く先々で、動画配信者達の格好の標的となっていた。

 次々と湧いてくる野次馬や挑戦者達——ゾンビめいた雑兵の群れを、2人は柔道で薙ぎ払いながら、1歩1歩、目的地へと進んでいく。


「|こんばんは《ちぃ"ぃ"ぃ"す》っ!! 本日のタイトルは……『有名選手に凸ってみたっ!!』 実況、始めていきたいと……」


「やぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」


「ぎゃぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!?」


「おうクソ配信者ぁ……今の取れ高2秒ぐらいか? 動画の取れ高全然だよなぁ? ……尺稼ぎにあと100回ぐらいぶん投げてやろうかぁ? あ"ぁ"!?」


「ひ、ひぃぃ!! さ、謝罪(さっせん)っしたぁぁぁ!!」


「はぁ……はぁ……!! あ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!! んで町を歩くたびに乱取り(しあい)を挑まれなきゃいけねぇんだよ!? 俺は暇じゃねぇんだよクソがぁ"ぁ"ぁ"!!」


「龍夜ぁっ!! 口っ!! テメェ古賀さんの前でもその話し方すんなよな!? 本気(マジ)でさぁ!?」


 日が暮れた古賀の町に響き渡る雄叫び。

 役所近くの大根川沿いを進む二人が辿り着いたのは、街の片隅にひっそりと佇む、年季の入った道場だった。

 この道場は大々的に存在を知らせておらず、訪れるには噂を頼りに探し当てるしかない。

 青桐も中学時代、必死に探し回ったが、あまりにも絵空事(アリエンティ)な情報が多く、泣く泣く諦めた過去があった。

 そんな秘境めいた場所へ、今回は草凪の案内によって、あっさりと辿り着くことができたのだった。


「はぁ……はぁ……やっと着いた。しっかし、こんな場所にあったのか……隼人(はやと)、よく見つけたな」


「殆ど人づてに聞いた情報(ネタ)だけどな。結構苦労したんだぜ? んじゃ行くぞ」


 木造の扉を横に引くと、ふわりとい草の香りが体を包み込んだ。

 道場の中ではすでに稽古が始まっており、実業団選手をはじめ、老若男女が道着を纏い、技を掛け合っている。

 その年齢層は広く、上は八十歳、下は五歳ほどの子供までいる。

 入口付近では、指導している師範と思しき人物が、鋭い眼差しで道場を見守っていた。

 青桐と草凪が足を踏み入れた瞬間、その人物は二人に気づき、静かに言葉を発した。


「……来たか」


(おつかれさま)です、古賀(こが)さん。コイツが前に言っていた青桐(あおぎり)ってやつです。ほれ、龍夜、挨拶(あいつき)


「えっと、こんばんは(ちぃ~す)


こんばんは(ちぃ~す)。君が青龍の青桐龍夜(あおぎりりゅうや)か……隼人から話は聞いているよ」


感謝(あざっす)……? おい、隼人、お前何話したんだよ……」


「えぇ? さぁ~」


「じゃあ、早速始めようか」


「……え?」


 青桐に背を向け、試合会場へと歩いていく古賀。

 初対面(あためん)である古賀の背中を見つめながら、青桐はこれから起こることをうっすらと察していた。

 すると、隣でニヤニヤとこちらを見てくる草凪がいる。

 青桐は顔を引きつらせながら、嫌な予感を覚えつつ問いかけた。


「俺、今から古賀さんと柔道(しあい)するのか……?」


「そうだな。ここさ、入門する人間は古賀さんと試合することになってんのよ。んじゃ頑張(きば)れよ~」


ー---------------------------------


 練習していた門下生達は動きを止め、試合場を囲むようにして畳の上に静かに座った。

 青桐は黒帯をギュッと締め直し、軽くウォーミングアップを済ませる。

 そして、1歩、また1歩と正方形の場内へ足を進めると、すでに瞳を閉じ、深く集中している古賀と対峙した。


「ふー……」


(古賀さんと柔道とか現実(マジ)かよ。やっべ、ちょっと委縮(しゃちこば)って来たわ)


「さぁて……準備はいいか?」


「ええ、熱望(おねがいしゃす)


「……審判」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 蒼海大学付属高等学院柔道部

 高校生ランク21位 青龍 「青桐龍夜(あおぎりりゅうや)

       VS

 全日本柔道実業団所属

 社会人プロランク元1位 平成の三四郎 「古賀和彦(こがかずひこ)

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


開始(はじめ)ッ!!」


 静かな威圧感に飲み込まれそうになりながらも、審判は委縮(しゃちこば)った体を動かし試合開始を告げる。

 青桐は迷いなく前へ踏み込み、真っ向から組みにいった!!

 激しい組手争いは起こらず、両者は自然と相四つの形へ。

 古賀は、じっと青桐の出方を窺っている。


「……」


「……っ!!」


(古賀さん、わざと組んだな? 俺の実力(ウデ)を試すために……上等だ……!!)


 青桐は横襟を掴んだ右手を強く絞り込み、右腕の側面を相手の体に密着させる。

 そのまま古賀を押し込み、わずかなスペースを生み出すと、投げ技へと繋げるための一歩を踏み出した。


「小内刈……りっ!?」


 青桐は、古賀の右足の内側を鋭く刈り取ろうと踏み込んだ。

 だが、古賀は刀を交わす剣士めいた動きで、狙われた足を一歩引き、冷静に躱す。

 次の瞬間、燕が宙を翻るような流れる動きで、逆に青桐の足を刈り取る。

 燕返し―――古賀は、わずか一手で青桐の攻めを封じてみせた。

 バランスを崩し、畳に滑るように倒れ込む青桐。

 足を滑らせるように倒れる青桐に審判は一本負けを告げる!!


「一本ぉ"ぉ"ぉ"ぉ"ぉ"ん!!」


「うぉ……!?」


「ふぅー……さて、まだやるかい?」


「えぇ……熱望(おねがいしゃす)……!!」


 畳に背を付けた青桐を、右手で引き起こす古賀。

 再度所定の位置まで移動すると、再び試合を始めていく。


「さぁ……こい」


「……っ!!」


(出し惜しみしてちゃ勝てねぇな。 なら……!!)


 まだ未完成故に、膨大な気力を消耗するNo.80静謐(せいひつ)の構え。

 自身の持てる力の全てを出さなければ勝てないと悟った青桐は、出し惜しみなく手札を切っていく。

 清水を纏い、青桐の動きは研ぎ澄まされていく。

 激流と化していく彼は、柔皇の技を立て続けに繰り出していくのだった!!


「……絶海(ぜっかい)か」


「う"ら"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」


 重く粘る水を纏ったかのように、青桐の右足が大きく真後ろへ振りかぶられる。

 振り子めいて加速したその一撃――大内刈りの強化技であるNo.56絶海(ぜっかい)が、古賀の左足の内側を鋭く狙う。

 しかし、古賀は重心を沈め、真っ向から受け止めていく!!

 深く踏み込んだ足払いを止められた青桐。

 だが、その動きを止めることなく、右足を支点にすぐさま次の技へと移行する。

 巨大な水の塊が、古賀の全身を包み込み、身動きを止めていく。

 その後、青桐の左足が吸い寄せられるように古賀の右脛へと絡みつき、両手をハンドルめいて切るように左へと捻りながら足を払う、No.32泡包(あわづつ)みを放っていった。

 右へ、左へ、連続する足技が嵐めいて古賀へと襲いかかる。

 だが、しかし―――


「……未熟(あお)いな」


「っ!?」


 柔皇の技を使った形跡は、微塵も見当たらない。

 ただ、横襟と中袖を握る手のわずかな位置調整。

 両足の踏み込みと、ほんのわずかな重心移動。

 それだけの動作で、古賀は青桐の猛攻を軽々と受け止めていた……!!

 青桐は攻め続ける。

 手を緩めることなく、自らの持ちうる技を次々と繰り出す。 

 八雲刈(やくもが)り、露払(つゆばら)い、叢雨返(むらさめがえ)し、滝落(たきお)とし、双牙(そうが)……

 しかし、古賀はそのすべてを正面から弾き返した。

 岩壁めいて、荒れ狂う激流をものともせずに立ち続けていたのだった!!


「……現実(マジ)かよっ!! うらぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」


 月明かりが照らす、果てしなき水平線の世界(シャバ)

 青桐は、荒れ狂う波と一体となり、背負い投げの強化技であり、水属性最強の技、No.91桜花水月(おうかすいげつ)を繰り出そうとする。

 右足を軸に、反時計回りに体を翻す。

 一瞬のうねりが、投げの軌道を描き出した!!


「……俺を投げるには足りないな」


「っ!?」


 古賀は右肘を青桐の顔の前に差し出す。

 次の瞬間、後方へ鋭く肘を引き、エルボーめいた動きで、青桐が掴んでいた左手を切っていく。

 すかさず、左手で青桐の右中袖をがっちりと握る。

 左手で青桐の右手の中袖を握っている古賀は、彼の代名詞である一本背負いを繰り出す!!

 青桐の投げ技とは比べ物にならないくらい洗練された動き―――

 重力から解き放たれたかのように、研ぎ澄まされた足さばきで体を反時計周りに回転させると、背中で青桐を担ぎ、そのまま強く畳へと叩きつけていくのだった!!


「や"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」


「一本ぉ"ぉ"ぉ"ん!!」


 今日、何度目かの一本負け。

 Rivolu(リヴォル)zione(ツィオーネ)の時と同じように、まるで勝てる気がしない相手。

 あの時は、敗北するたびに苦渋に満ちた表情(ツラ)ばかりを浮かべていた。

 だが、今回は今までと少し違う。

 憧れの人を前にしているからだろうか。

 これまで抱え込んでいた迷いも、重圧も、今はすべて霧散している。

 青桐はただひたすら激情(サボテン)を抱き、柔道に没頭していた。

 そんな彼の表情(ツラ)は―――


(……ん? これはまさか……!!)


 生まれ持った龍の属性を持つ若者達。

 そんな彼らには、ある権利が与えられる。

 ∞の力を得られると言い伝えられている、龍属性の技。

 柔皇の技の中でも、特に習得するのが難しいとされている4つの技の内の1つ。

 No.99青龍(せいりゅう)呼応(こおう)

 人龍一体となりし技―――

 青桐はその技を、この土壇場で無意識の内に繰り出していたのだった―――!!

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