PASSION・サボテン・VS平成の三四郎
かつてプロの頂点に立った存在―――
雲の上の存在が相手になったとしても―――
君は柔道が楽しいか?
2020年10月24日土曜日、夜。
福岡県古賀市——古賀駅から徒歩数分の川沿い。
博多駅地下での特訓を終えた青桐と草凪は、そのままの足で、古賀が運営する道場へと向かっていた。
バリューの件で扇動られているのもあり、2人は道行く先々で、動画配信者達の格好の標的となっていた。
次々と湧いてくる野次馬や挑戦者達——ゾンビめいた雑兵の群れを、2人は柔道で薙ぎ払いながら、1歩1歩、目的地へと進んでいく。
「|こんばんは《ちぃ"ぃ"ぃ"す》っ!! 本日のタイトルは……『有名選手に凸ってみたっ!!』 実況、始めていきたいと……」
「やぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」
「ぎゃぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!?」
「おうクソ配信者ぁ……今の取れ高2秒ぐらいか? 動画の取れ高全然だよなぁ? ……尺稼ぎにあと100回ぐらいぶん投げてやろうかぁ? あ"ぁ"!?」
「ひ、ひぃぃ!! さ、謝罪っしたぁぁぁ!!」
「はぁ……はぁ……!! あ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!! んで町を歩くたびに乱取りを挑まれなきゃいけねぇんだよ!? 俺は暇じゃねぇんだよクソがぁ"ぁ"ぁ"!!」
「龍夜ぁっ!! 口っ!! テメェ古賀さんの前でもその話し方すんなよな!? 本気でさぁ!?」
日が暮れた古賀の町に響き渡る雄叫び。
役所近くの大根川沿いを進む二人が辿り着いたのは、街の片隅にひっそりと佇む、年季の入った道場だった。
この道場は大々的に存在を知らせておらず、訪れるには噂を頼りに探し当てるしかない。
青桐も中学時代、必死に探し回ったが、あまりにも絵空事な情報が多く、泣く泣く諦めた過去があった。
そんな秘境めいた場所へ、今回は草凪の案内によって、あっさりと辿り着くことができたのだった。
「はぁ……はぁ……やっと着いた。しっかし、こんな場所にあったのか……隼人、よく見つけたな」
「殆ど人づてに聞いた情報だけどな。結構苦労したんだぜ? んじゃ行くぞ」
木造の扉を横に引くと、ふわりとい草の香りが体を包み込んだ。
道場の中ではすでに稽古が始まっており、実業団選手をはじめ、老若男女が道着を纏い、技を掛け合っている。
その年齢層は広く、上は八十歳、下は五歳ほどの子供までいる。
入口付近では、指導している師範と思しき人物が、鋭い眼差しで道場を見守っていた。
青桐と草凪が足を踏み入れた瞬間、その人物は二人に気づき、静かに言葉を発した。
「……来たか」
「乙です、古賀さん。コイツが前に言っていた青桐ってやつです。ほれ、龍夜、挨拶」
「えっと、こんばんは」
「こんばんは。君が青龍の青桐龍夜か……隼人から話は聞いているよ」
「感謝……? おい、隼人、お前何話したんだよ……」
「えぇ? さぁ~」
「じゃあ、早速始めようか」
「……え?」
青桐に背を向け、試合会場へと歩いていく古賀。
初対面である古賀の背中を見つめながら、青桐はこれから起こることをうっすらと察していた。
すると、隣でニヤニヤとこちらを見てくる草凪がいる。
青桐は顔を引きつらせながら、嫌な予感を覚えつつ問いかけた。
「俺、今から古賀さんと柔道するのか……?」
「そうだな。ここさ、入門する人間は古賀さんと試合することになってんのよ。んじゃ頑張れよ~」
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練習していた門下生達は動きを止め、試合場を囲むようにして畳の上に静かに座った。
青桐は黒帯をギュッと締め直し、軽くウォーミングアップを済ませる。
そして、1歩、また1歩と正方形の場内へ足を進めると、すでに瞳を閉じ、深く集中している古賀と対峙した。
「ふー……」
(古賀さんと柔道とか現実かよ。やっべ、ちょっと委縮って来たわ)
「さぁて……準備はいいか?」
「ええ、熱望」
「……審判」
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蒼海大学付属高等学院柔道部
高校生ランク21位 青龍 「青桐龍夜」
VS
全日本柔道実業団所属
社会人ランク元1位 平成の三四郎 「古賀和彦」
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「開始ッ!!」
静かな威圧感に飲み込まれそうになりながらも、審判は委縮った体を動かし試合開始を告げる。
青桐は迷いなく前へ踏み込み、真っ向から組みにいった!!
激しい組手争いは起こらず、両者は自然と相四つの形へ。
古賀は、じっと青桐の出方を窺っている。
「……」
「……っ!!」
(古賀さん、わざと組んだな? 俺の実力を試すために……上等だ……!!)
青桐は横襟を掴んだ右手を強く絞り込み、右腕の側面を相手の体に密着させる。
そのまま古賀を押し込み、わずかなスペースを生み出すと、投げ技へと繋げるための一歩を踏み出した。
「小内刈……りっ!?」
青桐は、古賀の右足の内側を鋭く刈り取ろうと踏み込んだ。
だが、古賀は刀を交わす剣士めいた動きで、狙われた足を一歩引き、冷静に躱す。
次の瞬間、燕が宙を翻るような流れる動きで、逆に青桐の足を刈り取る。
燕返し―――古賀は、わずか一手で青桐の攻めを封じてみせた。
バランスを崩し、畳に滑るように倒れ込む青桐。
足を滑らせるように倒れる青桐に審判は一本負けを告げる!!
「一本ぉ"ぉ"ぉ"ぉ"ぉ"ん!!」
「うぉ……!?」
「ふぅー……さて、まだやるかい?」
「えぇ……熱望……!!」
畳に背を付けた青桐を、右手で引き起こす古賀。
再度所定の位置まで移動すると、再び試合を始めていく。
「さぁ……こい」
「……っ!!」
(出し惜しみしてちゃ勝てねぇな。 なら……!!)
まだ未完成故に、膨大な気力を消耗するNo.80静謐の構え。
自身の持てる力の全てを出さなければ勝てないと悟った青桐は、出し惜しみなく手札を切っていく。
清水を纏い、青桐の動きは研ぎ澄まされていく。
激流と化していく彼は、柔皇の技を立て続けに繰り出していくのだった!!
「……絶海か」
「う"ら"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」
重く粘る水を纏ったかのように、青桐の右足が大きく真後ろへ振りかぶられる。
振り子めいて加速したその一撃――大内刈りの強化技であるNo.56絶海が、古賀の左足の内側を鋭く狙う。
しかし、古賀は重心を沈め、真っ向から受け止めていく!!
深く踏み込んだ足払いを止められた青桐。
だが、その動きを止めることなく、右足を支点にすぐさま次の技へと移行する。
巨大な水の塊が、古賀の全身を包み込み、身動きを止めていく。
その後、青桐の左足が吸い寄せられるように古賀の右脛へと絡みつき、両手をハンドルめいて切るように左へと捻りながら足を払う、No.32泡包みを放っていった。
右へ、左へ、連続する足技が嵐めいて古賀へと襲いかかる。
だが、しかし―――
「……未熟いな」
「っ!?」
柔皇の技を使った形跡は、微塵も見当たらない。
ただ、横襟と中袖を握る手のわずかな位置調整。
両足の踏み込みと、ほんのわずかな重心移動。
それだけの動作で、古賀は青桐の猛攻を軽々と受け止めていた……!!
青桐は攻め続ける。
手を緩めることなく、自らの持ちうる技を次々と繰り出す。
八雲刈り、露払い、叢雨返し、滝落とし、双牙……
しかし、古賀はそのすべてを正面から弾き返した。
岩壁めいて、荒れ狂う激流をものともせずに立ち続けていたのだった!!
「……現実かよっ!! うらぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」
月明かりが照らす、果てしなき水平線の世界。
青桐は、荒れ狂う波と一体となり、背負い投げの強化技であり、水属性最強の技、No.91桜花水月を繰り出そうとする。
右足を軸に、反時計回りに体を翻す。
一瞬のうねりが、投げの軌道を描き出した!!
「……俺を投げるには足りないな」
「っ!?」
古賀は右肘を青桐の顔の前に差し出す。
次の瞬間、後方へ鋭く肘を引き、エルボーめいた動きで、青桐が掴んでいた左手を切っていく。
すかさず、左手で青桐の右中袖をがっちりと握る。
左手で青桐の右手の中袖を握っている古賀は、彼の代名詞である一本背負いを繰り出す!!
青桐の投げ技とは比べ物にならないくらい洗練された動き―――
重力から解き放たれたかのように、研ぎ澄まされた足さばきで体を反時計周りに回転させると、背中で青桐を担ぎ、そのまま強く畳へと叩きつけていくのだった!!
「や"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」
「一本ぉ"ぉ"ぉ"ん!!」
今日、何度目かの一本負け。
Rivoluzioneの時と同じように、まるで勝てる気がしない相手。
あの時は、敗北するたびに苦渋に満ちた表情ばかりを浮かべていた。
だが、今回は今までと少し違う。
憧れの人を前にしているからだろうか。
これまで抱え込んでいた迷いも、重圧も、今はすべて霧散している。
青桐はただひたすら激情を抱き、柔道に没頭していた。
そんな彼の表情は―――
(……ん? これはまさか……!!)
生まれ持った龍の属性を持つ若者達。
そんな彼らには、ある権利が与えられる。
∞の力を得られると言い伝えられている、龍属性の技。
柔皇の技の中でも、特に習得するのが難しいとされている4つの技の内の1つ。
No.99青龍の呼応。
人龍一体となりし技―――
青桐はその技を、この土壇場で無意識の内に繰り出していたのだった―――!!
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