BULLSHITTER・ヨタリスト・唯我独尊の集団
自我の強さに振り回されて―――
頭を悩ませることになったとしても―――
君は柔道が楽しいか?
広い道場の中央。
整然と並び、正座する部員達。
その前に立つ赤神は、鬼神めいた気配を纏い、微動だにせず仁王立ちしている。
すぐ傍らには、部員達を冷ややかに見下ろす三船の姿も。
2人の存在が空気を支配し、道場には張り詰めた緊張が静かに満ちていった。
「……おい、お前ら」
「……」
「今日は勘解由小路総理が来訪されるって言ってたよな?」
「……」
「全員知ってたよな? 昨日、俺と監督が直々に伝えたよな!? 全員理解ったって言ってたよなっ!? 俺、覚えてるぞ、昨日の光景は……!!」
「……」
「お前らさぁ………………もう高校生なんだからさぁ!? ……振る舞いぐらい考えろ、馬鹿どもがぁ"!!」
「よせ龍馬ぁ!! 殴りかかろうとすんじゃねぇ!! 今は催し中なんだよっ!!」
頬を引きつらせ、震える右の拳を振り上げる赤神。
その身体は吸い寄せられるように、正座する部員達へと踏み出していく。
だが次の瞬間、背後から組み付いた三船の腕が、その進行を強引に断ち切った。
日頃から同様の事態が続いているのだろう。
理性の堰を越え、不満大爆発を剥き出しにする赤神の姿が、周囲の視線を集める中―――
道場後方、入口付近。
一連の騒ぎを静かに見守っていた監督の伊達と勘解由小路総理が、わずかな苦笑を交わしながら言葉を交わしていた。
「……お見苦しいところをお見せしてしまい、誠に謝罪……」
「あぁ~いえっ!! ……元気があっていいことですよ!! はっはっは」
「……この皇焔学園は、全国から実力に覚えのある人間が多く集うんすけど……いかんせん、我の強い連中が多くて。指導するのも一苦労と言いますか、手綱なしって感じっすね」
「うん……うん、まぁ~アスリートですから、血の気が多いのは、何もおかしくないでしょう!! 普段はどのような指導を?」
「そうですねぇ。選手の素質や適性を踏まえて、個々に適した指導を行っていますね。AIなどの最新技術も積極的に取り入れて、全体を同時に見ていますよ」
「選手全員? ……100人近い数がいるように見えますが、可能なのですか?」
「えぇまぁ。長年やっていると、慣れで案外できるものなんすよ。監督室にモニターを設置していまして、気になるところは後で巻き戻し、映像を選手達に見せるって感じで。均一的な指示だと、どうしても持ち味を殺してしまうんすよねぇ。 ――ほら、あそこの3人。木村荒鬼、山下篤詩、嘉納英一というのですが、それぞれプロレス、体操、スケートの技術を柔道に取り入れて、独自の戦闘スタイルを確立してるんすよ」
「ほう!! それは魅力的い!!」
「副主将の三船虎右魔は合気道……その他の選手も、他競技で活かせる技術は積極的に取り入れて、オンリーワンの戦闘スタイルを作り出していますね」
「なるほどなるほど……そして、正統派の戦い方で高校生ランク1位に立つ赤神龍馬を頂点に据えていると……ここまでタレントが揃えば、万全の布陣と言っても差し支えないのでは!?」
「まぁ、今のところはですねぇ……ただ、他校にも油断ならない選手が多くいまして。青桐龍夜に黒城龍寺、白桜龍聖……赤神と同じく龍の2つ名を持つ選手を擁する高校は、特に警戒してんますわ。柔皇の技――龍の力を宿す技を扱う可能性を秘めてますんで」
煙草を口に咥え、年季の入ったライターで火を灯す伊達。
収まる気配を見せない若者達の乱闘を、壮年の大人達はどこか虚ろな目で見守っていた。
予定されていた催しは、すでに進行表から大きく遅れている。
この不始末に対する始末書をどう書くべきか――
そんな現実的な問題に頭を悩ませながら、伊達は吐き出した薄煙を、ゆっくりと肺へと落とし込んでいた。
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「開始!!」
「しゃぁぁぁ!!」
「こぉぉぉぉい!!」
審判の合図を皮切りに、催しの模擬試合が一斉に始まる。
道場の至る所で、本番さながらの組み手がぶつかり合い、その熱気はあまりにも濃く、周囲で観戦していた中学生達は――ただ1人を除いて、圧倒されていった。
業火めいた気迫の渦。
それに呑まれることなく、ただ静かに試合を見据える1人の中学生。
ジャッロミエーレ色の前髪を、渦を巻くように立ち上げた大柄な男――名前は岡田輝明。
猛烈さが増していく戦場を俯瞰しながら、彼はわずかに眉を曇らせ、不安を滲ませていくのだった。
「……これ、いつもより猛烈くないか? ……先輩達、怪我とか大丈夫っすかね」
岡田の不安は的中していた。
その視線の先――副主将の三船と、プロレスの技術を柔道に取り入れた木村が、殺気を剥き出しにして激突している。
三船の背後には、No.66魔羅組手によって呼び出された闇の化身が顕現しており、体格で勝る巨体の木村を、絡め取るように取り押さえようとしていた――!!
「おいおいおい!? いきなり糞危険ぇ技使ってんじゃねぇか!! この神奈川に生まれし巨星、木村荒鬼様の剛腕が~~~炸裂して……いっぐぅ!?」
「おい木村ぁ!! 試合中にべらべら饒舌ってんじゃねぇよ!? 舌噛むだろがっ!? ん? うぉ!?」
「うげぇ!? ぶつかったしぃ~!?」
「……嘉納、てめぇ……うがぁ"ぁ"ぁ"!? おい、山下ぁ"!!」
「おっと? これは悩種だね……」
闇の化身――魔羅の両椀が木村を抑え込んだ、その瞬間。
周囲で組み合っていた嘉納と山下が、互いの確認を欠いたまま衝突してきた!!
不意の接触により、三船の頭に血が一気に上る!!
一歩間違えば大怪我に繋がっていた。
その事実に、周囲で見守っていた赤神の怒号しが、道場に鋭く叩きつけられる!!
「おい嘉納、山下!! 周囲をちゃんと見ろ!! 九死だろがっ!!」
「お~い2人とも、ちょっとこっち来い!!」
伊達の手招きに応じ、嘉納と山下が肩を落とし、とぼとぼと歩み寄っていく。
その背後でも、接触寸前で身をかわす者が後を絶たず、場には一触即発の空気が張り詰めていた。
それを肌で感じ取った岡田は、落ち着きなく視線を巡らせながら、周囲の動きを気にしていた。
「……これ、大丈夫じゃないな。あれ? ……あの観覧客は」
「まったく……これが今どきの未熟い選手なのか? 吃驚だな……ゴホッ、ゴホッ!!」
「お、おい老爺さん!! でけぇ咳してんじゃねぇよ、不潔なぁ……」
「ゴホッ……ゴホッ……!! ……ち、おいお前、ちょっといいか?」
「あぁ?」
「これから起こる大規模な事件――その主犯が、空にいるんだが」
「あぁ……? 何言ってんだ? ボケてんのかよ、与太者が」
「……嘘つき爺さんの逆井元野だな、ありゃ」
観覧席で見かけた白髪の老爺。
体は枯槁で、病を患っていそうな風貌の彼の姿を見かけた岡田は、ポロリと彼の醜名を呟いていく。
誰にも理解されない言葉を投げ続ける奇妙な老爺。
その存在を横目に、岡田はゆっくりと視線を切り、再び赤神達の戦いへと戻していった――
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2020年8月18日、月曜日の昼休み。
夏休み期間のため通常授業は行われておらず、学内には補講で登校している生徒の姿が多い。
購買部は人で溢れ、熱気に満ちている。
その波を掻き分け、赤神は迷いなく生徒会長室へと歩を進めていく。
――ある人物に会うために。
「……冬島、いるか?」
「ん? あぁ、赤神君か。どうしたんだ、珍しいな」
「少し相談したいことがあってな」
応接室を思わせる、生徒会長室。
壁には表彰状が整然と並び、空間全体に厳かな空気が満ちている。
その中央に置かれた黒いソファーに赤神が腰を下ろすと、対面するように、冬島と呼ばれる長身の女も静かに腰を下ろした。
180センチを超える赤神と、ほぼ同じ高さで視線を合わせる長躯。
赤神の同級生にして冬島財閥の令嬢である彼女は、スカイブルーの長髪をたなびかせながら、右手に持った缶コーヒーをゆっくりと口に運ぶ。
その落ち着き払った佇まいを前に、赤神は単刀直入に切り出す。
生徒会長としての仕事をしつつ、マネージャー陣を束ねる彼女に、部内に生じている不協和音を解消するための助言を求めるために。
「……アイツらの協調性の無さについてなんだが」
「あぁ……昨日のあの騒ぎのことか。各方面への謝罪は、こちらで話をつけているから安心してくれ。ただなぁ……これが頻発すると、さすがの私でも厳しい。特に総理に無礼た振舞いを働いた件はな……」
「天網に恢恢ってわけか……俺の方からも鉄槌を下しておいたが、あの無統制がそう易々と変わるとも思えん。伊達監督とも話をしたが、解決策は見えてこず、といったところだ」
「そうか……協調性、ねぇ。全員で困難を乗り越えてみるとかどうだろうか? 協力しなければ生き残れない状況で一体感を身に着ける――例えば、無人島とかで命がけの生活をするとか」
「お前なぁ……いくらなんでもそれは無茶苦茶だろう……」
「ふっふっふ!! 冗談だよ、赤神君。 ……まぁ、気が向いたらいつでも言ってくれて構わないぞ? 私は輸送機の操縦も出来るし、それっぽい無人島を探すなら、冬島財閥の総力を――」
「いや、大丈夫だ……そこまではしなくていい」
「そうか? それは……少しばかり残念だな。久々に暴れられると思ったのに……」
肩をすぼめ、提案を退けられたことをどこか物寂しそうに受け止める冬島。
手にしていた缶コーヒーの中身を飲み干すと、すぐさま表情を切り替え、話題の矛先を自然に変えていく。
「赤神君、それで話は変わるんだが……9月の新人戦。その予算が下りたぞ。いつもより若干少ないんだが……」
「少ない……? 俺達の日頃の行いが響いたのか?」
「いやぁ……実はこの前、学園長が生徒会にご褒美をくれると言ってね。日頃の働きへの労い、というやつだ。それで……私が輸送機を買ってしまってな。結果として、学校の予算が少し厳しくなってしまったんだ」
「……」
「てへぺろ☆ ……どうだ赤神君? 今の、可愛ぃか?」
「なにやってんだお前ぇ"っ!!」
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2020年9月5日、土曜日早朝。
赤神達は、新人戦の舞台となる日本武道館へと向かっていた。
列をなし、無言ったまま歩を進める一団。
その貫禄ある姿を目にした見物人達は、言葉を失い、自然と歩道の脇へと身を退けていく。
ただ圧倒されるしかない――そう言わんばかりに、彼らはその背中を見送っていた。
だが、その場にいる誰1人として知る由もない。
今日この日、黒い柔道着を着衣た集団が、日本柔道の勢力図を塗り替えることになるという事実を――




