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YAWARAMICHI  作者: ウィリアム・J・サンシロウ
白桜龍聖編
150/152

伝説との邂逅

 ランクが生む上下関係も、生まれによる時間の差も――

 それらが形作ってきた世界のすべてが、今、ひっくり返る!!

 歓声と悲鳴が入り混じる試合会場。

 わずかな浮遊感ののち、仁王吽錬(におうごうれん)の背が畳へと叩きつけられた!!

 兄とともに倒れ込んだ、弟の仁王阿錬(におうあれん)

 地面に伏した(つら)を跳ね上げ、審判の方へと視線を向ける。

 その先にあったのは――

 天へと突き上げられた、勝利を告げる右手だった!!


「一本ぉ"ぉ"ぉ"ぉ"ぉ"ん!!」


「……っ!! しゃぁぁぁぁぁ!! どうだクソ兄貴ぃ!!」


「……」


「はぁ……はぁ……!! 完全に出し抜いてやったぜ……おいクソ兄貴ぃ!! 前より貧弱(しょぼ)くなったんじゃねぇか!? 転校してから何やって――」


「……」


「……おい、兄貴?」


「……精悍(ごつ)く、なったなぁ」


「お、おう……そりゃな」


油断(なめぷ)してたつもりはないんだがな……昔のお前のイメージ、引きずりすぎてたかもしれん。あの頃は素直でいい子だったのに……今じゃこんなに捻くれて……」


「いや、捻くれてねぇけど!? このっ……もう一回ぶん投げてやろうか!?」


「勘弁してくれ……何度も投げられたら、さすがに俺の面子(いちぶん)がもたん」


 どこか憑き物が落ちたような面持ちの吽錬。

 畳に手をつき、ゆっくりと体を起こすと、そのまま観客(パンピー)席へと視線を向けながら立ち上がる。

 それにつられるように、阿錬もまた身を起こし、立ち上がった。

 兄と同じ方角――観客(パンピー)席を、静かに見据えている。


「んだよ兄貴、観客(パンピー)席の方なんか見て。なんかあんのか?」


「あれ、廻偵(かいてい)高校の応援席なんだが……応援団の連中に、申し訳なくてな。どう詫びるか、考えてたとこだ」


「お、おう」


「なぁ阿錬」


「あ? なんだよ」


「あいつらな、転入してきたばかりの俺に、気ぃ遣わせないようにって、ずっと気さくに接してくれてた連中なんだよ。世話にもなったしな……だから、恩返しも兼ねて勝ちたかったんだが……」


「お、おいおい……こういうのは恨みっこなしじゃねぇのかよ? 今さらそんなこと言われても……」


「人間、そう簡単に割り切れるもんでもないらしい。 ……なぁ阿錬。お前の言いたいことは理解(わか)った。子供(じゃり)扱いしてたことも、悪かった。謝罪(さっせん)


「あ、あぁ……理解(わか)ればいいんだよ理解(わか)れば。こっちも……もうちょいちゃんと話しとけばよかったかもしんねぇし、その……あ~……」


「だが、1つだけ」


「あ?」


「これからは対等に接するようにする。だが……それでも無意識に、お前をかばうことはあると思う。それは少しだけ大目に見てくれ。俺はお前の兄だ。心配するのは……たぶん、反射みたいなもんだ」


「お? おぉ……」


「お前を見下すつもりは一切ない。それだけは約束(ちぎ)る。俺に勝った相手を、俺が無礼(なめ)るわけないだろ? ……俺のことをよく知ってるお前なら、理解(わか)るはずだ」


「あ、あぁ……あ~……理解(わか)ったよ。それでいいよ、この際」


「……なあ、阿錬」


「あ? まだなんかあんのかよ」


「これからはライバルだ。共に精悍(ごつ)くなろう。全国大会――優勝目指して頑張(きば)れよ」


「……はっ!! はいはい、言われなくてもやってやんよ!!」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 試合の熱気をゆっくりと冷ましていく宵の口。

 興奮冷めやらぬ観客(パンピー)達が、三々五々、会場を後にしていく。

 全国大会出場を決めた聖鏡(せいきょう)高校の面々も、その流れに紛れるように帰路へとついていた。

 その途中、夕日を背にこちらへ向かってくる複数の人影がある。

 見覚えのある(つら)ぶれだった。

 先頭を歩く成人女性が足を止め、聖鏡高校の監督――金田一(きんだいち)へと声をかける。


「本日は対戦、感謝(あざっ)した。お父様のライバルとの一戦……大変、実りあるものとなりましたわ」


「ん? 白雪(しらゆき)監督、どうしたんじゃ? ……まさか、負けた腹いせに闇討ちでもする気かのっ!?」


「……はぁ。やっていいなら全員まとめて駆逐(ぜんごろし)しますけど? 本気(マジ)で調子が乱調(バグ)るわね……お父様は、こんな方を相手にしていたのね……」


 右手を頬に当て、ひとつ小さくため息をつく白雪監督。

 気が変わらないうちにと、要件を済ませるべく、先ほどの試合について切り出した。


「先ほどの試合……私達を出し抜くために、いろいろ仕掛けていらしたけれど……あれは金田一監督の指示なのかしら?」


「ワシの名前を勝手に使って、罠を張っとったアレかの? いいや、ありゃあ全部生徒達の判断じゃ。普段から頭使って戦えと口酸っぱく言っとるからのう。その結果があれなんじゃろうが……まさかワシまで踏み台にされるとは思わんかったわい!! まぁ、白雪武(しらゆきたけし)のやつに煮え湯を飲まされてから決めた育て方じゃ。正直、結果が出るか半信半疑じゃったが……おかげで今日は気分が高揚(あが)るわい!!」


「……はぁ。お父様にあなたのこと、ちゃんと聞いておけばよかったかしら。帰ったら……八つ当たりついでに、全部白状(げろ)ってもらいましょうかね……」


 聖鏡高校と廻偵高校の監督達が言葉を交わす傍ら、両校の主将同士もまた、短い言葉を交わしていた。

 それは激励とも、意地の張り合いとも取れるやり取りだった。

 精気の抜けた目のまま、狐塚(こづか)と向き合う東郷(とうごう)

 決勝で敗れた現実を、まだ呑み込み切れていない。

 いつもの威勢は鳴りを潜め、悄気(しょげ)ているその様子に、隣に立つ仁王吽錬でさえ気を回すほどだった。


「……」


「なんや東郷。ウチらに用でもあるんか?」


「狐塚。全国、頑張(きば)れよ。以上だ」


「なんでカタコトやねん……おい仁王、これどうなっとるんや?」


「……別れの挨拶(あいつき)ついでに、激励しに来たらしいがな。狐塚の(つら)見た瞬間、吐き気がしてきたらしい」


「……お前、吐き気ってなぁ……」


「えぇいやかましいわッ!! 負けた直後に、お前の(つら)なんて見たいわけないだろうがッ!?」

 

 主将達が軽口を叩き合うすぐ傍で、その様子を微笑ましく眺めている白桜(はくら)と仁王阿錬。

 輪に入るべきか迷いながらも、白桜の一言をきっかけに、2人は兄――仁王吽錬のもとへと歩み寄っていく。

 主将同士の小競り合いをなだめていた吽錬は、その気配に気づき、わずかに目を見開くと、自然な流れで2人を迎え入れた。


「おっ、白桜に阿錬、どうしたんだ?」


「ん~とね~僕達も混ざろうかなぁ~って思ったんだけどさぁ~……これ、ちょっと入りづらい感じ?」


「まぁ、そんなとこだな。それより白桜、体は大丈夫か? 怪我したとこ、痛んでないか?」


「うん!! もう平気だよ!! 今日は負けちゃったけど……全国じゃ絶対に負けないもんね!! あの観客(パンピー)達、ぎゃふんと言わせないと気が済まないしさ!! へっへ~ん!!」


「……なぁ阿錬。白桜のやつ、ちょっと前より捻くれてないか? こう……狐塚の影響受けてる気がするんだが……」


「あぁ? ……いや、こんなもんじゃねぇの?」


「そうか? うーん……」


(あいつの影響を受けるのは、社会(しゃば)的に色々不味いんだがな……ん?)


 かつての旧友達と談笑していた、その最中。

 仁王吽錬は、夕闇に紛れたひとつの異質な気配を捉えた。

 視線を向けた先――そこにいたのは、明らかに場違いな男。

 右手には包丁(こぶり)めいた刃物を握りしめ、荒い呼吸を漏らしながら、じりじりと距離を詰めてきている。

 次の瞬間――

 男はその刃を振りかざし、白桜と阿錬めがけて、一気に踏み込んできた!!


「っ!! 阿錬、白桜っ!! どけっ!!」


「え? え!?」


「うぉっ……んだよ兄貴……!?」


 襲い来る男と白桜、阿錬の間へ、仁王吽錬が庇護者(かえだま)めいて身を投げ出す!!

 両手で相手の肩を掴み、押し返そうとする――だが、勢いに乗った突進は止まらない!!

 銀の刃が、深く鳩尾へと沈み込んだ!!

 袋を破られたかのように、体内から赤い液体が溢れ出す。

 ぽたり、ぽたりと音を立てて、地面と滴り落ちていく。

 膝が砕けるように折れ、傷害(いわ)された仁王吽錬の体が崩れ落ちた!!

 刃から手を離した男は、震える腕を押さえながら、その場から逃避(とんずら)しようと背を向ける。

 だが――その足は、次の一歩を踏み出せなかった。


「……どこへ行くつもりかしら?」


「ひっ!? うわぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!! 助けて禿頭(やかんあたま)ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」


 異変に気づいた白雪監督が、遁走(ずらか)ろうとした男の上着を乱暴に掴み取る。

 そのまま体を捻り、左へ鋭く旋回――男の体を背負い上げると、勢いのままアスファルトへと叩きつけた!!

 右腕一本で相手を地面に押さえ込みながら、白雪は(つら)だけを金田一監督へ向ける。

 その声音には、猶予のなさがはっきりと滲んでいた!!


「金田一監督!! 救急車を!!」


理解(わか)っとるわい!! おい、立往生(しょうろ)ども、どかんかい!! 見世物じゃないんじゃぞ!!」


 鳩尾に刃を受けたまま、地面に伏す仁王吽錬。

 呼吸は浅く、か細い。

 白桜と阿錬が必死に声をかけ続ける。

 だが、その呼びかけが届くことはなかった。

 この凄惨な事件を前に、聖女、ヴィクトリア・セリーヌは、この世界(しゃば)に神はいないのかと嘆き悼み荒涼感(かなぴっぴ)であろう。

 ――その日。

 1人の命が、ここで途絶えた。

 その事実は、やがて報道を通じて、北海道全域へと広がっていくことになる。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 2021年7月4日、日曜日の早朝。

 激闘を終えた聖鏡高校のレギュラーメンバー5人と、マネージャー2人、監督を含めた計8人は、道場で昨日の反省会を開いていた。

 全国大会への切符を手にしてなお、その場に漂う空気は重い。

 誰もが言葉を選びあぐね、沈黙(スフィンクス)だけが時間を引き延ばしていく。

 やがて、その沈黙(スフィンクス)を破ったのは仁王阿錬だった。

 昨日、起きた出来事――諧謔(じょうだん)勘弁(よしこちゃん)な結末を、彼は口にする。


「……あの、兄貴のことなんすけど……病院の人から聞いた話じゃ、臨終(おだぶつ)だって……」


 言葉が落ちた瞬間、誰一人として続く声を出せなかった。

 視線は阿錬から外れ、道場内のテレビへと向けられる。

 画面の中では、複数の人物が慌ただしく動き回り、アナウンサーが繰り返しRivolu(リヴォル)zione(ツィオーネ)の名を報じていた。

 その様子を見つめる白桜達の額には、じわりと冷や汗が滲む。

 重苦しい空気が、さらに深く沈んでいく。

 やがて、監督の金田一が口を開こうとした、その時――

 視界が、唐突に白く弾けた!!

 光が一面を覆い尽くし、足場の感覚がふっと消える。

 次の瞬間、8人の姿は――聖鏡高校の道場から、別の場所へと移されていた。

 その場所とは―――

 

 YAWARAMICHI第3章

 白桜龍聖(はくらりゅうせい)編終了


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「はぁ!? 何これ、糞危険(やべ)ぇんだけど!?」


「俺の出番が来たし~!!」


「この景色、最高(チョベリグ)だね」


「何やってんだ、あの三馬鹿は!?」


「俺はこの柔道界の頂点(てっぺん)に立つ男……名は―――赤神龍馬(あかがみりょうま)だっ!!」


 YAWARAMICHI第4章

 赤神龍馬(あかがみりょうま)編始動

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