WATCHER・ソナムタン・鎮圧部隊包囲網
『団体戦はいよいよ中盤戦に突入しました。両校一進一退の攻防が続く中、現在は白桜選手と東郷選手の一戦です。白桜選手は昨年秋、左膝前十字靭帯損傷という大怪我を負いましたが、見事に戦線復帰を果たしました。氷属性を主軸とした戦いに加え、新たに風属性を取り入れ、以前よりも完成度は高まっている印象です。ただ、気になる点を挙げるとすれば……やはり体格差でしょうか。太江さん、いかがでしょう?』
『そうねぇ~……東郷選手との体格差は、体重でおよそ20キロ前後、身長も10センチ以上あるわね。ここまでの試合展開とは逆に、今度は白桜選手が押し切られる可能性も十分考えられるわね。それに……東郷選手はENoを絡めた攻防を得意分野としている選手。白桜選手には、これまで以上に冷静で柔軟な対応力が求められそうね。引き出しの多さに期待しちゃいましょ』
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
自身より一回りも大きな相手へと、白桜は迷いなく挑みかかる!!
小柄な体格を最大限に活かし、東郷の大木めいた太い両腕を紙一重で受け流しながら、その懐へと深く潜り込む。
そして道着を掴み、力を込めたその瞬間――白桜の直感が告げる。
この相手は、自身の膂力でどうにか出来る相手ではないということを!!
「……っ!!」
(うぅ~わぁ~……!! なにこれ……電柱じゃん!? 技使っても動かせるのかなぁ……っ!?)
「うぉ!? 危険い!?」
「ぬぅ? 距離を取りおったか……!!」
容易く切り崩せる相手ではない。
そう泣き言をこぼす暇もなく、東郷の右腕が白桜の道着を掴み取ろうと伸びてくる。
掴れたら最後、その腕力によって白桜の体は振り回され、形勢は一気に不利になるだろう。
中学生時代、体格で勝る相手と幾度も相対してきた白桜は、その危険さを嫌というほど知っていた。
だからこそ彼は、掴んだ道着を自ら手放し距離を取る。
経験に裏打ちされた判断で、仕切り直しへと持ち込んだのだった!!
「むぅ~……」
(正攻法じゃ無理っぽいよねぇ~……なら今まで通り、氷属性の技で弱体化させちゃお~っと)
「ENo.52―――!!」
「……げっ!?」
白桜が巨漢と対峙する際に選ぶ戦い方。
相手を直接ねじ伏せるのではなく、弱体化させ、その反応や動きを逆手に取り、力を利用して投げに転じる柔道。
その戦術は、廻偵高校の選手であれば既に把握済みのものであった!!
主将である東郷もまた、白桜の試合映像を幾度となく見返し、その戦い方を徹底的に頭へ叩き込んでいる。
ゆえに彼は迷わない。
出し惜しみをする理由はなく、最初から切り札を切るという選択に踏み切った!!
試合会場を取り囲むように現れる、氷の兵隊。
その冷ややかな視線は、戒めを破ろうとする者を逃がさぬ監視者めいており、ひとたび逆鱗に触れれば、即座に死体になることを雄弁に物語っている。
死戒を発展進化させた、彼だけの技。
ENo.52―――
「第7師団『破戒鎮圧隊』ッ!! さぁ、これよりノルマを課すぞッ!! 時間は10秒ッ!! 足技は2回だッ!!」
猛々しい東郷の号令に呼応するように、試合会場を取り囲む氷の兵隊が一斉に動いた。
氷で形作られた銃の銃口が、冷然と東郷と白桜へと向けられる。
常軌を逸したその光景に、白桜は首を左右に振り、視界に映るすべてを脳裏へ焼き付けた。
そして、大会前に開かれた、聖鏡高校柔道部の部室で行われたミーティングの内容を、記憶の底から引っ張り出すのだった!!
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
『それじゃ、ミーティングを始めるぞい。廻偵高校の要注意人物である東郷平八。こいつは廻偵高校の主将であり、ENoの使い手でもあるぞ』
『え~? 現実で~? 狐塚先輩と天方先輩以外にもいるんだ、北海道の柔道選手で』
『まあ、白桜が驚嘆るのも無理はあらへんやろな。ENoは使い手が極端に少ないし、実際に相対する機会もそうそうあらへん。そんでもって、あの禿頭のENoはまあまあ面倒いで?』
『えぇ~どんな感じ?』
『せやな……簡単に言うたら、進化元の技……No.52死戒の強化版っちゅうところやな。死戒が禁止事項を設定する技やとしたら、東郷のENo.52第7師団『破戒鎮圧隊』は、両者に達成すべきノルマを課す技や』
『……え? 何それ?』
『何秒以内に、指定した動作をせえっちゅう感じやったはずや。達成できひんかったら、周囲を取り囲む氷の兵隊に狙撃されて喪神る。そうなった時点で、実質一本負けったのも同然やな』
『えぇ!? 何それ!? ブラック企業みたいな技じゃん!! 理不尽反対~!!』
『ウチに怨言てもしゃ~ないやろ……ええか、白桜。使われたら、指定されたノルマはさっさと達成するんや。せやないと、時間が過ぎるごとに取れる選択肢が、どんどん削られていくさかい』
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ダハハハハッ!! 逃がさんぞ新入生ッ!! 大人しく組み合わんかッ!!」
血走った眼で白桜を視界に捉え、距離を詰めてくるその姿は、さながら脱走兵を力ずくで引き戻す鬼軍曹めいていた。
制限時間が刻一刻と迫る中、白桜は自身に課されたノルマの消化に踏み切る。
中途半端な技を選べば、即座に返され、一本負けってしまうだろう。
白桜は己の右足に冷気を纏わせる。
左手で敵の道着の襟を掴み、右手で敵の左袖を引き寄せると同時に、ハンドルを右へ切るように体を捻る。
そして右足を、東郷の左足――脛の一点へと当て、そこを支点に一気に払い上げた!!
支釣込足の強化技、No.16樹氷倒し。
白桜の右足と接触した瞬間、東郷の左脛には重りめいた氷塊が絡みつき、その機動力を確実に奪っていく。
そしてそれは、白桜も同様であった!!
「……っ!? そっちも!?」
「ダハハハハッ!! 一応氷属性の選手でなぁッ!? 当然習得しておるわッ!!」
偶然の一致、吃驚仰天!!
差し違えるように東郷もまた、氷属性の足技、樹氷倒しを放っていたのだった!!
右利きである東郷の一撃は、白桜の右足を正確に捉える。
白桜は、右足に氷の枷を嵌められた形となった。
この氷は時間経過でしか解けない。
ひとたび食らえば、ただ耐え忍ぶほか術はない。
最悪そうに顔を歪ませる白桜。
だが、怨嗟ている暇はない。
会社員めいた覚悟でノルマ達成へと動き出す――その刹那、先に牙を剥いたのは東郷だった!!
右手を白桜の後ろ襟の直下へと回し、そのまま抱き寄せるように強く引き付ける。
同時に、己の右足を炭化させ、体を左へと旋回。
畳をマッチ箱の側薬めいて使い、炭化した右足を摩擦によって着火させる!!
そして、その勢いのまま、白桜の股下へ差し入れた右足で、左内腿を力任せに払い上げていく!!
内股の強化技、No.64内股炭木薙ぎによる一撃で、試合を決めにいくのだった!!
「や"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"……むぅッ!?」
(技に手ごたえがない……なるほど、蜃気楼かッ!!)
輪郭を失った白桜の左足が、東郷の内股をすり抜けていく。
己の肉体を透過させることで、敵の猛烈い一撃を紙一重でやり過ごした少年は、そのまま宙を泳ぐ左足で、畳を強く踏みつけた!!
それを合図としたかのように―――
白桜と東郷、2人の体を包み込む翠色の風が渦を巻いて発生する。
巻き上がる気流は一瞬で視界を塗り潰し、次の瞬間――互いの立ち位置を、音もなく入れ替えていくのだった!!
「これは空蝉か……ッ!? 風属性の技、新たに習得した技かッ!! えぇい、次から次へと矢継ぎ早にッ!! 怪我をしてから、ますます狡知くなりおったなッ!! 大概の選手は怪我で弱体化するものなのだがなッ!?」
「へっへ~んだっ!! 僕が弱体化? するわけないでしょ!! どんだけ僕が地獄を見てきたと思ってんだよ……!!」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
『スポーツ選手の怪我なんてさ、ほとんど死刑宣告同然なのにな? なにをそんなに必死になってんだかねぇ……時間の無駄じゃね?』:
『柔道やってる連中の気が知れねぇよ。あんな無様い掛け声上げながらさぁ~? やぁ~!! やぁ~!! くっくっく……!!』
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
冷笑系と呼ばれる人間が多くはびこるこの時代。
天才と呼ばれる白桜も、当然その例外ではなかった。
怪我による離脱、長いリハビリの最中、彼は幾度となく心無い言葉を浴びせられる槍玉を受け、そのたびに胸を締め付けられてきた。
思うように動かぬ体に苛苛り、焦燥に身を焼かれた日々。
復帰のため、血反吐を吐くほどにもがき、歯を食いしばり続けた時間が―――
確かに白桜を、以前よりも精悍く成長させていたのだった!!
東郷に背を向ける形で位置を入れ替えた白桜は、その場で弧を描くように左足を走らせる。
続いて体を左へと捩じり、振り向きざまに氷で形作られた針めいた物体を、東郷の左肘へと正確に撃ち込んだ!!
No.28雹針。
この技によって、氷針を打ち込まれた左肘は、どれほど力を込めようとも、真っすぐに伸びきったまま微動だにしない。
先手を取った白桜は、間髪入れず次の一手へと移る!!
左手で東郷の前襟を狙い定め、道着を掴み取るために刺し伸ばす。
応戦しようと、東郷は右手でその腕を払いのけようとするが―――
彼の体は、石に躓いたかのようによろめき、力を込めるはずの腕に、思うような力が宿らなかった!!
「むぅ……!!」
(右足を刈らんとする風の刃……No.25〆颪送払いかッ!? あの左足で弧を描いた時かッ!! 時間差攻撃とは鬱陶しいやつめッ!!)
東郷の体勢を崩しつつ、足技2回のノルマを達成した白桜。
追撃をかけるべく、氷属性最強の技――No.90月下氷刃を放とうとするも、寸前のところで踏みとどまる。
長年積み上げてきた経験と勘が、大技の使用に待ったをかけたのだった。
(思ったより体制崩れてないっぽい? ……この状態で月下氷刃使っても、効果は薄そう……ってかこれ―――)
「全体的に火力不足……みたいだなッ?」
「っ!!」
「ちょろちょろと動き回ってはいるが、大技に移行するための崩しがイマイチ……さしずめ怪我による出遅れ、体がまだ仕上がり切っておらん……そういうところかッ!?」
「さ、さぁ~?」
「ダハハハハッ!! いずれにせよ、答えはじきに理解るッ!! さぁ……制約を課すぞッ!!」
「……え? それって―――」
廻偵高校の選手が、戦いの主軸として据えている技。
No.52死戒。
再三振り回されてきた戒めの始まりを告げる、古本の一頁が、畳へと静かに舞い落ちる。
呪われた畳、そして周囲を取り囲む無数の氷の兵隊。
これからニ重のルールが課されることになる――その事実に、白桜は無言ったまま、東郷へ抗議の視線を向ける。
だが、その訴えを東郷は豪快に、そして無慈悲に踏み潰した!!
「聖鏡高校の人間は頭がいいのだよなッ? ならば、ワシが追加するルールにも、即座に対応してくれるのだよなッ!? ダハハハハッ!! 頭脳派集団よ、期待しているぞッ!!」




