PARROTING・ケモノヘン・稀代の食わせ者
もしこの場に、ものまね芸人チョコレートバースデイの曽根田がいたならば、観客席でただ1人、スタンディングオベーションを送っていたであろう。
模倣せ、さらに進化させる――その独自の戦い方の真価を、天方は今まさに発揮していた!!
手札を無限に増殖させていくその男は、場の空気を制するかのように静かに宣言する。
これから両者に等しく課される、決して破ることのできない戒めを―――
「これより30秒間、畳1畳以上の距離を取ることを禁ずる……これで合ってるんだっけ~?」
「こやつ……やつがれの真似を……!! 鸚鵡男が!!」
「ん~? まだ宣言が終わってないんだけど~? 2つ目―――これより30秒間、静止することを禁ずる~」
「………………っ!? 2つ目、だと……」
本来、死戒で課すことのできる制約は1つのみ。
だが天方が模倣せ、さらに進化させたその技は、オリジナルの限界を軽々と踏み越えていた!!
彼が封じたのは、移動できる距離と、待ちに徹するという行為。
そこから導き出される天方の狙いは―――
(やつがれとの殴打き合いを所望か……!! 会場全面が毒畳となっている以上、互いに長期戦という選択肢はない。だが、体格はこちらが貧弱い……)
手を伸ばせば互いの道着に届く、逃げ場のない間合い。
マグロめいて動きを止めることは、一本負るに等しい状態に置かれた2人。
狭い空間を絶え間なく動き続けながら、毒畳に蝕まれる身体で、両者は次なる一手を探り合う。
自らの技を逆用され、否応なく窮地へと追い込まれていく風間。
天方が攻撃を誘っていることには薄々気づきながらも、決定的な打開策を見い出せずにいた。
(先に手を出させたいのだろうな……何か策があるのは明白。ならば、その策ごと先んじて封じるのみ……!!)
「これより30秒間、やつがれより後に技を使用することを禁ずる!!」
「……お?」
(流石に誘っていることには気づいたか~……要するに、俺に先手を打てってことだよね~? でもこれ……俺に好都合なんだけどさ~どこまで読まれてるんだろ~……? ……ま、利用しない理由はないよね~)
相手の思考を読むには、その深さを揃える必要がある。
でなければ、過度な読み込みが裏目に出る――駆け引きの難しさは、まさにそこにあった。
互いに刀の鞘へ手を添え、斬りかかる瞬間を量る天方。
その均衡が破れる時は、風間の宣告から、ほんの数秒後に訪れる!!
天方は風間の両手を振り払うと、後方へと飛び退き、畳一畳分の距離を確保した。
攻撃の気配を察した風間が身構える、その一拍すら与えず――
天方は、彼にしては珍しく、周囲にまで届くほどの声で、ある男の名を叫ぶ!!
「金田一監督~そろそろやるよ~」
その一声を合図に、天方のギアが一段階引き上げられる。
両脚に雷を宿し、爆発的な加速で一気に距離を詰め、風間の道着を掴みにかかる。
勢いを殺さぬまま左脚を股下へと差し込み、地を這う稲妻を走らせる。
その軌跡をなぞるように、敵の左足――踵の裏を刈り取る、No.40稲妻刈りを―――
「No.9影踏み!!」
天方の左足が、風間の左足へと触れようとした、その刹那。
風間の右足が畳を―――天井のライトに照らされ、長く伸びた天方の影を、正確に踏み抜いた!!
次の瞬間、天方の両足は金縛りめいて硬直し、その場へと縫い止められる!!
1秒にも満たない、ほんの僅かな拘束。
しかしその影響は決定的であり、天方の放った稲妻刈りは、不発に終わった。
互いに道着を掴み合ったまま、仕切り直しとなる両者。
だが、貼り付けにされたままの天方に、ここで致命的な不都合が生じる。
彼は模倣せた技によって、30秒間――静止することを禁じていたのだ。
自らが定めた禁忌に、自身が触れる。
この瞬間、天方の身に訪れるものとは何か。
その答えは―――
「……勝機と見たり―――!!」
禁止事項を侵さぬように、天方の上半身が、意思に反して不規則に揺れ始める。
右へ、左へ―――そして次の瞬間、風間の方へと、上体だけが前のめりに崩れ落ちていった!!
訪れた好機を逃すまいと、風間は即座に反応する。
体を反時計回りに回転させ、背に担ぎ上げる形で投げ飛ばすべく、全身を捩じるのだった!!
(このまま投げ飛ばさせてもらおう……!! しかし、先ほどの奇行……監督の名を呼んだ件が引っかかる。罪炎の時も同じだ。あの合図と同時に戦い方が変化しているのは、偶然とは考えにくい……むっ? 拘束が解けたか……だが、自護体を取る素振りは……ない? ならば―――行うことは1つ……!!)
影踏みによる短い拘束が解けた直後、投げを避けるために自護体という防御姿勢を取る――それが本来の定石である。
しかし天方は、そのセオリーから明確に逸脱した行動を選び取ろうとしていた。
風間の体が回りきる、その寸前。
天方は左足で畳を――いや、風間の足元から伸びる影を強く踏みしめ、逆に彼の動きを拘束せんとする!!
だが、その一手すら、風間の想定の内だった。
幾度となく己の技を模倣されてきた彼は、すでに学習を終えている。
拘束されるよりも早く、背負い投げによる一本勝ちを狙い、迷いなく踏み込んだ!!
(影踏みの模倣せ……だが牛歩い!! すでに背中には、やつの体が乗っている……仮に拘束されたとしても、背を向けた状態からの返し技は、裏投げなどを除けば数えるほどしかない。技を使用した後の硬直時間を計算しても―――)
「失敬」
「っ!?」
(もう目の前に回り込んでいる!? 技を使用した後の硬直は……? ……やつがれの足が、動く? ……拘束されていない!? 馬鹿な……影踏みを模倣したはずでは……)
「模倣せはさ~、あくまで手札を増やす手段なんだよね~それを必ず使わなきゃいけないルールもないし~手札を作った上で、使わずに廃棄することだって、普通にあるでしょ~?」
「……っ!! ブラフ……!!」
「読み合いしたいのは理解るけどさ~……ウチらの高校相手には、さすがに無謀じゃないの~?……やぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」
「一本ぉ"ぉ"ぉ"ぉ"ぉ"ん!!」
非常な決着、覆水不返―――
担がれた状態から上体を強く捩り、背負い投げが完成する直前で体勢を切り崩した天方。
その反動を殺さぬまま風間の前方へ回り込み、道着を掴み取る。
同時に左足を走らせ、風間の両足を薙ぎ払い、その背を畳へと叩き伏せた!!
あえて模倣せた技を用いず、相手の読みを根底から欺瞞す――天方の一手である!!
この勝利により2連勝。
聖鏡高校は、団体戦のリードを奪うことに成功したのだった!!
「……………」
(あぁ~疲れた~……模倣せる技、燃費が悪すぎるんだよね~……次、誰だっけ~? 東郷? ……うっわ、この状態で~? はぁ~……しゃ~ないな~もう少しだけ、頑張ってみるか~……)
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「やぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」
「うわ~」
「一本ぉ"ぉ"ぉ"ぉ"ぉ"ん!!」
天方の次なる相手は、廻偵高校の主将にして、団体戦の中堅を担う東郷である。
闘志をむき出しにした雄叫びが会場に轟き、審判は勝敗を告げるべく右手を高く掲げた。
一礼を済ませ、天方は静かに試合会場を後にする。
出迎えたチームメイト達の視線はどこか冷ややかで、言葉を呑み込んだままの金田一監督が、慎重に選んだ言葉を胸に秘めつつ、天方へと歩み寄ってきた。
「先ずは……2連勝、よくやったぞい」
「感謝」
「それと……のう天方よ」
「……はい~?」
「……今の試合、もう少し粘れんかったのか?」
「……いや~……模倣しの連発でぇ~……正直、もう動けなかったっすね~……」
「…………そうか」
目を閉じ、俯いたまま動かない金田一。
頬を引きつらせた天方は、申し訳なさを滲ませながら、主将である狐塚の隣に胡坐をかいて腰を下ろした。
何も語らぬ狐塚の沈黙が、その場の空気をより重くしており、2連勝を挙げて戻ってきた選手とは思えないほど、天方の表情には焦燥の色が浮かんでいた。
(うっわ~……瞬殺されたせいだなこれ~……前の監督だったら、絶対怒号されてたわ……理性のある監督で助かった~)
「ふっふん~!! みんな安心してていいよ!! 天方先輩の仇は僕が取ってくるからさ!!」
「俺まだ昇天ってないんだけど~? ってか白桜、相手は東郷だけど大丈夫なの~? 無礼て勝てる相手じゃないんだけど~」
「えぇ~? 天方先輩こそ僕のこと無礼てない!? だって僕は―――」
「俺達がやろうとしていることをやった上で、勝ち切れるのかって聞いてるんだけど~?」
「うん? う~ん……まあ、大丈夫でしょ!!」
根拠のない自信に突き動かされ、準備っていた白桜は、意気揚々で戦場へと足を踏み出す。
聖鏡高校、廻偵高校――次に畳へ上がるのは、いずれも団体戦の中堅を任される者同士。
すでに2敗を喫している両校にとって、この1戦は流れを引き戻すための、まさに背水の勝負であった。
勝敗ひとつで空気が一変する攻防の只中へ、満を持して白桜が挑んでいくのだった!!
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聖鏡高校柔道部北海道大会決勝戦中堅
高校生ランク27位 白龍 「白桜龍星」
VS
廻偵高校柔道部北海道大会決勝戦中堅
高校生ランク59位 鬼軍曹 「東郷平八」
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「開始!!」
「こぉ"ぉ"ぉ"ぉ"い!!」
「ダハハハハッ!! いい表情構えだッ!! 始めようじゃないか、なぁ天才ッ!!」




