POISON・エンギシキ・毒畳の魔の手
北海道大会団体戦決勝戦である第2試合の幕が切って落とされた。
聖鏡高校の次鋒の天方は、試合開始の合図と同時に、間合いを詰めるべく前へと踏み込む。
迫り来るその閃光めいた影を迎え撃つため、皇は先ほどまでと同様に、天方の持ち味を徹底して潰しにかかるのだった!!
「これより10秒間、ENo.29模造創新の使用を禁じますぞ~!!」
「……ん~」
(ほ~ん……ピンポイントで技の使用を封じてきたね~? ……ま、そりゃそうか。俺のことを研究していれば、流石にそうするよね~)
相手の技を模倣し、そこから独自の進化を遂げることを得意分野とする天方。
その彼の代名詞とも言える柔皇の技―――その進化形の技の使用を、皇は宣言によって封じ込めた。
宣告に呼応するかのように畳が不気味な気配を帯びる中、皇は静かに、罪炎との攻防の答え合わせを進めていくのであった。
(さてさてと……今回は制限時間を短めに設定させていただきましたぞ。この効果時間中の相手の出方を、じっくり観察させてもらいましょうかな。先ほどの罪炎殿の立ち回りを見る限り、のらりくらりと時間を稼いでくるはずですが……)
「むむむ……」
(やはり攻め込んで来ませんな。距離を詰める素振りを見せておきながら、急に足を止めてタイミングを計っている……なるほどなるほど。これは聖鏡高校の基本方針と見てよさそうですな。となれば―――)
「ん~……ぼちぼち10秒経つかな~? そろそろ……」
「これより240秒間、ENo.29模造創新の使用を禁じますぞ……!!」
「おっ、強気だね~」
仕掛ける機会をうかがっていた天方にとって、それは凶報と呼ぶほかない宣告であった。
効果時間である10秒が経過し、攻めへと転じようとした矢先、皇は再び技の使用制限を言い渡す。
その効果時間は4分。
高校柔道の試合時間は大会規定によって前後するものの、おおよそ4分に設定されることが多い。
すなわち皇は、試合時間そのものと同等の秒数を宣言することで、この一戦における使用を完全に封じたのであった!!
上書きが不可能なため、この試合中に新たな制限を課すことはできない。
それでもなお、皇は一切の迷いを見せることなく、威張る姿勢を崩さない。
その表情には、この展開を織り込み済みであったかのような、揺るぎない自信が満ちているのだった!!
「むっふっふ~!! 当然ですぞ~天方殿~!! こちらは既に1勝しておりますゆえ、多少強引に攻め込んでも―――」
「問題ない……ねぇ~? あのさ~……それはちょっと」
「……?」
「俺のこと無礼過ぎじゃない~……?」
「……!? お……おぉっとっと!?」
いつでも攻めに転じる準備を整えていた皇。
しかし、その彼が指一本反応する間もなく、道着を天方に掴まれていた。
反射的に道着を掴み返すも、一回り体格に勝る天方の力に抗えず、皇の身体はコマめいて振り回される!!
足が宙に浮かぬよう、畳を掴む足指へと必死に力を込める皇。
周囲の景色が線となって流れるほどの速度に耐えながら、彼は頭の中で、この瞬間に起きている事態を冷静に整理していくのだった!!
(この瞬間的な加速力は……No.6飛雷脚ですなっ!! うぉ!? 今、当方の体が宙に浮きかけましたぞ!? こ、この天方殿……得意技が使えぬと判断するや否や、雷属性自慢のスピードへ即座に切り替え、翻弄してきましたな!?)
「む……ぐぐぐぅ!? しかし……なんと切り替えの早いことですかなぁ!?」
「そりゃね~……模倣だけの一芸だけで勝ち上がれるほど、ランク100位より上の戦いは甘くないんだよね~だから日頃から、いくつもプランを用意してるわけさ~……こんなふうに、体重差を活かした戦い方とかね~?」
体重差はおよそ15㎏。
天方と比べ、それだけの軽さという不利を背負っている皇。
格闘技とは、対策を怠れば体格差がじわじわと勝敗へ食い込んでくる競技であり、それを有効な手札と見抜いた天方は、即座に新たな勝ち筋を構築し、変幻自在の戦いを展開していった!!
巧みな試合運び、甚畏乎斯!!
両脚に黄色い火花めいたもの纏い、瞬間的な加速を幾度も重ねながら、相手を右へ左へと振り回し、翻弄し続ける天方。
苦し紛れに皇が技へ移ろうとした、その刹那――半眼の柔道家は、わずかな兆しすら見逃さなかった!!
「ぐぅ……No.14八雲―――」
「雷属性相手にそれは牛歩くない~? No.40稲妻刈り……!! やぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"……!!」
「一本ぉ"ぉ"ぉ"ぉ"ぉ"ん!!」
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『おぉっと、ここで天方選手!! 相手の足技に先んじて自身の足技を繰り出し、見事に一本を奪い返しました!! 太江さん、これで団体戦の勝敗は五分。流れが大きく動きましたね。今の一戦、どうご覧になりますか?』
『そうねぇ……全体を通して、とにかくスピード感のある試合だったわ。判断の速さはもちろん、有効だと見抜いた手札を即座に切る思い切りの良さが光ったわね。普段から多くの展開を想定していなければ、あの決断はできない。さすが、日本有数の進学校の選手らしい、頭の回転の速さだったわ』
『さあ、廻偵高校の次鋒は風間選手です。この選手も比較的小柄な体格で……あぁ、先ほど戦った皇選手よりも、さらに一回り小さいですね。これは……』
『風間選手の場合はそうね……死戒で封じる内容を、より工夫しないと、先ほどと同じ試合運びになってしまいそうね。蒼海の青桐選手のように、比較的小柄でもパワーで押し切れる怪力なら話は別だけど……風間選手は、そうした例外には見えないわ。ここからは、廻偵高校側の発想力が試される展開になりそうね』
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聖鏡高校柔道部北海道大会決勝戦次鋒
高校生ランク56位 進化の模倣者 「天方天鼓」
VS
廻偵高校柔道部北海道大会決勝戦次鋒
高校生ランク256位 相模の獅子 「風間啓太郎」
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「開始っ!!」
「こ~い……!!」
「いざ尋常に……No.31……屑穢土!!」
次鋒同士の戦いが始まるや否や、廻偵高校の二番手である風間は、天方と距離を詰めることなく、柔皇の技を即座に発動させた。
その技の名は――屑穢土。
腐食した両足から滲み出る瘴気が、任意の畳を毒畳へと変貌させる異質な技。
それに触れ続ける者は、敵味方の区別なく、体力と気力を静かに削り取られていく!!
天方の戦いぶりを見て、廻偵高校もまた即座に戦術を切り替えてきたのだろう。
その意図を悟ったかのように、半眼の天方の瞼は、いつにも増して重く沈んでいく。
「……ほ~ん」
(死戒は今のところ使わないつもりか~……その代わりに切ってきた手札が、屑穢土ってわけね~)
「No.10―――綾手繰り。発動仕る……!!」
「おっと~……」
(間髪入れずに次の一手か~……畳を毒畳に変えてから、拘束で動きを縛る……ねぇ)
四角四面な風間が、間髪入れずに繰り出した追撃の技。
先端が鉤爪めいた六本の糸状の物体が生成され、天方の背中へと深く食い込む!!
そのまま手元に握られた六条のワイヤーめいたそれを一気に引き寄せ、先ほど展開された毒畳へと、天方の身体を強引に引きずり込んでいくのだった!!
両足が毒畳に触れた瞬間、突如として吐き気と激しい頭痛が天方を襲う!!
長居は無用と判断し、即座にその場から忌避ろうとする天方。
しかし、背に食い込んだ六本のワイヤーめいた拘束がそれを阻み、彼は思うように間合いを切ることができない!!
「……んんっ~」
(……完全に動けないわけじゃなさそうだね~……なら、力づくでいこうかねぇ~)
「No.52……死戒!! これより7秒間、呼吸を禁ずる!!」
「お?」
(死戒を使ってきたね~……制限するのは呼吸? 模倣せる技じゃなくて? あぁ~……なるほどね~狙いは俺を消耗らせるってことだねぇ~)
逃げ道を塞ぐかのように放たれた3本の矢。
呼吸を奪われた状態で無理に尻帆掛すれば、拘束からは逃れられるかもしれないが、その代償として想像以上の体力を失うことになる。
かといって、死戒の効果が切れるのを悠長に待てば、毒畳の影響によって体力と気力は確実に削られ続けてしまう。
いずれを選んでも、消耗りを避ける術はない。
正面衝突を避け、じわりじわりと相手を弱体化させる戦いを徹底する風間は、右手に握り締めた六本のワイヤーめいた物体を、いつ手放すべきか――その瞬間を静かに見極めていた。
(やつがれの体格で、正面衝突は一髪千鈞―――ゆえに心理へ圧をかけ、痺れを切らして技を使わせた刹那、その力を踏台ぎ仕留める。肉を切らせ、骨を断つ―――それでいかせてもらおう)
「ENo.29模造創新……」
「これは……周囲一帯が、毒畳にっ!?」
なんたる光景、吃驚仰天!!
天方が選んだ起死回生の一手!!
相手の技を模倣し、なおかつ独自に進化させる柔皇の技―――ENo.29模造創新。
その発動により、風間が使用した屑穢土を模倣し、試合会場に敷き詰められたすべての畳を、一斉に毒畳へと変貌させていった!!
心身を蝕むその速度は、オリジナルとは比較にならないほど猛烈く、天方はもちろん、対峙する風間にまで、吐き気や頭痛といった身体的異常が、抑えきれぬほどマグマめいて噴き出してくるのだった!!
「俺だけ毒畳の影響を受けるのは不公平だからさ~。平等にしておいたよ~……お? 呼吸、できるようになったね~」
「ちっ……余計な真似を……!!」
「余計ねぇ~……これから、もっと余計なことをするんだけど……そんなに動揺してて大丈夫なの~?」
「……なんだと?」
風間の両目が捉えたのは、怪しく不気味に漂う古本の一頁。
それは重力に逆らうことなく畳へと落ちていき、毒に蝕まれた畳へ、さらなる呪いを刻み込んでいく。
天方が模倣した技は、廻偵高校の選手が主軸として使用する柔皇の技―――No.52死戒。
これまで翻弄され続けてきたその技を、彼はこの局面で切り札として解き放ったのだった!!
「これは……!?」
「言わなくても大体理解るでしょ~? それじゃあ、早速始めようかねぇ~……!!」




