表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
YAWARAMICHI  作者: ウィリアム・J・サンシロウ
白桜龍聖編
140/152

BLUFF・マンパチ・交錯する思惑

 畳一畳ほどの間合いの中で、互いの腹を探り合う静かな駆け引きが始まった。

 罪炎(ざいえん)は、身に宿した静かな炎を研ぎ澄ませるように灯しながら、目の前の敵を正面からとらえ続ける。

 その火球めいた気迫にさらされる(すめらぎ)の足取りは、重く沈む。

 踏み出す一歩が試されているかのようだった。


「……」


(この作為的(くさ)さは……どう判断すべきですかな? 横捨身技以外で攻めるつもり? いや、それにしてはこちらの出方を測っている気配……んん~? だとすると、なぜ灰燼(かいじん)(かま)えを取ったのですかな。あれを使う選手は、例外なく仕掛けてきたものですがぁ……)


「………………なるほど、こちらの狙いを捜索(あさ)りたいわけですな?」


「……っ!!」


 聖鏡(せいきょう)高校の狙いを看破した皇は、一気に間合いを潰し、罪炎の道着(まとい)へと右手を伸ばした!!

 対する罪炎も即座に両手で組みつき、利き腕同士が交差する喧嘩四つの構図をつくる。

 本来なら右利きの皇にとって、左利き(ひだりぎっちょ)の相手は経験が乏しい分だけに、動きに制限が出るはずだった。

 しかし皇の身のこなしは淀みなく、左利き(ひだりぎっちょ)の罪炎を相手にしていることを微塵も感じさせない。

 さらに彼は、試合開始直後に発動したNo.52死戒(しかい)を境に、柔皇の技を一切使わず、あえて通常技のみで応じ続けていた!!

 その選択に確かな意図を宿したまま―――


「く……!!」


「なるほどなるほど……大体理解(わか)ってきましたぞよ~!!」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


『さてと……聖鏡高校の対策に入りましょうか。東郷(とうごう)君、まずは抱負をどうぞ』


『うむッ!! 昨年の我々はあいつらに敗北し、全国への切符をみすみす逃したッ!! 今年こそ屈辱を晴らすのみッ!! 死んでも勝つぞお前らぁッ!!』


『は~い、東郷君。激情(サボテン)なお言葉、どうも感謝(あざっす)。そういうわけだから皇君……先鋒を務めるあなたには、とっても重大なお仕事があるわ。覚悟はいいわね?』


『はい!! なんでもOKですぞ!!』


『うふふ、威勢が良くて大変よろしい。では皇君』


『はい!!』


『私達のために捨て駒になって()ってきなさい』


『はい!! ……はい? すて、捨て駒!?』


『そうよ、捨て駒。基本的なセオリーでは、先鋒と大将に有力選手を置くもの。だからあなたには、相手の体力を削るために、派手(でーはー)に散ってきてもらいたいの。有力選手だってスタミナが切れれば弱化(だいがし)するでしょう? 後続が勝ちやすくなるように、きっちり仕事をしてきてちょうだいね』


『ダハハハハッ!! 大役を任されたなぁ皇ッ!? 後ろのことは気にするなッ!! 思う存分昇天()ってこい!! 骨は拾っておいてやるぞッ!!』


『……ふぁぁぁぁぁ!! さっきから当方の(たま)が軽すぎますぞ!? 東郷殿!? 東郷殿~!?』


『えぇい喧しいわ馬鹿(はあちゃん)がッ!! 1人で5人抜きなど不可能に近いのだッ!! チーム全体が勝つための布石にごちゃごちゃ文句を言うでないわッ!!』


『ひ、ひぃぃぃぃぃ!?』


『あらあら東郷君……とても良いことを言うわね。みんな、覚えておきなさい。団体戦で勝つには相手の大将を倒す必要がある。その過程で負ける者が出るのは当然。でもその負けは無価値じゃないわ。相手の戦略を見抜き、有力選手を削ることができるなら、それは立派な勝利への貢献よ。団体戦で含羞(はず)いことは負けることではない。チームのために戦えなかったことだけよ。トータルで勝ち切る、そのためのデータを積み上げる──常にこれを忘れないように』


了解(うっす)っ!!』


『は〜い、みんな素敵な返事ね。あ、それと聖鏡高校は左利き(ひだりぎっちょ)の選手が多いから、その対策もしましょう。何回か戦って慣れてしまえば、初見殺しも大したことないから。それなわけで左利き(ひだりぎっちょ)の子は前に集合してくださ〜い。それじゃ皇君、大会では熱望(おねがいしゃっす)ね?』


『うぅぅ!! 理解(わか)りましたぞ!! この皇海!! チームのために粉骨砕身の覚悟で―――』


『あぁけど……』


『むむ? けど?』


『勝てるなら勝ってきてもいいわよ? だってその方が……』


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


駆逐(ぜんごろし)の確率が高まる……ですな!!」


 罪炎の左足外側へ、皇の右足が鋭く絡みつく!!

 小外刈りが畳を裂くように走り、その一撃を号令に、皇は細かい足技を次々と紡ぎ出した。

 ジョブめいた連携を崩さぬまま畳を支配する皇に、守勢を貫いていた罪炎も、ついに反撃へと舵を切らざるを得なくなる。

 横捨身技を封じられた以上、残された武器で応じるしかない。

 互いの呼吸が交わる接近戦の最中――

 罪炎の瞳が、ほんのわずかに揺れた!!

 皇が描く戦略の輪郭に、彼自身、測りかねるものを見たかのようであった。


「……」


(……この皇って人も、俺と同じ捨て駒の役割なのかな? ……柔皇の技をあれ以降使ってきていないし……手札を伏せたまま、こちらの様子だけ探っている。情報を引き出すのが目的なんだけど……これじゃ不能(から)いな。今理解(わか)ってることは、左利き(ひだりぎっちょ)への対策がされていることと、こっちの戦い方が丸裸にされていること……手札をさらけ出したまま、ポーカーをやってるみたいだね、これ)


 罪炎は一瞬だけ視線をタイマーへ走らせた。

 そして数秒後――封じられていたはずの横捨身技、左の内巻込みが解き放たれる!!

 死戒の効果が切れる、その瞬間を正確に見極めての投技だった。

 罪炎は皇の右襟をつかんでいた手を離し、内側から外へ押し込むように皇の右腕を弾く!!

 皇の右手は意思と無関係に道着(まとい)から剥がれ、接点が断たれる。

 続けざまに罪炎は、再び右手で皇の右襟をつかみ直した。

 そのまま身体を大きく時計回りにおよそ270度、一本背負いの要領で回転させていく。

 敵の左腕を自らの首へ巻きつけ、後方へ倒れ込みながら仕掛ける左の内巻込み。

 しかし、腰を切って深く沈み込んでいた皇には決め手とならず、戦いの舞台は寝技へと移行する……はずだった。

 畳に背をつけ敵を見上げている罪炎。

 そんな下からの熱を伴った視線を受ける皇は、追撃に移らず、すっと距離を取ったのだ。

 審判からの静止(まて)が入るまで、彼は終始無言(ロム)って、寝技への移行を拒否(ニヒ)り続けた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


『おおっと……ここで審判、静止(まて)の合図です!! いやぁ太江(ふとえ)さん、決勝大会の先鋒戦は互いに大きな技が出ず、非常に静かな立ち上がりとなりました。この流れ、どうご覧になりますか?』


『そうねぇ……両校とも相手の狙いを捜索(あさ)っている段階でしょうね。皇選手は手札を隠しつつ攻め込んで、罪炎選手も応戦しながら、相手の出方を見極めていると……エース格を削るという目論見が外れた以上、勝つのは前提として、どれだけ後続にバトンを繋げるかが焦点になってきたわけだけれど――』


『けれど?』


『ええ、一つだけ気になる点があるの。罪炎選手……どうにも判断がワンテンポ遅い気がするのよ。観客(パンピー)席のエッチな子に気を取られているならまだ理解(わか)るけど――何か別の思考に引っ張られているように見えるわ。本来の集中力が試合そのものに向いていないようで、少し気がかりね』


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「これより20秒間、再び横捨身技の使用を禁止しますぞ!!」


 皇の声に呼応するように、呪いに侵された畳が低く脈動し、怪しい光を放つ。

 徹底して罪炎の持ち味を潰す皇の試合運びに、罪炎はついに選択を迫られた!!

 実に一髪千鈞(やばたにえん)な状況である!!

 情報収集という役目を優先するのか。

 それとも、このまま攻勢へと舵を切り、相手を倒しきるのか――

 悩んでいる余裕はあまり残されていない。

 刹那ごとに勝敗が揺らぐ極限の攻防の中、ふと脳裏を裂くように、あの白桜(はくら)の悲鳴がよみがえる。

 怪我(じき)()わせた瞬間の、あの耳鳴りめいた叫びが。

 罪炎の思考はノイズめいたものに満たされ、判断の天秤は激しく揺れていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


『う"あ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!』


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……くぅ」


(……集中しろ、俺……!! 今は試合を優先しないと……!! この試合に勝って、少しでも償いを……!!)


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


『正直……それについては許したくない。なぁ……』


『っ!! …………』


本気(マジ)で選手生命終わったかと思ったし……色んな人にアレコレ言われたんだけど……謝られても今までの苦労が帳消しになるわけじゃないし……これで謝られてハイ終わり。って感じには~……したく、ないかなぁ……』


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


(……償いを……!! 償い、を……試合に勝てば、それが償いになるの……かな? 本当(マジ)で……そんな容易(ちょろ)く、元の関係に戻れるのかな……?)


「罪炎殿~……過去に追憶(ひた)るのは、試合が終わってからの方がいいですぞ~? ……たとえそれが、白桜殿の怪我のことでもですな」


「っ!? なんでそれを……」


「ふっふっふ!! 当方の情報収集能力を甘く見てもらっては困りますぞ!! ……戦略を立てるなら、相手の性格や思考も取り入れる必要がありますからな!!」


 距離を詰めてきた皇が、情報通(ペダ)ったように、不意にこころばえのない言葉を放った。

 それは、かつて聖鏡高校の主力メンバーが、噂江(うわさえ)のビルへ襲撃(カチコ)んだ騒動に関わる話題だった。

 表沙汰にならぬまま勃発したその混乱の最中、廻偵(かいてい)高校の面々もまた、聖鏡高校の面々に知られることなく、1階で待ち伏せし残党狩りに当たっていた。

 そして事件終息後、彼らは騒動の発端を突き止めるべく、丹念な調査を重ねていたのだった。

 その結果、白桜と罪炎が負った怪我の事情も、おおむね把握するに至っている。

 そうした背景を踏まえ、気持ちが定まっていない罪炎の内心を瞬時に見抜いた皇は、こころばえのない言葉で、その心を揺さぶっていくのだった。


「……くっ」


(この言い回し――俺が白桜君を怪我させた経緯を把握している……のか? この高校、どこまで俺達を調べ上げているんだ? 全てが筒抜けの状態だとすると、意表を突くのも難しいかな? なら俺がやることは……)


「……金田一(きんだいち)監督!!」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


『おおっと……罪炎選手、自身のチームの方向へ(つら)を向けて監督の名を叫びました。そして皇選手との間合いを大きく取り――あ、再び一気に詰めていく!! これまでとは明らかに圧力の質が違いますね。太江さん、これは何か意図がある動きでしょうか?』


『見極めは済んだ……そう考えてよさそうね。 ここから本格的に戦いが始まると見てよさそうだわ。聖鏡高校は死戒の効果が切れた瞬間を狙って攻勢に転じた。おそらくチームとしての方針かしら? 左利き(ひだりぎっちょ)を封じにかかっている廻偵高校と同じく、持ち味を削ぎにいく戦法だわ。この試合、いやらしい展開になっていきそうだわ……!!』


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「皇ぃッ!! 前へ出るのだ前へッ!!」


「……」


「む? 白雪監督、どうしたのだッ!?」


「……さっき金田一監督の名前を叫んでいたわよね? あの罪炎って子」


「あぁ」


「そこから露骨なほど、戦い方のリズムを変えたと……」


「うむ」


「何でしょうねぇ……何かを仕掛ける合図なのか、あるいは誘っているのか……頭を悩ませる悪い子ね、あの子」


 攻防に移る前に見せた罪炎の不自然な動きに、白雪監督は静かに目を細めた。

 その違和感は、対峙する皇も同じように感じているのだろう。

 互いに道着(まとい)を組み合い、技を探る刹那の攻防の中で、皇は(インタル)(ゲーション)(マーク)に揺らぐ火の玉を、じっと観察し続けていた。


(何でしょうな、さっきの行動は。 ……虚言(まんぱち)でしょうか? むむむ……判断するには材料が足りないですぞ。それに……ちゃっかりと死戒の効果時間が切れてから攻め込んできましたなぁ。あの技、効果時間を短く設定すると、大概の選手が時間切れを狙ってきますからなぁ。かといって長くすれば、上書きが利かず隠し札への対応が遅れますしぃ……)


「……やむを得ませんな。これより180秒間、横捨身技の使用を禁止しますぞ!!」


「……!? 180秒って……」


 皇の宣言した秒数を耳にした罪炎は、組み合ったまま視線だけをタイマーへ滑らせ、残り時間を確認した。

 表示された数字は、3分とわずか。

 その制限は、実質的にこの試合中の横捨身技の封印に等しい!!

 腹を括ったのだろうか。

 宣言直後から皇の圧は一段増し、組手越しに前へ押し込まれる。

 足裏で畳を滑らされるように後退しながらも、罪炎はその力を逆手に取り、ある技の使用を試みた!!

 押される流れを利用し、体を丸めて仰向けに落ち込みながら、皇の腹部へ左足裏を押し込み、蹴り上げるようにして投げる技。

 流れの中で組まれた、真捨身技の巴投げを―――


「……やっと巴投げを使いましたな?」


「っ!?」


 仰向けに倒れ込もうとする罪炎の体を支えているのは、いまや右足1本のみ。

 その唯一の支点を潰すように、皇の右足が雲を切り裂き、そのままの軌道で罪炎の右足へと差し込まれていった!!

 奇襲の一撃、吃驚仰天(おったまげ)!!

 罪炎が技を仕掛けてからでは到底反応できない、先回りした一瞬の踏み込み!!

 次の展開を読み切っていたかのように、皇は柔皇の技を突き立てていく!!


「No.14……八雲刈(やくもが)り!! やぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」


「一本ぉ"ぉ"ぉ"ぉ"ぉ"ん!!」


 審判の右手が天へと一直線に伸び、一瞬のせめぎ合いの勝者を宣言する!!

 その勝者の名は―――皇。

 罪炎が巴投げに入るより早く、皇は足を払ってその背を畳へと転がしていた!!

 読み切られた事実に、罪炎はわずかに呼吸を乱す。

 一方、道着(まとい)を整えながら定位置へ戻る皇は、答え合わせをするかのように、今の攻防の理を静かに示していった。


「罪炎殿~なぜ当方が、全ての捨身技ではなく横捨身技だけを禁止したのか、お理解(わか)りですかな?」


「……!! ……攻撃の選択肢を絞り込むため……かな」


「おっ!! 理解(りかい)が早くて助かりますぞ~柔道で捨身技に分類される技は2つ。真捨身技と横捨身技。その数は前者が5つで後者が16つ。攻撃を絞るなら、圧倒的に前者の真捨身技の方がやりやすいのですな。あとは各々の技の始動を見極めて……技を合わせていったのですぞ~」


「く……!!」


「むふふ~!! 罪炎殿~……試合中、何かを企んでいたようですが……アレコレ考えすぎて、反応が鈍くなっていましたぞ~? ……白桜殿の怪我に関することは、流石に試合中に考えなくてもよかったのでは?」


「…………」


「ではでは~当方はこれにて失礼しますぞ~!!」


 試合を終え、一礼を交わした両者。

 罪炎は場を離れ、次鋒として控える天方(あまかた)へと歩み寄る。

 赤い畳の外側で観戦していた天方に近づくと、ひそやかに声を落とす。


「……あの、天方先輩」


「ん~? あぁ~いいよいいよ、全部言わなくても。やりたいことは、さっきの試合で大方理解(わか)ったし~」


「……え? 理解(わか)ったんですか?」


「ん~……こっちの戦い方とか、全部向こうにばれてるんでしょ~? だったらやることは大体決まってくるし、察しはつくもんだからさ~罪炎はさ、狐塚(こづか)達に言っておいて~自分が何を狙って試合したかをさ~」


「……了解(うっす)


「さぁ~て~と~……ぼちぼち行こうかね~」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ