CRONY・サンコイチ・止まった歯車
友との再会を素直に喜べず―――
懐かしき日々を羨むことになったとしても―――
君は柔道が楽しいか?
2020年10月19日月曜日。
蒼海大学付属高等学院の教室内は、青桐への質問攻めで騒然としていた。
机の周りには女子生徒が押し寄せ、矢継ぎ早に言葉を投げかけている。
あまりの勢いに、止めに入った石山まで巻き込まれ、もみくちゃにされていた。
「ちょ、みんな落ち着くばいっ!!」
「ねえ、青桐君!! 一緒に登校してたあの色男って誰!?」
「青桐君の友達!? 連絡先知りたいよ~~!!」
「…………………」
(ちっ……うるせぇなぁ……元凶の隼人の野郎、1発ぶん殴りたくなってきたんだが?)
「よう龍夜!! ちょっと聞いてくれよ、行く先々で女に……」
「「「「きゃ~~~~!!」」」」」
「うわっ!? ちょ、タイムタイム!!」
「……青桐君、あの黄色い声に囲まれてる人は……?」
「……俺の幼馴染の草凪隼人」
「幼馴染!? 青桐君の!?」
「あぁ。鈴音と3人でよく稽古をしてたんだよ。小学生の頃かな。中学は別だったから3年ぶりか?」
「ばり優男たい……」
「そうだな……本当で顔だけは良いよ」
「お、なんだ? 俺の話? いやいや赤面るね~!!」
「……お前さ、この高校に来るなら何で言わなかったんだよ。音信不通にもほどがあるだろ」
「悪いって!! ……いや、俺はさ、ちゃんと4月に入学する予定だったんだぜ? なのに手続きが間違ったって話でちょっと揉めててさ……んで、それら諸々が解決するのが今の時期だったって話」
「んだよそれ……もう10月も終わるんだぜ? 変じゃねぇのそれ」
「そうなんだよなぁ~……詳しく聞いても教えてくれないしどうなってんだかね。うん?」
「ねえ、話があるんだけど、彼女はいるの?」
「名前は? 部活は何をやってるの!?」
「ちょ、龍夜!! この女達どうにかしてくれっ!!」
「知らねぇよ。お前足速いだろ? 走って逃げろよ」
「お、おい!! 見捨てるなよっ!? ぐぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!?」
「あ、青桐君、あの人大丈夫と……?」
「大丈夫大丈夫、いつものことだから。それに……石山も慣れてた方がいいぞ、アイツの扱い方には」
「え?」
「アイツ、柔道部に入部するってよ」
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「こんにちは!! 自分、草凪隼人と申します。青桐君の親友ですっ!! 今日から皆さんと共に練習していきますので、よろしく熱望!!」
放課後の道場内。
部員達の視線が集まる中、草凪が簡単な自己紹介を行う。
はっきりとした口調と柔らかな笑顔で頭を下げる彼に、部員達は好印象を抱いていた。
「ほ~う、青桐の親友にしては明るくていい奴そうだなっ!!」
「良い風が吹いているな。それで……外の女子生徒達は?」
「えーと……俺のファンですかね」
「わりぃ草凪、さっき言った事はなかったことにしてくれ」
「風向きが変わったようだ」
「ちょっとちょっと!? 勘弁してくださいよ~先輩~」
砕けた空気、太平楽。
入部早々に、先輩である木場と花染にいじられる草凪。
緩んだ空気を引き締めるため、井上監督は拍手を数回する。
「おっし、そろそろ切り替えていくぞ。新たな仲間が加わったが、同時にレギュラー争いも熾烈になると思うことだ。彼の階級は81㎏級、木場と同じ階級だな」
「ほ~う……俺と同等ねぇ」
「他の人間も来年のインターハイに向けて、自分を磨き上げていくように。それじゃ今日も博多駅に行くぞ」
井上監督の指示に従い、部員達は荷物をまとめて道場から移動を開始した。
行き先の見当がつかない草凪だったが、とりあえず周囲に足並みを揃えながら歩を進める。
やがて博多駅から続く地下の修練場が見えてくると、かつての青桐達と同じように、彼も吃驚の表情を浮かべた。
そんな中、地下で待機していた飛鳥は、見慣れない顔ぶれが混じっていることに戸惑いの色を見せる。
「みんな待ってたよ。それで……その子は?」
「こんにちは、自分、草凪隼人と申します。本日転校してきたものです。これからよろしく熱望」
「あ、そうなの? 僕は飛鳥国光って言うんだ。この施設の管理人みたいなものだね。よろしく。それじゃ早速特訓しようか」
「はい、よろしく熱望!! ……おい龍夜、何で命綱つけてんだよ。それに他の先輩達も」
青桐を筆頭に、花染、木場、伊集院、石山らによって、草凪の体に命綱や安全器具が次々と装着されていく。
唐突な状況に戸惑いを隠せない彼は、されるがままのまま、周囲をきょろきょろと見渡すことしかできなかった。
「よし行け隼人」
「どこにだよ。おい龍夜、俺今から何すんの?」
「今からあの綱を登れ」
「は? ……何mあるんだアレ」
「1000m」
「……はっ!? 1000m!? 馬鹿かお前っ!?」
「あ~いいよその反応。もうみんな見飽きてるから」
「ちょ、は!?」
「ゴチャゴチャうるせぇなぁ……さっさと逝って来いよ、ほらさぁ!?」
「お前、ぐぅ……うぉ"ぉ"ぉ"ぉ"ぉ"!!」
一通りの器具が装着された草凪。
周囲からの突き刺さるような視線に根負けし、彼は覚悟を決めてロープを全速力でよじ登り始めた。
消耗る前に一気に登り切る作戦だったが、高度が増すごとに徐々にペースが落ちていく。
そして、かつて青桐が到達した高さ――約30メートル付近に達した瞬間、彼の動きは完全に停止してしまった。
「あ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」
「……数か月前の青桐みてぇだな」
「この風には既視感があるぞ」
「0割0分0厘、地球が滅びる確率で、1000m達成するのは不可能ですね」
「うわぁ……大変そうばい……」
「おら隼人っ!! 恐怖てんじゃねぇぞ!? あ"ぁ"!? キリキリ登っていかんかいっ!! そんなんだからお前はいつまで軟弱なんだぞ!?」
「がぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」
(龍夜の野郎、本気で好き放題言ってんなぁ!? あれ、おかしいなぁ!? 俺、アイツの力になるためにここに来たんだけど!? 何でこんなにいびられてんのっ!?)
折角の端整な顔立ちが台無しになるほど、苦悶の表情を浮かべる草凪。
両腕はとうに限界を超え、意思とは裏腹に指が開いていく。
次の瞬間、数十メートル下へと垂直落下。
かつての青桐と同じように、情けない悲鳴が修練場に響き渡った。
「ぎゃぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」
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地下修練場での練習を終え、現地解散となる蒼海高校の面々。
今日が初参加だった草凪は、赤く腫れた目を擦りながら、震える四肢を引きずるようにして歩く。
その後ろを、青桐、伊集院、石山が並んで歩いていた。
生まれたての小鹿めいた足元がおぼつかない彼を、無事に帰らせるための護衛役といったところだ。
「龍夜ぁ……これ、毎日やってるの……?」
「ああ」
「なんでそんなに動けんの……?」
「慣れたから。2人もそうだろ」
「9割9分9厘、以前よりはな」
「前は歩くのも苦労したばい」
「おぉ……凄ねぇ……俺はもうダメみたいだぜ……へへっ」
「お前なぁ……なんか昔もそんな言葉聞いたぞ? 鈴音にどやされたろ、お前」
今、この姿を追っかけの女子生徒達が見たら、きっと幻滅して去っていくだろう。
そう思わずにはいられないほど、草凪は騒がしく取り乱していた。
その様子を静かに見つめる青桐。
変わらない彼の言動は、青桐の記憶の奥深くに眠る過去を、鮮やかに呼び覚ましていった。
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『龍夜、鈴音、ちょっと入店ろうぜ?』
『ん~買いたいものないからパス。龍夜は?』
『俺も別にいいかな』
『本当かよ……理解ったよ、俺一人で行って来るから勝手に帰んじゃねぇぞ!!』
『あぁ~……行っちまった』
『ワタシを待たせようなんていい度胸してるわねアイツ……明日の練習で念入りに柔道ってやるわよ』
『おいおい……アイツ死んじまうぞ? 柔道るならちゃんと加減しろよ』
『当然よ!! あ、龍夜も覚悟しなさいよ。アンタ今日の片づけ忘れてたでしょ?』
『あ? あ……』
『ワタシが全部やっておいたから良かったものの……あぁ~明日が楽しみねぇ!!』
『……了解』
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(3人でよく喋りながら帰ってたなぁ……2人で盛大にやらかして鈴音に逆上られて……今ここに鈴音がいたら、何て言ってんだろな)
ぼんやりと立ち尽くしていた青桐。
そのせいか、通行人と肩がぶつかった。
咄嗟に謝るが、目の前の人物は無言のまま、古びた黒のコートを翻しながら赤い瞳を細める。
光を宿さぬその眼差しが、青桐を鋭く射抜いた。
一瞬で鳥肌が立つほどの異質な気配。
伊集院、石山、草凪も、同じ不気味を感じ取ったのか、場の空気は次第に張り詰めていった。
「……君が青桐龍夜だな」
「そうですけど……なんか用すか?」
「俺は刑事の九条大助だ。警視庁で働いているものだが……今日は君に用事があって探し回っていた」
「刑事? 俺に?」
「落ち着いて聞いてくれ。夏川鈴音の事件なんだが……あれはどうも計画的な犯行だったらしい」
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