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YAWARAMICHI  作者: ウィリアム・J・サンシロウ
青桐龍夜編
10/139

MEMORY・シャンス・色褪せた記憶

かつての記憶が蘇り―――

現実から逃れたくなったとしても―――

君は柔道が楽しいか?

 2020年10月17日、土曜日夕方。

 自衛隊も音を上げるほどの苛烈な特訓を終えた青桐(あおぎり)は、博多駅で解散後、本日開催される柔祭りに参加するため電車で移動していた。

 大濠公園に設営された野外道場で行われるこの祭りは、日没後も活気に溢れ、会場周辺には出店が並ぶ。

 柔祭りでは5人抜きを行う特別な試合が開催されており、それに挑む青桐は、開始までの時間を少し離れた公園の片隅で過ごしていた。

 そこは雨風に晒された畳が置かれた荒れ果てた場所。

 かつて青桐が夏川鈴音(なつかわすずね)、そしてもう1人の幼馴染と汗を流した思い出の地である。

 しかし、今では1人は病院のベッドで眠り続け、もう1人は別の中学に進学して音信不通となっていた。

 (どよう)かしげに古びた施設を見つめる青桐。

 彼の心には、かつての日々の記憶が鮮明に蘇っていた。


ー------------------------------


『やぁぁぁ!!』


『ぐぇっ!! ……龍夜(りゅうや)、この御転婆(はちかん)の相手を頼む。へへっ……俺、もう無理っぽいわ……』


『お、おい、隼人(はやと)っ!? 困憊(バテ)んの早すぎだろっ!? 言い出しっぺお前のくせにっ!!』


『龍夜……その軟弱(ヘタレ)放っておいて、さっさと練習の続きやるわよ』


『ちょ、ちょっと待て!! 俺さっきやったばっか……』


『問答無用、さあ、こぉぉぉぉい!!』


『く……お"あ"ぁ"ぁ"ぁ"!?』


『やぁぁぁ!! ふー……ワタシの勝ちねっ!!』


『ず、ずりぃ……俺、全然休めてないのに……』


『もう、泣き言を言わないの!! ほら、手ぇ貸してあげるから!!』


ー----------------------------------


(……よく3人で練習試合(らんどり)やってたなぁ……隼人の野郎は速攻で困憊(バテ)るし……あの頃は鈴音にもボコボコにされてたっけか)


「…………………」


「お~う青桐っ!! ここにいたか、そろそろ時間だぞっ!!」


「!! 木場(きば)先輩、(おつかれさま)です。理解(わか)りました、すぐ行きます」


 浪華節(おセンチ)な青桐の背後から、足音と共に現れたのは、彼の一つ上の先輩、木場燈牙(きばとうが)だった。

 猩々緋色のトゲトゲしい髪型と顎髭、そして屈強な体格を持つ彼。

 額に鉢巻を巻き、汗ばんだ表情からは、暴利店(てきや)の手伝いをしていたことが窺える。


「セコンドの花染(はなぞめ)も待ってんぞ、気合い入れてけよ」


了解(うっす)。木場先輩は来るんすか?」


「あー……俺はアレだアレ。糞親父(アルチュウ)の出店の世話しねぇといけねぇんだよ。今がかき入れ時だからよぉ……見に行けっかどうか理解(わか)んねぇわ」


「そうなんすか。んじゃ行って来ます」


「お~うっ!! 頑張(きば)れよ~!!」


 一礼しその場を立ち去っていく青桐。

 その後ろ姿を見守ると、木場も自分の持ち場へと戻って行ったのだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 濁流めいた人の波を搔き分け、父親が切り盛りする暴利店(てきや)へと辿り着いた木場。

 注文の声が途切れることなく飛び交う中、鉄板で麺を焼き上げる父親の横顔が忙しさを物語っている。

 ソースが焦げる香ばしい音を耳にしながら、木場は挨拶(チカヅキ)を兼ねて声を掛けた。


「親父~帰って来……」


「てめぇ何処をほっつき歩いてやがった!? あ"ぁ"ん"!?」


「いやいやいや……青桐んとこ行くって言ったろっ!? 忘却(ボケ)てんのか!?」


「……あぁ~? あー……そう言えばそうだったな」


「おいおい……」


「ちっ!! こんな忙しいと、1分前のことも忘れちまうよっ!! オラっ!! ちったぁ~手伝えっ!!」


「へいへ~い」


 出来上がった焼きそばを客に手渡しながら、木場は軽い調子で父の手伝いを始めた。

 注文をこなしつつも、足元に置かれたラジオから流れる実況中継にも耳を傾ける。

 ラジオでは柔祭りに挑む選手達のインタビューが熱く語られていた。


『さあ、皆様! 本日5人抜きに挑む選手達をご紹介します! 注目の顔ぶれが揃う中、なんと蒼海高校から青桐選手が出場です! 早速インタビューをお届けしましょう。青桐選手、現在の心境をお聞かせください!!』


了解(うっす)。えぇー相手選手への敬意を胸に、一戦一戦を全力で挑み、勝利を積み重ねたいと思っています』


「か~……未熟(あお)いのに礼儀正しいねぇ~……見習って欲しいなぁ~どっかの誰かさんもなぁ!?」


「親父……(きちがいみず)でも飲酒()いてんのか……?」


「はっ!! 馬鹿(あったもの)にしては冴えてんねぇ……!!」


「おいおいおい!? 仕事中に何やってんだよっ!!」


『今回の青桐選手の相手はー……外国人(じんと)選手が勢ぞろいしていますね。何か不安(ネガ)ることはありますでしょうか?』


『いえ、特にないっすね。誰が相手でも一本負け(くたば)ってもらうだけっす』


「……なんか口悪くね?」


「そうなんだよなぁ……青桐の野郎、いっつも注意してんだけどなぁ……夏川が事故ってから、更に口が悪くなっちまったよ。前までは夏川の存在が抑止力みたいだったんだけどな。アイツがいねぇからな……」


「俺達の母ちゃんが倒れた時とは、わけが違げぇってか? ……お前ちゃんと支えてやれよ? 先輩だろ」


理解(わ~)ってるよ。チームの切り札(エース)はアイツだが……おんぶにだっこになるほど、俺は不甲斐(しょっぱ)い男じゃねぇよ」


「そうかよ。んじゃちょいと青桐君とこ行ってきな」


「あぁ? 店の手伝い良いのかよ。つ~か向こうには花染もいんだぞ?」


「1人よりも2人いた方が心強いだろ? それに……ほれ、差し入れ持っていけっ!! 青桐君と花染君の分だ。オメェのはねぇからな」


「いらねぇ~よ。食ったら食中毒になるわ……あっぶねぇ!? ヘラ投げんじゃねぇよ糞親父(アルチュウ)がっ!!」


 父親から、ビニールに入ったパック詰めの焼きそばを受け取る木場。

 軽口が思わぬ火種になりかけた彼は、暴利店(てきや)を追い出されるような形で、青桐達のいる中央ステージへと向かっていくのだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 中央ステージへ近づくにつれて、観客(パンピー)の熱気が肌を刺すように高まり、青桐と花染が待機する試合場外に到着した頃には、伝説のロックスターであるエリック・サバスのライブ会場めいた歓声(のらごえ)がこだましていた。

 白い柔道着(まとい)に身を包み、打ち込み練習を重ねる青桐と花染。

 その様子に先に気付いた花染は、駆け寄ってきた仲間(ダチ)に軽く目礼し、言葉を静かにかけた。


「……その風姿、雑用係(パシリ)か?」


正解(うぃ~す)。俺の親父からだ、試合終わったら食えってよ。青桐の分は多めに入れといたらしいぜ」


現実(マジ)っすか。感謝(あざっす)


「んで……対戦相手はどいつだ? ……あぁ? あの4人って……」


 これから始まる戦いの相手を見据える木場。

 試合会場を挟んだ向こう側には、外国人(じんと)選手達の姿があった。

 つい昨日、道場に殴り込みに来た大原の連れの4人である。

 2人組になって打ち込みを行い、周囲には英語が飛び交い、その発する声がどこか威圧感を伴っているように感じられた。


「木場もあの風貌に気付いたか。大原(おおはら)が連れて来た4人の外国人(じんと)選手だな」


「あ? んじゃ5人目は大原だったりすんのか? つ~か5人目どこだよ」


「大原は今回来ていないそうだ。電話(テル)したんだが……アイツは家だった。それに、祭りに参加することも把握してなかったらしい」


「アイツら当日参加(ドタさん)かよ、大原の奴も大変そうだなぁ……青桐、頑張(きば)れよっ!!」


了解(うっす)、んじゃ行って来ます」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 中央ステージでは試合開始の合図が鳴り響こうとしている。

 その裏で、公園の薄暗い個室トイレの中、一人の男が静かに動いていた。

 彼の右手には注射器。

 薬品を満たしたそれを、躊躇なく左腕に突き刺し、冷たい視線を宙に向ける。

 青桐の5人目の対戦相手。

 昨日の昇格戦で青桐と共に戦い、屈辱を味わった不死原(ふじわら)は、その悔しさを胸に秘め、報復(かえし)の意を込めてこの柔祭りに参戦していた。


高揚(パキ)ってきたな……さぁ……柔道()るか……!!」

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