キミに捧げる誓いの言葉
最愛の女との別れ―――
人生の谷底に落ちたとしても―――
君は柔道が楽しいか?
世界的に知られている有名な柔道学者、ケイター・ウィルソンはこう語るだろう。
現在の柔道を取り巻く問題は、直ちに修正されるべきだと。
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「開始っ!!」
「しゃぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」
「こぉ"ぉ"ぉ"ぉ"い!!」
熱気が最高潮に達しようとしている日本武道館。
2階の観客席から、一人の少年が宝石のように輝く瞳で、その光景をじっと見つめていた。
柔道の頂点を目指す少年達が集うこの戦場に、叔父に連れられやって来た少年。
息をするのを忘れるほど、無我夢中で試合に見入っていた。
「凄い凄いっ!! ……あ~惜しいっ!!」
「翼は元気だなぁ……俺、お前の世話役でキツイんだけど」
「青山のおっちゃんはまだ若いでしょっ!? このくらいで困憊らないでよっ!!」
「見物人の罵声を聞いてると余計に疲れてくるんだよ……ん~? 蒼海大学付属高等学院の試合か?」
「そうそう!! 青桐お兄ちゃんの試合を見たいんだよっ!!」
「青桐……龍夜だったか? お前、あいつのファンなのかよ。有名選手のねぇ~……んだよ情緒的かよ」
「違うもん!! すっげぇ~熱心なファンだもん!! サインだって貰ってんだから!!」
「んー……」
「ん~? ……あぁ!? もう始まってんじゃん!! おっちゃんの馬鹿っ!!」
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全国大会の全ての日程が無事に終了し、青桐達蒼海大学付属高等学院のメンバーは、飛行機で博多に戻ってきた。
博多空港のロビーで手短に挨拶を交わすと、各自解散となった。
空港から徒歩で十数分の場所に住んでいる青桐は、大会の余韻を感じながら、歩いて帰宅の道を進む。
彼の彼女である夏川も隣を歩いており、試合の反省会が自然と始まっていた。
夕暮れの中、高層ビルが立ち並ぶ街は、長い影を地上に伸ばし、二人を静かに包んでいた。
「やっぱさ、あそこで小内刈りにいったのが失敗だったのよ。相手に読まれてたんじゃない?」
「だろうなぁ……攻め方がちょっと雑だったかもな」
「しっかりしなさいよ。あんた、将来を期待されてんだから」
「理解ってるよ。しっかし……赤神さん、やっぱ精悍かったな」
「そうねぇ……あの人を超えないと、頂点になれないんだから、しっかり頑張りなさいよ」
「……」
「え? 戦慄ってんの?」
「いや、そうじゃねぇけどさ……なんか勝てる気がしねぇなぁって」
「あのさー……ほらっ!!」
「いった!? 何で背中叩いたんだよ!?」
「腑抜ってたから一発気合い入れたのよっ!! ほら元気出たでしょ?」
「はいはい、元気が出ました」
「よろしい。ねえ、柔道楽しい?」
「あぁ? 急にどうした?」
「いや、赤神さんに袋叩られて、柔道嫌いになったかな~って思ってね」
「なるわけねぇだろ……俺、そんなにメンタル貧弱くねぇぞ」
「どうかしらねぇ……気持ちの切り替え下手じゃない? ちょっとは肩の力抜きなさいよね」
「へいへい」
「あ……龍夜、先行ってて。ハンカチ落としちゃった」
「……? おう、先に行ってるぞ」
高層ビルの修繕工事が最終段階に差し掛かる夕暮れの工事現場。
歩道を歩く青桐と夏川は、ダラダラと雑談りながら試合のことについて話し込んでいた。
夏川はそこで、普段愛用している白いハンカチを地面に落としてしまい、慌てて拾いにいく。
布切れ一枚を拾うために姿勢を屈めている彼女。
拾い上げる一瞬の視界に、夏川は違和感を覚えた。
青桐の頭上に視線を向けると、クレーン車が吊るしている鉄骨の束が異様な動きで揺れ、じわりと青桐の真上に位置していた。
支えるはずのワイヤーが今にも切れそうにきしんでいる。
胸の奥で恐怖がはじけ、全身が冷たくなる。
次の瞬間、耳をつんざく金属音が響き渡り、ワイヤーが悲鳴を上げるように裂けた。
鉄骨が重力に従い、一瞬の間もなく青桐に向かって落下していく。
青桐はまだ異変に気づいていない。
彼に迫る危機を前に、夏川は反射的に叫び、周章を狼狽ったように、時間が止まったかのような感覚の中、全身の力を振り絞って青桐の元へと駆け出していた。
「龍夜!! 危ないっ!!」
「は……? おいっ!? 鈴音ぇ"ぇ"ぇ"!!」
夏川に突き飛ばされ、歩道に尻もちをつく青桐。
何が起きたのか理解する間もなく、鋭い金属音が空気を引き裂いた。
瞬間、鉄骨の束が夏川の頭上に迫り、地面を揺らす轟音と共に彼女を押しつぶした。
衝撃に震える地面と重なり合う歩行者の悲鳴が、現実の冷たさを突きつける。
吃驚のあまり言葉を失う青桐。
喉の奥が乾いたまま凍りついている。
視界の隅で揺れる白いハンカチが彼の目を引いた。
それは、夏川が握りしめていたものだった。
今は真紅の鮮血に染まり、無情にも地面を彩っていた。
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救急車で博多中央病院へと搬送された夏川。
同行していた青桐は、手術室前の待合室でただ固唾を呑み、時が過ぎるのを見守っていた
そばには駆けつけた夏川の両親も座っており、地面の一点を見据えたまま、口を開く気配を見せない。
長い長い時間が過ぎた。
ようやく手術着姿の執刀医が姿を現した。
表情は重く、口元が硬く結ばれている。
「手術は無事に終わりました」
「先生っ!! 鈴音はどうなんですか!?」
錯乱った様子の夏川の母親。
口を開くのもやっとな彼女の姿に、気圧されたのか。
医者の喋りはたどたどしい。
「死亡ることは避けられました。ただ……」
その一言に、場の空気がさらに張り詰める。
医師は、厳しい絶望を受け止めさせるべく、青桐たちを集中治療室へ案内した。
夏川は病床に横たわり、全身に傷を負い、包帯で覆われた顔は彼女本来の美しさをほとんど隠している。
人工呼吸器の音が無機質に響き、部屋全体を包む静寂に拍車をかける。
「意識不明の重体……目を覚ますかどうかは……」
「ちょっと、どういうこと!? うちの子はもう目を覚まさないのっ!? ねぇ!! ねぇってば!?」
「お母さん、落ち着いて!! 頼むから……!!」
医師は悲痛な面持ちで夏川の両親を別室に誘導する。
待合室には青桐と、静かに眠り続ける夏川だけが取り残された。
ガラス越しに見つめる彼の瞳には、信じがたい絶望が映り込んでいる。
ただ冷たい絶望が、青桐を容赦なく突き刺してきたのだった。
なんたる光景……あまりに荒涼感である。
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『ほら龍夜っ!! さっさと練習に行くわよっ!! ……起きろって言ってんでしょうがっ!!』
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「……ふざけんなよ」
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『アンタ……また先輩に暴言言ったの? 本気でさぁ~……!!』
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「んだよこれ」
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『ん~~~? え? 何? 泣いてんの? 慰めてあげよっか?』
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「なんなんだよこれ……!!」
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『ほら、しっかりしなさいって。本気で……私がいないとダメなんだから』
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「待てよ、お前……おまっ!! ……ふざ、けんなよ……クソがあ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」
病室の床へと泣き崩れる青桐。
彼女とは恋人の関係のまま数年近く共に過ごしてきた。
いるのが当たり前だった存在が、ある日を境にいなくなった。
高校1年生の彼にとってそれは、投身自殺を考えてもおかしくない程の出来事である。
咽び泣く彼は、彼女と過ごした過去の日々を思い出す。
共に笑い、涙した、あの日々を―――
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『全国大会で頂点になるのよ。応援するから―――』
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「……っ!!」
(……鈴音との約束……あぁ、あぁ!! やってやるよ……!! 俺が……頂点になってやるよ。だから……だから見ていてくれ……鈴音……!!)
真っ赤になった目を擦り、彼は誓い、奮い立つ。
最愛の人との約束を果たすため―――
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2020年8月16日早朝8時。
蒼海大学付属高等学院の道場は、普段よりも異様な雰囲気に包まれていた。
朝練に向けた準備が始まっているにもかかわらず、部員達の手は止まりがちで、低くざわめく声が響いていた。
「……なあ、夏川ちゃんが事故たって」
「ああ、そう聞いたぞ……あっ!! おい、青桐!! 大丈夫か? その……夏川ちゃんが……」
「……」
「お、おい、青桐……?」
「……え? ああ、謝罪、先輩。何か言いました?」
「いやその……ってかお前、目の下のクマが凄いぞ……ちゃんと寝たのか?」
「はい。ちゃんと寝ましたよ。ははっ……」
青桐の口元は微かに笑ったが、その笑みは不自然だった。
何も言えずに見つめる周囲の部員達は、その様子から全てを察したのだった。
「おいおい……現実かよ」
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「……来たな」
顔面蒼白のまま神前に礼をし、畳の上を進んでいく青桐。
そんな彼の前に、歩み寄って来た4人の人間がいる。
部員の中でも突出した実力を持つ、来年のレギュラー候補の4人である。
「……伊集院に石山に……花染先輩に木場先輩まで」
「6割0分0厘、俺たちが把握している情報は、今日の降水確率並だな」
「……もう知ってんだな」
「ちょ、伊集院君、もっとオブラートに包んだ方がよか気が……」
「だがな……それだと話が進まん」
「2人共、一旦喋るのを止めてくれないか。風もそう告げている」
「う、了解!!」
「了解」
「青桐、今回の事故については伊集院と石山の話通り、俺達も大よそ把握している」
「……はい」
「……1人で背負い込むなよ?」
「……!!」
「お前は悪くない。自分の不注意でこんな事態を招いたと考えているかもしれんが、それは間違いだと言っておこう。風もそう言っている」
「いや、でも……!!」
「おう、青桐!!」
「う……!? 木場先輩……」
「俺達はお前の苦しみまでは理解らねぇ、事故の当時者じゃねぇからな。でもよぉ……困苦くなったら俺らを頼れよ? 必ずお前を支えっからよ」
「……はい、感謝。俺、ちょっとトイレ行ってきます」
うつむいたまま一礼し、この場を後にする青桐。
その背中を眺める4人は、それぞれ心の内を吐いていく。
「青桐君、本気心配たい……」
「あの野郎……大丈夫には見えねぇなぁ? よりにもよって夏川ちゃんだぜぇ? 相当尾を引くだろうよ」
「9割9分9厘、そうでしょうね」
「……お前ら、風と共に聞いてくれ」
「あん? んだよ花染」
「今ここにいる4人が、来年のレギュラー候補だ。青嵐が見ても間違いない」
「お、俺もと!?」
「そうだ石山、だからこそ聞いてくれ。直情型の青桐のことだ。今は良くても、いつか潰れる時がくるかもしれない。その時は俺らがアイツを支える。気合い入れてくぞ」
「あったりめぇだ……!! 言い出しっぺが途中で折れんなよ花染!!」
「海風はこう言っている……もちろんだとな、木場」
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「えー……先ずは先日の大会、乙。満足のいく結果には―――」
練習が始まる前に、柔道部の監督である井上宗一郎が、スーツ姿のまま先日の大会の総括をしている。
時間にしてほんの僅かな時間だが、余裕がなくなっている青桐には永遠にも思える時間が過ぎていく。
「それと……いや、もとい。今日の練習は軽めに行うから怪我が無いように。花染、木場、よろしく頼む」
「了解」
「了解!!」
「マネージャー陣も、今日は事務作業をメインにな。それと……青桐、ちょっといいか」
「え? はい」
井上監督から名指しで呼び出された青桐。
道場の入口まで連れていかれると、神妙な顔つきで話し始める。
「えっとだ……怪我はないんだな」
「……はい、俺は」
「そうか……青桐、柔道出来そうか?」
「大丈夫です」
「……理解った、気を付けてな。無理はするんじゃないぞ」
「はい……アレ? 井上監督は今からどっかに行くんすか?」
「ああ、ちょっと交渉をな。ある人に頼んでいたことの大詰みたいなところだ」
「そうですか」
「じゃあ、よろしくな」
青桐に背を向ける井上監督。
彼は今、9月5日に東京で開かれる新人戦と、そこへ連れて行きたいある人物のことについて、思考を巡らせている。
(飛鳥国光さん……人間不信な方だとは聞いていたが、ここまで交渉が長引くなんてな……新人戦までに間に合うだろうか……)
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2020年9月5日土曜日。
東京、羽田空港の地に降り立つくたびれた中年男性。
ため息を吐きながら重い足取りを動かす彼は、ぼそぼそと独り言をつぶやいている。
「……結局来てしまった。う~ん……気が進まない、断れば良かったよ……あの井上さん、何でそこまで僕に交渉ってくるのかなぁ……」
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『切望。どうか生徒たちの戦いを見て、考えてくれませんでしょうか。これは東京行きのチケットです―――』
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「……ふう……おっと?」
「あ……謝罪っ!!」
「こら翼っ!! 謝罪……この子が迷惑をかけました……」
「いえいえ、元気なことはいいことですよ。今日はどちらへ?」
「ああ……ちょっとうちの甥が、柔道の新人戦を見たいって言うもんですから、日本武道館まで」
「おお、奇遇ですね~僕もなんですよ」
「そうんですか? 自分、青山龍一って言います。この子は甥の青山翼です」
「こんにちはっ!!」
「こんにちは。柔道の試合を見たいねぇ……誰か贔屓の選手でもいるのかな?」
「うんっ!! 青桐龍夜って人だよっ!! カッコいいんだぁ~!!」
「青桐……ああ、あの青桐ね。中々目の付け所がいいね」
「えっへっへ~」
「さてと……じゃあ行きましょうか……おや? 青山さん、どうしました?」
「いや、アレ……」
和やかな談笑を続ける2人とは対照的に、眉間に皺を寄せている青山龍一。
彼が指差す方向には、異様な空気を醸し出す7人の集団が、何処かへ向かって歩みを進めているのだった。
黒い柔道着に袖を通した謎の集団が―――
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「青山のおっちゃん!! 早く早くっ!!」
甥に引きずられるようにして日本武道館へと辿り着いた青山達。
2階の観客席から、中央の試合会場を眺める3人。
既に武道館では開会式が終了しており、選手達が雄叫びを上げながら、相手に挑みかかっているのが見える。
「……ここに来るのも久々だなぁ」
「久々……飛鳥さんは昔、監督などされていたのですか?」
「ん? あー……ちょっとオリンピックに出ただけなんで」
「へー……オリンピック……オリンピック!?」
「そんなに驚愕ないで……昔から見物人の罵声が酷悪くてねぇ~……それを聞いている内に、柔道への熱がなくなっちゃったんだよね。それに比例して表舞台から離れていったんだよ。あんな感じの罵声が無ければねぇ……」
「いけいけ殺れ殺れ!! ……何やってんだよっ!! おい聞いてんのか!?」
「そんな雑魚早く投げろや!! どこ掴んでんだよっ!! 馬鹿かお前っ!!」
「あー……なるほど……」
「勝てば学校の名を広めることが出来るし、補助金も沢山貰えるからね。ランク制度を作った人間は競争心を煽りたかったのかもしれないけど……最近は金目当てで勝つ手段を選ばなくなってるし……人体実験のニュースって知ってるかい?」
「はい、以前ニュースで拝見しました」
「子供が白熱する分にはまだ可愛げがあっていいんだけどさ……周囲の大人達の方が白熱してさ……正直見るに堪えないよね」
「ごもっともですね」
「翼君だったかな? 彼には柔道を嫌いにならないで欲しいよ。こんなおかしな世界でもさ」
「……そうですね」
「アレ? おっちゃんにおじさん、そんな所で何してんのさ!! 蒼海の人達の試合が始まっちゃうよ、急いでっ!!」
「理解ったから翼……ちょっと待ってな!!」
「はーい」
「お子さんはもう小学校に入学されたのですか?」
「いえ、入学は来年ですね」
「そう……なら柔英書房が発行する本もまだって感じかな?」
「そうですねぇ……」
「いい機会だし、今日ちょっとだけ教えてあげよっか。翼君、ちょっといいかな」
「な~に~おじさん?」
「柔皇・西郷三四郎って人の事は知ってるかい?」
「うん、昔いた強い人でしょ? 知ってるよー」
「彼が開発した100の技についても」
「うん、どれも凄い技なんだよね!! 小学校に入学したら僕も勉強れるんでしょ!!」
「おーよく知ってるね」
「……おい翼、お前なんでそこまで知ってんだ?」
「え~? おっちゃんの机にあった教科書をを盗み見したからだよ~」
「……は?」
「ふふふ……!! 中々好奇心旺盛じゃないか。……どうしようか、属性について話すと長くなりそうだし……」
「え? 属性? それは知らないよ!! ちょっと教えてよ~」
「……翼、蒼海の選手の試合が始まるぞ」
「うわ現実だ!! 属性……?ってのは今度ね今度!!」
興味をそそられるワードに心が揺れ動くも、今はそれ以上に関心のあるものに目を移す。
青龍と呼ばれる男。
高校柔道でトップ3に入る青桐龍夜の試合である。
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審判の合図によって、白いテープの前まで歩みを進める青桐。
相手は福岡の新人戦などでも戦ったことのある選手であり、青桐程の実力ならば、一切苦戦することはない。
いつもは委縮って浮かない顔をしていた相手選手。
だが今回は少し様子が違う。
時折不敵な笑みを浮かべており、以前までの愚劣さからくる自信の無さが見られない。
その姿、あまりに猛者めいていた。
「へっへっへ……!!」
「……」
(なんだアイツ……ヘラヘラしやがって……何か策でもあんのか?)
全身の細胞が引き締められる。
心臓の鼓動がいつもより早い。
審判の右腕が振り下ろされると同時に、試合の開始が告げられる。
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蒼海大学付属高等学院柔道部
高校生ランク3位 青龍 「青桐龍夜」
VS
福岡県立糸島実業高校柔道部
高校生ランク555273位 二つ名無し 「鎌瀬犬田」
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「開始っ!!」
「こぉ"ぉ"ぉ"ぉ"い!!」
「しゃぁ"あ"!! ……あ"ぁ"!?」
なんたる光景、吃驚仰天!!
青桐は目を疑う。
彼と戦ったのは1か月前。
手始めにと言わんばかりに、以前の彼では使用できなかった柔皇の技を繰り出してくる。
講道館が制定する技とは別に、柔皇・西郷三四郎と呼ばれた最強の柔道家が作り出した100の技。
自分の関節を外すことで、伸縮性抜群のゴムのように腕を一時的に伸ばす組手技。
No.3―――
「蝮組手ぇ"ぇ"ぇ"!!」
「ちっ……!! 面倒ぇ技使いやがって……!!」
畳3枚分、3間程の長さまで伸びるゴムめいた右腕が、青桐の横襟を掴みにかかる!!
もちろんタダで道着を組ませる青桐ではない。
迫りくる腕をいなし続け、相手に有利な体勢を取らせようとしない。
だが―――右腕だけに飽き足らず左腕をも伸ばし始めた相手の猛攻に、じわりじわりと押され始める。
鬼気迫る勢いで攻撃を畳み掛ける鎌瀬。
青桐の首元に迫ろうとする己の刃に、彼の口元には自然と笑みがこぼれていく……!!
「はっ……!! はっ……!! はぁ"ぁ"ぁ"!!」
(俺もしかして青桐に勝てんじゃね!? 黒い柔道着の集団の助言通りじゃねぇか……!! 俺、めっちゃ精悍くなってんじゃん!!)
思わず試合中に歯を見せてしまった鎌瀬。
そんな姿が、心に余裕のない彼の逆鱗を踏み抜いてしまう。
軍神として称された上杉謙信は、この光景を見て『アイツ、戦敗だわ』と言葉を漏らすだろう。
「……おい」
「あぁ!? んだよ何か―――」
「何歯ぁ見せてんだ……? あ"ぁ"? 殺されてぇのかテメェ!!」
混じり気のない殺意をぶつける青桐!!
直後に横えりをわざと掴ませると、右腕が縮むのに合わせて歩を前進させ加速していく!!
技の射程に入った青桐。
左足を相手の右足の外側に踏み込み、組際に大きく右足を振り上げると、振り子めいた軌道で、敵の右足を刈り取る大外刈りを繰り出し、相手の状態を大きく崩す。
「お"ら"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」
「ひ、ひぃぃぃ!?」
(あれ? 雲……? 不覚ぇっ!!)
体を反らし、なんとか耐えきった鎌瀬。
だが、続け様に青桐の追撃が襲い掛かる!!
大量のドライアイスめいた物体を地面に無造作に置いたように、青桐の周囲に白雲が漂う。
大気中の水分から作り出した雲によって足の軌道を隠し、目視が困難な足払い繰り出す。
N0.14―――
「八雲刈り……やぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」
怒涛の追撃の最後の〆。
柔皇の技の次に繰り出した技。
右手で掴む横襟を手放し、左手を後方へ引きつけ、体を反時計回りに回転させ行う投げ技。
彼が一番使ってきた技である一本背負いで、相手を畳へと投げ飛ばす!!
審判の右手が天へと上がり、青桐の勝利が告げられる!!
「一本ぉ"ぉ"お"ぉ"ぉ"ん"!!」
「しゃぁ"ぁ"ぁ"!! この野郎……試合中にお前よぉ……!!」
「あ、あああああれ……!? なんで、全然通じてねぇんだよっ!? なんで……黒い柔道着の奴らの言う通りに練習したのに!!」
「あぁ? ……黒い柔道着? なんだそ……」
ぶつぶつと独り言を呟く彼が、意味深に発した言葉。
黒い柔道着を身に纏う集団が、日本武道館の天井を爆破させ、天から試合会場へと舞い降りた。
風塵に紛れて姿を現す7人の集団。
彼らの衣装はあまりにもどす黒く、天使のように降り立ったとは到底言えない。
サルビアブルーの髪をおかっぱに整え、小柄で青汁を手にする美男子。
黄蘗色のボサボサの短髪を持ち、穏和ながらも怪物めいた巨漢。
白緑色の髪が瞳を覆い隠し、黄色い歓声に余裕の笑みで応じる優男。
深紅色の天然パーマの男は、好戦的な輝きをその瞳に宿す。
白藍色の艶やかな髪を持つ長身の男は、男と女の心を同時に宿した佇まいを。
伽羅色の毛並みを持つ猛獣のような大男は、異国の言葉と共に雄叫びを上げる。
銀色の荒れ狂う髪と金色の瞳を有する、全てを束ねる最強の男は、悠々とその姿を現していく。
観客の視線を集める異質な黒衣の集団が、青桐たちの前に立ちはだかったのだった
「なんか……どいつもこいつもパッとしないね?」
「オデ……頑張ルッ!!」
「ふ~……凄い声援……モテ気到来かな☆」
「へっへっへ……早速柔道るっすよ、獅子皇さんっ!!」
「あらあらみんな、血の気が盛んねぇ~」
「BA・HA・HAA"A"A"~!! しゃぁ"ぁ"ぁ"!! いくぞぉ"獅子皇ぉ"!!」
「貴様ら……ごきげんよう……!!」
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