女盗賊と勇者
新月の夜、私が一番好きな夜だ。
明かりが少なく、カモが分かりやすいからだ。
そして、今日もそのカモにありつける筈だったんだが……。
「いやぁ、こんな夜道に美女に襲われてしまった!いやはや…………あり……いやでも……」
私を縛り付けて目の前でグルグルと歩き回る顔は意外と整っており、大きな剣を背中に掛けている男に私は怒鳴りつけた。
「殺すか犯すか売り飛ばすかハッキリしろよ!」
「ちょっと黙ってて!今いいところだから!」
最悪だ、よりにもよって勇者に当たってしまうとは。
焚き火を起こした勇者はその後何度か襲い掛かってくる魔物を素手で引きちぎり、返り血を浴びながらも焚き火の周りでグルグルと歩き回っていた。
あまりにも長い間歩き回っていたから、一種の儀式かと思うほどだった。
しかし、その考えは勇者のハッとしてこちらを向いた顔によって消し飛ばされた。
「君、僕と結婚しない?」
「さてはお前バカだな?」
目の前で私に片膝を付いて、かなりのレア物そうな指輪を差す出す勇者に、私は呆れた。
「一応街総出で僕達を嵌めようとしたのを返り討ちにするぐらい頭は良いんだけど……」
「それ聞いた事が……あ?仲間は何処だ?」
それを聞いて勇者の顔は暗くなった。
しまった、迂闊だった、踏み込んではいけない所を踏みつけたと見える……。
「散歩に来ただけだったのに……どうしよう……怒られる……」
やっぱりコイツは馬鹿らしい。
勇者に担がれて暴れるのにも疲れた私は、遠くに見えて来た街並みに目を細めた。
あそこには何度か盗みをしに入った事がある。
本当に顔を隠していて良かった……バレていたらたとえ勇者が居ても無事では済まなかっただろう……。
そんな事を考えていると気が付けば街の中に入っていた………。
「いやいやいや、おかしいだろ!?」
「ちょっと静かにしててよ、今言い訳考えてるんだからさ」
「お前っっっっ!?」
あまりにイラついたものだから勇者の首筋に歯を立てたが、
「がっ!?」
余りの硬さに歯が折れるかと思った。
「え?何?唐突にキス?嬉しいなぁ、でもおかしいな、そんなキスされる様な事したっけ?」
よし、いつか絶対に殺してやる。
勇者の耳元で出来る限り呪詛を呟いていると、明るい声が聞こえる建物に入った。
勇者は真っ直ぐカウンターに歩いて行くと、私を丁寧に近くの椅子に座らせ、カウンターに立つ男の方を向いた。
「あら、ゆうちゃん!昨夜は帰って来なかったけど……貴方にそんな趣味があったなんて驚きだわ〜」
男は独特な言葉遣いをしながら、勇者に話しかけた。
「いやいやいや、確かに一目惚れして連れてきたけど手は出してないよ」
「無理やり連れてきたのを手を出してないって言うのは無理があるんじゃ無いかしら?」
「………ギリギリセーフ?」
「「アウトだよ(ろ)」」
ボンクラの勇者の頭をどうにか体制を変えて蹴り、その拍子に椅子から落ちそうになったが店主が片手で私の首根っこを掴んで椅子に再び乗せた。
「……触んなよ」
「あら、お口が悪いわね」
私の悪口をサラリと受け流して店主は再び勇者と話し始めた。
「それで、あの子どうするつもり?」
「俺のパーティーとして迎え入れたい」
「あらぁ!良いじゃ無い!盗賊の女の子に勇者の男の子、サイッコーじゃなーい!」
テンションが変な方向に向かっている店主と勇者はこの後ノリノリで話を進め、結局私はシリアルキラーから、勇者パーティーの「盗賊」として活動することとなった。
最初の仕事は洞窟の奥にいるサイクロプスの討伐だった。
時々先を見て逃げ出そうとするも、先に勇者に先回りされ捕まってしまった。
何ならサイクロプスとの戦闘中に背後から刺して逃げようと、剣を背中に突き立てたが振り向く事なく防御され、勇者は私とサイクロプスの二人を相手をして尚も、私を傷つける事なくサイクロプスを徐々に肉団子にして行った。
結局私はボロボロの姿でへたり込み、肉団子となったサイクロプスを見て感を勇者に投げつけ、子供の様に叫んだ。
「何がしたいんだよ!私を殺すでもなく!犯すでもなく!陵辱するわけでもなく!」
「だから、僕の事を見て、知って惚れて欲しいんだよ」
「だったら私がお前に惚れる事は絶対に無い!もし惚れる様な事があったらお前の子供で軍隊作れるぐらいに産んでやる!」
「いやそこまでしなくても……って言うか普通にショックなんだけど……僕はめげないよ?」
「もう好きにしろよぉ……」
最後に折れた私は、手に持った剣で首を掻き切ることを考えたが、決めた。
絶対にアイツを屈辱の果てに殺してやる、と。
それから何度もクエストを受けては攻略し、勇者を何とかして殺そうとしたが、全部失敗に終わった。
「毒殺も、生き埋めも、溶岩も、水も、何も効かないってどう言う事だよ……」
「また殺そうとしたの?」
頭を抱えてカウンターに座る私に、何時ぞやの独特な話し方をする男「マスター」は、いつも美味な料理を運んできた。
今回は見るからに高級そうな料理だ。
勇者に捕まって良かった事といえば、飯が美味いものを食える様になった事と、宿に帰ると体を洗える事、他にも………。
考えていると、ふと思いついてしまった。
これ、普通に勇者について行った方が人生楽じゃね、と。
「あら、よくない事考えてる顔ね」
「まぁ、良い事思い付いたかな」
「程々にしなさいよぉ〜?」
マスターの助言が耳を通り抜けて行くと、私はその次のクエストに行くと、勇者には何も手を出さずにそこら辺で金目になりそうな物を探し出した。
勿論、モンスターから襲われても勇者と言う最強のボディガードがいるわけだから怖いものなど無い。
そのクエストの帰り、勇者は何かを言いたそうな顔をしていたが、私はそれを無視してマスターに金目になりそうなものを換金してもらうために、目の前にどかっと置いた。
「全部でいくらになりそう?」
「そうねぇ、だいぶ行くわねぇ……昔の人が敗れた時からある剣とかあるわねぇ、だいぶ貴重なものねぇ……」
「い、く、ら?」
「そうね、ざっとこんなもんね」
マスターから見せられた金額に私は目が飛び出しそうになりながらも飛び跳ねた。
その金額はキチンと使えばそれなりの暮らしが出来そうなほどの金額だった。
すると、私の嬉しそうな様子を見ていたマスターが、私に問いかけた。
「そんな一杯のお金、何に使うのかしら?」
「そりゃあ私が楽して生活する為に」
「楽して生活ってどんな?」
「美味しいご飯を食べて、温かいベッドで寝て、大きな家……はいいや、男……も、勇者以外が…………いいや、もう男は良いや………あれ?」
私はマスターが片方の眉を上げて訝しんでいる事に気が付いた。
「ねぇ、そんな一杯のお金、どうするの?」
「………貯める」
恐らくマスターが思い描いていた答えに辿り着いたであろう私は、それ通りに行くのが気に入らず、取り敢えずその場ではそう答えた。
しかし、その後ドッサリと入った硬貨を見て、やはり考えざるを得なかった。
人を殺して生きて来ていた今まで。
何故か、元を辿れば生きる為だった。
いや、生きる為ならば山奥に行って獲物を狩り続けるだけでも十分だっただろう。
私は……快楽によって人を殺していたのだろう。
いや、人を殺す事によって自由を得ていた気になっていたのかもしれない。
人を殺せば、殺した人の運命が私の手足に首に体に巻き付いて来て、不自由にし、いつかへし折るはずだと言うのに。
今から償いを?
馬鹿な
そんな事をする為に人を殺した訳じゃ無い
私は………私は………
気がつくと、私は勇者の休む宿の前まで来ていた。
……一度くらい、良いだろう。
勇者がいるはずの部屋の扉を3回ノックした。
中から、勇者の声が聞こえた。
中に入りたい事を伝えると、少しの間の後扉が開いた。
「何も無いけど、入って」
「ありがとう」
私は勇者の部屋に入ると驚いた。
勇者が言っていた様に彼の部屋にはベッドと机と椅子、そして彼の着ている服と剣以外何も無かったのである。
部屋の広さの割には質素な様子の部屋は、何処か彼の心情を表している様に感じて仕方がなかった。
「君の方から来るなんて、珍しいね、何があったのかな?」
「………勇者は何で勇者をしているんだ?」
「うーん、勇者をしなきゃいけないからかな」
「人を殺した事はあるか?」
「うーん……喋る魔物とかは殺した事はあるなぁ」
「それは比喩か?」
「そのまんまだよ……その袋は?」
勇者は私が持っている袋を興味深そうに見た。
「……これはお前が倒した魔物の巣から手に入れた財宝類を売り払って手に入れた金だ」
「ふぅん」
勇者は金と聞くと興味が無くなった様になった。
「お前……金に興味ないのか?」
「だって、お金があっても僕はどうしようもないからね、食べ物とか宿とか新しい服を買うぐらいにしか使わなくても良いからね」
「そうか……」
勇者は世界各地を巡るべき存在だ。
それ故、知名度は高く、名声は既に持ち、魔王を倒す為に旅を続ける為に定住は許されず、聖職者ともされる勇者に悪とされる贅沢は許されない。
彼は勇者となった時から、彼の人生の自由は無くなったのである。
その事に、彼と話していて気付いた私は……袋を手放して彼を抱きしめた。
何故かは分からない
同じ人としての私の何処かにまだ僅かに残っていた良心が、境遇を不憫に思ったが故の行動なのか。
はたまた、勇者の弱みに漬け込もうとした行動なのか。
私は、私が分からなくなってしまった。
「……」
「なぁ……勇者をやめて逃げ出さないか?」
そんな私は更に続けた。
勇者をやめて、何処か遠くにに隠れて住み、私と二人で静かにこのお金で暮らさないかと。
勇者はその言葉を聞いて、目に涙を浮かべた。
しかし、目の端から涙をこぼす事なく、私の腕の中からゆっくりと出ると、
「いいや、それは出来ないよ、勇者はいずれ魔王と戦う運命にある、それは覆すことの出来ない絶対だ」
勇者がこんな顔で話すのを見るのは初めてだった。
そして、それに対して私は何も言い返せなかった。
いや、前から一つずっと気になっていた事があった。
「何でお前は私を連れて来たんだ?」
勇者は照れ臭そうに答えた。
「何だかさ、ずっと何かを探している様な目でさ、ほっとけないな、って思ってたんだけど、絶対に何が何でも生き延びてやる!って感じの勢いがさ……好きになったんだ、僕もそう生きたいなって」
そう言った勇者は、昔は強敵にあった事は無く、もし自分より強い敵が現れたら死ぬだけだとそう続けた。
私と会った後、確かに今の今まで強敵に出会った事は無いが、もしかすると出会うかもしれないと、もし、自分が負けて死にそうになった時、大切な人が何が何でも生き延びると言う精神を持っていたなら、きっと生き延びてくれるだろうと、その人が生き延びてくれる事以上に嬉しい事は無い。
彼は最後にそう締めくくった。
勇者となってからは彼に着いて行こうとした人達は、何人もいたらしい。
しかし、誰も勇者の戦い方には着いていけず、寧ろ足手まといになるだけだった。
それを知った各らは自ら勇者から一人、また一人と離れて行った。
前にマスターから聞いた話によるとそうだったらしい。
そして、マスター曰く、
「あなたが一番勇者くんと長続きしてるわね」
らしい。
顔に暗い影を落としてこちらに微笑む勇者に、私は胸を締め付けられる様な感情を抱いた。
そうさ知っているとも
私の罪はとっくに許されるべきでは無い所まで来ている事を
聖人である勇者に触れる事すら本来ならば許されるべきでは無いと
……しかし、彼が、勇者がまだ赦してくれるのなら、せめて、今の暮らしと、彼の赦しの為に彼に尽くそう。
「勇者、これから私はあなたの……」
「待って待って待って!貴方の為にじゃなくて、君は君の為に生きて……」
「話を最後まで聞け」
「……はい」
「……これからもし赦されるなら貴方の伴侶になる事を誓います、病める時も、健やかなる時も、そして戦いの中でも、死が間近にある時も、貴方のそばで貴方と共に生き延びる事を誓います」
「………!」
勇者は驚いた様に私を見た。
「舐めるなよ、私はこれでも強いんだ、どんな手を使ってもお前の横で戦い生き延びてやるとも」
そして、彼は嬉しそうに笑い、私の事を抱きしめた。
「……誓おう、勇者である僕は、君を絶対に守り、共に生き抜く事を誓おう……神にではなく、君自身に」
「あぁ……なぁ、勇者、もし赦……」
「赦しはもう君に全て与える、だから今日から僕達は夫婦だとも、普通の共に眠り、共に起き、共に過ごす、ごく普通の夫婦だよ」
「……ありがとう」
私はその晩勇者と共に一夜を過ごした。
次の朝、目が覚めると裸身を起こして眩しい朝日に目を窄めた。
あまりにも眩しく綺麗な朝日に身を焼かれそうな思いをしながら、ベッドから降りた。
よし、決めた、私はもっと強くなる、そして、女盗賊ではなく、女剣士として生きていこう。
そうして、その日からクエストから帰るとマスターとの特訓が始まった。
マスターは私達が夫婦になった事を聞くと盛大に祝福してくれた。
なんなら、指輪がないじゃなーい!
とか言って高そうな指輪まで二つ分用意してくれた。
何とも有難い話しだ。
そして特訓の最中、勇者曰くマスターは勇者よりも強いらしいが、マスターはそれを聞いて高らかに笑うだけだった。
特訓は楽ではなかった。
だが、不思議と乗り越えれる気がした。
クエストと特訓を続け、着実に力をつけていった私は遂に単独でドラゴンを倒すこととなった。
勇者がとても心配していたが、マスターと私が何とか宥めて、私は一人でドラゴンの元へと向かった。
ドラゴンが住むと言う洞窟の中には死臭が漂っていた。
だが、割と平気な物だった。
洞窟の奥まで進むと、ドラゴンが宝の山の上に鎮座してこちらを見ていた。
何か物語の様に話すかと思ったが、何も話す事はなくこちらに向かって炎を吐いて来た。
何と、話すドラゴンはどうやら童話の中の話だけだったらしい。
私は少し笑うと、剣を構えてドラゴンに向かった。
ドラゴンを引きずって街まで戻ると、私は歓声と共に迎え入れられた。
帰ってくるなり勇者は私に飛びついて来て、おいおいと泣いていた。
私は勇者の頭を撫でて、両頬を手で挟んで彼の口に大衆の面前でキスをした。
その瞬間またドッと歓声が上がり、私は遂に女騎士として名を馳せる事となった。
その後は勇者夫婦として各地を巡り、遂に魔王を倒した。
魔王との戦いは本当に苦しかった。
本当に二人共死ぬかと思った。
だけど、私達は魔王に勝ち、人々に平和をもたらす事が出来た。
魔王を倒した後は国などから色々な褒賞をもらい、ひっそりと身を潜める事にした。
そして今、私は今辺境の地にて孤児院を立て、自分の子供達と孤児達の面倒を勇者と何人かの物好きな人達と、子供達の教育を行っていた。
孤児院を立てる時に、マスターがどこからともなく駆けつけて資金などを工面してくれたのはまだ記憶に新しい。
そして、そんなマスターは今、孤児院を出た子供達を商人や傭兵として育て、世の中に送り出していた。
たまに彼等から来る手紙が何よりの楽しみでもある。
「聖女様!今日は何をするんですか!?」
「今日はみんなで美味しいご飯を作りましょう」
「マスターが前に作ってくれた奴が良い!」
「そうね、カレーにしましょう」
「やったー!!」
そうして今日も、私は夫と子供達と平和に暮らしているのだった。
「さて、人殺しの女が、自分の罪を忘れて幸せに耽る様子は如何でしたでしょうか?」
ゼロはスクリーンの前から外れると、歩き出した。
「勇者も勇者で、あんな情けない勇者見たことありませんよねぇ?いやはやカスですよカス」
口悪く彼等の事を罵りながらゼロはスポットライトにて立ち止まった。
「さて、彼等の話はここで終わりではありません、「ユートピアーノ」として活躍するのはもう暫く後の事」
ゼロは指パッチンをして新たなスクリーンを用意させた。
「さて、次のお話は人形と人の物語」