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幽霊が生きるこの場所で  作者: 深海京
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相談屋の仕事 オモテ

相談屋の仕事とは。

 鎌倉の海沿いにポツンと建っている何処か温かみを感じる建物がある。

「招き猫」と看板に書かれたこの店は営業時間をとうに過ぎており、明日の開店まで静かな眠りに落ちている。


 Closeと書かれた札が下がる古めかしい扉を、潜り抜け中へ入る。

 アンティーク調の家具はそっと脇へ片付けられ室内の関節照明は落されていた。この店に自分以外の侵入者は居ない様でこの店の第二店主____いや、本人曰くまだ店員の青年がすやすやと薄暗い照明のついたカウンターに腰掛け眠っていた。


 アンティーク調で揃えられた店で藍色の着物に濃紺の羽織を纏い、頭には黒い狐面をかぶっているという場違いさが彼の掴みどころの無い違和感を助長していた。

 この場違い極まりない格好をしている青年の名を”芦屋紫槻(あしやしづき)”という。この店の店長である”芦屋槻一(あしやつきいち)”の弟にあたり、二人共私服は和服という変なところが似ている不思議な家族だ。最も孫の私服は兄に影響を受けたものだと思うが。


 あまりにも気持ちが良さそうに眠っているので起こすのをやめ、暫く待つことにすること一刻半、新たな侵入者が訪れた。自分がいることに驚いた様子を見せた来客だが、隣に芦屋の孫が眠っているのを見て声を上げることはしなかった。どうやら常連らしい。


 客が来たにも関わらず、未だに寝ている芦屋に声をかける。自分を待たせるのは構わないが、常連を待たせるのは些か不味いものがあるだろう。


『おい、芦屋の孫。お客様の来店だぞ』


 しっかりと閉じられていた瞳がゆるゆると開き、視線を迷わせる。暫くそうしているとこちらを普段はず通り過ぎる視線がしっかりと合った。

 寝起き特有のへにゃりとした表情を浮かべにっこりと笑う。


「ぅん?、あぁ…(みなもと)さんこんばんは。起こしてくれてありがとう」


『礼はいい、早く客の相手をしてやれ』


 はーいと気の抜けた声が店に響き、先程の来客をもてなす為の準備を始めた青年をまるで孫を見るような気分で見つめる。

 時折、客と言葉を交わすことを忘れない辺りは流石接客業を普段から行っているだけあるなのだろう。


 カウンターに散乱していたお面やらお札らしきものを片付け終えたのか来客をカウンター席へ案内し、外野を貫いていた自分もそちらへ手招かれる。


 源さんもこちらへいかがですか、と呼ばれるが今回はやめておくとカウンターから少し離れた椅子へ腰掛け、青年の仕事ぶりを見守ることにする。


 彼が行っている仕事は所謂”相談屋”だ。我々が抱えている問題や願いを叶えようとしてくれる、何でも屋と言ったところだろうか。相談料はまちまちだが、自分達が持っている情報であったり、明日のテストの中身でもいいですよと悪戯っぽく言われた時は学生らしくてびっくりしたとと誰かが言っていた。まぁ、本当に学生なので学生らしいもクソもないのだが。


 実は自分も一昔前に彼に依頼をし、願いを叶えてもらった張本人だ。対して期待もしていなかった為、お代を用意していなかった自分にくすりと笑ってお代は要らないと言われた時は年下に気を使わせてしまった恥ずかしさと青年を見る目を誤った自分に何も言えなくなった。現在は自分の気がすまないからと青年の仕事の手伝いを時折やらせてもらっている。本人は恐縮していたが自分の気が済まないと言うと渋々認めてくれた。


 僕じゃなくてもできるからと彼は自分の仕事の意義を認めない。どれだけ我々が感謝の言葉を述べても”自己満足だから”と一蹴されてしまう。


 きっと我々”幽霊”にとって彼の存在がどれほど大きいか彼はきっと気づいていないのだろう。目を背けているだけなのかもしれないが。


 我々は幽霊だ。現世から外れた存在、現世を生きる人間には映らない存在。

 あの世に逝きそびれた奴だけがこの世に留まり、只々存在が消え消滅するのを待っている。

 あの世に逝きそびれる奴には未練だ何だのを持っている奴が多い。しかし、幽霊は現世に干渉する術を持たない為、それを忘れるまで現世を漂うのだ。自分が何であったか忘れるまで。


 誰も自分を見てくれない、声だって届かない、そんな幽霊を真っ直ぐに見つめてくれるのはこの青年だけだ。


「では、この住所宛に手紙を出させて頂きます。内容は後日にされますか」


『そうします、ありがとうございます』


 物思いに耽っている間に話が終わったようで、次回の予定を決める依頼人との会話は明るい。最近の話の話から噂話まで色々だ。きっとこれが今回の依頼料なんだろう。


「それではご自宅までお送りします」


 申し訳ないと辞退する幽霊に、夜は怖いでしょう?と青年は笑う。人間だって夜は怖いものだろうに、彼は毎回客を家まで送り届ける。


 夜は化け物の時間だ、と彼は言う。自我を忘れた怨霊が何かを忘れないようにと彷徨い続けるこの街の夜は確かに不気味だ。

 それを知っている彼は絶対に一人で客を帰さない。訪れた客が決してあの化け物にかき消されることが無いように、死なないように。


 自分達へのその気持ちを少しでも人間に向けられれば良いのに。静かに幽霊はため息をつく。


 人間離れした青年の人間性をきちんと育てなかったあの男へ殺意すら湧く。店の番をしているときの青年とこちらの仕事をしている時では、”人間”に対する扱いが違いすぎる。


 性格の二面性が強すぎる彼をどうするつもりなんだろうか。最も自分にはもうどうすることもできないので、彼が少なくとも道を踏み外さないように見守るしかない。


「源さん、帰るよ」


 いつか、この青年を、本当に。


 理解してくれるモノが現れんことを。


読んで頂きありがとうございます。

次回は2021年1月17日更新予定です。

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