【満月の夜の悲劇】
満月の夜・・・。今日の森は、虫の鳴き声もしない不気味な夜だった・・・。こういう夜は、昔から不吉な予兆とされている・・・。任務の帰り道、鵜飼は嫌な予感にかられていた・・・。何かは分からないが、俺は必死に家路を急ぐ、姉と甥っ子達が待つ、あの家へ・・・。月明かりを頼りに、森の中を駆け抜ける。そして、家の近くまで来た。
子供の泣き声が聞こえる・・・。
ああああああぁあああぁあぁああああああぁあぁぁ
うああああああああぁぁああああああぁあぁあああ
泡沫・・・?
玄関の前で、ぐったりとする母親を抱いた7才の子供が泣いている・・・。
【鵜飼】
「泡沫!お前、どうしたんだ!?」
【泡沫】
「あいつが・・・来たんだ・・・あいつが・・・。」
鵜飼は、すぐに月夜の脈を計るが、もう冷たくなっていた・・・。
・・・姉貴・・・
泡沫の話では、姉貴は、師走という男に殺されたと言っていた・・・。師走は、月夜の夫で泡沫と幻像の父である男の弟だった・・・。
師走という男は、昔から月夜に惚れていると噂されていた男だった。しかし、月夜が惚れたのは、師走ではなくその兄の方だった・・・。結局、月夜は全く振り向くそぶりも見せず、そのまま師走の兄と結婚した・・・。
姉貴は、師走と会う度にいつか自分は殺されるんじゃないかと不安がっていた・・・。
なぜなら、師走の目にはいつもただならぬ殺気を宿していたからだった・・・。しかし、結婚したにも関わらず、兄が任務で家に帰ってくる来なくなってからは、師走は家に来なくなっていた・・・。
そんな矢先にこんな恐ろしい惨劇が起きてしまった・・・。
葬式は、家族だけで厳かに行った。
こんな時ですら、父親は帰って来なかった。
月夜の墓の前に、線香と、白い花束を置く。月夜が死んでから今日で49日目だった・・・。鵜飼は、弟をおぶる泡沫に聞いた・・・。
【鵜飼】
「・・・父さんに、会いたくないか・・・?」
泡沫は、首を横に振る・・・。そうだよなと思った・・・。妻を守れなかった男、父親として何もして来なかった男に会いたいなどとは思わないだろう・・・。鵜飼は、そう思った。
しかし、そうではなかった・・・。
【泡沫】
「父さんに・・・見せる顔がない・・・。俺は、母さんを・・・護れなかった・・・。」
驚いた・・・。泡沫は、父親を恨んでなどいなかったのだ・・・。
【鵜飼】
「お前・・・。寂しくないのか・・・?」
【泡沫】
「寂しくないよ・・・。俺には、幻像に、孫にぃーちゃんがいるから。でも、もう俺はにぃーちゃんのことを叔父さんだとは思わないことにする・・・。」
泡沫は、一切の甘えを捨て、覚悟を決めた真剣な眼差しで鵜飼のことを見る。
【泡沫】
「俺の先生になって・・・。俺を一人前の忍びにして欲しい・・・。」
それから、月日は流れ12才となった泡沫は甲賀七人集の一人となっていた。これはそんなある日のこと・・・。
狼の部隊を率いることとなった12才のある日、泡沫は、5才下の弟である幻像と、数名の部下を連れて、井賀にある申神の里まで偵察に行った。申神里は、侍の里と言われ数々の侍の名家が並んでおり、その中でもその里を納める申神一族は、代々伊賀の殿の側近として仕えるほどの腕がたつ者を出している。
しかし、最近は、その殿が暗殺されようとしているという情報が入った。今回は、その情報収集のため、殿様に仕える申神一族の家に侵入し伊賀の殿の現状を知る手はずだった。
きっと上は、殿が暗殺されれば、伊賀内部は混乱いると読み、その混乱に乗じて攻めこもうという考えなのだろう。だが、実際、里について見れば、里は火に包まれていた。
【幻像】
「兄さん。これは一体!」
【佐吉】
「夕暮隊長、どうしますか?」
狼の面を被った一人の男が声をかけて来る。甲賀の忍び部隊は、それぞれの隊長以外は、その部隊の動物の面を被るという伝統がある。
【泡沫】
「生存者を探せ。」
泡沫は、暫く辺りを見渡すと、そこには、先にきたと思われる何の面をつけていない甲賀の忍びの姿があった。
【泡沫】
「あなたは、暦さん?」
泡沫が声をかけると、暦は言った。
【暦】
「・・・お前は、先日、狼の隊長になった、夕暮か?」
【泡沫】
「はい。暦さん、その人は?」
見ると、暦の隣には、一人のまだ若い男が立っていた。見るからに侍の格好をしていて、着ているものを見ても良いところの出だというところが分かる。しかし、泡沫は、一つ気になることがあった。その男は、自分の里が火の海だというのにも関わらず、笑っていたのだ。
【暦】
「申神万年。申神里を、納める申神家の跡取り息子だそうだ。しかし、この里を里を焼いた張本人でもある。そして、どうやら、甲賀に協力したいそうでな。情報を提供する代わりに仲間に入れて欲しいと言ってきたから、これから上に掛け合うつもりだ。だから、もう、この里を調査する必要はないぜ。こいつから、全部聞けば良いからな。・・・じゃあな。」
暦がその男を連れて立ち去ろうとする。その背中に泡沫は声をかけた。
【泡沫】
「申神さん。あなた、弟がいますよね?」
万年は、立ち止まる。そして、振り替えって一言。
【万年】
「さぁ・・・。」
・・・笑っていた。その言葉と共に、万年は暦と共に夜の森に姿を消す。
【佐吉】
「隊長。あちらに一人子供がいます。」
泡沫は、佐吉の言われて方へと走って行く。するとそこには、火の海の中で、正座をした、まだ6、7才の少年が、小刀を握りしめその刀を自分の小さな腹に刺そうとしていた。
泡沫は、あまりの光景に言葉を失った。真っ赤に燃え上がる業火の中、呆然と立ち尽くしていると、泡沫に気づき、上を見上げた少年と目が合った。
あちこち擦り傷だらけになった、その少年泣き声一つ漏らすことなく、泡沫のことを見つめた。少年の容姿は、笑ってこそいないものの、さっきの男と瓜二つだ。兄弟であることに間違いは無い。
さしずめ、里を焼いて里人を全員の暗殺を試みたが、弟だけは殺し損ねたといったところだろうか。そして、残された少年は、今ここで切腹をしようとしている。
切腹の理由なんて、沢山あるだろう。自分の兄の不始末、両親や、里の人を守れなかった責任や罪悪感、兄を止められなかった自分への嫌気。若干6、7才の子供だったとしても、そこにいるのは、紛れもなく、自分のやってしまったの責任をとろうとする真っ直ぐな魂を持った一人の侍だった。
・・・しかし・・・。
【泡沫】
「それで良いのか・・・?・・・兄貴に復讐をするため、死んでいった仲間や親の分も幸せになるため、理由はなんだって良い。ここでくたばるんじゃねぇーよ。生きて、生きて、そして、いつか誰よりも強くなれ。俺が、教えてやる。」
里の中で拾った赤い傘をさして、あちこちに降り注ぐ火の雨に打たれないよう、その少年の上に傘をさす。そして、泡沫はその少年に手を伸ばした。




