マッチ売りの少女A
「マッチ、マッチは要りませんか?」
少女は一人、雪の降りしきる町の中マッチを売っていました。でも誰も彼女からマッチを買おうとはしません。皆、足早に通りすぎていきます。
「売れない…」
少女は悲しげに俯き、立ち止まってしまいました。彼女のフードには雪が積もっています。マッチを入れたカゴを握る手も、赤くかじかんでしまっています。
そんな彼女に、一人のきちんとした身なりの男性が声をかけました。
「すみません」
「はい!」
少女はパッと反射的に顔を上げました。わざわざ声をかけてきたのです。きっとマッチを買ってくれるはずです。
少女の顔が輝きました。
「ちょっと脇によけてもらえますか?家に入れないんで」
少女が立ち止まっていたのは、ちょうどドアの前でした。
「あ、すみません…」
少女は項垂れて数歩横に移動しました。
「それとーーー」
続けられた言葉に再度希望を抱いて、少女が顔を上げます。
「目障りなんで早くどっか行ってください」
しかし男性は冷たくそう告げると大きな音を立ててドアを閉めました。内鍵をかける音まで聞こえました。
少女はすごすごと、その場から離れました。
あてもなく細い路地裏を歩いていると、買い物カゴを下げたおばさんが近づいてきました。
「すみませーん、マッーーー」
「はい!」
「マッキーさんの家ってどこでしょう?」
「…知りません」
誰だよマッキーさんて、少女はそう心の中で毒づきました。
飲み屋街に移動すると、足元をふらつかせた酔っ払いが声をかけてきました。
「ねーちゃんねーちゃん、マッーーー」
「はい!」
酔っ払いならうっかりマッチを買うかもしれません。
少女はできるだけ愛想よく笑いかけました。
「真っ赤なパンツ履いてるって本当?」
「…失せろ変態」
「ひひひ」
ただの冷やかしでした。
しばらく行くと、小さな子どもから声をかけられました。
「おねーちゃん、マッ」
「はい」
純真な子どもなら、きっと少女を可哀想に思ってマッチを買ってくれるはずです。少女は同情を誘うよう儚げに笑いました。
「まったく売れないマッチ売るのって楽しーですかー?wwwww」
クソガキでした。
「代わってみます?」
少女が笑顔で凄むと、子どもは慌てて逃げて行きました。
「はあ…売れない…」
少女は途方に暮れました。
でもそれも当然のことなのです。
誰もが最低限の軽い魔法を使えるこの国では、火をつけることにしか使えないマッチなど必要ないのですから。軽く念ずるだけで火がつくのに、マッチなんて使いません。
マッチを使っていたのは遠い昔、まだ魔法を使える人が珍しかった頃のご先祖様達なのです。
今では、マッチ売りといえば犯罪者に対する刑罰でしかないのです。
今のこの国の刑法では、犯罪者には犯した罪の重さに応じてマッチが渡されます。犯した罪が重いほどたくさんのマッチを。
そしてそのマッチを全部売りきると、罪を償ったとされ赦されるのです。マッチの入ったカゴにもマッチにも魔法がかかっているため、捨てることはできません。マッチを売り切るまでは、制約魔法により逃げることもできません。
そんな需要のないマッチでも時折、優しい人やマッチのコレクターが買ってくれるはずなのですが…。
少女は町を歩き続けます。
犬に吠えられました。
カラスに鳴かれました。
バナナの皮で転びかけました。
それでも少女は歩き続けます。
しかしただの一箱も売れません。
「すみませーん、お姉さんのマッ…」
「はい!」
振り返ると、ウェーイの集団がいました。
「真っ裸くださーいwww」
「くくく、やめろよww」
やめろと言いながら随分楽しそうじゃないですか…。
「えー、いーじゃんこれくらい。マッチ売ってるってことはどうせ犯罪者なんだろ?社会的制裁ってやつよw俺ってばえらーいww」
少女の手の中で、カゴの取っ手が軋んだ音を立てました。
「わー、ひっでーのwwwww」
ひどいとか言いながら、むしろ煽っていますよね?
「かわいそーだから真っ裸とセットでなら買ってあげようかー?なんてなーwwwwww」
一人のウェーイが少女の肩に触りました。
少女のイラつきは臨界に達しました。
そもそも少女は犯罪者なのです。こんな扱いに延々耐えられるようなら、犯罪者なんてやっていません。
ついに少女は思いました。
もう、どうにでもなーれ。
そして自身の魔力を解放しました。
その波動だけで、周囲100メートルの家々の窓が割れました。
ウェーイ達も吹っ飛ばされています。
地面に転がったウェーイ達に、少女は近づいていきます。
先ほど肩に触ったウェーイの腕を掴むと、そのウェーイはびくりと震えました。
少女はにっこり微笑みながら、その腕を引っこ抜きました。路地にウェーイの絶叫が響き渡ります。
少女は別のウェーイに近づきました。
そのウェーイは逃げようとしますが、先ほど少女の魔力波で地面に強く打ち付けられたため起き上がれず這ってその場から離れようとします。
少女はウェーイの脚を引っこ抜きました。
少女は別のウェーイを見ました。目が合ったそのウェーイは、恐怖で目を見開いています。
その目の色が気に入らないと思った少女は、瞬時に移動すると両目に指を突き立てました。
ウェーイは声もなく痙攣しています。
次のウェーイは両耳を、その次のウェーイは腹を。そうして無事なウェーイがいなくなると、少女は次の獲物を求めて歩き出しました。
制約魔法により、少女の体は沸騰したように熱くなっています。ですがまだまだ動けます。制約魔法は、魔力の強さによっては破ることも不可能ではないのです。制約魔法の魔力に負けて死ぬかもしれませんが、もう知ったことではありません。
裁判官の老人の言葉に心を打たれて、一度は改心しておとなしく罰を受け入れようと思っていた少女ですが、なんだかもう嫌になってしまいました。
善良とされている人々だって、少女に対してはこんなにも冷たいのです。裁判官の老人だって、少女が野垂れ死ぬとわかっていて、こんなにたくさんのマッチを渡したのでしょう。
だったらもう、我慢なんてしない。そう思った少女は魔力を練ると、特大の火魔法をすぐそばの家に向けて放ちました。
家は雪で覆われているにも関わらず、よく燃えます。
「暖かいわ」
青白い炎に照らされながら、少女は微笑みました。
「マッチ、マッチは要りませんか〜?」
吹っ切れた少女は、足取りも軽く次々と魔法を放ちながら、踊るように町の中を歩き続けます。
町には悲鳴と炎と、崩れ落ちる建物の音が響き渡り続けました。
翌朝、町があった場所には何も残っていませんでした。真っ白な雪と真っ白な灰が混じり合ったもの以外、何も。
ただ、街道がちょうど町ひとつ分途切れている不思議な空間があるだけでした。
教訓: 例え悪人相手でも限度がある。