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「美代ちゃん。次、音楽室へ移動だよ。」
「ええ。」
ニコニコ笑いながら声をかけてくる少女『御園さくら』は美代の中学から友人だ。
ふわふわとした髪の毛にやや明るめのブラウンの瞳。
その笑顔は人の好さを感じさせる。
とても大好きな友人…
いや、親友なのだが…
私の頭の中には今朝さくらと会った瞬間から『ライバル』という単語が頭に浮かぶ。
私がさくらと男性を取り合うことになるというのだろうか?
美代には今、恋愛感情を抱く異性はいない。
さくらとも最近そういった話をしたことはなかったが…
さくらには好きな人がいるのだろうか?
そしてその人のことを私も好きになるのだろうか?
今の正直な気持ちでだと美代はさくらに好きな人がいるのならその人とうまくいってほしい。
それに美代はさくらと争ったところでさくらに勝てる気はしていなかった。
美代の顔が不細工というわけではない。
寧ろ整っているほうだとは思う。だが、この世界の基準では美代は平凡だ。
この学園の生徒はほぼ顔が整っているといっても過言ではない。
普通なら違和感を覚えそうなこの事実に美代は今日まで何も違和感など持っていなかったので周りの人は今も違和感を持っていないだろう。
乙女ゲームだと思えば登場するキャラの顔が美人扱いされていないキャラであっても整っているなんてことは不思議じゃない。
さくらはこの世界の基準でも可愛い。そして、親友の美代がさくらの性格に関しては保証する。
「美代ちゃん?なんかぼーっとしてる?」
「あ、ごめんね。」
「大丈夫?ぼーっと廊下歩くと危ないよ?」
「大丈夫だよ。」
「そう?無理はしちゃだめだよ。昨日も倒れたんだから!」
「心配してくれてありがとう。」
乙女ゲームだからと言ってヒロインらしい行動をあえてとる必要はないはず…
信用出来るかはわからないが保健室で出会った少年もそういってはいたし…。
大体話したこともないない人と恋愛なんて考えられないし…。
あえてその人に会いに行こうとも思わない。
そんなことを考えていたのに乙女ゲームというものは恐ろしいものだ。
別棟にある音楽室へ移動するための二階渡り廊下は壁はなく両サイドに手摺りのみついている。
別にその手摺りもしっかりしているし、吹く風は気持ちよく普段はなんら文句はないのだが…
今日ばかりは何故こんなつくりなのかと恨めしく思う。
突風に美代が腕に抱えていた授業に使用するプリントが舞い上がり、それは軽やかに中庭に向けて落ちていった。
そこまでならただ美代の不注意だ、廊下を恨むなんてことはなかった。
プリントを拾ってから教室にいくから先に行ってほしいとさくらに伝え一人で中庭に降りてきた、そこで彼に出会わなければ。
美代が落としたプリントを片手に持っているのは三年の菊地優也、生徒会長だ。
そして、美代の頭に『攻略対象』という言葉を浮かばせる相手。
生徒会長と話したことは一度もないがその噂は教室にいれば自然と耳に入る。
絵にかいたような王子様だ。
成績が良くて顔がいい、スポーツはなんでもそつなくこなす。
弟が1年にいて兄弟仲がとてもいい。
美形兄弟として二人を見守るちょっと過激なお姉さまたちが複数存在するとかで…
可能な限り二人でなど話したくない。
しかし、美代が落としたプリントは合唱の課題で自分の歌うパートのメモがぎっしり書き込まれた楽譜。
後でさくらにコピーさせてもらうわけにもいかない。
それに話しかけたくないからと言ってどう見ても周りを見て落とし主を探している生徒会長を無視していくのも気が引ける。
早く終わらせよう…
「こんにちは、生徒会長。」
「こんにちは。もしかしてこれかい?」
噂通りの王子様がニコニコしながらこちらにプリントを向ける。
「そうなんです、ありがとうございます。」
「ねえ、君って…。」
プリントを受け取り軽く頭を下げていた美代は生徒会長の言葉で頭を上げ生徒会長の顔を見る。
その顔を生徒会長は口元に手を当て凝視する。
先ほどのニコニコした笑顔はいつの間にか引っ込んでいる。
何なんだろうかこの空気は。
見つめられているなんてものではない。
どちらかというと嫌悪に近い感情をその目から感じる。
「あの…、生徒会長?」
別に甘い展開など微塵も期待していないが…
乙女ゲームとはこんなものだっただろうか?
いや、初対面の人間同士のコミュニケーションとはこんなものだっただろうか?
「君って、古谷美代さんだよね?」
生徒会長がとってつけたような笑みを浮かべる。
「はい…。えっと何か…?」
「いや別に。」
「そうですか…、あのありがとうございました。」
「うん、早く授業に行くといいよ。」
「はい。」
美代は駆け足で音楽室まで向かう。
王子?
あれはそんなんじゃない。
何で自分の名前をしってるのかとかそんなことはどうでもいい。
攻略対象とか関係なく関わらないほうがいい。
絶対に碌なことにならない。