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 封印していた記憶が蘇ってしまったハルカは、昨日の事のように時が遡って、鮮明にサトミを思い出し、長年の後悔の念に心締め付けられてしまった。

 掛け違ったボタンのように、それが間違っているとわかっていても、元の位置に戻せなかった二人の不器用さは、そのまま時の流れに流され続けていった。

 だが、それが長年のときを超えて、やっと巡り巡って不思議な現象で繋がりだした。

 もしかしたら、これが与えられた最後のチャンスなのかもしれない。

 サトミに会わないといけない何かの導きを感じていた。


 時計を見てそろそろ帰らないと思った時、唯香に支えられながら、ハルカは椅子から立ち上がり、とんだ失態を見せたことを千夏に謝った。

 千夏は、お見舞いに来てもらった事が有難く、その礼を述べた後、「絶対、会えますから。きっと上手くいきます」と優しい声を掛けた。

 「上手くいく」とはサトミの口癖でもあるらしく、そう千夏が説明すれば、唯香も貴光もサトミからその言葉を使う事を教えて貰ったと、一緒になって主張した。

 ハルカの知らないうちに、サトミは想像もつかない世界を舞台にした人生を送っていた。

 サトミのバイタリティのある強さは、元々備え持っていたのかもしれないが、それ以上に日本を飛び出すほど大きく成長していたとは驚きだった。

 サトミは虐められ、辛い思いをしてきたが、サトミ自身に問題があったというより、その周りがサトミの真っ直ぐ進もうとしていた道を妨害したのかもしれない。

 悪い影響を与えるクラスメートがサトミを貶めた。

 ハルカもまた、そのうちの一人としてサトミを一人にしてしまった。

 一度できた溝は修復不可能にどんどん広がった。

 広がり過ぎて、ハルカから近づくことはできなくなっていた。

 その時はサトミ自身もハルカから離れていた。

 一度だけ、休日に駅でばったり会った事があった。

 ハルカが「あっ」と言ったばかりに、お互い目が合い、無視することができなくて気まずいながら「出かけるの?」とハルカはサトミにさりげなく声を掛けた。

 サトミは暫く逡巡していたが、結局何も言わず、何も聞かなかったようにハルカから離れたホームへ向かった。

 サトミも複雑で、今更という気持ちだったのだろう。

 ハルカも追いかける事もしなかったが、サトミの割り切った姿にハルカは無性に悲しくなったのを覚えていた。

 声を掛けるにはあまりにも遅すぎた。

 その間サトミは一人で耐えていた。

 他のクラスメートの輪に入っていたハルカと違って、簡単に割り切れる訳がない。

 そしてあれからさらに40年近く経とうとしてる。

 恐ろしいくらいの年月が過ぎ去った。

 会いたい気持ちと今更という怖い気持ちが入り乱れ、過去に駅で声を掛けた時のように、無視をされたらどうしようという懸念に怯えてしまう。


 千夏と別れてから、唯香も貴光も一言も言わず、黙ってハルカの後をついていた。

 記憶の中の思い出したくない部分が蘇ったばかりに、ハルカは押しつぶされそうに耐えているのを察していた。

 車に乗ってある程度走った後、遠慮がちに助手席に座っていた唯香が声を掛けた。

「おばあちゃん、さっきは心が狭いって言ってごめんね」

「別にいいわよ」

「色々考えてたんだけど、おばあちゃんの気持ちもわかる」

「どんな風に?」

「私もクラスの美代ちゃんに喧嘩吹っ掛けたから。嫌だって思ったら、気持ちが爆発してた。それまでずっと我慢しててさ、顔色窺ってた」

「それで美代ちゃんとはどうしたの?」

「このまま離れると思う。今は、美代ちゃんが孤立した状態」

「美代ちゃんは一人?」

「うん。でももうすぐクラス替えだし、一時的なものだと思う。でもやっぱり、自分から折れて仲良くなろうって思わない。離れてる方がいいって思う事もある。だからおばあちゃんの事責められないって思った。ごめん」

「子供のときの友達づきあいって難しいわね」

「大人になってからは簡単になるの?」

「ううん、もっと難しくなるわ」

「それって、友達作るの難しいってことじゃないの」

「そうよ、その通り。だから本当に大切な友達は出会えた事が奇跡よ。全力で仲良くしなさい。やっぱりおばあちゃん、サトミちゃんを探さなくっちゃ。全力で」

 許してもらえなくても、謝りたい。

 ハルカは心を決めた。

「とにかく、前に住んでたところに行ってみようよ。そしたら、どこに引っ越したか知ってる人が周りにいるかもしれない」

「そうね、行こうっか」

 ハルカはもう迷いはしなかった。

 後部座席では疲れ切った貴光がすやすやと寝ていた。


 夕暮れ時、過去にサトミが住んでいた場所へやって来たが、そこは住宅などなく、チェーンの飲食店が出来ていた。

 田んぼが多かった辺りも、家が立ち並び、昔に見た光景とかなり違っていた。

「こっちは滅多にこなかったから、こんなに変わってるなんて知らなかったわ」

 飲食店の駐車場に車を置き、ハルカは辺りを見てがっかりしていた。

 目が覚めた貴光は車を停めた場所を見て喜んだ。

「おばあちゃん、なんか食べていくの?」

 レストランには貴光の好きそうなものがありそうだった。

「そうね、夕食どきだし、ご飯食べていこうか」

「やった!」

 貴光は喜んで車から降りると、早速店の入口へと走って行った。

「ちょっと、貴光、待ちなさい。走ったら危ないでしょ」

 唯香は追いかけ、貴光のシャツの襟首を掴んで引っ張った。

 ハルカは娘の京香に電話を入れ、夕飯を食べてから送り届けると伝えると、京香は夕飯を作らなくて楽でいいと喜んでいた。

 電話を切った後、ハルカは覚えている限りの昔のこの辺りの姿を想像し、もう一度見回す。

「確かあの辺に、サトミちゃんが住んでた家があったはず」

 無邪気にサトミと遊んでいた子供の頃を思い出し、唯香と貴光を見ていた。

 唯香と同じ年頃のとき、自分がこんなにも年をとるなんて想像もつかなかった。

 この先はどんどん年老いていくと思うと寂しくなっていく。

 サトミちゃん、あなたはどんな風に年をとったのですか。

 千夏から聞いた話から、とても若々しい姿が想像できた。

 でもハルカが頭に描くサトミの顔は、あの中学の時のままだった。

 あの時のサトミの笑顔を思い出すと、きゅんと切ないものが体に突き刺さって少しだけチクッとした痛みを後味に感じていた。


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