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 ハルカの事情を知った唯香は、他人事のような気がせず、多少の同情を抱いて複雑な表情をみせ、考え込んでいた。

「おばあちゃん、中学生の友達付き合いってややこしいね」

 自分もそうなので、唯香は理解を示すも、だからといって、自分の祖母とサトミのどちらか一方だけの味方にもつけなかった。

「本当に何があるかわからないものよ。お互いが子供で、自分中心になってしまう」

「もし、あの時、おばあちゃんが別のグループに入らなかったら、サトミさんは素直におばあちゃんに謝ってたと思う。そしたらおばあちゃんは許してあげた?」

「わからないわ。自分がなぜあんなにも怒ったのかも、今となっては不思議なくらい」

「でもサトミさん、謝りたかったって言ってたよ。だけど、おばあちゃんが別の人の所にいたから、それで絶縁されたと思ったんだろうね」

「あれは、成り行きでそういう流れになってしまった」

 ハルカはまた涙ぐんだ。

「あの、すみません。サトミさんと離れたとき、新しく仲良くなった人とは今も友達なんですか?」

 千夏が訊いた。

「ああ、利子さんの事ね。会えば挨拶はするけど、お互い連絡を取り合ってまで、特別仲がいいという訳ではないわ。今ではただお互いを知っているってだけの関係ね。一緒にいた時も本音で話した事なくて、ただ一緒にいるだけだったと思うわ」

「でもサトミさんの前では何でも話せて、自分の感情もぶつける事ができたんですよね」

 千夏に言われて、ハルカは黙り込んだ。

「私、思うんですけど、おばあちゃんは許してたと思いますよ」

「えっ」

「だから、あの時サトミさんが謝ってきたら、許してたんですよ」

「例えそうでも、今更遅いわ。もう何十年も前の事よ」

「おばあちゃん!」

 唯香は苛立って声を荒げた。

「今からでも遅くないよ。サトミさんと仲直りしてよ」

「僕もそう思う。仲直りって簡単だよ。橋本君も謝ってくれて、僕嬉しかった」

 貴光はまた唐突に言うので、横で唯香は補足した。

「私、思うんですけど、こんなに偶然にサトミさんが私たちを助けてくれたのも、何かの縁だと思うんです。これってきっと意味があるから、神様が偶然を繋いでくれたんだと思います。確かこういうの、セレンディピティっていうんです。偶然が重なり、思いもよらなかった方向へ行って、そして予期してなかったものを見つけて、大事な意味に繋がる。そういう現象です」

 千夏の言葉にハルカははっとした。

「あっ、それって神様のこと? おばちゃん、本当に神様みたいだったよ」

 貴光があどけなく言った。

「そうだね、セレンディピティの神様かもね。素敵な偶然を沢山繋げて幸せに導くんだよね」

 千夏が言うと、貴光は喜んで「うん」と頷いた。

 自分の孫たちを助けてくれたサトミ。

 ハルカもまた奇跡に思え、自分の周囲で繋がっていく未知の力の大きさを感じてしまう。

「そうだよ、千夏ちゃんの言う通りだよ。おばあちゃん、サトミさんと仲直りしてよ。私、サトミさん大好きだよ。あんな素敵な人とおばあちゃんが幼なじみだったなんて、すごく嬉しいもん。お願いサトミさんと会って」

「でも」

「おばあちゃん、これだけ年月が経ったら、喧嘩なんて時効だよ」

「だけどね」

「おばあちゃん、何を怖がってるの。善は急げ、連絡を取ろうよ」

「だけど、どうやってとるのよ。今どこに住んでるかすら、わからないわ」

「ちょっと待って下さい。上司に聞けば分かるかもしれません。サトミさんが会社に現れた時、仕事手伝ってもらったので、色々と訊いてるかもしれません」

 千夏は枕元に置いていたポーチをごそごそとして、スマホを取り出した。

 そしてベッドから出るとカーディガンを羽織って、スタスタと席を外した。

「千夏ちゃん、動き回って大丈夫なの?」

 唯香は心配して後をつけていった。

 千夏はあのパワハラの鬼塚に電話をするのは正直怖かった。

 治療で仕方ないとはいえ、一週間も仕事を休むのも気を遣うし、いきなり電話をして嫌味の一つでも言われたら、またストレスたまって今度は反対の耳が突発性難聴になるかもしれないと思った。

 しかし、サトミの情報が欲しいと、千夏は廊下を歩いて、談話室に向かい、そこにあった長椅子に座ると勢いで会社に電話をしていた。

 いつもと違う使命に燃えている千夏の姿を唯香は、祈るように見守る。

 千夏がサトミを探し出してくれると期待して、隣に静かに腰掛けた。

 電話が繋がると、千夏は余所行きの声でかしこまって話し出した。

 具合を訊かれ適当に答え、長期に休んでる謝罪をした後、鬼塚と話したい旨を伝えると、暫く静かになった。

 その間千夏はかなり緊張し、前方をただじっと睨んでいた。

 唯香も、ごくっと唾を飲み込むようにドキドキとしていた。


 鬼塚の「もしもし」と言う声で、千夏は一瞬にして体を強張らせた。

 戦いが始まるような気持ちで、覚悟して会話を始めた。

「その節はご迷惑をお掛けしてすみませんでした」

「武本か、その後体の具合はどうだ」

「はい、お陰様でよくなってます。もうすぐ会社に復帰できると思います。鬼塚専務もぎっくり腰大丈夫ですか」

「ああ、お蔭さんで、日常生活には支障をきたさないところまで回復した。武本もとにかく治るまではしっかり治療しろ。こっちは大丈夫だから、心配するな」

 いつもの鬼塚と違った気がした。

「ありがとうございます。あの、実はお伺いしたい事があるんです。サトミさんの事なんですが」

「ああ、あの人か」

「連絡先分かりますか? 私、充分にお礼も言えないまま、病院に来てしまったので、連絡取りたいんです」

「一応、住所は訊いたけど、住んでる所はアメリカだぞ」

「えっ、アメリカ?」

「ああ、国際結婚してずっとアメリカに住んでるそうだ。今回相続した実家を売るために帰国しにきてて、来週あたりには再び渡米するらしい。また来た時は寄って下さいとは言ったけど、帰る家がなくなったので日本には戻ってこないかもなんて言ってたぞ」

「えっ、それで、今滞在している所はどこですか?」

「売る前の実家で最後のときを過ごしてるらしい」

「そこの住所分かりますか?」

「それはわからない。アメリカの住所ならきいといたから、手紙でも送ればいいんじゃないか?」

「Eメールとかわかりますか?」

「いや、私の名刺を渡して、連絡下さいとはいったから、私にEメールしてくれればわかるけど、あれから連絡はない」

「そんな」

「あの人、かなり変わってて、心ばかりのお礼を渡そうにも拒んだんだ。教え子に会わせてもらっただけでも有難かったって言って、余計な気を遣わせないように、日本の滞在先の連絡先をわざと教えなかったんだと思う。社長に一部始終報告したんだけど、すごく残念がっていた。社長も仕事を手伝ってもらった礼儀として会いたがってたから、武本に聞いておきますって私が言ったくらいだ。君も知らないのか」

 思った情報が引き出せなかった。

 千夏はこれ以上無駄だと思って適当に話しを切り上げて、電話を切った。

 その直後、どうしようもなく、大きな溜息がつい漏れた。

 そして隣にいた唯香を見て、申し訳なさそうに眉を八の字に下げていた。


 再び二人が病室に戻ればハルカはどうなったのか知りたいと、千夏をみていた。

 千夏はまたベッドに戻り体を起こした状態でハルカと向き合った。

「サトミさん、いま実家にいる事だけはわかったんですが、その住所がわからなくて」

「えっ、実家?」

 ハルカが繰り返した。

「おばあちゃん、サトミさんの実家がどこにあるかわかるの?」

「昔、遊びに行った事があるけど」

「それじゃ、おばあちゃん、場所知ってるんだ。よかった」

 唯香がいうと千夏もほっとしていた。

「それで、上司の話だと、サトミさん、国際結婚してアメリカで住んでるですって」

「えっ、サトミちゃんが国際結婚!?」

 声を上げたハルカは慌てて口元を押さえていた。

「だから、英語もペラペラで、雰囲気がどことなく違ってみえたんだ」

 唯香は納得して一人で首を縦にふんふんと振っていた。

「おばちゃん、国際結婚って、子供はハーフ?」

 貴光が千夏に好奇心の目を向けて訊いた。

「そうなるよね」

 千夏が貴光の相手をしている間、ハルカはまだ驚きがさめやらなかった。

「あのサトミちゃんが……信じられないわ」

「おばあちゃん、サトミさんのこと理解しなさすぎ。サトミさんはおばあちゃんが知ってる昔のサトミさんじゃないんだよ。会えばもっとびっくりするんじゃないかな。だから、今日早速、その実家に訪ねてみようよ」

 なんでもないことのように唯香がいった後、千夏は忘れないうちに慌ててつけたした。

「サトミさん、ご実家を売るらしくて、来週あたりには日本を出るみたいよ。だから早く行った方がいいわ。唯香ちゃん、サトミさん見つけたら、私にも連絡してくれる?」

「わかった、千夏ちゃんにもすぐに連絡する」

「ちょっと待って。実家を売るっていってたの?」

 千夏が首を縦に振ると、ハルカの表情が曇っていた。

「どうしたのおばあちゃん?」

「唯香、おばあちゃん、サトミちゃんの実家知らないわ」

「えっ、小さい頃遊びに行ったって言ったじゃない」

「あの時、サトミちゃん、借家に住んでたの。だからきっとその後引っ越したんだと思う」

「そんな。じゃあ、どうやってサトミさんの実家を見つけたらいいの?」

 唯香は困ってしまった。

 今見つけなければ、サトミはアメリカに行って、もう帰ってこないかもしれない。

 なんとしてでも、祖母と仲直りさせたいと、唯香は躍起になった。

「電話帳は?」

 唯香が言えば千夏は難しい顔をした。

「実家を売るという時点で固定電話は解約してるだろうし、古い電話帳に載ってても電話は通じないわ」

「サトミさんの実家の住所知ってる友達いないの? おばあちゃん」

 ハルカは首を横に振る。

 サトミの住所を知る友達はいるかもしれないが、ハルカはその友達すら知らない。

 卒業式ですらお互い声を掛けずに卒業してしまった。

「もういいわ。やっぱり今更会っちゃいけなってことなのよ。きっと私に罰が与えられてるの。私はサトミちゃんを見捨てたけど、サトミちゃんは私の孫たちを助けて、私にあの時の選択が間違っていた事を思い知らせてるのよ」

「おばあちゃん、それすごく捻くれてる。それじゃサトミさんがわざとおばあちゃんに嫌がらせしてるってことじゃない。そんな訳ないよ。だって、サトミさん、私たちがおばあちゃんの孫である事知らないんだよ」

「だから、その偶然が今になって意味を成して私に振りかかってるのよ」

「おばあちゃんがそんな心の狭い人だと思わなかった。だからあの時、簡単にサトミさんを見捨てられたのね」

「唯香ちゃん、それは言い過ぎだって」

 千夏が側で聞いていて注意した。

「お姉ちゃん、落ち着いて。おばあちゃんは本当は会いたいんだって。簡単にいかないから、おばあちゃん逆切れしてるだけ。そうでしょ、おばあちゃん」

「貴光……」

 貴光の言葉は的を射ていた。

 上手くいかないから、卑屈になって、自棄を起こして我を忘れてしまっている。

 心配しているあどけない貴光の瞳が、ハルカの心に入り込んだ。

 それはまさに素直になれと言っているようで、心を洗われるようだった。

 サトミは遠い所へ行って、この先戻ってこないかもしれない。

 そう思うと、あの時の事を後悔して自分が間違っていたと思えてならない。

 喧嘩はハルカとサトミの二人の問題だった。

 大勢の前でサトミを辱め、その後は他の人に話して、自分は悪くないと庇って貰い、そして関係ない人達がサトミを悪者にした。

 サトミは誰にも擁護してもらえず、一人で耐えていた。

 ハルカはサトミを虐めたのと同じだった。

 謝りたい。

 本当は会いたい。

 サトミちゃん──

「会いたいわ。サトミちゃんに、会いたい」

 ハルカは子供のように泣き崩れてしまった。

 それを見て、唯香たちはなんとしてでもサトミを見つけなければとお互いの顔を見合わせ、一致団結した。


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