シンガーソングライター
シンガーソングライター
藍川秀一
路上ライブを聞いて、初めて足を止めた。他に誰一人、その歌に耳を傾けることはなかったが、私はどうして目をはなすことができなかった。
大きく見えるアコースティックギターを抱えながら道の端に座り込み、囁くように歌っている。凄みを感じさせる、迫力はないが、心に直接伝わって来るかのような、不思議な力が、彼女の歌にはあった。
人で溢れ、様々な雑音が散らかっている中で、綺麗すぎる彼女の音は、驚くほどに際立った。それはまるで、宇宙という暗闇に飲み込まれないように、必死に命を燃やし、光り輝いている星のように私は見えた。
彼女は、誰かのためにではなく、自分のためだけに歌っているようだった。自分を鼓舞するためだけに、歌を歌い、身勝手に道ゆく人へと聞かせる。そのエゴ的な考え方に、私は人間らしさを強く感じた。
言葉を超えて、彼女の歌が伝わって来る。何かを訴えかけているようにすら私には思えた。どこか儚さが残り、悲しみがちらつく。彼女はこの瞬間を本当に大事にしていることが、どうしてかわかった。
歌が終わると、彼女はゆったりと立ち上がり、その場を急ぎ足で立ち去っていく。
週末の同じ時間、同じ場所で、彼女は歌っているようだった。いつしかそれが習慣に変わり、仕事の終わりに彼女の歌を聞くことが、私に癒しに変わっていた。
一ヶ月が過ぎても、彼女の前に立ち止まる人は誰もいない。私は歌が聞こえる場所で立ち止まり、携帯をいじるふりをして、彼女の歌に耳を傾ける。真正面に立って聞くことができない自分が少し嫌だった。
一言でいいから彼女にお礼が言いたくて、歌が終わるのを待ってから、声をかけてみる。大したものではなかったが、一応手見上げも持っていた。
お礼を言い、手土産を渡してから、頭を下げ、私はその場を立ち去った。彼女は驚いた表情をしていたが、笑顔で受け取ってくれる。
次の週末、彼女はいつもの場所にはいなかった。もう来ることはない。どうしてかそれがわかった。
彼女がいつもいた場所には、役目を終えたアコースティックギターが佇んでいた。
〈了〉