老人の渋滞
何も語らない
ベンチに座った老人の
右斜め上には
夏の光
身体を
少しだけ支える為だけの杖は
左斜め下の
蟻の行列を避けて
三つ目の足となっている
風の無い夏に
蝉の音と
似つかわしく無い
深く深く被った帽子
汗は落ちず
乾燥し切った肌が
カサカサになっては
異質と混ざり合い
その存在感は
誰も真似できない
全てが順番に訪れ
全てが順番に去って行く
その後の目の在り方は
蛇の抜け殻か
蛙の風船か
いずれにしろ
その目の周辺には
時間の映画が流れる
脳内のアルバムとは違う
名刺代わりの映像だ
この人間と
あの人間の
目は同じで
目の周辺も同じ
では何故
この人間は
こうなって
あの人間は
ああなったのか
繫ぎ止める為に
必要なパーツまで
同じでは無いが
役割としては
同じだった筈だ
あの人間の周りには
何が足りなかったのか
何が多過ぎたのか
噴水で遊ぶ子供達にも
関係のある事だろうが
知らないフリをする
浅はかな生活を
選び落ちては
パイナップルの甘さだけで
梨の水分だけで
暮らしていくのだ
立ち上がった老人は
誰にも分からぬよう
公園を後にする
三本足の
一本は引き摺られていた
その線は
子供等から伸びる
いつかの道で
いずれ
その上を
歩くであろう事を
示唆する様に
力無く
豪語する様に
明確な行動として
浮き上がっていた
何回目の夏か分からない
老人の姿は
文庫本の厚みでは
失礼にあたるだろう
噴水から水が出ると
声の上がる公園から
声すら出さない老人が
ゆっくり消えたのは
誰にも分かるまい
この公園の中
観察者だった
僕以外には




