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  作者: 鷹弘
三粒目の食べ時(バレンタイン2020)
21/26

2/14中に……と思って書き始めましたが、やはりと言うか……過ぎました

 その日、(ぎょく)は珍しく級友と放課後を過していた。


__呉凪さん、いつも忙しそうだったから、今日は空いてて良かった〜

「そうですか?私そこまで忙しくしていましたかね……」


 肩紐を掛け直しながら、続ける。


「それにしても、よく使用許可が出ましたね。家庭科室」


 それに対し、近くで共に歓談をしていた女子複数は、満面の笑みで答える。



__バレンタインだもん!




   *




「只今戻りました」


 いつもローファーを置く位置には、既に別の靴が居座っている。玉のモノと比べると、かなり大きく、汚れの無い、高そうなスニーカー。

 玉は無言で、腕一本分は空けた位置にローファーを置く。決して、汚したあとが怖いとかではない。そもそもこの靴の持ち主は、汚れくらいで怒るような人物ではない。ただの気持ちの問題だ。


「……いつもより遅いな、処女」


 青い硝子玉が光る簪で、くるりと纏めた長い髪。纏めても尚、零れ落ちるそれを靡かせながら振り返った蜻蛉(とんぼ)は、いつもの如く、彼女を不名誉な名で呼ぶ。

 玉は、これまたいつもの如く何も反応せず、微笑を浮かべて返答とした。


「珍しいな、お前が寄り道とか。近所の婆さんか」

「いいえ、今日はクラスのお友達方と学校に少し残っていたんです」


 そう言うと、スクール鞄を漁って小さな箱を取り出し、蜻蛉へ押し渡す。赤スグリ色の包み紙に覆われた、小さな真四角の箱である。黄色い細身のリボンで飾られている。


「……何だ、これ」

「チョコレイトです。あの、三人組女性ユニットの方々が歌っていらっしゃるじゃないですか、『チョコレイト・ディ○コ』って。あのチョコレイトです」

「カカオとか、そういう例えもあるだろ」

「ふふ、確かにそうですね」


 笑いながら、彼女は蜻蛉へと差し出していた箱を、自ら開け始める。

 蜻蛉は何か言おうと口を小さく開くが、彼女の手が止まるまで待つつもりなのか、諦めたように閉じる。


「あまりお菓子は作らないので、上手く作れたものだけ、と思っていたら四粒になってしまいました」


 そう言いながら見せられた中身は、素人にしては充分美しい出来であった。むしろ、これ以外はどの位のクオリティであったのか気になるくらいだ。

 蜻蛉は、全て同じに見える四粒の内、取り敢えず目に付いた一粒を齧る。丸く、ツヤツヤとしている茶色いそれは、見た目は地味だが、中身はラム酒漬けのレーズンが入っていた。


「ラム酒は年齢上手に入れられないので、オトウサンのお酒コレクションからお借りしました」


 失敬したとも言う。

 が、特に何もコメントせずにペロリと一粒を食べきる。手についたチョコを舐め取りながら、残りの三粒を眺める。


「さて、蜻蛉さん。お夕食はいりますか?」

「……お前は、感想とか聞かないんだな」

「はい?」


 不思議そうに笑いかける玉に目線をやり、再びチョコレイトに目を向けて彼は続ける。


「俺のオシゴトでも、チョコは貰うんだよ。多分、かなりの量」

「あら、随分自信たっぷりですね」


 玉の心にも無い茶化しを無視し、


「中には、俺に直接渡す奴もいるんだよ。そいつら、数日後に味とか聞いてくんだよ。正直うぜぇ」


 蜻蛉の言葉に、うーん……、と唸った玉は頬に手を当て、困ったように答える。


「私、別に美味しいと言ってもらいたくて作ったり、差し上げた訳では無いので……。作ったは良いのですが、“処理”に困っていたので、丁度いらしていた蜻蛉さんに、言わば押し付けたようなものなので……」


 彼女の答えに、蜻蛉は軽く目を開く。それに気づかないまま言葉は続く。


「多分ですが、そのオキャクサマ方は食べて欲しくて作った……最近は買うこともあるんですっけ?兎に角、差し上げたと思うんですね。ただ、私の場合は、級友との関係を保つ為に作ったので……特別な感情は無いので」

「……なら、親父さんにあげてもいいんじゃなかったのか」


 答えのわかりきった問いを投げかける。

 すると、彼女は今日一番の笑顔を見せ、芝居掛かった動きで指と指をからませながら、毒を吐く。



「あんな奴に、何故私のモノを渡さなければいけないのですか?」



 それには答えず、蜻蛉は二粒目のチョコを口に丸々放り込む。

 噛み砕くと、僅かなラム酒の熱が喉を刺激する。

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