1
2/14中に……と思って書き始めましたが、やはりと言うか……過ぎました
その日、玉は珍しく級友と放課後を過していた。
__呉凪さん、いつも忙しそうだったから、今日は空いてて良かった〜
「そうですか?私そこまで忙しくしていましたかね……」
肩紐を掛け直しながら、続ける。
「それにしても、よく使用許可が出ましたね。家庭科室」
それに対し、近くで共に歓談をしていた女子複数は、満面の笑みで答える。
__バレンタインだもん!
*
「只今戻りました」
いつもローファーを置く位置には、既に別の靴が居座っている。玉のモノと比べると、かなり大きく、汚れの無い、高そうなスニーカー。
玉は無言で、腕一本分は空けた位置にローファーを置く。決して、汚したあとが怖いとかではない。そもそもこの靴の持ち主は、汚れくらいで怒るような人物ではない。ただの気持ちの問題だ。
「……いつもより遅いな、処女」
青い硝子玉が光る簪で、くるりと纏めた長い髪。纏めても尚、零れ落ちるそれを靡かせながら振り返った蜻蛉は、いつもの如く、彼女を不名誉な名で呼ぶ。
玉は、これまたいつもの如く何も反応せず、微笑を浮かべて返答とした。
「珍しいな、お前が寄り道とか。近所の婆さんか」
「いいえ、今日はクラスのお友達方と学校に少し残っていたんです」
そう言うと、スクール鞄を漁って小さな箱を取り出し、蜻蛉へ押し渡す。赤スグリ色の包み紙に覆われた、小さな真四角の箱である。黄色い細身のリボンで飾られている。
「……何だ、これ」
「チョコレイトです。あの、三人組女性ユニットの方々が歌っていらっしゃるじゃないですか、『チョコレイト・ディ○コ』って。あのチョコレイトです」
「カカオとか、そういう例えもあるだろ」
「ふふ、確かにそうですね」
笑いながら、彼女は蜻蛉へと差し出していた箱を、自ら開け始める。
蜻蛉は何か言おうと口を小さく開くが、彼女の手が止まるまで待つつもりなのか、諦めたように閉じる。
「あまりお菓子は作らないので、上手く作れたものだけ、と思っていたら四粒になってしまいました」
そう言いながら見せられた中身は、素人にしては充分美しい出来であった。むしろ、これ以外はどの位のクオリティであったのか気になるくらいだ。
蜻蛉は、全て同じに見える四粒の内、取り敢えず目に付いた一粒を齧る。丸く、ツヤツヤとしている茶色いそれは、見た目は地味だが、中身はラム酒漬けのレーズンが入っていた。
「ラム酒は年齢上手に入れられないので、オトウサンのお酒コレクションからお借りしました」
失敬したとも言う。
が、特に何もコメントせずにペロリと一粒を食べきる。手についたチョコを舐め取りながら、残りの三粒を眺める。
「さて、蜻蛉さん。お夕食はいりますか?」
「……お前は、感想とか聞かないんだな」
「はい?」
不思議そうに笑いかける玉に目線をやり、再びチョコレイトに目を向けて彼は続ける。
「俺のオシゴトでも、チョコは貰うんだよ。多分、かなりの量」
「あら、随分自信たっぷりですね」
玉の心にも無い茶化しを無視し、
「中には、俺に直接渡す奴もいるんだよ。そいつら、数日後に味とか聞いてくんだよ。正直うぜぇ」
蜻蛉の言葉に、うーん……、と唸った玉は頬に手を当て、困ったように答える。
「私、別に美味しいと言ってもらいたくて作ったり、差し上げた訳では無いので……。作ったは良いのですが、“処理”に困っていたので、丁度いらしていた蜻蛉さんに、言わば押し付けたようなものなので……」
彼女の答えに、蜻蛉は軽く目を開く。それに気づかないまま言葉は続く。
「多分ですが、そのオキャクサマ方は食べて欲しくて作った……最近は買うこともあるんですっけ?兎に角、差し上げたと思うんですね。ただ、私の場合は、級友との関係を保つ為に作ったので……特別な感情は無いので」
「……なら、親父さんにあげてもいいんじゃなかったのか」
答えのわかりきった問いを投げかける。
すると、彼女は今日一番の笑顔を見せ、芝居掛かった動きで指と指をからませながら、毒を吐く。
「あんな奴に、何故私のモノを渡さなければいけないのですか?」
それには答えず、蜻蛉は二粒目のチョコを口に丸々放り込む。
噛み砕くと、僅かなラム酒の熱が喉を刺激する。