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ハッピーハロウィン、です!
例によって例の如く、大遅刻です……
その日、蜻蛉は愛想笑いを浮かべながら八百屋の女主人と話していた。
__これ、よかったら食べてちょうだい!ほら、今日はアレがあるし。どうせこんな大きいの売れないから、安くするわよ!
「本当ですか?ありがとうございます」
両手でようやっと持てるソレを、嬉しそうに持って店を去る。
「……売れねェって思うなら仕入れんなよ……」
店から充分離れてから、ポツリとそう零した。
*
「おい処女。去年のアレ出せ」
勝手に玄関から上がった蜻蛉は、開口一番にそう告げる。
「蜻蛉さん、まるで取り立て屋さんみたいですね」
チャイムの存在をまるで無視した彼に、玉は柔らかい笑みでそう告げる。
「ところで、アレとは?」
「魔女の帽子だよ」
『いちいち言わせるな』と、睨みつけるその瞳が無言で圧をかける。
「何故魔女の……あぁ、今日はハロウィンでしたか」
カレンダーを見てようやく思い出したようだ。
彼女のイベント事に対する無頓着さには、もう慣れた。
例の薄い生地の帽子は、押し入れの中に仕舞われていたらしく、玉は直ぐに持ってきた。ちなみに、蜻蛉は狼の耳はさっさと捨てた。
「さて、こちらは蜻蛉さんが被るのですか?」
「アホか。さっさと被れ」
アホ呼ばわりを軽く笑みでスルーしつつ、無言で帽子を被る。
「これを持て」
次に渡したのは、八百屋で買った、否、押し付けられたものだ。
両手で抱えられる程のソレ__、
「あらまぁ、可愛らしいジャック・オー・ランタンですね」
カタカナ英語よりはネイティブに近い発音でそう言った彼女の腕には、中々の大きさの南瓜が抱えられている。
八百屋で売っていた時のようにのっぺらぼうではなく、可愛らしく三角の目とギザギザの口が彫られている。
「蜻蛉さん、随分可愛らしいものを持っていらっしゃったんですね。お顔がついているものを、だなんて」
「さっき彫った」
はい?
「さっき彫ったって言った。家の前で」
そう言う彼の手には、安っぽい彫刻刀が握られている。
曰く、途中百円均一の店に寄り、彫刻刀を調達して彫ったとか。
最近はなんでも揃うな、百円均一。
「それはそれは……お疲れ様です」
目を丸くして南瓜と見つめ合いながら言葉をかける。
素人が彫ったとは思えない、見事な南瓜のランタンっぷりに、素直に驚いている。
「……おい」
「はい?」
カシャッ__
乾いた、シャッター音が一度鳴る。
振り向いた先には、胡座をかいて、頬杖をつきながらスマホを向けている蜻蛉がいる。
「んだよ、若干笑ってんじゃねェか」
「撮られて笑って文句言われたの初めてです」
苦笑いをしつつ、蜻蛉の元へ向かう。
画面には、魔女の帽子を被って南瓜ランタンを抱える玉の姿が収められていた。勿論、薄らと笑みは浮かべられている。
「私、思ったよりも写真写り良いですね」
「自分で言うな」
スマホは小さな音を立てて暗転する。
玉は帽子を被ったまま、再び南瓜ランタンをニコニコと見つめる。
「ところでコレどうするんですか?」
蜻蛉は無言で台所に親指を向ける。鍋がグツグツと音を鳴らしている。ここからは何を作っているかは分からない。
「私、南瓜食べられません」
「やっぱりハロウィン向いてねェな」
*
余談だが、あの時蜻蛉が撮った写真は後で現像されて玉の父に渡された。
父が居間に飾ったのを見て、玉はそれを叩き割って捨てたとか。
その時の彼女の顔は……__。