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  作者: 鷹弘
抹茶とモンブラン
2/26

 その日、(ぎょく)は友人と帰る予定だった。


「__しょっ……ぎょっ……くれっ……。チッ。おい、玉!」


 なんだか、首が締まった鳥が鳴くように、変な単語の区切れ方をしている奴がいる、と思ったら名を呼ばれ、そう言えば聞き覚えのある声だなぁと思いながら、振り向くと、全身真っ黒な美青年が立っていた。


蜻蛉(とんぼ)さん……?」



   *



 __え、玉!このイケメン誰?

 __お兄さん?でも似てないし……まさか彼氏!?


 玉の友人達は口々に、推測を言っていく。それに対し、蜻蛉は人当たりの良い顔で、玉を見る。


「えっと。この人はと、」


 睨まれた。言い直す。


「コホン。

 彼は神咲(かんざき)さんです。私の……ご近所に住む、お兄さんです」


 この娘は、友人にも敬語なのか、と。蜻蛉は余所行きの顔の裏で、そんなことを考えた。

 その考えに気づいているのか、いないのか。玉は目線を、少し上にある蜻蛉に合わせて、問いかける。


「ところで、神咲さん。今日はどうして私の高校にいるんですか」

「ん?玉……ちゃん、が心配でね。ほら、最近は物騒じゃないか」


 彼が『玉ちゃん』と呼んだ時だけ、友人には気づかれないくらい一瞬だけ、彼女の顔が普段は見せない、嫌悪に満ちた顔になった。しかし、次の瞬間にはいつもの笑顔である。


「そうですか。お気遣いありがとうございます。でも今日は、彼女達と寄り道を、」

「彼女、連れて行ってもいいかな」

 __はいっ!


 あえなく陥落。

 玉の言葉を遮って向けられた、蜻蛉のオシゴトで鍛えられた笑顔に、落ちない、いや堕ちない女子高生は、玉くらいなのだろう。

 そんな感じで、友人達は玉には目もくれず、蜻蛉の事を何度も振り返りながら、去っていった。



   *



「__で」

「ん」

「本当の要件は何ですか、蜻蛉さん」


 友人達との、女子高生らしい生活を邪魔されたからか、いつもより若干不機嫌そうな彼女の声に、蜻蛉はあっけらかんと言う。


「いや、お前が見えたから、邪魔しようとしただけ」


 驚きの表情を、顔いっぱいに表した後、無駄だと思ったのか、元からそこまで怒ってないのか。すぐにいつもの笑顔に戻る。

 それが、蜻蛉には少しつまらなかった。


「なんだ、本当に急用があるのかと心配しました。彼女達とは、また後日にしましょうかね」


 蜻蛉は、尚もつまらなそうな顔をしていたが、ふと。何か思いついた顔をして、玉の手を掴む。所謂、手繋ぎ。


「え、あの」


 流石の玉も、急なそれに対応し切れず、焦りを見せる。

 普段は人と肩が触れるのすら嫌がる蜻蛉は、手を繋ぐなど、特に嫌いだが。しかし、彼女のそんな顔を見れたので良しとする。

 すぐに、手は離された。スルリと、(わざ)と掌を撫でるようにして。それが、なんだか誘われている風で、らしくもないと玉は感じた。しかし、何も言わない。


「別に。ただの気まぐれだ」

「変なタイミングでの気まぐれですね」

「ところで、処女」

「はい」

「この後暇だよな」


 それは、質問な筈なのに、 全く疑問文には聞こえなかった。



   *



 今、二人は高校から数十分歩いた先にある、小洒落た静かなカフェで向き合って座っている。

 普段、友人達との寄り道。()しくは、散歩等でも、こんな雰囲気のお店に来ることが無い玉は、ソワソワと落ち着きなく、周りを見渡している。その様子を、蜻蛉は余所行きの顔で見ている。

 しかし、よく見て欲しい。玉くらいになると分かるのだ。その顔に書かれている、『貧乏臭い動きをオレの横ですんじゃ無ェよ』という文字が。

 暫くして、奥の個室へと通される。道を歩きながら、電話をしていると思ったら、ここの部屋を予約していたようだった。


「玉ちゃん、何が食べたいかな。好きなもの選んでいいよ。今日はオレの奢りだから」


 近くに控えている女性は、『こんなに格好良くて、いいお兄さんがいていいわねぇ』といった顔でこちらを見てくる。そんな視線がいたたまれなくて、玉は急いでメニューに目を通す。


「えぇっと……。この、抹茶のモンブランと、珈琲をお願いします」

「じゃあ、オレは抹茶で」

__かしこまりました


 それぞれの注文を聞くと、女性は静かに去っていく。足音が完全に聞こえなくなってから、蜻蛉の顔から余所行き顔が消える。それを見て、玉はそっと、安心したように息をつく。なんだか慣れないのだ、終始笑顔の蜻蛉というのは。


「何、安心した顔してんだよ」

「いえ。そう言えば、どうしたんですか急に。カフェで、しかも奢るだなんて」

「どうしてって言う割に、ちゃんと頼んでんじゃ無ェよ」

「だって、あの場で断ったら断ったで、蜻蛉さん怒るじゃないですか」

「当たり前だ」


 いつも通りの返答に、ようやく玉の顔にもいつも通りの笑顔が戻る。


「……お前、制服セーラーだったのか」


 蜻蛉は、目の前の彼女を見ながら、ポツリと言葉を漏らす。

 玉は、彼の言った通り、重たそうな生地のセーラー服に身を包んでいる。同年代に比べて、若干小柄な彼女は、包んでいるというよりは、包まれている。若しくは、服に着られているという表現の方が合う。


「そうですが、知らなかったんですか」

「知ってた。けど、お前が着てるとは思わなかった」

「何です、それ」

「いつもいつも人に着物を勧めてくるから、てっきり学校の制服なんて着てられるかッ、とか言ってんのかと」

「言いませんよ。着ることは好きではありませんし」


 これが彼の冗談であることは分かっているが、訂正せずにはいられない。彼女は、和服、若しくは着物、若しくは呉服が好きなわけでは無いのだ。


「あっそ。それも知ってた」

「ですよね」


 すると、タイミング良く、先程の女性が注文の品を持ってきた。それに対して、蜻蛉は余所行き顔でお礼を言う。玉はそれを見ているだけ。


「__どこまで話したっけ」

「私が制服を素直に着てるんだ。でもそれ知ってた。辺りですかね」


 そうそう。と、蜻蛉は頷いた後、一口抹茶を飲む。程よい甘みと苦味が広がる。彼は、和服等は嫌いだが、和風な食べ物は好きなのだ。和風というよりは、甘い物。

 それに釣られて、玉もモンブランを口に運ぶ。抹茶の味が口いっぱいに広がる。部屋が、抹茶の匂いで満たされていく。


「食う」


 あ、と口を開いたまま、蜻蛉は一言いう。玉は特に何も言わないまま、フォークに乗せたモンブランの一欠片を彼の口に運ぶ。


「ん。なかなか」


 口の端についたクリームを、彼の舌が、口の中へと引きずり込む。赤い舌と、白いクリーム。そのコントラストが、なんだか、卑猥に見えた。

 多分、彼は無意識だし、自分自身何も感じないが、こういうちょっとした仕草が、彼のオシゴトで得た経験なのだろうかと、無意味な事を、玉は考えてみる。笑顔の裏で。


「……何」

「いえ。とても美味しいですね、これ」


 そう言って、彼女はまた食べ進める。しかし、蜻蛉の視線は一向に逸れない。徐々に、玉の笑みも引き攣ってくる。


「えぇ……っと……」

「……」

「蜻蛉さん?何かお喋りとか……」

「…………」

「うぅん……」


 とうとう、視線に負けた彼女は口を開く。別に、そう感じただけで、それ以上は何も思ってなかったことを言語化するのは、あまり好きでは無いのだ。


「さっき、蜻蛉さんがクリームを舐めとった仕草が、とても(なまめ)かしかったので、それもオシゴトのおかげなのかなぁ、って思っただけです」

「つまり、」


 すると、さっきまで無言で見つめ続けた彼は、口を開き、玉の方へと身を乗り出して来た。そして、それこそ艶かしい笑みで彼女を至近距離で見つめながら、言う。


「お前は__オレに欲情した……ってこと?」

「それは無いです」


 間髪入れずに否定。

 蜻蛉は表情が一転して、つまらなさそうに席へと戻る。


「だろうな。お前の事だから、本当にそう思ったってだけだろうな」

「分かってるなら、聞かないでください」

「でも、お前こういう時くらいしか表情変わらねぇだろ」

「こういう時ってなんです」

「自己完結してる事を、わざわざ言語化して他人に伝えること」


 無駄だと分かっていても、一応惚けてはみたが、目の前の彼には通じなかった。図星を指された彼女は、視線を窓の外に向けながら、珈琲を口にする。

 この玉という少女。基本は何事も得意の笑顔で躱していく。特に苦手なことも無いので、人の扱いに長けている蜻蛉ですら、彼女の表情を変えるのは容易ではない。しかし、蜻蛉が知る中で、唯一彼女が苦手としているのが、先の様な状況下での言語化作業。

 自己完結した。つまり、もう自分の中では自己流に意見を纏めて終了させたものを、後になってから他人に、わざわざ言葉にして伝えることを、この少女は露骨に嫌がる。


「蜻蛉さんは、本当に意地悪です……」

「お前のためだよ」

「どこがです……」


 拗ねたような彼女の物言いを、蜻蛉は素知らぬ顔で捌いていく。やがて、拗ねるのをやめた玉は、残りのモンブランを食べ、流し込むように珈琲を飲んだ。


「ご馳走様でした」

「ん」


 それを見た蜻蛉も抹茶を飲み干し、伝票を持ってレジへと向かう。


「蜻蛉さん、ありがとうございます」

「別に」


 彼は財布の中身を見ながら、何でもないことのように、興味無さそうに答える。それを見た玉の顔には、いつもの笑顔が浮かんでいた。



   *



 __ありがとうございました、また起こしくださーい。


 店員の声を背中に受けつつ、二人は道を歩き出す。


「よし、帰るか」

「はい。蜻蛉さん、今日はお夕飯はどうしますか」

「親父さんは」

「いつも通りです」

「いないのね……。行く」

「はい」


 蜻蛉は、いつも通りと答えた時の玉の顔をチラリと見たが、やがて興味無くなったのか、真正面へと視線を戻した。

 彼の挿している簪が、夕日を反射して道に光を落としているのを、玉はこっそりと見て、楽しそうに笑うのだった。



「さて、ではお夕飯代として今日は着物を着て頂きましょうかね」

「着無ェつってんだろ。いい加減諦めろ」

「お夕飯代です、お夕飯代」

「さっき奢ってやったろ」

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