2
あれから一時間、全く揺れることない車内でお互い無言のまま飲み物を飲んでいると、足元が一瞬揺れた後に車が停止した。
ドアが一人でに__否、一足先に出ていた運転手によって、開かれた。
「おい、行くぞ」
「はい」
運転手に礼を述べ、やや小走りで蜻蛉の下へ向かう。
*
二人が案内人の男によって通されたのは、個室だった。
レストランの個室と言うよりは、ホテルの一室のような風貌のそこ。
照明は当然のようにシャンデリア、床には毛足の長いお高そうな絨毯、花瓶に生けられているのは瑞々しい生花。そして部屋の中央には控えめな、しかしやはり高価に見える丸テーブルが置いてあった。真っ白なテーブルクロスのレースが、それを着飾っている。
天井にまで届く大きな窓からは、美しい夜景が一望できる。
__お食事は、こちらの表に沿って前菜からお届けさせて頂きます。
男は、1枚の紙を机に乗せて説明する。そこには、バスの時刻表のように、時間と、その時に何が来るのかが示されていた。
折角の個室なので、ずっとここに料理人がいる訳ではないらしい。てっきり、この場で調理をしては提供する、というのを繰り返すのかと思っていた。
このような場の知識は、書籍で読んだ程度しか無い玉は、イメージと全く違うその様式に、笑顔はそのままに、興味深そうに説明を聞いていた。
「はい、お願いします」
蜻蛉の返事を聞くと、男は優雅に一礼して去っていった。
足音が完全に聞こえなくなると、蜻蛉はいきなり不機嫌そうな、要はいつも通りな顔に戻る。
「__なんで時間ごとなんだよ。人が出入りし続けるとか、気が散るだろォが」
蜻蛉の指摘は最もで、丁度同じことを思っていた。
「ですが、プライベートを守ろうとする主義はいいとは思いますよ。時間の間隔も長めですし」
玉の店側へのフォローを、蜻蛉は興味無さそうに聞き流した。
*
「__……美味かったか」
殆ど会話のないまま、料理が運ばれ、その度に食べてを繰り返していた二人は、中盤に差し掛かった頃に口を開く蜻蛉の声によって会話を始める。
「はい?……あぁ、はい。とても美味しかったです。ありがとうございます」
玉の笑顔に、蜻蛉は満足そうでも、不満そうでもない顔をして、直ぐに背ける。
そこで、玉は一つ気になるものを見つけた。否、最初から気には掛けていたのだが、どう切り出そうな迷っていたのだ。
蜻蛉の目の前に置いてある皿には、何皿か前に運ばれてきた鮑が乗っている。早くしないと美味しくなくなってしまう。彼は特段変な様子もなく黙々と出てきた料理を消費していたため、空の器の中、それだけが変に目立っているのだ。
「蜻蛉さん、そちら早めに召し上がった方が宜しいのでは?」
チラリと一瞥してきたと思ったら、
「食っとけ」
と言う。
玉は首を傾げる。確かこれは、いくつかの料理から選べる品の筈だ。最初に出てきた前菜やらスープは予め決まったものがあったが、この皿に関しては、肉やら野菜やら数種類の中から自分で好きなものを選べる。……そう、『好きなもの』だ。てっきり蜻蛉が貝類が好きだから頼んだのだと考えていた。
しかし彼は食べたがらない。
更に思い出そう。先日このメニューと同じような料理を羅列され、何が一番好きか聞かれたような記憶がある。玉は鮑を選択した。そこから導き出されるのは__。
「蜻蛉さん、そんなに鮑お好きじゃないのに、わざわざ頼んでいて下さったんですか?」
「たまたま、マシなのがそれだっただけだ」
そう言って自分の皿を、玉の方へと動かす。確信に近いものが得られた。
ニコニコする玉を不満そうに睨む。
「これ処理しとけ」
「あらあら、言い方が酷いですね。……ありがとうございます」
*
今日一番の満足そうな顔で鮑を頬張る彼女を、蜻蛉は幾分か柔らかな表情で見ていたとか。