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その日、玉は楽しそうな顔で、DVDの入った袋を見せてきた。
「蜻蛉さん。今日は一緒に映画を見ませんか?」
*
「おい、処女」
「はい」
「これ、AVじゃねぇかよ」
『処女』などと、不名誉な呼ばれ方をしても、彼女の笑みは崩れない。
二人の目の前にある、大型テレビには、態とらしい喘ぎ声を出す女と、その身体を貪り喰う男がデカデカと映されている。
十七歳の少女が見るには、およそ相応しくない内容であることは、明白である。
「そーですねぇ。蜻蛉さんにはこれが動物に見えますか」
「アニマルビデオ、ってか。ある意味じゃ、こいつらも動物だろ」
「なるほど、一理あります」
玉は笑顔のまま頷き、同意を示す。
蜻蛉は、その顔を呆れ顔で、横目で見つつ、頬杖をついて、再び画面に視線を戻す。
「で、なんで未成年がこんなの持ってんだよ」
「あれ。お前は女だろ、とかじゃないんですか」
不思議そうな顔で問いただす彼女を、今度は視線を向けずに答える。
「お前はノーマルだろうが、ゲイ物だろうが見そうだから、そこは気にしない」
「おや。花も恥じらう女子高生としては、やや不満です」
頬を若干膨らませながら、彼を見る。しかし、蜻蛉は知っていた。この少女は、心の中では、微塵も不満になんて思っていないのだ。その証拠に、ほら。すぐに元の笑顔に戻った。
「言ってろ。で、なんでこんなの持ってるんだ、未成年。女王様を調教とか、マニアックすぎだろ」
「“オトウサン”が借りてきたものです」
「くそかよ」
蜻蛉は舌打ちをした。それに対し、玉は再び頬を膨らます。
「失礼な、“オトウサン”はクソではありませんよ」
「お前の事だよ」
「あらまあ」
お上品に、口に手を当てて驚く、玉。やけに大袈裟に芝居がかっているのは、目の前の下手な俳優達のせいだろうか。
「勝手に自分の親父の性癖暴露やめてやれ。しかもこんなマニアックな性癖」
「いいじゃないですか。どうせ私がト○ロとか持ってきたら、似合わないとか言うでしょう」
「当たり前だ」
「ほら、見たことですか」
蜻蛉の即答に、玉は予想していたと言った風に、言葉を返す。
「……お前さぁ」
「はい」
「自分より年上で、他人である男と2人きりでこんなもの見てさ、」
玉は、蜻蛉に押し倒された。何が起きているのか理解ができていない、呆けた顔をしている。
「襲われるとか、考えなかったわけ」
すると、彼女はクスクスと、控えめに笑った。その様子に、蜻蛉は不機嫌そうな顔をする。
「……何」
「いえ。あ、念のため言っておきますけど、蜻蛉さんを馬鹿にして笑った訳ではありませんよ」
「じゃあ何」
尚も不機嫌そうな蜻蛉に、笑みを隠さないまま、玉は告げる。
「私がそんな初だなんて、思って無いくせになぁ、って思いまして」
楽しそうな様子の玉に言いたいことは山ほどあるはずだが、蜻蛉はあえて黙って先を促す。
「だって、これはプライベートですよ?オシゴトじゃないです。なのに、他人と関わるのが極端に嫌いな蜻蛉さんが、ゴム越しとはいえ、」
「おい、花も恥じらう女子高生。ゴムとか言うな、生々しい」
「おや、これは失礼しました。まさか蜻蛉さんが、女子高生に夢見ていたとはつゆ知らず。兎に角、特に人と隙間なく繋がる行為を進んでするとは思ってません」
「……一応、オレのオシゴトは、その人と隙間なく繋がることなんだけど」
馬乗りされたまま、玉は蜻蛉の目を見つめる。
彼女の視線は、脳内を直接見られているようで、蜻蛉はそれが、あまり好きじゃない。
「だって、それは適正ですよ。蜻蛉さんは食べていくために、特に向いているものがそれだっただけです」
「よくもまあ、オレのことを知ったふうに言えるな」
へっ、と吐き捨てながら蜻蛉は言う。それに対し、玉は当然といった顔で、笑みで答える。
「少なくとも、“オトウサン”についてよりは、知ってると思います」
「親父さんは呉服屋。それ以上に何か」
「あるかも、です」
「オレには無いと」
蜻蛉の冷めた視線を受けても、彼女の笑顔は崩れる気配が無い。それに対して、また舌打ちをする。
「はい。蜻蛉さんは、極力人と触れ合いたいなんて思ってません。でも、蜻蛉さんは何も、自殺志願者では無い。ならば、生きるため、食べていくために仕事をしなければならない。仕事は、それをするだけで、如何なる種類のものでも人と触れ合います」
「なるほど」
彼女の最もな意見に、つい同意してしまう。
即座に同意したことに対しては、やってしまったという気がしないでもないが、事実なので、あえてそれを顔に出すような真似はしない。
「ま、触れ合いたがらない、っていう前提がそもそもの間違いでしたら、成り立たないんですけどね」
二人の背後からは、男が、女がイクのを見て、共に果てたような声が流れていた。
「あ、終わりましたね」
「ん」
「__で、どうしますか」
玉は、微笑みながら、自分の上にいる彼を見上げる。
視線を受けた蜻蛉は何のことかわからず、間抜けな顔を彼女に晒す。
「何の話」
「あれ。私達もやりますか」
あれ、と言って彼女が指し示したのは、テレビの画面だった。
蜻蛉は無表情のまま玉を眺めた後、興醒めと言った様子で上から退く。
「冗談。お前みたいな女、どんなに金積まれても、よっぽどの事じゃないとヤら無ェよ」
彼の様子に、玉の笑みは深まる。
「じゃあ代わりに、着物着てくださいよ」
「何が代わりにだ。寝言は寝て言え」
「寝言で言ったら、着てくれますか」
「着無ェ」
彼はブツブツと、寝言で言うとかどんな執念だよ等と呟いていた。
そんな蜻蛉の返事に、玉は口を尖らせる。が、彼の髪に巻きついている、彼の髪を留めている簪を見て、顔が綻んだ。
「じゃあ、明日は着てくださいね」
「だから、着無ェつってんだろ」