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防衛戦(2)

 老猪は、敵意をむき出しにしながら前足で地面を何度も蹴る。

 その目は確実に私のことを見据えていて、他のものは何も視界に入っていないようだった。

  

 「完全に私狙いじゃなこれは」

 

 このタイミングで魔物達の襲撃が発生したということは、盗賊の襲撃か私の封印が解かれたことかどちらかに反応したのだろうとは思っていた。

 どうやらその予想は当たっていたようで、原因は私らしかった。

 

 「自作自演のようじゃが、私の起こした不始末はこの手で片付けよう」

 

 未だ様子をうかがっている老猪にむかって、先手必勝と斬りかかる。

 魔法を使うとどうしても派手になってしまうため、これ以上村人に恐怖を植えつけないためにも近接戦で勝負をつけたい。

  

 「っ! かったいのぉ……!」

 

 魔力で強化した刃を、剣山のような毛皮に叩きつけるが、まるで鉄の塊を殴ったような音ともに剣が弾かれてしまう。

 

 「いくら強化しても、このなまくらでは刃が通らぬか」

 

 魔王城に置きっ放しの愛剣が恋しいが、贅沢は言ってられない。

 反撃に出た老猪の攻撃を、すんでのところで体をひねってかわす。

 真横を巨大な牙が通り過ぎ、地面をえぐってもうもうと砂煙が上がった。

 その煙に紛れて横っ面に全力で蹴りをたたきこむ。

 

 一瞬ぐらりと猪の巨体が揺らぐが膝をつかせるまではいかない。

 敵意に怒りが混じった視線で、老猪はギロリと私のことを睨みつける。 

 大きく首を横に振って叩きつけられた巨大な牙を剣で受けるが、その衝撃を殺しきれずに吹き飛ばされた。

 大したダメージにはならないが、その一撃で大きく距離を離されてしまう。

 地面をこする音を足の裏で鳴らしながら、体制を崩さないように着地して顔を上げる。

 すると、この機会を逃さないとばかりに、老猪は必殺の突進を繰り出してきていた。

 

 「グオォォォォ!!」


 「圧はすごいがそんな直線的な攻撃あたらんよ!」

 

 唸り声をあげ、予備動作なしで走り出した猪の突進を横に飛んでかわす。

 視界の端ではなぎ倒され吹き飛ばされた木々が空を舞う中、ほぼ直角に方向を転換した猪の姿が映った。

 

 「んなっ! 無茶苦茶なっ……!」

 

 宙に浮いていて避けられない私にむかって、猛烈な威力の突進が叩き込まれる。

 剣で防ぐことで直撃は避けたものの、凄まじい衝撃が体を襲った。

 

 「エリーゼさん!」

 

 離れたところで戦いを見守っていた自警団達が悲痛な叫びをあげる。

 私の体はきりもみしながら地面を転がり、土煙を上げて吹き飛んだ。

 その様子を見て、老猪は勝ち誇ったように鼻を鳴らす。 


 「……いったいのぉ」

 

 もうもうと立ち込める土煙の中、悪態をつきながらゆっくりと体を起こした。

 同時に、解放した魔力の奔流が視界を覆う土煙を吹き飛ばす。

 

 「やはり近接戦はダメじゃな。こっちの方が性にあってる」

 

 押さえ込んでいた力を少しだけ解放し、体の中で暴れ狂う魔力を右目に集中させていく。

 

 「カースバインド」

 

 盗賊達に使ったものとは違う、対単体用の束縛魔法。

 妖しく輝く私の右目を正面から見た老猪は、ぴしりと体を硬直させた。

 必死に拘束を解こうとするが、私の魔力に対抗できず苦悶の表情を浮かべることしかできない。

 

 「シャドウランス」


 猪の影から生えた幾本もの槍が鋼鉄ごとき硬さを誇る毛皮を貫き、巨大な腹を食い破る。

 

 「グウッ……」


 さすがに効いたようで、ついに老猪は片膝を地面に着いた。 

 だが絶命させるには至らず、いまだ衰えない闘争心を爛々と輝く瞳から溢れさせ、強引に私の拘束を振りほどく。 

 猪の正面に浮かび上がった魔法陣が一際強く輝くと同時に、先ほどの突進と同じくらい強力な衝撃波が陣から放たれた。

 それを真正面から受けとめ、魔力を込めた剣で斬り伏せ弾き飛ばす。

 爆音と爆風があたりに舞い散り、殺しきれなかった衝撃が地面をえぐった。


 「諦めろ、もはやぬしに打つ手はない」

 

 最後の力を振り絞り放った必殺の一手を完全に防がれ、猪は負けを悟ったかのように一度目を瞑る。

 瀕死の重傷を負い、持てる手を出し尽くした老猪はそれでも諦めることなく、戦意をたぎらせ再び目を見開いた。 

 

 「あくまで降参する気はないか、誇り高き森の主よ」

 

 腑抜けた魔物ばかりかと思っていたが、骨のある相手だったと目の前の魔物の健闘を心から称賛する。

 だからそれ相応の礼儀を尽くし、私も逃げることなく正面から猪の最後の攻撃に立ち向かう。

 

 体から血を滴らせつつも、残った体力を振り絞り猪が最後の突進を繰り出した。

 同時に私も右手を前に突き出し、練り上げた魔力を展開した魔法陣に注ぎ込む。

 

 「グオォォォォ!」

 

 「終わりじゃ、エクスプロード」

 

 私の放った爆撃と、巨猪の衝突がぶつかり合い、今日最大の衝撃が森の木々をなぎ倒した。

 地形を変形させ、爆風が散った木の葉を空高く舞い上がらせ、轟音が空気を揺らす。

 

 衝撃の余波に髪をなびかせ佇む私の前には、あと一歩届かなかった猪の巨体が頭を吹き飛ばされ地に伏していた。

 




 「これにて一件落着、じゃな」

 

 いい汗をかいたと額を拭い、爽やかな笑顔で後ろを振り返ると、木々に隠れ身を寄せ合った自警団の者たちが、ドン引きした表情でこちらを見ているのが目に入った。

 思わず笑顔のまま束縛魔法を食らったように体を硬直させてしまう。

 

 やりすぎた。

 

 突進を受けて吹き飛ばされたあたりから、完全にスイッチが入ってしまったようだ。

 そもそも今更ではあるが、どうみてもこれは一人で倒すような相手ではないだろう。

 この時代の戦闘に携わる者の強さがわからないのでなんとも言えないが、まぁあの反応から行ってだいぶ人間離れしたことをやったのは間違いない。

 

 「おかしい……。私は頭脳派キャラだったはずなのにこれでは散々馬鹿にしてきた脳筋どもと同じ……」

 

 脳裏によぎった不吉な考えをぷるぷると頭を振って払いのける。

 

 「いや、大丈夫じゃ、私はあいつらとは違う……!!」

 

 とりあえず話し合わないことには始まらないと、未だに信じられないといった目でこちらを見ている若者たちにむかって一歩踏み出した。

 

 と同時に同じくらい後ずさられた。

 

 「……」

 

 だめだ、これは完全に怖がられている。

 まぁ私があの立場だったら同じような反応をするだろうし、なんなら途中で村に逃げ帰っているだろう。

 

 「あーその、怪我はなかったかの?」

 

 近づくと逃げられるので、距離を保ったまま声をかける。

 若者たちは首がとれるんじゃないかと思うほど高速に、何度も何度も首を振った。

 その反応におもわずしょんぼりと肩を落とす。

 

 「本当の戦いは、これからかも知れぬな……」

 

 どうやって警戒心を解こうかと考えながら、勝利の余韻に浸る間もなく、はぁと小さくため息をついた。


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