城塞都市の祭り
人々の歓声に混じりながら、ガチャガチャと金属がこすれあってぶつかる音が街中に響き渡っている。
不規則な雑踏が途切れることなく鳴り続け、行き交う人々を眺める私の鼓膜を揺らした。
「これはまた、大した活気じゃの」
「レイバールも人は多かったですけど、レメラルも負けず劣らずですね」
隣で同じように椅子に腰掛け、屋台で買った飲み物を口にしていたイルシアも、ほうと小さなため息をついてから私に同意する。
この席を確保するまでに随分と人並みにもまれたため、その表情には心なしか疲労の色がうかがえた。
「ウェルさんたちと無事に合流できますかね」
「二手に分かれたのは失敗だったかもしれぬの」
数刻前の決め事を後悔し、私も小さくため息をつく。
レメラルについた私たちは、宿を確保する私とイルシア、組合所に向かうウェルとカルツという二組に別れ行動することにした。
思った以上の人の多さに苦労しながら宿にたどり着き、部屋を取った頃にはへとへとになっていたため、こうして宿近くで時間を潰している。
集合場所は宿前としているので来ればわかるはずだけれど、これだけ人が多いと見逃してしまいそうだ。
「しかし街の色が出ているというか、レイバールに比べて随分と冒険者が多いのじゃなこの街は」
道行く人は皆武具を携帯し、鎧に身を包んでいる者も多い。
街中で武器を持ち歩いても何も違和感はなく、むしろ手ぶらな私たちの方が浮いているほどだ。
「レメラルは冒険者の街だってウェルさんもいってましたから。このあたりは未だに魔物も活発らしいですし」
馬車の中で聞いた話では、レメラル付近には大崩壊以前とまではいかなくとも、強力な魔物が多く生息しているらしい。
元々私が封印される前も、ここから少し離れたあたりは危険地帯として魔族からも人間からも警戒される土地だった。
そんな理由もあってか、大崩壊を生き抜いた旧種の魔物もまだ住み着いているそうで、人間の領土の中では最も危険な地域らしい。
それなのにレメラルがこれだけ活気にあふれているのは、ここが冒険者にとって夢の街だからだそうだ。
レメラル周辺はかつて魔族と人間の戦いが最も激しかった場所でもあるため、その時代の強力な武具などが発掘されることも多い。
危険な魔物が跋扈するのと同時に、貴重な宝が数多く眠るこの土地は、まさに冒険者の思い描く大冒険を叶えるのにはもってこいというわけだ。
ちなみにそれはカルツも例外ではなく、レメラルにつくなり真っ先に子供のように目を輝かせて組合所に向かって行った。
「それに、今は文字通りお祭り騒ぎですから」
「話に聞いていたとはいえ、予想以上に盛況じゃったな」
馬車の中でウェルからその盛り上がりぶりを聞いていたものの、実際に目にしてみるとその規模の大きさに圧倒される。
三百年前の戦時中にはこんな大規模な祭りは開かれようはずもなかったから、こんな賑わいは生まれて初めてだった。
「冒険者さんたちにとっては、年に一度の大イベントだそうですから。普段レメラルにいない冒険者の方達も、いろんな街からここに来ているらしいですよ」
それだけ冒険者が集まっているとなれば、この通りの武装した人間の多さも納得がいくというもの。
この大通りを闊歩している人々は、大体が祭りに参加するために集まったものなのだろう。
「っと、ようやくきたようじゃな」
そんな話をしているうちに、見覚えのある二つの姿が目に入る。
人ごみにもまれながらも、懸命にこちらへ向かっているウェルとカルツの姿をみて、私も席を立って大手を振るった。
「おーい、こっちじゃ」
雑踏にかき消されながらも、どうやら私の声は彼女達にとどいたようで、ウェル達はまっすぐこちらへ向かってくる。
「いやーひどい目にあったよ。人ごみは予想してたけど、こんなにひどいなんて」
「おぬしは前にも来た事があったのじゃろう? その時は今ほどではなかったのか?」
「そうだね。人が多い事は間違いないけど、こんなにはいなかった気がするよ」
「今年は祭りが始まってから区切りのいい年という事で、普段よりも人気だそうだ」
人の多さに辟易としている私たちの横で、一人妙に生き生きとしているカルツがそう説明してくれる。
だが私はその話の内容よりも、彼が手に持っている紙切れの方が気になって仕方がない。
「で、カルツ? その参加登録書というのはなんじゃ」
「これか? この祭りの目玉には冒険者同士の武闘大会があってな。それに登録してきたんだ」
カルツからふんだくったその紙を一通り読んだ後、視線をそのままウェルへと移す。
「……してウェル、おぬしもこれに参加するのか?」
「するわけないじゃん!? 自分で言うのもなんだけど、私が出たら弱いものいじめだよ?」
皆が本気でやってる中手を抜くのも悪いしね、という彼女の答えに、さすがにそれくらいの良識はあったかとほっとする。
「そういうの好きそうですけど、エリーゼさんは参加しないんですか?」
純粋な目で私を見てくるイルシアに、ないないと首を振って否定する。
「ウェルと同じじゃ。私が参加すれば、手を抜きながら戦っても圧勝してしまう。それでは興が削がれるじゃろ?」
街中の冒険者を同時に相手しても私が勝つじゃろうからなと胸を張っていると、この雑踏の中から今の会話を聞きつけたのか、冒険者と思われる男が近づいてきた。
「よう嬢ちゃん、そいつは聞き捨てならねぇなぁ」
「このレメラルで冒険者を軽んじた発言をするのは、やめといたほうがいいぜ?」
どうやら真昼間から酒を飲んで酔っ払っているらしい二人組の冒険者が、少し声を荒げて私の前に立ちふさがる。
「これは失礼、少々口が過ぎたようじゃ」
すました顔でそう言いながら、酒気を帯び赤くなった二人の顔を視界に入れた。
間に割って入ろうとしてくれたカルツを手で制し、未だ絡んでくる男たちの顔を見続ける。
「大口叩いてた割にはずいぶんな殊勝じゃねえか。びびったか?」
「そこまで言われては私も引き下がれぬのう。それでは少々、腕試しと行こうか」
言うが早いか私が束縛魔法を発動させると、私の目をしっかり見ていた男二人はピシリと動きを止めた。
何が起こったかわからず驚きの表情を浮かべている二人の間を通り抜け、くるりと振り返って笑顔を浮かべる。
「いくら酔っ払っているとはいえ、喧嘩を売る相手は選ぶことをおすすめするぞ」
こちらを向くことができない男たちの背中に向かって、私は精一杯の明るい声でそう告げた。
その言葉を聞いた男たちの顔色は、後ろから見てもわかるほど血の気が引いている。
これで少しは酔いも覚めたことだろう。
「君は本当に大人気がないねエリーゼ……」
イルシアとウェルの呆れた視線を無視しつつ、そろそろ行こうかと三人に声を掛け、確保した宿へと足を運んだ。
「さて、ちょっと今後のことについて話したいんだけど」
宿に着きようやく人ごみから抜けた私たちは一息ついた後、ウェルが組合所から聞いてきた情報があるとのことでこれからの行程について話し合っていた。
「魔族領に通じる道が封じられているという話じゃったな」
私の言葉にウェルがこくりと頷く。
「元々この辺りは旧種の魔物が出やすい危険地帯なんだけど、その中でも特別危険な竜型の旧種が魔族領方面への道に住み着いてるらしい」
その影響で危険度はいつもの数倍にも増しており、組合所は急遽その方面への道を封鎖したとのことだった。
「しかし私たちであれば力づくで押し通っても問題ないのではないか?」
「ボクとエリーゼだけならね。でもイルシアさんやカルツをつれてとなると、かなり危険だと思う」
危険とされている地帯は結構な範囲があり、その全てを二人を守りつつ進むのは難しいかもしれない。
それにウェルはともかくそもそも私は誰かを守りながら戦うのは苦手だし。
「あの、それじゃあ私とカルツさんはレメラルに残って、二人の帰りを待つというのは……」
「それはダメだよ」
イルシアが申し訳なさそうな表情をしながらそんなことを言ったのに被せるように、ウェルが否定の意思を示す。
「でも……」
「イルシアさん。君は自分が思っている以上に貴重な存在だ。君を狙う輩がいないとも言い切れない現状、エリーゼの庇護下から離れるのは賛成できない」
そうでしょ? と私に視線を投げかけてきたウェルに対し、大きく頷いて答える。
「ウェルの言うとおりじゃ。村を出る前ならいざ知らず、イルシアを守ると約束してきた以上、置いていくような真似はできぬ。まぁ安心するのじゃ、ウェルの言い方からして何か考えがあるのじゃろうし」
ウェルは口を濁したが、イルシアを狙うとすればそれはエルネルト教。
離れた場所でエルネルト教の魔の手に怯えるくらいなら、一緒に竜の脅威をかいくぐった方がまだマシだ。
「そういうこと。いま組合所は、住み着いた竜型の旧種モンスターの討伐計画を立ててる」
「いつまでも居座られては困るものな」
「すでに冒険者たちの仕事にもだいぶ影響が出てるらしいしね。この組合所の作戦に乗じて、エリーゼとボクで邪魔をしてるその竜型の旧種とやらを排除する」
「ずいぶん短絡的な気もするが……、わかりやすくていいのではないか?」
私たち単独で撃破に向かうとかなり目立ってしまうが、冒険者に紛れて討伐の手助けをするくらいならば問題ないだろう。
「ちなみに作戦の決行予定はこの祭りが終わった三日後だから覚えておいてね」
「となるとそこまで動くことはできないと。そういうことならば、ゆっくり祭りを楽しむとするかの」
武闘大会に参加する気はないが、奮闘する仲間を応援するという楽しみ方もある。
カルツがどこまでいくかはわからないが、彼の頑張りに期待するとしよう。
今日は人ごみに当てられてしまったが、これだけの規模の祭りを楽しまない何て勿体無い。
しっかり休んで明日からは隅々まで祭りを堪能しようと心に決めた。
胃腸炎でぶっ倒れてました。
あれは辛い。




