イルシアの素質
重い瞼を閉じないよう、指で軽くこすりながらしばらく待っていると、となりからすーすーと小さな寝息が聞こえてきた。
どうやらイルシアは眠りに落ちたようで、それを確認してから体に纏った毛布をめくりゆっくりと上体を起こす。
目に涙を浮かべながら大きくひとつあくびをし、ぐっと伸びをしてゆっくりと床に足をついた。
私と同じようにウェルもベッドから抜け出し、すやすやと眠っているイルシアを起こさないよう注意しつつ、静かに部屋を後にする。
「わざわざこんな時間に呼び出して、一体何の用じゃ?」
人気のない廊下をぬけ、腰掛けられる広間へと足を運んだ。
もう夜も遅いため、広間は誰もおらず、魔石で動くランプの明かりがほのかにあたりをてらしている。
手頃な椅子に腰掛け、しかめっつらをしているウェルにむけ、もう一度小さくあくびをしながら話しかけた。
「ちょっとね、気になっていたことがあって」
ウェルもそういうと私の向かいに腰掛け、物憂げな表情で私の目を見つめる。
「話っていうのは、イルシアさんのこと」
「む、意外じゃな。何か気なることでも?」
私の問いかけにこくりと頷くと、ウェルは懐から小さな水晶玉を取り出した。
妙に見覚えのあるそれにこめかみがひくつくのを感じながら、私の前に差し出されたその水晶を手に取る。
「これは?」
「組合所に置いてある測定器の原型になった道具だよ」
ウェルのいう通りその水晶は組合所にあった忌々しいポンコツ測定器とよく似ていた。
あの測定器のように、触れただけで光り出したりはしないようだけれど。
「これがどうしたのじゃ?」
水晶を下から覗き込んだり、軽く叩いたりしていると、ウェルがひょいと私の手からそれを取り上げる。
透明な球を手で弄び、淡い灯りを反射する水晶を眺めながら彼女はゆっくりと話を続けた。
「この水晶はね、元々エルネルト教会が勇者と聖女の資格を持った人間を見つけるために使っていたものなの」
「ほう、聖女と勇者を」
意外な言葉がウェルの口から漏れ、少し話に興味が出てきた私は、軽く身を乗り出して彼女の話に耳を傾ける。
「使い方は簡単。資格を持った人間が水晶に手を触れれば、組合所の測定器のように光を放つ」
「単純な道具じゃな」
しかし、勇者も魔王もどうやって選定されているかは長い間謎だと言われていたはずだ。
それは人間側も魔族側も同じはずで、この水晶のように資格を持つ人間を判定できる道具なんで初耳だった。
「その水晶はどうやってその資格とやらを判別しておるんじゃ?」
「エルネルト教会の人間は、初代聖女エルネルトの加護を最も強く受けている者が選ばれる、って言ってた」
捕まっていた頃にちらっと聞いただけだから、詳しくは知らないけどねと付け加えつつ、ウェルは話を続ける。
「本題に戻ろっか。さっきもいったけど、この水晶を原型に組合所の測定器は作られてるの」
「あの忌々しい測定器も、そのエルネルトの加護とやらを測っておると?」
私の問いに、教会の言い分を信じるならね、とウェルは頷いた。
「エリーゼのランクが低いのは当然。人間のためにあるエルネルトの加護を、魔族が強く受けてるわけないしね」
「おぬし、私が恥をかくこと知っててあの場所に連れて行ったな?」
じとっとウェルを軽く睨むと、彼女は鼻で笑って、あの引きつった笑顔最高だったよと呟く。
その憎たらしい笑顔にため息をつきながら、浮かんだ疑問をウェルにぶつける。
「しかしそれならそもそも、魔族である私には測定器は反応しないのではないか?」
「魔族でもいくつか条件を満たせば、加護の影響を受けはするみたい」
例えば、人間の味方をして人間のために魔族と戦うとかね、とウェルは続ける。
「……レイバールでゲニウスを倒したのが理由じゃと?」
「ボクが思いつく理由はそれくらいしかないってだけ。そんなことより、問題はイルシアさんの測定結果だ」
そういえば私が打ちひしがれてる横で、イルシアの測定結果に随分とウェルたちが驚いていた記憶がうっすらとあった。
「測定器とこの水晶との違いとか説明し始めると長いし結論だけ言うね。イルシアさんが受けているエルネルトの加護は、勇者や聖女に匹敵するかも」
「私の知っている限り、イルシアは普通の村娘じゃったがの」
「今はまだなんの訓練もしてないしね。でもボクやエリーゼが魔法を仕込んだら、結構なことになるかもよ?」
新しいおもちゃを見つけたかのようにキラキラと目を輝かせてるウェルをみて、微妙に不安な気持ちに駆られる。
イルシアにちょっかい出さないようにこのスライム娘はちゃんと監視しておかなくては。
「問題はエルネルト教会も、加護を強く受けた人間を探していること」
「……話の流れ的にそんな事じゃろうとは思っておったが」
どこまでいっても付きまとうエルネルト教会の名前に、いい加減頭が痛くなってきた。
元々私もエルネルト教会には恨まれているし、目の前にいるウェルもお尋ね者な訳で、今更そこにイルシア一人加わったところで大して変わらないというのが救いだろう。
「ま、まとめるとイルシアさんの身の回りには気をつけておいたほうがいいよって話でした」
「忠告には感謝しておるよ。私に恥を掻かせたのは許さぬがな」
心が狭いねぇ元魔王様は、とあくびをしながらウェルは私に背を向け、話は終わりだとすたすた部屋へと戻っていく。
暗がりに消えていくその背中を寝ぼけ眼で眺めながら、私はぼーっとウェルの話を思い返していた。
がたん、がたんと何かがぶつかる音とともに、目の前にある窓枠もそれに合わせて上下に揺れる。
いままではその揺れのたびに最悪な座り心地を味わっていたけれど、前回からは便利な魔法使いを手に入れたので、私は快適に外の景色を眺めていた。
「これだけでもウェルを仲間に引き込んだ甲斐があるというものじゃな」
「ボクの存在価値って一体……」
四人全員に衝撃吸収の魔法をかけた後、便利な魔法道具扱いされている事に納得がいかず、ウェルは馬車の隅で文句をたれていた。
そんな彼女を無視しつつ、昔と違い慣れた表情で私と同じように窓の外を眺めるイルシアに声をかける。
「昨日はよく眠れたかの?」
「はい、荷造りの疲労もありましたしぐっすり眠れましたよ」
「さすがにもう村を出た時のように、出発前だから寝付けないなんてことはないようじゃな」
そんな他愛もない会話を続けつつ、昨日ウェルから聞いた話を思い出し、しばしじっとイルシアの顔をみつめてしまう。
その視線に気がついたのか、イルシアはどうかしましたか? と首をかしたので、なんでもないを私は首を横に振る。
昨日の話はウェルと私だけの秘密にしておき、イルシアにはまだ話さないという事にした。
彼女に余計な心配をかけたくないし、下手な事を知れば今後平穏な生活をできなくなるかもしれない。
何を今更といったところだけれど、できるだけイルシアに迷惑はかけたくなかった。
「ねぇエリーゼ、レメラルにはどれくらい滞在するつもりなの?」
隣でカルツと話していたウェルが、一旦会話を切り上げてこちらへと割って入ってくる。
特に考えていなかったのでちらりとイルシアに目線を向けると、五日くらいを考えてましたと代わりに返してくれた。
「エリーゼ様がレメラルも観光したいと言っていたので、アルガスにいる間にいろいろ話を聞いて回ったんです。五日もあれば、だいたいの場所は観光できると思いますよ」
「さすがイルシア、本当によく出来た旅仲間じゃな!」
イルシアの準備の良さに感謝しつつ、それにですね、とイルシアが付け加える。
「到着予定の日から三日後には、大きなお祭りも開催されるそうですよ」
「ほほう、祭りとな。それは楽しそうじゃ」
そういえばやけにアルガスからレメラルに向かう人が多かったように感じていたが、その祭りとやらが影響しているのかもしれない。
「そういえばそんな時期だっけ。レメラルのお祭りは結構人気だし、エリーゼも楽しめるかもね」
どうやらウェルもその祭りを知っているようで、その隣ではカルツもうんうんと頷いていた。
「そこまで言われると俄然気になってくるの。レメラルに着くのが楽しみじゃ」
元々賑やかなのは好きだし、祭り事の特別感は格別だ。
魔王時代はそのようにはしゃぐ事はなかったため、それだけ大きな祭りと聞くと胸が高鳴る。
ここ最近は厄介ごと続きだったし、次こそは素直に人間界を楽しめるといいなと思いながら、まだ見ぬレメラルがある方向へと視線を向けた。




