再び四人で
喧騒が響き渡る宿屋の食堂。
シェリエが事件解決を住人に通達したためか、前に来た時よりも少し活気に満ちたその場所で、私は目の前で積み上げらていく膨大な量の皿を呆れた目線で見ていた。
「どんだけ食べるんじゃおぬし……」
すでに積み上げられた皿の量は、椅子に座っているウェルの背丈を越えている。
だというのになおも彼女の手は止まる様子がなく、次から次へと皿に乗った料理を胃袋に収めていく。
「ウェルさんってこんな大食いキャラでしたっけ……?」
私と同じく呆然とその光景を見ているイルシアも、すこし引いた様子で疑問を口にする。
それを聞いたウェルは口に料理を運ぶてを一度止め、恥ずかしそうな表情をしながら小さく笑った。
「ほら、ボクの体ほとんどエリーゼに燃やされちゃったじゃん? だからこうやってご飯食べて、少しでも回復しないとなって思って。 エリーゼがおごってくれるって言うし」
「迂闊な事を言ったのを、いま心の底から後悔しておるよ」
ユーリに貰った金もあるし、当分旅銀に困る事はないだろうが、それにしても痛い出費だ。
大体、人の形をしているとはいえ正体はスライムなんだから、こんな豪華な料理じゃなく、そこらの草原で獣でも食ってればいいのではないか。
「そうやって美味しそうにご飯を食べるところも、見ていて和むな」
相変わらず隣に座っているウェルの付きまといは、ずれた感性で妄言を繰り広げているし、思わず頭を抱えたくなってくる。
命がけでウェルをかばった時は少し見所があるかとおもったが、どうやら私も雰囲気に流されていただけらしい。
ウェルの正体がゼリー状の軟体生物とわかってからも一切態度を変えないところだけは、大したものだと思うけれど。
「イルシア、やっぱりここでこの二人は置いて二人で魔族領を目指さぬか?」
「だめですよエリーゼ様。ウェルさんと協力するってきめたんでしょう?」
今後ウェルたちと行動を共にする事は、イルシアにはちゃんと話してある。
私が決めた事ならと、イルシアは二つ返事で了承してくれた。
「そうそう、ボクに情けをかけたのが運のつきだと思ってあきらめなって」
再び手を動かし、料理を貪りながらウェルがしたり顔で私に言葉をかけてくる。
「やはりカルツごと燃やしておくべきだったの……」
心中複雑なのは私もウェルもお互い様だと思うのだが、イルシアとカルツの前だからか、そんな様子はおくびにも出さない。
険悪な空気になるよりは、そのように接してくれた方が私としてもありがたいので、ウェルの対応には少し感謝している。
「ところでエリーゼ様、宿は今日までしか取ってないですけど、明日からどうするんですか?」
食事の勢いがとどまる事を知らないウェルから目をそらし、イルシアが私に話しかけてきた。
出発日は余裕を持って決めていたものの、ウェルが目を覚ますのに時間がかかったこともあり、もう明日にはアルガスを発つ予定となっている。
少し急ではあるが、リエラの動向も気になるため、さっさと次の目的地へ進もうと決めていた。
「明日を逃すと次の馬車が出る日まで待たないといけないしの。予定通りレメラルとやらを目指すつもりじゃ」
私が生きていた時代にはレメラルという都市はなかったが、位置を聞いてその都市がどの辺りなのかはだいたい把握している。
かつて魔族と人間が争っていた時代、その戦いの最前線となっていた場所に、レメラルと呼ばれる都市はあるらしい。
「あそこまでいけば魔族領は目と鼻の先だからね」
口元についた食べカスをぬぐいながら、話を聞いていたウェルがそう言って話に入ってくる。
レメラルまでいけば、後は魔族領まで歩いていけるという話は、帰り道にウェルから聞いていた。
「魔族領、か。話に聞いたことはあるが、そんな場所に行く事になるとはな」
感慨深さをにじませながら、腕を組んでカルツが呟く。
そんなカルツを見ながら、ウェルが小さな笑みを浮かべた。
「カルツにとってはある意味魔族領は憧れの場所なんじゃないの?」
「あぁ、そうだな」
なにやら二人の間では通じているらしい話が繰り広げられているが、当然付き合いの浅い私にはさっぱり理解ができない。
少し気になったが、私との戦い以降ちょっといい感じの二人に絡むのは面倒なので、特に追求することはせず、イルシアへと視線を向けた。
「というわけで、明日にはアルガスを出発するつもりじゃ。急ですまぬが、用意をしてもらえるか?」
「わかりました。部屋に散らかりっぱなしのエリーゼ様の荷物も、ちゃんとまとめておきますね」
「……すまぬ」
日に日にイルシアに頭が上がらなくなってきている気がするのは、気のせいではないだろう。
カルツとウェルという濃すぎる面々と行動を共にすることになったため、唯一の常識人であるイルシアの存在は、私にとって余計際立ってきていた。
「はー食べた食べた」
ごちそうさま、といいながらようやく動きをとめたウェルが食器を机の上に置く。
積み上げられた皿の量に改めて自分の顔が引きつるのを感じつつ、ぽんと置かれた請求書に目を走らせ、そこに書かれた金額を見て、思わずため息がでる。
今後、二度と軽い気持ちでウェルに飯をおごるなんて言わないようにしようと心に固く誓った。
「これでよし……っと」
そう言ってイルシアが荷物を縛り上げ、部屋の前に置かれた別の荷物の上へと積み上げた。
部屋を後にする準備が整い、小さく息を吐いてからイルシアはベットに腰掛ける。
ちなみに私は、エリーゼ様がやると余計散らからるので任せてくださいと言い切られたため、おとなしく部屋の隅で縮こまっていた。
「ありがとうイルシアさん!」
そんな私の横では、同じように膝を抱えて座っているウェルが申し訳なさそうにイルシアへと感謝の言葉をつげている。
最初はウェルもイルシアの手伝いをしていたが、彼女も整理は苦手なようで、見かねたイルシアに私と同じく待機を命じられていた。
ウェル曰く、邪魔なものはとりあえずスライムの体に食わせてしまいこんでいたので、片付けは随分と長い間していなかったらしい。
今は私にその体の大部分を削られたため、荷物をしまう余裕もなく、こうして私達と同じように荷造りする羽目になっていた。
「私はこれくらいしか役に立てませんから。もう夜遅いですし、そろそろ寝ましょうか」
ここ最近、イルシアは随分活躍していると思うのだが、相変わらず彼女の自分自身への評価は低いらしい。
彼女の言動にウェルも思うところがあったのか少し眉をひそめたものの、何かを口にすることもなくベッドへと身を投げた。
そんな二人にならい、私も綺麗に整えられた寝床の上で横になる。
「そういえばイルシアさんとエリーゼって、どうやって出会ったの?」
ベットに潜ったのはいいものの、まだ眠る気にはならなかったのか、ウェルが私達にむけてそんなことを聞き始めた。
「前にも行ったじゃろう。魔物に襲われているところを助けたのじゃ」
「それすぐ後に嘘だっていってたじゃん! 本当のところどうなの?」
私に聞いても無駄だと思ったのか、イルシアへと視線を移してウェルが尋ねる。
「最初、ですか。私の村が盗賊に襲われた時、村で祀られていた守り神へ救いを求めたら、エリーゼ様が現れたんです」
「私が封じられた水晶はイルシアの村に保管されていたようでの。なんであんな場所に置かれていたのかはわからぬが、イルシアのよ呼びかけに応え、再び目覚めたというわけじゃ」
「……なるほどね」
イルシアの話を聞いたウェルは、考え込むようなそぶりを一瞬した。
けれどすぐに視線を上げ、教えてくれてありがとうとイルシアに礼をいう。
「ぜんっぜん違うじゃん。なにが魔物に襲われいるところを助けただよ」
「かまかけで本当のことをいうわけがなかろう。それに、盗賊も魔物も似たようなものじゃからな」
幽霊屋敷で私に騙されたことを根に持っているのか、非難めいた視線を私に向けるウェルに寝返りを打って背を向ける。
「さて、私は眠いので寝かせてもらうぞ」
「はいはい、おやすみ」
「おやすみなさい」
就寝の挨拶をつげ、静かになった部屋の中、ふとウェルの方に目を向けると、眠らずにこっちを向いていた彼女が、唇の動きだけで後で話があると伝え、外へと続く扉を指さした。
そんな彼女の行動に不可解さを感じつつも、私はあくびを噛み殺しながら、わかったと小さく頷いた。
予想以上に忙しくて投稿が遅れましたが、更新再開します。




