私と彼女の関係
訪れるのも二度目となるシェリエの屋敷の中、その執務室で私とウェル、そしてシェリエの三人は向かい合うようにして座っていた。
あの後丸一日ねむりこけたウェルは、使い果たした魔力を幾分か回復したようで、欠けた体の部分はほとんど元に戻っている。
ウェルの体調を見て、話し合いをしても問題ないとシェリエが判断したため、こうして三人の会談が開かれる事となった。
「……さて、ウェルさん。あなたには色々と聞きたい事がある」
「ボクが知っている事なら何でも答えるよ。エリーゼはともかく、シェリエさん含めて人間側に迷惑をかけていた事への償いだと思ってくれれば」
私に完敗して丸くなったのか、あるいはカルツの介抱に心が動かされたのか、幽霊屋敷で相対していた時とは、ウェルの態度は随分と違うものになっていた。
三百年前、私がウェンリーに抱いていた印象は今目の前にいる彼女のものとよく似ているので、正確には元に戻ったという方が正しいのか。
「それでは端的に。まず、ウェルさんがこの事件を起こした目的を教えてもらいたい」
「エリーゼから話は聞いてると思うけど、ボクの目的はそこのなんちゃって元魔王を取り込んで、その知識を回収する事」
「誰がなんちゃって元魔王じゃ」
前言撤回。
素直でしおらしいのは人族に対してだけのようだ。
「……なぜ、そのような事を?」
「順を追って説明しようか。遡る事三百年ほど前、エリーゼが封印されてしばらくしてから、この時代では大崩壊と呼ばれている未曾有の災害が引き起こされた」
一拍呼吸を置いてから、苦々しい表情を浮かべつつ、ウェルはその先を口にする。
「大崩壊を引き起こしたのは当時のエルネルト教聖女であり、そして現エルネルト教の教皇リエラ」
「……にわかには、信じがたい話だな」
私から軽く話を聞いていたとはいえ、ウェル本人から告げられた話は重くシェリエにのしかかったようで、こめかみに手を当て目をつむったまま彼女は深くため息をついた。
「遮ってすまない、続けてくれ」
うつむいたまま続きを促すシェリエの言葉に頷きで返しつつ、ウェルは再び口を開く。
「リエラは大崩壊を引き起こすために世界魔法と呼ばれる禁忌の魔法をつかった。より正確に言うなら、世界魔法を行使した事で発生する反動を利用して、人魔両方に壊滅的なダメージを与えたの」
そこまで言葉にしてから、ウェルは一旦シェリエから目をそらし、私へと視線を移した。
「エリーゼ、君は世界魔法の反動をある程度制御できるように改良した、で間違い無いよね?」
「うむ。どこに発生するかを指定できるくらいじゃがな」
「そう、たったそれだけのことだけど、リエラにとってはそれこそが最も大事なことだった」
再び私から目線を外し、ウェルは嫌な過去を思い出すように顔をしかめながら、虚空をにらみ付ける。
「例えば蘇生の世界魔法は、反動として蘇生者を狂わせ、周囲のものすべてに危害を加えさせることで、世界魔法によって生じた歪みと釣り合いをとらせる。その仕組みに目をつけたリエラは、世界魔法が生み出す反動を、依代として用意した生物になすりつけることを思いついた」
「……なんともおぞましい話じゃな」
「本当にね。その依代には人間と魔族、双方が用いられて、多くの失敗作を生みだしながらも、リエラは三人の完成形を生み出したの」
三、という言葉をきいて、シェリエはまさかと顔を上げる。
同じ結論に至った私も、言いようもない不快感が胸にこみ上げてくるのを感じていた。
「世界魔法による反動、世界が生み出した歪みを纏ったその三人は、崩獣と名付けられ、人も魔も関係なく暴れ周り、両陣営はほぼ壊滅状態となった」
「それがかつて起こった大崩壊の正体……」
呆然と呟くシェリエを一度ちらりとみてから、ウェルはその通り、と続ける。
「けれどそれだけの大災害を持ってしもなお、文明の崩壊は完遂されなかった」
「そこが不思議なところじゃな。そんな化け物相手では、それこそ人も魔族も一人も残らなくてもおかしくなさそうなものじゃが」
「もちろん、当初はみんなそう思ってたよ。それはきっとリエラも。だけど、予想外の出来事が起こったの」
そう言ってウェルは、私たちに向かって二本の指を立てた。
「みんなが絶望する中、当時の魔王と勇者、決して相入れるはずのなかった両者が、世界の危機を前にして手を取り立ち上がった」
腕を組み、椅子の背もたれに体重を預けていた私は、それを聞いてぴくりと指を動かす。
「よくそんな事が可能じゃったな」
「半分は君のおかげだろうね。エリーゼの封印後、君が張った人と魔族の生息域を分断する結界のせいで、大崩壊発生時は休戦状態だったから」
「……なるほど。ほぼ賭けじゃったがうまくやったようじゃな」
私の封印後確実に落ちる魔族の戦力を補うため、勇者との決戦前に魔族領を囲むように大規模な結界を張った。
その目的の一つは魔族が戦力を回復するための時間稼ぐことだったが、フェルナと私はもう一つ、それを盾に戦争を止められないかと画作していた。
まぁ私は準備をしただけなので、実際に色々やったのはフェルナなのだろうけど。
「ボクたち勇者パーティが誰かさんのせいで全滅して、人間側の戦力が落ちてたってこともあるけどね。ただその当時の事は、ボクもリエラに監禁されてたせいであんまり詳しくは知らないし、フェルナに直接聞くといいよ」
話を続けるね、と一度断ってから、ウェルはまた口を開く。
「新しく選定された勇者と魔王は、崩獣に立ち向かうために人魔連合を立ち上げ、文字通り命をかけて戦った。その果てに、魔王と勇者は命を落とし、文明が衰退する規模の被害を負いながらも、三体の崩獣すべてを封じ込める事に成功したの」
私が水晶の中で眠りこけている間に、随分とまぁ過激な歴史が紡がれていたようだ。
その壮大さに、乳飲み子に言い聞かせるお伽話でも聞いているような気分になる。
「そして今に続くわけ、か」
これまで黙って聞いていたシェリエも、納得がいったと頷いた。
荒唐無稽に思われる話とはいえ、昨日の私とウェルの戦いを見た後でなら、この話も信じられるらしい。
「そう。そして今から話すのは、これから先についての話」
もったいぶってそう言葉にしたウェルは、改めて私たちの方に向き直る。
「崩獣は封じたものの、大元の原因であるリエラを捕まえる事はできなかった。ほとんどの力を失った彼女は、もう一度反撃に出るために身を隠し、機会を伺っていたんだとおもう」
そしてそれが今だ、と彼女は続けた。
迷いなく断言したウェルの表情を見て、隣にいるシェリエはごくりと生唾を飲み込む。
「エリーゼの復活に合わせてかまではわからないけど、手始めにリエラはレイバールで過去の魔王であるゲニウスを復活させた」
「じゃがあれは私が挫いたぞ?」
こないだの戦いを思い出し、そう口にした私を見ながら、ウェルは首を横に振った。
「元々、リエラはあの魔王を誰かに倒させるつもりだったんだと思う。レイバールには今代の勇者がいたんだろう? 君がいなかったら、勇者とゲニウスを相打ちにさせるつもりだったんじゃないかな」
なぜそんなことを、と言いかけて、一つの可能性が頭の中によぎる。
顔をしかめた私を見て、まるでそれが答えだとばかりにウェルは私に質問を投げつけた。
「ねえエリーゼ? 世界魔法によって復活させられたにしては、あのゲニウスは随分と大人しかったと思わない?」
「……それは」
確かに、あれだけの規模の世界魔法が使われたにしては、ゲニウスは狂化していたとはいえ随分理性的な戦い方をしていたように思う。
もっとがむしゃらに、目につくものすべてを壊すような狂い方をしてもおかしくないはずなのに。
「ではつまり、エルネルト教の目的はゲニウスを復活させる事ではなく」
「ゲニウス復活の反動で生み出された膨大な量の歪みを手に入れる事が狙い。そしてその先にあるリエラの本当の目的は」
ここまで言われれば予想もつく。
シェリエも同じ答えに至ったようで、青ざめた顔でウェルの顔を見つめていた。
そんな私たちを見ながら、ウェルは最悪の言葉を紡ぐ。
「封印された崩獣を復活させ、もう一度大崩壊を引き起こす事」
「お二人の指示通り、今回聞かせてもらった話は王国に持ち帰り、勇者殿に伝えておく」
屋敷の前、宿に帰る私たちを見送ってくシェリエは、向かい合う私たちにむけてそう告げる。
シェリエ一人では対処しようもない問題だけど、エルネルト教が黒幕である以上、人間側も誰を信じればいいのかわからない状態らしい。
そこでとりあえず、それなりに信用できる相手としてユーリと連絡を取り、今後について相談する事にしたそうだ。
「お願いします、シェリエさん。それと今回は、本当に迷惑をかけてすいませんでした」
そう言ってウェルは、シェリエに向かって深々と頭をさげる。
「気にしないでくれ、とはいえない。ウェルのさんのせいで、領民が不安を募らせた事は間違いないからな。だから、次は私たちを救う事で、その罪を償ってほしい」
もっとも、罰としては釣り合いが取れていない気がするけれど、とシェリエは小さく笑った。
その言葉を聞いて、ウェルはふっと表情を緩める。
「任せてください。ボク達が必ず、今度こそみんなを守ってみせますから」
吹っ切れたような顔でそう言い切ったウェルを、頭の後ろで手を組みながら横目で眺める。
「もしかしなくともその達というのは私も入ってるのじゃろうな」
「当たり前でしょ?」
今更何を言っているんだという目でこちらを見るウェルに、私ははぁとため息をつく。
面倒臭い事この上ないけれど、ウェルと約束もしてしまったし、元をたどれば原因は私にあると言えなくもないので拒む事はできない。
「あぁ頼む二人とも。こういってしまうのは無責任かもしれないけれど、あなた達だけが頼りだ」
シェリエにも真っ直ぐな目でそう言われしまい、私は観念して顔を上げる。
「うむ、頼まれた。その代わり全て片付いた暁には、豪華な晩餐にでも招待してもらおうか」
私の軽口に、シェリエは苦笑を浮かべながらも分かったと頷いた。
「元魔族の王様を満足させられるかはわからないけれど、精一杯用意させてもらおう」
「期待しておるぞ?」
そう言ってニヤリと笑い、私は踵を返してシェリエに背を向ける。
「それでは達者にな。無理するでないぞ」
「もちろん、領主が死ぬわけにはいかないからな。それではウェルさんエリーゼさん、ご健闘を」
背後でそう挨拶をしたシェリエに、手をあげるだけで返事をしながら宿への帰り道を歩き出す。
失礼しますと別れをつげてから、先に行く私の後をすたすたと、ウェルも早足で追ってきた。
「……それで、これからどうするのじゃ」
振り返らずに歩きつつ、後ろについてきているウェルに、気乗りしないながらも今後の方針を尋ねる。
「君の当初の目的と同じだよ。なにをするにもまず、魔族領にいかなきゃいけない」
「なぜ魔族領なのじゃ?」
そう投げかけた私の疑問は、気の抜けたウェルの返事によって返された。
「もう今日は喋り疲れたから理由はまた明日ね。それより早く宿に帰ってご飯食べようよ」
「……おぬしも大概勝手じゃよな」
ウェルの言葉に呆れながらも、こないだ勝手に彼女の飯を食べた事を思い出し、それ以上何かを言うのはやめた。
この件が終わったら、何かおごってやろうと思っていたので、今日の飯代は私が持つとしよう。
「ねぇエリーゼ」
私がそんな事を考えていると、足を止めたウェルが、声色を変えて私の名前を呼んだ。
「頼りに、してるから」
「……ほんっとうに勝手なやつじゃな」
散々迷惑かけたくせにどの口が、と言ってやりたいところだけれど、その気持ちは口には出さずしまっておく。
私に対して並々ならぬ憎しみを持った彼女の口から、今の言葉が出ただけよしとしよう。
ウェルが自分から歩み寄るというならば、きっと私と彼女の関係も、これから変わっていけるだろうから。
「ほれ、さっさと帰るぞ。イルシアとカルツをいつまでも待たせては可哀想だからの」
振り返り、少し俯いているウェルの手を取って、再び歩き出す。
「……うん、早く帰ろう」
そう呟いたウェルは、私につられるようにして、けれどもしかっりとした足取りで、自分が帰るべき場所への一歩を踏み出した。
以上で2章終了です。
3章は構想を練ってからまた6月下旬くらいに投稿し始めようと思います。




